ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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ガラガラかつワラワラ

 

 

 

「よーし、お風呂掃除終わり!」

 

 浴槽と床を泡で磨き、10分置いてから洗剤を洗い流す。休日はいつもより念入りにやるから少し時間がかかるが、僕はスッキリした気持ちだった。

 

 やっぱり僕は掃除が好きかもしれない。目の前から汚れが消えたり、物が整理整頓されるのは気分が良い。

 

 リビングに入って壁時計を見ると、午後3時を過ぎていた。今日の分の予習復習は終わっているし、お風呂掃除も済ませたので、部屋でボケルさんと一緒にオヤツでも食べることにしよう。

 

 今日はボケルさんの好きなお煎餅だ。ウキウキしながら2階に上がり、自室に入る。

 

「ボケルさーん、おやつにしましょう!」

 

 ドアを開けた瞬間、突風が吹いた。

 

「モミジィィィ!! 助けてぇぇぇぇぇ!!」

 

 次いでボケルさんの悲鳴。

 

「な、ななななななんですかぁ!?」

「吸い込まれるぅぅぅぅ!!」

 

 帽子やコートを掛けているポールハンガーにしがみつかんとするボケルさんは、さながら強風に煽られる鯉のぼりの如し。

 

 一体何が起きているんだ? 

 

 とてつもない追い風が、ことごとく僕の横をすり抜けていく。………いや、追い風ではない。この、お風呂の栓を抜いたときのような、掃除機をかけたときのような勢いの感触。

 

 ナニカが、僕の部屋でボケルさんを吸い込もうとしている。

 

「こ、これってまさか妖怪の仕業……!?」

 

 慌ててウォッチで辺りを照らす。風の中心地に現れる、人間大の黒い影。それが晴れたときに出現したのは、砂のお城をそのまま巨大化したような妖怪だった。

 

 砂の城の大部分は、真っ暗な大穴で占められている。その上部には、顔のように見える穴が3つ。うつろな眼差しと開いた口がちょっと可愛……そんなことを言っている場合じゃない! 

 

「あっ、あっ、あ、あなたは誰ですか!? その、いい、い、一旦止まってください!」

「うるさい! お前にはオイラの虚しい気持ちなんか分からないんだ!」

「でも、ぼ、ボケルさんが……!」

「こんなハニワなんか吸い込んでやる!」

 

 風がより強くなってしまった。

 

 駄目だ。話し合いが出来ない。何やら怒っているみたいだけれど、僕ではそれを止められない。僕にコミュニケーション能力があったら、打開策がすぐに思いつくのだろうか。

 

「ぐえええええ死ぬううううう」

 

 わからない、わからない、どうすればいい? ボケルさんの体力ももう限界に近い。

 

 頭を抱えていると、砂の城の妖怪は目を吊り上げて言い放った。

 

「お前も邪魔だー! ()()()()()()()()、お前の懐をがらんどうにしてやる!」

「えっ!? と、取り憑くのはやめてください!! ダメです!!」

「言うことなんて聞くものか!!」

「知らないんですか僕のこと!?」

「お前が何だろうと、ブラックホールに放り出されたらおしまいだー!!」

 

 ブラックホールだって? あの大きい穴はブラックホールなのか? つまり宇宙に繋がっているということなのか? じゃあ、尚更ボケルさんが吸い込まれるのは阻止しなければ、一生会えない、そんなの嫌だ。

 

 僕はポールハンガーを押し倒してでもヤマトボケルさんに覆い被さろうとした。

 

 だが、それよりも取り憑きの方が早かった。

 

「これでお前もガランドゥにヴェアアアアアアアアア!!」

「ごごごごごめんなさぁぁぁぁい!!」

 

 案の定。

 

 妖怪さんは、僕のせいで閃光の直撃に遭い、焦げ焦げに焦げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、とんだ災難です!」

「ごめん……オイラ、腹が立っててつい……」

 

 ボケルさんはぷりぷり怒りながら煎餅を次々齧っていく。大雑把な食べ方の割に食べかすが一つもこぼれないのは流石としか言いようがなかった。

 

 ガランドゥ、と名乗るその妖怪は、大きな身体を曲げて何度も頭を下げる。

 

 被害者はボケルさんなので、僕がガランドゥさんにとやかく言う権利はないが、動機だけが気になるため尋ねてみた。

 

「ガランドゥさん、どうしてボケルさんを吸い込もうとしたんですか?」

「そ……それは、オイラ、どれだけ物を吸い込んでも心が満たされなくて……いつもは、誰もいない空き家を食べてたんだけど……」

 

 ガランドゥさんは、申し訳なさそうに事の次第を語り出した。

 

 曰く、ガランドゥさんはいつものように町を歩いていて、空っぽの心を満たしてくれそうな物を探していたらしい。

 

