「メラメライオンに取り憑かれると、熱い闘志を引き出され、やる気を押し売りするようになってしまいます! 妖怪不祥事案件で言うところのいわゆる『なーんか隣のクラスだけめっちゃ盛り上がってんじゃん、同じ学年でここまで温度差あると風邪引いちゃうよねー』……を引き起こす妖怪でうぃす!!」
ウィスパーさんの解説は、今の状況とピッタリ一致している。やはり、メラメライオンさんがみんなに取り憑いていたからこんなことになったのか。
「メラメライオン!? なんでここに!?」
イナホ先輩が驚く。そうだった、先輩はメラメライオンさんとも面識があるのだった。
メラメライオンさんは拳を振りながら答える。
「メラ! メラメラ、メラッ!!」
何も分からない。
翻訳してくれたのはUSAピョンさんだ。
「『自分がここに来たのは、雨村モミジに会うためだ』……って言ってるダニよ」
「うぇえっ!?」
まさか、僕にやられたから恨みとか怒りとかそういうものを抱いて苦情を入れに来たのか? いや当然すぎるし10:0で僕が悪いけど。
「メラ! メラ! メラメラメラメラ、メラー!!」
「『自分は復讐に来たんじゃない。今度こそ、ジメジメ陰気くさい顔をしたモミジに熱い心を注ぐために来た』と言っているでうぃす」
「……………………陰気くさい」
自覚はしていたが、面と向かって言われるのはかなり凹む。普通に僕だけが悪いので反論なんて出来るわけがない。
「……だとしても、2組に取り憑くのはやめてくれないかなーっていうか。ワタシ、運動苦手だから、あんまり周りに熱くなられるのは困るんだよね〜」
すごい、イナホ先輩。あんなに自分の意見をハキハキと主張できるなんて。流石は先輩だ。
「メラメラ! メラッ!!」
「うおおおお燃えてキタァァァァ!! 今年の運動会の主役はワタシだぁぁぁぁ!! 待ってろ巨人の星ー!!」
「い、イナホ……?」
────イナホ先輩はあっさり取り憑かれてしまった。隣にいる石ノ森さんは、非常に困惑している。
「というかメラメライオン……モミジに取り憑くのは無理ダニ」
「そうですよ、このボケの神である私ですら不可能だったのです」
「メラメラメラメラ、メラ!!」
「『努力で出来ないことなんかない』? 『弱さは甘え』? いやそういう話はしてないでうぃす」
「僕のお父さんと同じこと言ってる……」
しかし、このままだと2組のみんなやイナホ先輩がガス欠を起こして疲弊してしまうかもしれない。運動会で熱くなるのは当たり前だけど、1組は困っているようだし。
何より、メラメライオンさんの思いは否定したくないのだけれど、まるで強者の戯言に聞こえるかもしれないけれど、僕は誰かを怪我させたくないのだ。
「メラ!! メラメラ!!」
「うぉー!! 5年生ファイトー!!」
「お、おー……」
「声が小さいぞ1組ー!!」
「おー……」
声量が1デシベルも変化していない。2組が燃えれば燃えるほど、1組の人たちのやる気が削がれている。そうこうしているうちに練習時間はどんどん少なくなっていくし、これでは練習が成り立たない。
「な、なんとかしないと、でも、ど、どうしたら……」
「モミジくん。こういうときは、ともだち妖怪に助けてもらいましょう」
「妖怪に……?」
はい、とウィスパーさんがくるっと一回転しながら答えた。
「モミジくん、何枚か妖怪メダルを持っているのでしょう? 助っ人として妖怪を召喚し、メラメライオンをなんとかしてもらうのです」
「な、なるほどです」
僕はポケットを探った……が、運動するからと言ってメダルは全部ポーチにしまってランドセルに入れたことを思い出した。
うなじが冷えた直後、目の前に何か差し出される。ガブニャンさんの妖怪メダルだ。
「持っててくれたんですかボケルさん!? あ、ありがとうございます!」
「いえ、とりあえずアイツとコイツで対消滅してくれれば万々歳なので」
対消滅とかいう言葉の意味は知らないが、ともかく助かった。
でも、ガブニャンさんは僕の
僕は、あの肝試しの夜に、ケータ先輩がうんがい鏡さんを召喚したときの様子をじっくり思い浮かべる。
名前を呼んで、メダルをウォッチにセット。イメージトレーニングは出来た。
意を決して口を開く。
「────僕のともだち! おいでませ、『ガブニャン』!!」
メダルを指で弾く動作。キャッチして妖怪ウォッチに差し込む。
「妖怪メダル、セットオン!!」
『ウスラカゲ、召喚!』
新体操のリボンのように、逆円錐形に巻き上がって飛び出す青い光の連なり。放たれた光の中で、マントを翻した猫の影が踊る。
『ウッスラカゲ、オレたちのお〜か〜げ〜♪』
光と音楽が止んだとき、華麗に降り立つのはともだち妖怪の青いドラキュラ猫。
