ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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妖怪ウォッチ今昔物語(前編)

 

 

 

 さくら第一小学校の近くには河川敷がある。川が流れ、橋があり、自動販売機があり、ベンチがあり、芝生がある、一般的な河川敷だ。

 

 今日の午前中は授業なし。5年生はそこで、ゴミ拾いのボランティア活動に励むことになったのだ。

 

「意外と落ちてるものですね……空き缶、ペットボトル……なにこれバッジ?」

 

 パン屋のトングよりも大きくてリーチのあるトングでゴミを挟みながら、袋に入れる作業。学校が用意した軍手を装備しているから、抵抗なくさっさと進められる。

 

「うーん、漫画とか落ちてたら拾うついでに立ち読みしようと思ってたんだけど、いやぁ、今どき雑誌を読み捨てる人なんていないか。そう都合良くは行きませんなー」

「イナホ……あんまりゴミに触っちゃ駄目じゃないかな……」

 

 近くでゴミ拾いをしているのは、未空イナホ先輩と、その友人である石ノ森さん。USAピョンさんも、他の人には見えないながらにせっせとゴミ拾いを手伝っていた。

 

「キララ様の清い手を汚す必要はありません!」

「ゴミ拾いは私たちだけで十分です!」

「そ、そんな、私もやりますから……」

 

 猛烈な勢いでゴミ袋を積み上げている2人と、困り果てているもう1人。彼女らも恐らく隣のクラスの子だろう。

 

 イナホ先輩の所属する1組と僕の所属する2組は、同じエリアで作業している。みんな会話に花を咲かせながら、ゴミ拾いに従事していた。

 

 ケータ先輩たちも、川べりにしゃがんでゴミを回収している。

 

 見ると、ジバニャンさんがたった今食べたチョコボーのゴミを、ケータ先輩たちの持つ袋に放り投げていた。

 

「……あれ、ぼくたちチョコボーのゴミなんて拾ったっけ?」

「そっ、それさっきオレが入れたやつ! い、いやぁ、お菓子のゴミを捨てるなんてひどいよね!」

「そのせいで俺たち、ゴミ拾いなんてさせられてるんだもんな」

「でも達成感はあるし、私たちも気をつけようって思えるよね」

 

 そうこう言っている間に、チョコボーのゴミはどんどん増えていく。止めに入ったのはウィスパーさんだ。

 

「ちょっとジバニャン! ゴミ拾いしてるときにゴミを増やすのはやめなさうぃす! ……ヤマトボケル!! 私のハリセンはゴミじゃありません!!」

「ツッコんでんじゃねえよ……」

「こっちのセリフですが!?」

「てめーら、喧嘩してる暇があるならこっち手伝うダニ!!」

 

 あっちは楽しそうだ。僕もコツコツとゴミ拾いを行う。こういう個人競技や単純な作業は好きだ。ゴミを見つける。拾う。見つける。拾う。人と話さなくていいし、簡単で楽しい。

 

 しばらくやっていると、僕の周辺からは廃棄物が消えていた。そろそろ場所を移した方がいい。

 

 橋の下の暗がりに目が行く。あそこは外から見えにくい場所だから、ゴミを捨てる人が多いかもしれない。

 

 満杯になったゴミ袋の口を結んで、1組と2組のゴミ袋がまとめて山のように置かれた場所に持っていき、新しい袋を貰っていく。

 

 橋の下に入る。たった一歩踏み入っただけで、カンカン照りの世界とは反対の、真っ暗な異世界に移り変わる。

 

 橋の支柱には、バルーンじみたフォントにファンキーな色合いの落書きがされていた。どうして、どこの落書きも同じようなものばかりなのだろう。

 

 思った通り、橋の下にはボロ布やペットボトル、ビニールなどのゴミが隠れていた。それらをひとつひとつ拾っていると、僕の腰くらいまである丈の高い草の中に、何か大きなものが埋もれているのに気付く。

 

 トングでつつく。固い。動かない。生き物じゃない。

 

 そっと草をかき分けると、中央から赤い紐が飛び出している、紫色の円盤が落ちていた。奇妙な紋様が彫られている。

 

「ゴミ……じゃないよね?」

 

 多少薄汚れていたり傷があったりはするものの、これをゴミと捉えるのは何故か躊躇いを覚えた。

 

 それにしてもこの円盤、どこかで既視感のあるデザインだ。

 

 ひっくり返せば、何なのか分かるかもしれない。

 

