誰かが言った。
夜に食べるチョコボーが、一番美味いと。
「決めました!」
「ボケルさん、何を決めたんですか?」
「私、ハトになります‼︎」
こうして、ボケルさんは登り始めたのだ。
ハトになるための、喜びと苦しみに満ちた長い長い道のりを────
「まずは体力作りです。モミジ、自転車を用意してください。肩慣らしにケマモトまで走ります」
「自転車…………すみません、持ってなくて」
引っ越したら、貯まったお年玉で折り畳み自転車を買う予定だったのだけど、妖怪やら何やらでバタバタしていて、すっかり忘れていた。
僕が項垂れていると、ボケルさんは暫し思案してから、こう言い放った。
「分かりました。じゃあ、電車で行きましょう」
この日は土曜日。
僕とボケルさんは、急遽、日帰りのケマモト旅行に乗り出したのだった。
親には「ともだちと旅行に行きます。晩ごはんは作り置きしました」と伝えておいた。嘘は微塵も言っていない。
電車の旅は楽しかった。
初めて子供だけで、初めてともだちと、初めて遠くまで、旅をする。大した距離じゃないけれど、それでも嬉しい。
車窓の外を流れてゆく景色。それを眺めながら、頬張る駅弁。映画やドラマなんかで見る、ごくごくありふれた光景の一部になれた…………そんな気がする。
ケマモト村は、有り体に言ってしまえば田舎だ。さくらニュータウンの団々坂なんかも、駄菓子屋やお寺などの古い建物があって田舎っぽいけれど、ケマモト村は本当に『田舎』なのだ。
青々と萌え、こんもりと盛り上がった山。澄んだ青空を映し取り、風に撫でられて揺らぐ田んぼの鏡面。ぽつぽつと立ち並ぶ、敷地が広くて落ち着いた色彩の民家。
「ジブリ映画で見たやつだ…………!」
「まぁ! つれない人ですね! あなたのジブリはトトロしかないんですか? ご覧なさい、この猛々しい王蟲を!」
ボケルさんは、地面をちみちみと這うダンゴムシを指差す。ダンゴムシって、かわいいなぁ。
「うっ、うっ、なんて健気な虫でしょう。私もキキに負けないくらい強い魔女になります!」
そしてボケルさんは特訓を始めた。
最初は、その辺に捨ててあった熊手にまたがって、ぴょんぴょんジャンプし、足腰を鍛えていた。
5分後、激しく息を切らしたボケルさんは、川べりに仰向けになって寝っ転がる。
「ぜー、ひゅー、ぜー、ひゅー…………モミジ、コンビニで、はぁ、ひぃー、おにぎり買ってきてください」
「コンビニ…………あったかな…………」
僕はボケルさんからおにぎり代の300円を預かると、知らない村の知らない道を、あてもなく歩いた。
太陽は空のてっぺんまで上がっていて、薄くたなびく雲や風の方が近く感じる。
しばらく歩いていると、虫捕りあみを担いだ子供を見つけた。
人間の子供じゃない。子供の妖怪だ。
「ざ……ざしきわらしさん?」
「モミジ! こんなところで偶然だな!」
聞けば、ざしきわらしさんは元々、ケマモト村の出身だそう。この村には、今なおざしきわらしだけでなく、いろんな古典妖怪が住んでいるらしい。今日は昔馴染みに呼ばれて来たのだとか。
「と、ところで、ここってコンビニなんてあったり…………」
「ないよ!」
「ですよねぇ…………どうしよう」
「でも、おにぎりなら心当たりがあるぞ」
そう言ったざしきわらしさんに連れられ、僕は山奥の大きな屋敷にやって来た。
一見しただけでもわかる、広い広い屋敷だった。御伽話に出てくるような、老夫婦の家という規模ではない。社会の教科書で見る、平安貴族の寝殿造みたいな家だ。
僕は妖怪ウォッチのライトを点けた。こんな田舎の豪壮な屋敷に、妖怪がいないわけがないと思ったから。
予想は的中した。
屋敷の中では、あかなめ、ろくろっ首、一つ目小僧、のっぺら坊、から傘おばけ、にんぎょ、天狗、河童、くだん、エトセトラエトセトラ…………とにかく、僕でも知っているような有名な妖怪たち(重要事項:可愛い)が、うじゃうじゃ集まって、ワイワイとおしゃべりを交わしていたのだ。
そして、皆、一様におにぎりを作っていた。
「妖怪たるもの、おにぎりの具は梅干し以外ありえん!」
「いーや、おにぎりの具はツナマヨが一番だ!」
屋敷の大広間の最奥から、二つの怒鳴り声が衝突して火花を散らすのが聞こえる。
見ると、そこにはふたりの妖怪がいた。ひとりは、蜘蛛の巣模様の着物を纏った黒髪の妖怪。もうひとりは、長髪を蛙の舌のような一つ結びにした緑衣の妖怪。やはりおにぎりを作っている。