「ガブニャン!」
ビシッと決めポーズで名乗る。
「────って、ここはどこニャン!? オレっちはイタリア料理店からワインを拝借しようとしてたはず……」
「ガブニャンさん! いきなりで申し訳ありません! メラメライオンさんをなんとかしてくれませんか!?」
「お、おおおおおおお前ー!! 雨村モミジー!!」
予想通り、ガブニャンさんは怒っている。申し訳ない。
「お前!! どういうつもりでオレっちを召喚したニャン!? 辞世の句は用意できたのかニャン!?」
「じ、辞世の句!? いえ、その、め、メラメライオンを……その……」
「は〜?」
ガブニャンさんは、心底だるそうにメラメライオンを見やった。メラメライオンさんは正拳突きをしていた。2組のみんなも正拳突きをしていた。暑苦しさで息苦しい。
「……何なのニャ、アイツは?」
「僕を熱くしたいんだそうです……」
「メラメラメラメラ〜!!」
「うわ、面倒そうなのに絡まれたニャンね」
ボケルさんが「ブーメラン」と呟いた。実際にブーメランも投げており、それがガブニャンさんの後頭部に刺さった。
「ぎええええっ!! 何しやがるニャン!!」
「早く倒してくださいよ。私、あーいう体育会系苦手なんです」
「お前に命令される筋合いはないニャン!! お前からぶっ飛ばしてやろうかニャ!?」
「……モミジに命令されるのはいいんですね?」
「────」
しばし沈黙が続いた。
ガブニャンさんは黒マントをはためかせると、「フン!」と拗ねたようにそっぽを向く。
「いいニャン。ウォーミングアップにあのライオンを倒して、次にお前、最後にモミジを貪ってやるニャン!」
「そうですか。じゃあ私は帰りますね」
「帰るなぁぁぁぁ!! 話聞いてたか!?」
「聞いてる聞いてるぅ♪」
「ヘッドフォン外せやぁぁぁぁ!!」
踵を返したハニワに飛びつく猫妖怪。その内殴り合い取っ組み合いを繰り広げ始めたふたりにどう対応すべきか僕がオロオロしていると、USAピョンさんが半眼でふたりを見つめながら口を開く。
「てめーら……メラメライオンが待ってくれてるから、バトルならさっさとしてやるダニ」
「あ、ごめんニャン」
意外にもガブニャンさんはすんなりボケルさんから離れ……というよりほとんど突き飛ばしに近いが、とにかくメラメライオンと対峙した。
メラメライオンさんが拳を構える。その拳は、真っ赤な炎のような妖気を纏っていた。
「メラメライオンとか言ったニャン? オレっちはガブニャン。モミジの宿敵だニャン」
「そう思ってるのはあなただけかもしれない」
「黙れハニワ野郎!! 宿敵の宿敵は天敵!! 今すぐ消えてもらうニャン!!」
威勢よく宣言すると、ガブニャンは瞳を紅くぎらつかせ、尖った牙を剥いて跳び上がる。
日食のように、一時的に太陽を隠す漆黒のマント。メラメライオンさんの頭上に闇が広がる。
「必殺! 『とことん吸血』!!」
「メラ!! 『正拳バーニング』!!」
紺碧の牙と紅蓮の拳。激突する2つの妖気。せめぎ合う、血を啜る冷気と血を昂らす熱気。
対決の結末は────
「ギニャアアアアアアア!! 熱チチチチチチ!!」
「ガブニャンさーん!?」
「水!! みじゅうううううう!!」
思いっきり口を火傷したガブニャンさんの敗北であった。
僕は持ってきた水筒をガブニャンさんに渡す。ガブニャンさんはそれをぶんどると、中栓ごと開けて、浴びるようにお茶を飲んだ。解け残った氷が辺りに飛び散る。
「い、生き返った、にゃ、ニャン……」
とても生き返ったようには見えない。お茶で濡れた猫を見ると、早くお風呂に入れたいという欲望が湧いてくる。
「炎で殴るとか反則ニャン!! これじゃ攻撃できないニャン!!」
半泣きで訴えるガブニャンさんに、「やれやれ」とボケルさんが肩をすくめた。
「そんなんでよくモミジの寝首を掻くとか言えましたね」
「オレっちは人間対策しかしてこなかったのニャン!!」
わぁわぁ口論するふたりを横目に、僕はしゃがんでメラメライオンさんと目線を合わせる。バトルでの決着は無理だったから、自分で交渉してみようと思ったのだ。
「……あ、あの、メラメライオンさん。みんなにとりつくのは、やめてくれませんか?」
「メラ!! メラメラ!」
「えっと……」
「『周りが元気なら、取り憑かれていなくとも自ずと心が燃えるだろう』……と言ってるでうぃす」
「メラメラ……メラー!!」
「『初めて見たとき、浮かない顔をしていたから熱い心を注入してやろうと思った』だそうでうぃす」
メラメライオンさんに悪気はなかった。それどころか、僕を元気づけようとして、2組のみんなに取り憑いていた。