「よっこらせ……っと!」

 

 重い。重いが、壊さないように慎重に裏返す。

 

 現れた裏面────否、表面は、鏡だった。

 

 紫の丸い大鏡。それを、僕はつい最近見たことがある。

 

「………………うんがい鏡さん?」

「ぺろ〜ん……うーん、寝てました……」

 

 鏡の上部に、小さな目がパッチリ浮かび上がる。

 

 うんがい鏡さんは身体を起こすと、紐より細い手で目をこすり、やがて僕の存在に気付いた。

 

「あなたが起こしてくれたんですね」

「ええ、はい。その、河川敷の清掃活動中で」

「そうでしたか。見つけたのがあなたじゃなければ、ゴミ処理場に連行されて火傷を負ってましたね」

 

 うんがい鏡さんは、僕が着けている妖怪ウォッチを見ながら、ひゅーっとか細い溜息をつく。

 

 果たして焼却処理を火傷で済ませられるのだろうか。そもそも鏡って可燃ゴミだっけ? まぁ、うんがい鏡さんは妖怪だから平気なのかもしれない。

 

「あっ、あの、せ、先日はありがとうございました」

「先日?」

「かげむら医院に肝試しに行ったときです」

「それは、私とは別のうんがい鏡ですね」

「へ?」

 

 うんがい鏡さんは川の水で顔を洗い、手持ちのハンカチで顔を拭き、壁に描かれた落書きの上にもたれる。

 

「我々うんがい鏡は、この人間界に沢山存在するのです。そして、鏡のネットワークにより、あらゆる時代と場所にいる鏡妖怪が情報を共有しています」

「す、すごい……」

「鏡は、古くから人間との関わりが深く、大切に扱われてきました。それゆえ、自然と魂が宿るモノが多いのです」

 

 いつだったか、聞いたことがある。物は百年経つと『付喪神』という妖怪になり、自由に動いたり話すようになるのだと。うんがい鏡さんはそれなのだろう。

 

 それなら、と僕は、この間から気になっていたことを質問してみた。

 

「す、すす、すみません、うんがい鏡さん。『エルダ魔導鏡』ってご存知ですか?」

「もちろん知っていますとも。妖魔界ではかなり有名ですからね」

「ぼ、僕……魔導鏡について、知りたいんです」

 

 昔の妖怪ウォッチは魔導鏡と呼ばれていた、らしい。夜行さんとヤマトボケルさんの会話の中で知った事実。

 

 僕はウォッチのことをもっと知りたかった。僕の日常を大きく変えた、大切なモノだから。

 

「なるほどなるほど。一介の鏡である私でよければ、喜んでお教えしましょう」

「ありがとうございます」

 

 うんがい鏡さんはぺろっと舌を出したまま、魔導鏡について語り出した。

 

「エルダ魔導鏡は、八咫鏡に並ぶ強力な宝鏡です。閻魔王朝の成立前、古代の鬼族が妖怪ワールドの覇権を握っていた時代からあったとかなかったとか」

「……え? え、閻魔って、地獄にいる閻魔大王ですか?」

「人間界ではそのように伝わっています。しかし、我々妖怪にとっては、妖魔界を統治する王であられるのです。今は確か……12代目ですか」

 

 そうだったのか。ここでまさかの衝撃的な事実を知ってしまった。人間にとっては、妖怪の世界と地獄は大差なかったのかもしれない。

 

「そうそう、そのエンマ大王様こそが、エルダ魔導鏡を妖怪ウォッチに改修するよう指示を出したのです。空間を繋ぎ、時間を繋ぎ、縁を繋ぎ、映った者の秘めたる力を引き出す魔導鏡には、所有する人間に妖怪との縁を繋がせる権能もありました。そもそも鏡とは、前に立つ者の真実の顔を糊塗せず映す道具ですから、人間次元の反転たる妖怪次元をそのまま映すのは、何ら不思議なことではありません」

 

 ここまでは理解できましたか? と確認されたので、僕は頷いて答えた。

 

 ゴミ拾いもしなくちゃならないけど、ごめんなさい。今じゃなきゃ聞けない話なんです。ゴミと呼ばれても仕方ありません。後で50億倍働きます。

 

「妖怪と人間の関係がより良い方向へ導かれるのは、大半の妖怪にとって望ましいことでした。……ですがこの妖怪ウォッチエルダ、適性を有する一部の人間にしか使えないことが判明したのです。それで長らく、妖怪ウォッチはとある人間の妖術師の一族に預けられていました。

