ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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ガブニャンVSメラメライオン(前編)

 

 

 

 夢を見た。

 

 小さい頃の記憶だ。僕の性根が拗れる前、まだ何も考えずに生きていられたときだ。

 

「どうしてお母さんを助けてくれたんですか?」

 

 そう尋ねると、その人は鏡に映る自分の美しさに惚れ惚れしながら答えた。

 

「そりゃあ、君のお母さんが美にかける余裕もないくらい憔悴しきってたからさ」

「……しょうすいって何ですか」

「なんかこう……すごく困ってる、みたいなこと。ほら、ぼくってこんなにも美しいでしょ?」

 

 急に何の話をするのか。幼い子供が顔の美醜の判断なんて簡単にはできない。

 

 しかし、生意気ではあるのだが、僕はかなり早熟な子供で、とりあえず大人の言うことには頷いておけば間違いないと考えていた。小さい頃は、それで上手く回っていたのだ。

 

 僕は、親に話しかけるのは最低限にしていた。嫌なことがあって泣いたり、気になることを質問したりすると、お母さんは一瞬とてもしんどそうな顔をするからだ。黙って静かにひとりで遊んでいるだけで、余計なストレスをかけなくて済むのならそっちの方が良い。

 

 特に『座敷』と名乗るこの自称イケメンが来るまでは、いつまでも保育園が見つからないことで職場に復帰できず、お母さんは追い込まれていた。お父さんは分からない。正直何の思い出もない。

 

「美は自信の基本。それを欠いていたら生活がガタガタになるのは当然じゃない? ぼくは、この美しさで人間に幸せをもたらす役目があるのさ! ま、育児なんてやったことないけどー」

「………………」

「それにしても君、大人しすぎない? ホントに4歳? なんかもうちょっとワガママ言ってくれないと働きがいがないんだけど?」

 

 そう言われましても。本当に、特にないのだ。強いて言うならば、通販で高麗人参を買っている座敷さんのお金の出どころが気になるが、そこをツッコむとあまり良くない予感がした。

 

 さて、鏡に散々決め顔を映していた座敷さんだが、突然それを落として真剣な顔になる。

 

「……君はさ、大きくなったらぼくのこと覚えてくれてるのかな」

「?」

「か、顔だけは覚えといてよね! そしてぼくの美しさを一生心に刻んでおくように!」

「わかりました」

「解ってない!! 全然気持ちこもってない!!」

 

 座敷さんはきゃんきゃん吠えた。

 

 座敷さんは大人なのに、ちっとも大人らしくない。そのとき僕の知っている大人は両親だけなのでサンプルケースに乏しかったが、今でもやはり座敷さんは大人っぽくないと感じる。

 

「まぁいいよ、無事に大人になってさえくれれば、ぼくとしては満足だから」

 

 そう言って、座敷さんは美しい顔で笑った。その笑顔は、テレビで見た子供の笑顔とそっくりの眩しさだった。

 

 あれから7年経つ。あの人は今、どこで何をしているのだろうか。

 

 僕のことを、覚えてくれているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くん、雨村モミジくん」

 

 名前を呼ばれて、脳が一気に覚醒する。

 

 この声は授業中に聞いたことがあった。まさか居眠り。まずい、そんなのもう学校に行けなくなる。

 

 ガバッと上半身を起き上がらせると、視界にキチキチに本が詰まった本棚が広がっていた。鼻をくすぐる木の香り。周りに同じようなテーブルが複数。

 

「………………図書室」

「おはよう、雨村モミジくん」

 

 パチパチとノイズが弾ける脳を無理矢理動かして右に視線をやると、まず見えたのは白衣とネクタイ。次に見上げると、茶色よりも明るい色の髪を後ろの下の方でひとつくくりにして、眼鏡を掛けた頭があった。

 

 細められた目────例えるなら狐のような切れ長の目で、理科の先生は僕を見た。

 

「熟睡してたね。昨夜は寝てなかったのかい?」

「あ、ご、ごめ、ごめんなさい」

 

 転校してきたばかりで、理科の先生と会ったのは数えるほどしかない。それでも、凛然とした佇まいから先生は生徒の中でも人気で、評判はよく聞く。

 

「いいんだよ。ここは日当たりがいいから寝ちゃう生徒もたまにいるんだ……それより、時間は大丈夫?」

 

 え、と思いながら壁にかけられた丸い時計を見ると、昼休み終了5分前。

 

 サッと顔から血の気が引く。もっとまずいことになった。今日の5時間目は学年全体で運動会の練習なのに、体操服に着替えてすらいない。

 

『猫又』と『河童』が載ったページを広げたままの本を急いで閉じる。妖怪のことを調べようと思ったので、借りた本は全部妖怪図鑑だ。

 

「や、やばば……!! ごめんなさい理科の先生起こしてくださりありがとうございます!」

「急ぎすぎて廊下で転ばないようにね?」

「はい!」

 

 借りた本をまとめて抱え、僕は図書室を飛び出した。夢の内容は、焦りですぐに塗りつぶされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 運動会が苦手だった。運動が出来ないわけじゃない。やる気のある子、ダルそうな子、ふざける子、真面目にやる子、そのどれにも僕は当てはまらない。運動会はみんなで盛り上がるイベントなのに、僕はどの派閥の空気にも同調しきれなかったのだ。

 

 馴染めない原因が妖怪に取り憑かれていないからだと分かったからと言って、解決はしない。でも気持ちは楽だ。

 