彼らは誰だろう、と思っていると、集まった妖怪たちが口々に説明してくれた。
「元祖軍大将の土蜘蛛と、本家軍大将の大ガマだよ!」
「大昔から生きてる我等古典妖怪の中でもかなりの大御所で、どえらい強い御方なんだけどなぁ」
「今度の妖魔界お米祭りの実行委員会リーダーに、エンマ大王直々のご指名により選ばれて、ふたりとも張り切ってるんだけど…………」
「どうにも張り切りすぎて、またまた大喧嘩を始めてしまってのう」
「より美味しい具のおにぎりを出した方が勝ちとかいうことになって。元々祭り用のノルマもあるし、みんなでおにぎりを作り続けてるんです」
「そりゃまた…………大変ですね…………」
事情は分かった。僕がやるべきことも、なんとなく察した。
「そーいうわけだからさ、モミジ! おいらたちの手伝いしてくれよ!」
「えっ、人の子手伝ってくれんの⁉︎」
「おやつあげるから! 頼む!」
「時給五十文!」
断る選択肢はなかった。困っているともだち妖怪の頼み事だし、ボケルさんにあげるためのおにぎりが手に入る。一石二鳥だ。
僕が頷くと、多種多様な妖怪たちが一斉にワッと歓声を上げた。
一方、その頃のヤマトボケル。
「おや? そこのハニワ…………ヤマトボケルさんじゃないですか」
「あなたは、妖怪しょっぴかれ犬……!」
「じんめん犬です‼︎」
「くっ‼︎なぜだ‼︎なぜハニワは飛べないんだッ‼︎憎い…………ラピュタが憎い…………‼︎」
「聞いてます? …………いえ、分かりますよ。たとえ妖怪になっても、人生辛いままですよね。窮屈な都会を抜け出したくなる気持ちもわかります。かく言う私も…………」
「都会? …………そうか‼︎私がなるべきは、ハトじゃない‼︎魔女でもない‼︎豚でもない‼︎トナカイだったのか‼︎」
「ええ…………?」
「あれは数百と70年前のこと。エンマ大王様に献上する饅頭の“あん”のことで、御二方は大揉めしたんだ。それが長きに渡る因縁のはじまりだった────」
「伝統を愛する堅物の土蜘蛛さまと、新しいもの好きで好奇心旺盛な大ガマさま。対照的なふたりが対立するのは、これが初めてでねえのさ」
「へー…………そうだったんですか」
梅干しおにぎり、ツナマヨおにぎりを交互に握りながら、僕は頷いた。
古典妖怪さんたちが語るお話は、とても興味深いものばかりだった。
昔のこと、今のこと。田舎のこと、都会のこと。妖怪のこと、人間のこと。
少なくとも、僕みたいに見識の浅い小学生が聞いたことがないような、面白い話が次々に飛び出してくる。
「さくらニュータウンから? じゃあ、お前、ケータやイナホの知り合い?」
「先輩をご存知なんですか?」
「ご存知も何も、ともだちだからね」
「あいつには、いろいろ世話になったのよ」
「大将たちも、あいつらとは親しい間柄なんだぜ」
「はえー…………先輩すご…………」
そのときだった。
「ハッピーホリデー‼︎‼︎」
「「ぎゃー‼︎」」
「たいしょぉぉぉぉぉぉ!?」
Sランク妖怪ふたりが、赤いソリにはねられた。
「曲者だー‼︎」
「であえ、であえー‼︎」
「ええっ⁉︎くせもの⁉︎私こわぁい‼︎」
「お前じゃー‼︎」
「ツッコむなー‼︎」
側近らしき、土蜘蛛さんと大ガマさんの側に付いていた妖怪たち数人が叫ぶ。それを受けて、トナカイの着ぐるみを着た闖入者は逆ギレした。
…………というか。
「ボケルさん‼︎なんでここに⁉︎」
「ボケル⁉︎まさか、秘宝妖怪のヤマトボケルか⁉︎」
「ヤマトボケルって確か、あのアマテラスの…………」
「そんな大物がなんでこの村に⁉︎」
僕の後ろで、古典妖怪たちがざわつく。
秘宝妖怪はキンキラキンでゴージャスなやつだとボケルさんはざっくり説明していたが、思ったよりヤバめの地位なのかもしれない。
そんなヤマトボケルさんは真っ赤なソリを置いて、ふたりの大将に歩み寄る。
「サプライズニンジャ理論を知っていますか?」
「な、なんだそれは…………今の状況が、忍びと何の関係があると言うつもりだ?」
「知っているぞ! ニンジャが突然現れた方が面白いなら、そのシーンは十分に面白いとは言えないとかいうやつだろう!」
「へー、そうなんだ。知らなかった」
「質問しただけ⁉︎」
土蜘蛛さんと大ガマさんは、やはりと言うべきか、ソリではねられただけでは傷一つ負っていない様子だった。元気にツッコみ、すぐ再起する。