 

 ────60年前までは」

 

 60年前というと、昭和だ。そんなに昔でもない。その頃に生まれた人もまだ亡くなっていないくらいだ。

 

「60年前。妖怪にとっても、人間にとっても、大きな転機が2つも訪れたのです。まず1つは、妖怪ウォッチエルダが封印されたこと」

「封印? な、なんで……」

「と言ってもですね、一般の妖怪がこれを知ったのは少し後の話です。何せ、ほぼ同時期に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 妖怪ウォッチが、人工で? でも、妖怪ウォッチの基盤は、妖魔界にあった魔導鏡だ。人間界で作れるようなものとは思えない。

 

「それこそがもう一つの転機。妖怪と親しい関係にあった人間の少年が、人間界で妖怪ウォッチを開発したのです。唯一無二だったはずのウォッチを。しかも、それは装着すれば誰でも使える便利な代物。真っ先に目をつけたのは、エンマ大王ではなく、今のヨップル社CEOを務めるスティーブ・ジョーズという妖怪でした」

「ヨップル社……聞いたことがあります。妖怪ウォッチを作ってる会社なんですよね?」

「はい。ジョーズは少年が生み出した技術を妖魔界に持ち込み、妖怪ウォッチの大量生産に成功しました。当時の盛り上がりは凄かったんですよ。発表から発売日まで、それが過ぎても、毎日がお祭り騒ぎでした」

 

 当時を懐かしむように、うんがい鏡さんは目を閉じる。

 

「人間たちによる大きな戦争が終わってから10年ほどが過ぎ、人間界に遊びに行く妖怪も少しずつ増えてきていたタイミングでした。妖怪ウォッチには需要があったんです。……しかし、先代のエンマ大王様は、妖魔界の混乱を収めるために人間と妖怪の交流を一度断ちたかったのです」

「それで……ウォッチを封印したんですか?」

「ええ。しかし、まさかウォッチが工業製品として普及するなんて事態、くだんでも想定し得なかったものですから、大王様も迂闊に止められませんでした。元々、大王様は妖怪と人間が手を取り合う世界を望んでおられましたし、こうなったら仕方ないとして、販売と生産を容認したのです」

 

 それで、今に至ると。

 

 僕は河川敷にある時計を見上げる。橋に入る前に見たときから、10分弱しか経っていない。なのに、とてつもなくカロリーの濃い話をされて頭が疲れていた。

 

 そして、腕に着けた妖怪ウォッチを見た。ずっと昔にあった魔導鏡が元で、60年前に封印されたが今度は大量生産されて、改良を重ねて作られた妖怪ウォッチ。だいぶ腕に馴染んできたこの時計が、急激に重みを増した気がした。

 

「ありがとうございます、うんがい鏡さん。勉強になりました」

「いえいえ〜。私は長生きが取り柄ですから〜」

 

 すると、うんがい鏡さんの身体がほんのり光り、その光が放出されて一つに収束し、妖怪メダルの形になった。

 

 ふんわり軌道を描いて、うんがい鏡さんのメダルが僕の手のひらの上に降りてくる。

 

「お近づきの印です、ぺろ〜ん」

「あ、ありがとうございます、いろいろと………………あ、あの、僕はこれで失礼します」

「うん。ゴミ拾い頑張ってね〜」

 

 うんがい鏡さんが手を振って見送ってくれる。別の鏡ではあるが、この前の肝試しのときと同じような動作だった。僕はそれに、ぺこぺことお辞儀を返した。

 

 橋の下を抜ける。一気に眩しくなり、思わず視界を手で覆った。

 

 回復してきた視界の中に、特徴的な寝癖と赤い服が映る。

 

「モミジくん、どのくらいゴミ集まった?」

「す、すみません、あまり拾ってなくて」

「オレたちも喋りながらだったし、全然だよ」

 

 先輩、優しい。一生着いて行きます。

 

 ふと振り返ると、橋の下に鏡の姿はなかった。

 

「……モミジくん?」

「いえ、実はさっきまで、うんがい鏡さんと話していまして……」

「へー、何の話?」

「えっとですね………………」

 

 今日は有意義な話が聞けた。

 

 僕は3分の1まで満たされたゴミ袋の口を握り、ケータ先輩の後を追った。

 

 

 

【現在のともだち妖怪 7/100】

 

 

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