 道端に捨てられたゴミ、解体費用を負担したくなくて誰も手をつけない空き家、誰も剥がさない古いポスターなんかを吸い込んでいたけれど、それでも満たされなくて苛立っていたようだ。

 

 そこに、火に油を注ぐように現れた者がいた。そいつは歌を歌いながらスキップまでしており、我が世の春を謳歌していた。

 

 

 

『パパパパパイナップル〜は〜、ゴーヤチャンプル〜なのだ〜♪ パパパパパパパシフィックリム〜は〜、太平洋〜なのよう〜♪』

 

 

 

 その浮かれた様子が目に余り、後を尾行(つけ)、いざ葬り去らんとしてやろうというときに僕が部屋に入ってきた────とのことである。

 

「ごめんなさい……お詫びの印にこれどうぞ」

「よ、妖怪メダル!? いえそんな、というか僕じゃなくてその、ボケルさんに……」

「慰謝料3億」

「ボケルさん……」

「3億円なら僕のお腹の中にあるけど」

「チッ」

「ボケルさん……」

 

 ひとまずメダルは受け取ったが、ボケルさんは全然許してないようで、さっきからずっとガランドゥさんを睨みつけている。

 

 煎餅がなくなったので、ヤマトボケルさんは爪楊枝をガジガジ噛みながら喋った。

 

「モミジ。見た通り、ガランドゥの能力は物を吸い込むことです。それは人間や妖怪も例外ではない。どうせ私以外にも前科ありますよコイツ」

「でっ、でも、ゴミや空き家しか普段は食べないって言ってましたし……ですよね?」

「うん」

「え〜? ほんとでござるかぁ〜?」

 

 ガランドゥさんが首肯するが、ボケルさんは納得していない。何故か忍者口調だ。

 

 そのとき。ガランドゥさんが何故か上の口を押さえ始めた。

 

「う……うぷっ……」

「どうしたんですか!?」

「さっきの衝撃でお腹が……は、吐きそう」

「吐く!?」

 

 ヤバい。ビニール袋、この部屋にあったっけ。確か遠足用のリュックサックにビニール袋だけは数枚入れっぱなしだったはず。

 

 大急ぎでクローゼットを開くと、そこには和室があった。

 

「……はい?」

 

 四畳半で畳でちゃぶ台でテレビで和風シーリングライトだった。

 

「あ、すみません。切り替え忘れてました」

「切り替え!? 切り替えって!? これヒキコウモリさんから借りてるクローゼット!? なんか前見たときと違くないですか!?」

「リノベーションしました。お煎餅追加してください」

「えええええとわかりました待っててください」

 

 庶民的なこの部屋にビニール袋はなさそうだ。せ、せめてゴミ箱、いや収まるのかガランドゥさんはあんなに大きいのに? 

 

 僕がモタモタ混乱している間に、ついにガランドゥさんのえずきが臨界点を迎えた。

 

「う、うぉ、お、おえええええええ!!」

 

 ブラックホールが逆流する。ロケットの如き推進力で発射される汚い物、綺麗な物、生き物ではない物、そうでない物、森羅万象。それらが部屋を埋め尽くす────

 

「吐くなら外でやれぇぇぇぇぇ!!」

「わぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ────前に、ヤマトボケルさんがガランドゥさんをベランダから投げ出した。

 

 嘔吐しながら落ちてゆくガランドゥさん。吐いた物はどういうわけか虹色の光を帯び、その全体像はキラキラに包まれ、本物の虹が架かっているかのようだった。

 

 どしーん、とコンクリート道路に沈む。蜘蛛の巣のようなひび割れが生じる。

 

「ガランドゥさーん!? 意識ありますかぁぁぁ!?」

「あ、あいるびーばっく……」

「死なないでー!!」

 

 ベランダから呼びかけるも、ガランドゥさんの状態はボロボロだった。周りに虹の花が散っている。

 

「い、い、今からそっち行きますね!?」

「………………ううーん」

 

 直後、僕は背後で何かが呻くのを聞いた。高くて幼い声だ。ボケルさんじゃない。

 

 誰かが、まだ部屋にいる。

 

 何せ重傷者がいるので警戒する余裕もなく、バッと振り返ると。

 

「うーん、よく寝た……」

 

 そこに、子供がいた。子供はゆっくり頭をもたげて、身体全体であくびをする。小学生の僕よりも幼く、しかしながら乳児や園児というにはどこか大人びてハッキリした目をしていた。

 

「……あれ? きみ、おいらのこと見えてる?」

 

 はい。バッチリ見えてます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガランドゥさんを再び自室に上げて介抱しつつ、僕はその子供の姿をした妖怪さんと話をすることにした。

 

「おいら、ざしきわらし! よろしくなモミジ!」

「よ、よよ、よろしくお願いします……」

 

 ざしきわらしと言うと、あの家に幸運をもたらすという妖怪だろうか。本当にいるんだな、と感動を覚えると同時に、僕は不思議な既視感を抱いていた。

 