 それに、今年は初めて友達とやる運動会。やるからには全力でやるつもりだ。

 

 ……だったのに、まさか初回から遅刻とは情けない。あと5年くらいは登校したくない気分だが、それでも体操服に着替えてグラウンドに出る。

 

 既にみんな、私語を交えてとはいえ大体並んでいた。僕の列の順番は、ケータ先輩の後ろだ。

 

「お、遅れてごめんなさい……」

「ううん、まだ1組は全員そろってないし……」

 

 ケータ先輩が赤白帽を団扇がわりにしながら答える。秋なのに今日は日差しが強く、人が集合しているから熱気もある。

 

 始まっている空気ではなかったし、チャイムには間に合った。ギリギリセーフと言ったところか。

 

 ほっと胸を撫で下ろしたとき、急に何か違和感を覚えた。

 

 集団の空気が突然夢のように切り替わった、そんな感じがしたのだ。

 

 僕は嫌な予感だけが異常に当たる。最近、妖怪の存在を知覚してからは磨きがかっている。

 

 最初に声を上げたのは、担任の先生だった。

 

「みんなー!! 運動会に行きたいかー!?」

 

 拳を突き上げ、熱い大声で語りかける。

 

 ……運動会に行きたいか? 行きたいも何も、時間は否応なしに流れるし行きたかろうが行きたくなかろうが運動会はあちらからやってくるのだが。

 

 が、疑問に思うのは僕だけらしい。「はい!!」「おー!!」とかいう二十数人分のレスポンスが鼓膜を殴りつける。

 

「声が小さぁい!! 運動会に!! 行きたいかぁ!?」

「はい!!」

 

 もしかして、2組のノリなんだろうか。現に1組は、唐突に始まったコール&レスポンスに首を傾げている。

 

「うっわー、2組のやる気すごいなー……ワタシなんて、練習ってだけで憂鬱なのに……あー帰ってセラピアーズ見たい……」

「2組って、こういうのに熱くなるクラスだったっけ?」

「ドッジボール大会では、担任の先生だけめちゃくちゃ盛り上がってたけど……」

「隣のクラスがアレすぎると逆にこっちが冷めちゃうよな……」

 

 ひそひそ話す声が届く。よかった、戸惑っているのは僕だけじゃない。

 

 だが、僕に聞こえるということは他の人にも当然聞こえているということで。

 

「1組も頑張ってこうよ!! 協力していこうよ!!」

「一緒に運動会を成功させよう!!」

「元気があれば何でもできる!!」

 

 目に情熱の炎を宿したクラスメイトたちが、隣のクラスを激励するが、イマイチ届いていない。ほぼ無反応だ。まるで1組と2組の境界線にエアーズロックが起立しているかのようだった。

 

 何だかおかしい。ケータ先輩だって、さっきまで普通に話していたのに、こんな……こんなに熱くなるなんて。

 

「モミジくん!」

「ひゃいっ!!」

 

 いきなりケータ先輩に振り返られて、僕は素っ頓狂な声を出した。コミュ障は自分の声をコントロールできない。

 

 先輩は何故か僕の両肩をしっかり握ってくる。

 

「転校生なんて関係ない! モミジくんはもうこのクラスの仲間だ!」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

「だから心を一つに、5年2組でやってこうよ!!」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

 先輩の目を見ることができない。照れとかではなく、プレッシャーが凄まじいというか、山火事そのものに迫られている感覚だ。

 

「2組行くぞー!!」

「うおおおおお!!」

 

 フミカさんもカンチさんもクマくんも、その他のクラスメイトたちも、みんな本気になっている。なってないのは僕だけだ。

 

 大丈夫かな、これ。練習についていけるかな。そう不安になっていると。

 

「これは間違いなく妖怪の仕業ですね」

「……ボケルさん!」

 

 図書室に入るときまでは確実に一緒にいたはずなのに出るときはいなかったボケルさんが、足元にいた。どこから持ってきたのか、赤白帽をウルトラマンの形にして被っている。

 

「どこ行ってたんですか?」

「なんか……化け狐が睨んできて……いえ、それはどうでもよいのです。これは妖怪のせいですよ」

「これって……みんなが熱くなっているのが?」

 

 ボケルさんは頷く。

 

 と、そこへフヨフヨ浮いて現れたのはウィスパーさんだ。

 

「いえいえ、グループによってイベントに対する温度差があるのは、小学生どころか、中学生高校生大学生、成人したって共感できる定番のあるあるというかお約束というか。ジバニャン来なくてよかったですねー、もしいたら確実に『だるいんですけど』とか言って」

「いました!!」

「うぃすー!?」

 

 ウォッチで照らすと、ボケルさんと同じくらいのサイズの影が浮かび上がる。

 

 炎のようなたてがみ。猫っぽい顔。額には十字の傷。修行着のようなものを纏う、二足歩行の小さなライオンのようなその妖怪。かわいい。

 

 ……ん? ライオン? 何か引っかかる。

 

「ウィスパーさん、あの妖怪さんは……」

「ええ、はいはいはいアレはですね、妖怪『大火事ヘッド』! ……ではなく、妖怪『ファイヤ人』! ……でもなくて……そう!! 妖怪『メラメライオン』!!」

「……め、メラメライオン!?」

 

 メラメライオン。いつか僕が知らず知らずのうちに昏倒させてしまったという、あの妖怪が、2組のみんなに取り憑いていたのだった。

 

 

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