すると、サプライズニンジャ理論を知っていたらしい大ガマさんが、土蜘蛛さんと顔を見合わせて、何やら提案する。
「土蜘蛛。お前の陰気でカタい面構えと睨み合いながら米を握っても、埒が開かねえ。ここは、コイツに判断を委ねるというのはどうだ?」
「…………おぬしに同意してやろう。神代より武を極め、
土蜘蛛さんが、眉を顰めつつも首肯する。
ソリにはねられたばかりというのに、自分たちをはねた相手に争いをジャッジしてもらうだなんて。大将たちは、両者とも器が大きい。あれが権威ある統率者の振る舞いか。
「大将…………熱でもあるのか……?」
「寝てくれよ大将…………頼むからさあ…………」
でも側近の皆さんは若干引いていた。
「さあヤマトボケル! おにぎりの具はどっちが美味いと思う! ツナマヨか⁉︎」
「何を言うか! 梅干しこそが至高!」
屋敷は数秒────しかして、永久にも思える静寂に包まれた。
種族、等級、妖力、てんでばらばらな数多の妖怪たちが、固唾を飲んで発言を待つ。
決着のときは、彼の登場と同様、突然訪れた。
「私、焼きおにぎりが好きです」
抗争は終わった。
ガブニャンは激怒した。
必ずや、かの邪智暴虐のボボボーボ・ボーケルを除かねばならぬと決意した。
ガブニャンには、ボケが分からぬ。
ガブニャンは、Bランク妖怪である。チョコボーを食べ、レストランから赤ワインをくすね、たまに白ワインもくすね、チョコボーを食べて暮らしていた。
ただ、自分がナメられていることに対しては、
よってガブニャンは、今日、雨村モミジの部屋に
窓に張り付いて会話を盗み聞きしていたら、ヤツらはケマモト村に遠出すると言うではないか。これは、紛れもなく復讐のチャンスだ。
わざわざ招き入れてもらう必要などない。
それにしても、何が「ハトになる‼︎」だ。馬鹿じゃないのかあのハジケハニワ。
もしや、いや確実に、ガブニャンのことを舐め腐っているのではないか。
震えて待っていろ、雨村モミジ、ヤマトボケル。お前たちは高貴な吸血鬼の逆鱗に触れたのだ。
ケマモト村から帰ってきてクタクタのアホどもにすかさず奇襲、それから…………それから、なんかこう、とにかくなんか鍛えた心技体でなんか上手いことなんか倒す。ガブニャン勝利‼︎妖怪ウォッチ完‼︎
嗚呼、なんて明確で素晴らしいヴィジョンだろう。ギャラリー&オーディエンスの拍手喝采が目に見えるようだ。
「ニャーハッハッハッハ! 見たかモミジ! オレっちは最強なのニャー‼︎全生物ひれ伏せニャン‼︎」
「ただいまです、ガブニャンさん!」
「シェー‼︎⁉︎」
ガブニャンは飛び上がった、そして天井に激突した。
「あべしっ‼︎」
「ああっ⁉︎大丈夫ですか⁉︎お怪我は⁉︎」
「お前に心配されるほどヤワじゃニャい‼︎てか何でオレっちがいることが分かった⁉︎」
「冷蔵庫に貼ってあるメモに『ガブニャン参上』って落書きされてたので…………」
「ニャにぃぃぃぃ⁉︎」
おのれ雨村モミジ。なんて目敏く、狡猾で卑劣な男。許さない。
しかし、奴の天下もこれまでである。なぜなら、今日がモミジの命日になるからだ。
「あっ、そうだ! これ、ケマモト村の妖怪さんたちからいただいたんですが…………」
モミジが懐から何かを取り出す。聖水か。杭か。ガブニャンはそんなものに打ち滅ぼされるような雑魚ではないのに、愚かな人間だ。
「チョコボーの詰め合わせです!」
「わーい‼︎」
モミジの命日は明日だ。
直後、ガブニャンの(無に等しい)肩*1に、土臭い手が置かれる。
振り向くと、ヤマトボケルが決意に溢れた表情でいた。
「私、医者になります‼︎」
「ハトはどうした‼︎」
その後、ガブニャンはチョコボーを食べまくり、ついでにモミジ、ボケルとカードゲーム等で遊んで夜更かしした。
サブタイトルの回収が雑だろうが何だろうが、明日は必ず来るのだ。
◇土蜘蛛
種族 ブキミー
ランク S
分類 古典妖怪
好物 そば
平安よりも昔からその名が残る大妖怪にして、古き良き伝統を重んじる『元祖』軍の大将。妖怪らしく、古風で堅物な性格。
普段は二枚目な人間形態だが、真の姿は巨大な蜘蛛。あと辛いものが嫌い。
◇大ガマ
種族 ゴーケツ
ランク S
分類 古典妖怪
好物 そば
数百年生きた蛙が変化したベテラン妖怪にして、現代文化にコミットした『本家』軍の大将。妖怪らしく、フリーダムで大物感のある性格。
普段はナイスガイな人間形態だが、真の姿は巨大なガマガエル。あと辛いものが好き。