メラメライオンさんは何も悪くない。運動会を全力でやろうとするのは当たり前だ。どこか『運動会』というものを疎んでいて、ノれない僕が悪い。
口を閉ざしていると、大玉転がしの大玉の上に寝転がったボケルさんが話に入ってきた。
「そんなの余計なお世話ですよねー、モミジ」
「ぼ、ボケルさん、失礼ですよ、ご好意でやってくれてるのに……」
「でも1組ドン引きしてるじゃないですか」
「メラメラメラ!」
「『じゃあ1組にも取り憑く』……? や、やめるダニ! これ以上事態をややこしくするなダニ!」
僕は、運動会の空気が苦手だった。
競技で失敗して恥をかくかもしれないのもそうだけれど、「気になるあの子にいいとこ見せたい」とか、「1位を獲って家族に褒めてもらう」とか、「相手チームに勝ちたい」とか、そういうことを一度だって考えたことがない僕は、自分だけが華やかな運動会から隔絶されている気がして、座りが悪かったのだ。
でも、今回は違う。友達がいるから、今回は今までの運動会とは違う、きっと楽しめるんだと信じたい。
「め、めら、メラメライオンさん。とてもありがたいんですけど、僕はその、えっと、自分で頑張るので……気持ちだけ受け取らせてください」
「メラ……?」
「メラメライオンさんが、な、何かしてもしなくても、自分の力だけでみんなのノリについていけるようにしたいので……あの……今日のところは……」
メラメライオンさんは、しばらく腕を組んで考えるような仕草を見せていた。
僕を見て、未だ燃え続ける2組を見て、それらを交互に見た後、首を縦に深く振る。
「メラ!」
直後、クラスメイトたちに被さっていたメラメライオンさんの妖気が消失。みんな、夢から覚めたようにサッパリした表情に戻って、「あれ? 今まで何を……」と、あちこち見回している。
「……ハッ!! ワタシは今まで何を!? 記憶がない……!! 宇宙からのメッセージを降ろしていたのか!? いやどうせメラメライオンに取り憑かれてたってのは理解してるんですけどやっぱ夢見たいっていうか」
「良かった……イナホが元に戻った……」
イナホ先輩も元に戻っている。これで一安心だ。
「すみません、メラメライオンさん」
「メラ!!」
そのとき、メラメライオンさんがグッと拳を突き出してきた。
え? なに? と首を捻っていると、メラメライオンさんはその状態でただ待っている。
「……あっ、僕もですか!」
拳を突き合わせるフィストパンプ。何事にも熱いアクティブなメラメライオンさんらしい。
僕もグーを作って、基節骨の部分でタッチする。
すると、メラメライオンさんの身体が一瞬光り、拳と拳の間から噴き上がった光が妖怪メダルの形を取った。
反射的に手のひらを広げてキャッチする。
「……メラ! メラメラ!」
「あ、あり、がとうございます……それとその、この前は怪我をさせてごめんなさい……」
「メラメラ!!」
「『気にしてない』って言ってるダニ」
「メラメライオンさん……」
何やっても熱くならない使えないフライパンみたいな僕にも優しくしてくれるなんて、間違いなく良い妖怪だ。
僕はメダルをボケルさんに預けた。ほどなくして、練習は再開されるだろう。
「やりましたねモミジ。これでようやく、ともだち妖怪2桁です」
「あっ……そうなんですね」
そういえば、妖怪ウォッチとメダルを使って妖怪を召喚したのは、これが初めてだ。今回、ガブニャンさんに火傷を負わせる羽目になったし、お礼をしないといけない。
「が、ガブニャンさん」
「なんニャ!? 手負いの獣にトドメ刺すっていうのかニャ!? くっ、殺せー!!」
「いや、あっ、よろしければこの後ウチに来ませんか?」
「……は!?」
「チョコボー、用意してるので……今日は呼び出しに応じてくれてありがとうございました」
「……………………何本ニャン?」
「20本入りパックを2つ……」
ガブニャンさんはすくっと立ち上がり、肉球でマントをかき上げた。ひととき秋風に乗り、すぐに落ち着くマント。
「フッ! そこまで懇願するのニャら、お前の最後の晩餐を延期してやらないこともないニャン」
「うわチョロ」
「ニャんか言ったかハニワァ!!」
競技用アイテムの紅白で飾られたグラウンドに、ガブニャンさんの怒号がいつまでも響いていた。
【現在のともだち妖怪 10/100】
◇メラメライオン
種族 イサマシ
ランク C
分類 イマドキ妖怪
好物 肉
タテガミが炎のように燃えているライオン妖怪。取り憑いた人間を無駄に熱くさせる。生前はサーカスのライオンだった。
初期から登場している、イサマシ族におけるマスコット妖怪。ちなみに中の人がガブニャンと同じである。