 ざしきわらしさんの髪型は、巾着袋のように、黒髪を頭のてっぺんで結んだもの。昔の子供という感じがあるが、僕はこれをずっと前に見たことがあるのだ。まぁ、その人は子供ではないけど。

 

「おいら、いろんな人間に幸せをもたらすために家を渡り歩いてたんだ。その道中に、人気のない空き家を見つけて……」

「空き家……」

 

 なんだか話の展開が読めてきた。

 

「住人が多くて賑やかな家も好きだけど、静かな家で一晩過ごすのも悪くないかなーって思ってそこで寝てたら……いつの間にか全然知らない宇宙に……」

「あー……ごめん……まさか妖怪が住んでるとは考えなかった……」

 

 左を下にして寝ながら、ガランドゥさんが謝る。

 

 それに対して、ざしきわらしさんは「別にいいぞ! 探検できて楽しかったし!」と本当に楽しそうに笑って許した。

 

 ちなみにボケルさんはというと、ガランドゥさんを投げ飛ばしたことで気が済んだのか、それはもう清々しい顔でお茶を飲んでいた。

 

「でも、出られたのはおまえのおかげだよ。なぁ、おいらと友達になろう!」

「え、あ、ありがとうござ、います……?」

 

 小さくて柔らかい子供の手がメダルを差し出してくるので、ありがたく受け取る。

 

 そもそも別に僕のおかげ……いやおかげではあるか? ガランドゥさんが嘔吐したのは僕が原因だし……いや素直に貰って良いのかこれ? 脳内に疑問符を浮かべつつも、僕はどうにか感謝の笑顔を作った。

 

「でも、また行きたいなー。うんがい鏡に声かければ、いつでも行って戻れるかな」

「ざ、ざしきわらしさん……」

 

 見た目通りの無邪気な妖怪である。僕なら、ブラックホールの中なんて一度で充分だ。他人は怖いけど、孤独も同じくらい怖い。

 

 ガランドゥさんの中のことをぼんやり考えていると、脳裏に先刻のボケルさんの言葉がよぎった。

 

「………………お、オヤツの煎餅、まだあるので、その、ざしきわらしさんもいかがでしょう」

「え! 食べる食べる!」

「オイラはしばらく寝ておく………………」

 

 その後、僕たちは一緒にオヤツを食べて、少しの間だけど遊んで過ごした。

 

「ぎゃあああ!! 目が、目がぁぁぁぁ!!」

 

 途中、ボケルさんの目にレモンの汁が飛ぶというハプニングも発生したが、とにかく楽しく過ごしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガランドゥさんとざしきわらしさんを見送って、日が暮れて、夕食を作っている間に両親が帰ってきて、そうして夜になる。

 

 やることが終わったのでベッドに身を投げ出していた僕は、何もない天井を眺めていた。

 

 真っ白な天井だ。前に住んでいた家も、最初に住んでいた家も、天井は白かった。

 

 ちらっと視線を横にやると、ベッドのサイドテーブルの上に、パンダのぬいぐるみが座っているのが見える。小さい頃に動物園で買ってもらった、大切な思い出の証拠品。薄汚れているけれど、これだけは何があっても手放せない物の一つだ。

 

 

 

『えー!? こんな紫外線キツい日に帽子も日焼け止めもナシで外に行くとか、座敷的にアリエナイから〜!』

 

 

 

 あの人は、今どうしているのだろう。保育園が見つかるまでの間、見つかった後もたまに面倒を見てくれたあの人。

 

 ────ざしきわらしさんと同じ髪型で、和装で、『座敷』と名乗っていた、あの人。

 

「……まさか、ね」

 

 だってあの人はお母さんにも、他の人にも見えていたじゃないか。それに、全然“童子”の身長じゃなかったし。

 

 あの人は、鏡を見るのが趣味の、美しさにこだわりがある、ただのちょっと変わった人なのだ。きっと。

 

 そう結論づけると僕は、パンダのぬいぐるみを2、3回撫でてから眠りについた。

 

 

 

【現在のともだち妖怪 9/100】

 

 






◇ガランドゥ
種族 ゴーケツ
ランク B
分類 イマドキ妖怪
好物 すきやき

何でもかんでも吸い込んでしまう妖怪。しかし、何を吸い込んでも空っぽの心はいつまでも満たされない。

ガランドゥに吸い込まれると、ブラックホールに放り出されたり、ヌー大陸に行けたりする。


◇ざしきわらし
種族 ポカポカ
ランク D
分類 古典妖怪
好物 スナック

人間たちに小さな幸福をもたらす、子供の姿をした妖怪。イタズラが好き。

アニメでは様々な性格・性質のざしきわらしが登場している。・・・・もしかするとその中には、身長が高くてイケメンで進化すると天狗王になるざしきわらしもいる・・・・かもしれない。
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