レジェンド妖怪の頼み……というか決定事項を取り消すわけにもいかず、僕は難陀竜王さんを伴って登校していた。
妖怪慣れしているケータ先輩に頼りたい場面ではあるが、先輩は本日目覚まし時計をかけ忘れたらしく、後から追いかけてくると言う。僕としてはいくらでも待てるのだが、竜王様にせっつかれていたし、何より今日の日直は僕だった。
ボケルさんは難陀竜王さんの相手をする気がないのか、一輪車で後をついてくる。
勘弁してほしい。知らない妖怪、それも明らかにやんごとなき身分の御方とどうやって会話すればいいんだ。
すると、早速いきなり難陀竜王さんが質問してきた。
「なぁ、モミジ! お前の名前はどうして『モミジ』なんだ?」
「………………ど、どうして?」
「教えてくれ!」
僕みたいな矮小な一般市民の名前の由来など聞いて、難陀竜王さんに一体何の得があるというのか理解しがたい。
しかし、教えてくれと言われたら教えない選択肢はなかった。相手にとっては他愛のない雑談の範疇だろう。
「た、大した理由じゃないです。秋生まれだから『
実のところ、僕の名前はもっと別になる予定だった。『
「そうかそうか! 良い感性を持つ御母堂なのだな! モミジは素晴らしいぞ。あの錦の美しさは千年変わらない。龍として長く生きているが、モミジを嫌う者は見たことがないな」
「……そうでしょうか」
つい、竜王さんの言葉を否定してしまった。
けれど長年抱えてきた鬱屈は、心の中で暴れ回り、簡単にポロポロと口から出て行ってしまう。
「みんなが好きな“モミジ”は“紅葉”です。“モミジ”じゃないんです。山を綺麗な赤や橙や黄金に染め上げる、この時期の紅葉は一番目を向けられる。………でも、その後は? 紅葉が終わって葉っぱが散れば、モミジなんてただの落ち葉と変わりません。靴を汚さないから安易に踏まれ続けるゴミでしかなくなり、いずれ土に還る」
僕は秋がそんなに好きじゃない。暑かったり、寒かったり、不安定で中途半端。おまけに体調を崩しやすい最悪の季節だ。スポーツも勉強も芸術も食欲も、秋じゃなくたって出来ることだ。
秋の象徴たるモミジは、たまたま秋に紅葉するから人々に持て囃されているだけ。モミジ=紅葉したモミジの葉。つまり、
感想に水を差されたにも関わらず、難陀竜王さんは静かに目を伏せて微笑んだ。
「確かに、お前の考えは正しいかもしれない。落葉し、色を失ったモミジの葉に価値なんてない。そう思う人間も少なくないだろう……」
だがな、と難陀竜王さんは腰に手を当て、水槽の中のジンベエザメの如くダイナミックに空を泳ぎ、身を翻した。
「誰よりもその考えを支持して寄りかかっているのは、お前自身だろう?」
「……それは、まぁ」
「自己嫌悪や自虐がタメにならないことまで、お前はきちんと知っているはずだ。
どやっと笑う難陀竜王さんの表情は、スケッチブックの全てのページを使い切った子供のようであどけなく、どこか可笑しい。
難陀竜王さんのすぐ後ろでは、ボケルさんが一輪車に苦戦していて、噴き出してしまいそうになるけれど、心に残るわだかまりがそれを塞いだ。
「あっ……す、すごいですね、流石は竜王。僕なんかとは心構えから違うと言いますか……」
「畏まることはないぞ。己の名前を必ずしも好きでいる必要はない。妖怪は個体によるが、人間は皆、自分から願って生まれてくるわけでもなし。生を授かるのも名を授かるのも、全ては親の一方的な願望に左右される」
難しい言い回しで、難陀竜王さんは滔々と語る。
「出生して人口に加算されたときだけが、最も世界から求められる時期。そう思うのも無理はない。だが、都合の良いときだけ生存を求めてくる世界なんて、最初から捨て置け! 好きに生きてこその人生だ。人間も妖怪もな!」
難陀竜王さんの言葉は、輝きがあり、強かった。これまで絶え間なく前を向き続けた者の、荒波をも退ける硬度が伝わった。そして、弱い僕には実践が難しいことでもある。
それでも、そういうのを騙されたと思って信じておくのも、生きるためには必要なのかもしれない。
「……人口なんて言葉が妖怪から出てくるとは思いませんでした」
「時代に適応してこその妖怪だ。永遠は退屈だなんて人間は言うが、この世はどんどん我の知らないことが増えていくから楽しいぞ!」
難陀竜王さんは、確かに楽しそうに笑った。後ろで一輪車を漕いでいるヤマトボケルさんはそろそろ苦しそうだが。
「お前のことも、取り憑き無効化の体質についても、もっと知りたい! よし、我の友になれ!」
妖怪メダルの尖った煌めきが目の前でくるりと回転し、僕の手のひらの上に落ちる。
今日は僕がカウンセリングしてもらっただけなのに、メダルを────それもレジェンド妖怪が────くれるなんて、もしかして妖怪にとっての妖怪メダルって名刺扱いなんだろうかとすら疑う。
「さぁ行くぞ、モミジとヤマトボケル! 小学校はどこだー!?」
軽々と空を駆けてゆく難陀竜王さん。
空は青く澄み渡り、ほんの少しだけ空気が美味しかった。
「なんだなんだ!? どうしてケータはそんなに普通なんだ!? どうして『ウィスパー』なんて名乗ってるんだ!? お前の腹巻きには最大何本までチョコボーが入るんだ!? この教卓とかいうのは何のためにあるんだ!?」
「きゃー!! 教卓が浮いてるー!!」
「怪奇現象だー!!」
「モミジくんあの妖怪なんとかしてぇぇぇ!!」
「ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」
【現在のともだち妖怪 11/100】
◇難陀竜王
種族 ニョロロン
ランク S
分類 レジェンド妖怪
好物 すきやき
大昔から人間に崇められている竜王。好奇心旺盛で、どんなことにも「なんだなんだ?」と首を突っ込んでくる。竜王なだけあってとても強い。赤い龍なのに氷属性。
『3』までに登場するレジェンド妖怪(偉人とメリケン除く)では唯一アニメ未登場。出してくれ。
余談ですが、本作で最初に登場させるレジェンド妖怪を、難陀竜王にするかイケメン犬にするかでギリギリまで迷っていました。