────60年前のあの日、ヤマトボケルは人間界行きの電車に乗るつもりだった。
大戦で悲惨な目に遭った妖怪や人間の怨念を吸収して、『
自由気ままに歌い騒ぐ妖怪たちと言えども、流石に心の底には緊張の糸が張り詰めている。
だのに、あの先祖どもは一向に姿を現さない。何が賢神だ、何が月神だ、何が軍神だ。上官サマは下々の者だけ戦わせて、高みの見物でもしているのか。
先祖とはいえ、それはあちらが勝手に言ってきているだけであり、実質血縁は無いのであり、「そんなに敬ってほしけりゃご利益の億や兆、無料で寄越さんかいワレ」と常日頃から思っており、正直尊敬はしていない。
しかし、10年連絡が途絶えているとなると、身内としては知らん顔を続けるわけにもいかない。
空は、妖怪らしい不穏な赤紫に染まっていた。
武道会の会場に向かう群衆とは逆方向に進み、駅のホームに辿り着く。
ヤマトボケルは人間界に行く。どうせ武道会は現エンマ大王が勝つだろう。仮に負けて、紫炎が王位を継ぐことになっても、ぬらりひょん議長がそれを許さない。
紫炎は若くて勢いがあるから、なんとなく広く浅く支持されているだけだ。本当に王になってほしいと願う者がいるかは疑わしい────生前の自分のように。
あの三兄妹と最後に会話したのは10年前。仕事の都合で急に人間界に行くことになったという話をされて、適当に相槌を打って、今のようにホームで見送った覚えがある。
「貴方も来るか?」と聞かれた。当然否定した。自分は妖怪『ヤマトボケル』。“どんなときもボケ続けるだけの妖怪”だ。
しかしながら、あれが最後の会話になるのも不本意である。
だから、ヤマトボケルは人間界に行って、有給を満喫している奴らの首根っこを引っ掴んで、仕事のデスクに縛りつける所存なのだ。
その予定だった。
電車から降りてきた、3人の人間の子を見るまでは。
「えーっ!? 妖怪ウォッチを作ったのって、ケータ先輩のお
「うん、そうなんだ」
「その話ならワタシも聞きましたよ〜。確か天野ケイゾウさん、でしたよね?」
ゴミ拾いは終了して、遊んだり寝っ転がったりおしゃべりしたり、みんなが河川敷で思い思いに休憩している時間。
僕はケータ先輩とイナホ先輩の2人と並んでベンチに座り、仕事終わりのコーヒー……ではなく、水筒のお茶を飲みながら話していた。
うんがい鏡さんから妖怪ウォッチの話を聞いたことを話すと、ケータ先輩はサラッと「妖怪ウォッチはじいちゃんが作ったんだ」と重要すぎる情報を暴露したのである。あまりにも衝撃的だ。
「先輩って……もしかしてすごいお家なのでは……」
「全然全然! ウォッチに関係してるのはじいちゃんだけで、お母さんもお父さんも妖怪とは特に関係ないし」
「でもでもでも、妖怪ウォッチを作った男の孫が、妖怪を知らずに育ったにも関わらず妖怪と巡り合う……なんて、もうコレ運命じゃ無いですか!! ね、モミジくん!!」
「ぼ、僕もそう思います!」
「運命って、そんな大げさな……」
と、そこへニュルンと飛んできたのは妖怪執事のウィスパーさん。妖怪パッドを脇に抱え、誇らしげに胸……胸? 人間で言うと胸の辺りを張った。
「そうです! 私とケータくんの出逢いは宿世から決められていたと言っても過言ではないくらい運命でした! せっかくですし今からお話し致しましょうか? どこにでもいる普通オブ普通の普通少年ケータくんが、この最強スーパーイケメン渋声敏腕妖怪執事である私の導きにより世界的カリスマ的妖怪マスターに成長するまでの熱き」
「イナホさん、モミジくん、自販機でジュース買おうよ!」
「あっ、ワタシはヨカコーラで!」
「聞いてくださいよぉぉぉ!!」
号泣するウィスパーさん。僕は心底聞きたいけれど、もうすぐ休憩時間が終わって学校に戻らなきゃならないし、またの機会にさせてもらおう。
集まったゴミ袋の山の上で、ボケルさんが横になっていた。
「ずぃー……ずぃー……」
「ボケルさーん、起きてくださーい」
「むにゃむにゃ……ごっどさいど……」
ボケルさんは鼻ちょうちんを出しながら寝言を言い、そのままゴロゴロとゴミ袋の坂を転げ落ちていく。
「じゃあジバニャンとUSAピョンが聞いてください! いいですか、あれはある夏の暑い日……」
その先には、熱く語り出したウィスパーさん。
「ガシャ玉の中で微睡んでいたワタクシが目を覚ますと、そこには……」
「うぁ、ウィスパーさん! う! 後ろ!! 後ろ後ろー!!」
「え?」
直後、鐘が鳴って星屑が散る。
両者、戦闘不能。
「うわあああああボケルさーん!!」
「ウィスパー!?」
「み、みちゅなりさまが……かわのむこうでてをふってるぅ……」
「ひめ……ごめんなさい……」
「「いまそちらにまいります……」」
「「逝くんじゃなぁぁぁぁい!!」」
※この後ふたりはちゃんと生き返りました。
都会は人が多い。
いや、人間は皆、そこにいるのが
夜の街を人面犬と吸血鬼が肩を組んで歩いてたって、誰も気付きやしない。
「人間のケーサツに捕まるなんて、お前も災難だったニャンねー」
「社会は厳しいですね、うぃー、ひっく……でもまぁ、良いこともあったというか……」
「良いことぉ〜?」
「ひっく、私ぃ、ひっく、この前小学生に『かわいい』って言われたんですよ〜! この勢いに乗ってモテ期到来しちゃったりして、モテモテのウハウハに……」
「ふん!! オレっち小学生嫌いだニャン!! アイツはいつかめったんめったんのギッタンギッタンにしてやるニャン!!」
「あなたも大変ですねー……ひっく、ど、どうですもう一軒」
「赤ワインを出す店なら行ってやるニャ」
そのとき、じんめん犬が“ナニカ”につまずいてずっこけた。頭に鉢巻の要領で巻いたネクタイがほどける。
都会はゴミが多いとは言うが、今つまずいたものは割と大きめだった。
「な、なんなんですか全く……」
「すみません、前を見ておりませんでした」
そう、ちょうど、
「人混みの中で首だけで散歩するのは、あまりよろしくないですね。以後気をつけます」
ツノを生やし、片目に眼帯を着けた首が、そう謝った。
「ぎゃーっ!! 生首おばけー!!」
「……釈然としない」