この小説に目を通してくださる全ての人(と妖怪)に感謝を。
10月。夏休みから残存する浮ついた空気が、体育祭シーズンの浮ついた空気へと移行するこの時期。
さくらニュータウンの隣町、電気街アオバハラ某所にて────
「イナウサ不思議探偵社へ〜‼︎」
「ウェルカムダニ〜‼︎」
ぱぱーんっ、とクラッカーが二つ鳴る。
銀河の如くギンギラギンに輝くテープを浴びて、僕は事前に脳内シュミレートで何度も練習した挨拶を言う。
「は、はい、えっと、せ、未熟な新人ではありますが、精一杯職務を遂行させていただきます! 本日からご指導のほどよろしくお願いします!」
「まーまー、そう堅くならずに! 仕事なんて結構なんとなくで出来ちゃうもんだから!」
「イナホはテキトーすぎるダニ」
イナホ先輩が、快活に笑って僕の肩をポンポン叩く。足元のUSAピョンさんは、パートナーの軽いノリを見て、やれやれと溜息をついた。
一方、来て早々に応接用ソファーに腰掛けている、僕の
「すみませーん、ドリンクバーと白米のお代わりはないんですか〜?」
「この事務所は客にチョコボーも出さないのニャン?」
「ユーはくつろぎすぎダニ‼︎ここはファミレスじゃねえ‼︎」
「チッ…………ツッコんでんじゃねえよ」
「て、テメー…………‼︎」
USAピョンさんが苛立ちに震え、宇宙服っぽいデザインのフードに刻まれた、ボタンらしきものに手を伸ばしかけている。
しかしながら、ヤマトボケルさんは全く気にせず、月刊誌のクロスワードを開いて解き始めた。
Q1. 法隆寺の建設を主導したのは誰か。
[○○○○](漢字4文字)
ヤマトボケルの解答 [ニンテン]ドー
ポチ。
何かが起動されたような、あるいは何かがキレたような音。
直後、USAピョンさんのフードの内部に黒霧が充満した。闇の中で警告色の赤が光る。
【VADER MODE】
「テメェェェェェェ‼︎せめて文字数の範囲で考えろダニィィィィ‼︎」
「ギャー‼︎ハレンチ‼︎」
「誰がハイスクール奇面組ダニー‼︎」
「言ってませんが⁉︎」
鮮烈な赤の
僕は困惑しっぱなしであったが、イナホさんに促され、2人で所長デスクの陰にしゃがむ。
レーザーが風を切る音、着弾する音もはっきり聞こえるけれど、事務所内はどこも傷がついていないようだった。妖怪ってのは本当に不思議である。
「あ、あれは何ですかイナホ先輩?」
「ベイダーモードのこと? USAピョンはガチギレするとあーなるの。面白いでしょ」
「へー…………いやその、なんか申し訳ありません。せっかく探偵社に誘っていただいたのに、初日からこんな…………」
遡ること1時間前。先輩が僕に電話をかけてきた。先輩がやっている『イナウサ不思議探偵社』の仕事を手伝ってほしいのだという。
“取り憑かれない”体質のこともそうだが、僕なんかが先輩や妖怪たちの役に立てるならば喜んで…………と、通話中は安請け合いしてしまった。だが、終わってから漠然とした不安がビックバンを起こし、ボケルさんについてきてほしい…………と頼んだのである。ガブニャンさんは、頼む前から自分も付き添うと言ってくれた。
そういうわけなので、この状況は、ボケルさんの性質を理解していながら付き添ってもらった僕に責任がある。
しかし、イナホさんはへらっと笑い、「いやいや」と手首の骨が抜けたように右手を振る。
「ワタシなんて、ほぼ日刊でUSAピョンにベダモらせてるもん」
「べ、ベダモらせる」
「うん。だから心配無用!」
そうなのか。そうなんだろうか。
先輩は本当に気にしてないようで、相棒が銃を乱射しているのにハハハと笑って済ませている。略語造語まで作ってらっしゃる。なんてこった、ビームにビビる僕とは器が違いすぎる。これが人生経験の差か。
さて、ベイダーモードとやらがようやく落ち着いたようで、事務所は静かになった。
デスクから顔を覗かせると、USAピョンさんは額を腕で拭いており、ボケルさんはプランターに顔を突っ込んでいた。
「USAピョーン、終わった?」
「何なんダニ、その
「だって“今回は”、怒らせたのワタシじゃないもーん」
「て、テメー…………」
またもやUSAピョンさんがキレる───と思われた、そのときだった。
「イナホさん、USAピョンさん」
事務所に入ってくる妖怪がいた。真っ白くて樽のような胴体の、鼻は長く、耳は小さく、足は短いといった、奇妙で可愛い風貌の妖怪だ。極端に縮小したゾウのようにも見える。両の目尻に花の模様が浮かんでいるところが、妖しさを感じさせた。
この妖怪は『ハク』さん。不思議探偵社のアルバイトだ。夢を食べる妖怪『バク』の仲間で、良い夢を見せたり、人間や妖怪の記憶を読み取ることができるらしい。
「ハッくん、どうしたの?」
イナホ先輩が声をかけると、ハクさんは自分の後ろを見やる。
「依頼者の方がいらっしゃったのですが…………」
「ですが?」
「不思議探偵社云々というより、もう少し複雑で緊急の案件らしいのです」
どうぞ、とハクさんが長い鼻を振って入室を促す。依頼者は恐らく妖怪だろう、と思い、僕はウォッチを点灯した。
事務所内にやって来たのは、予想通り妖怪だった。それも2匹。二足歩行で立つ、着物を纏っている犬と猫だ。両眼が紅に染まっている、青毛の犬と金毛の猫。
可愛いのは可愛いが、ひょうきんな可愛さというより、険しさ怖ろしさの滲む可愛さだ。じんめん犬さん、ジバニャンさんガブニャンさんとはまた違ったテイストの
真っ先に反応したのはUSAピョンさんだ。
「あー! ユーはぬらりひょんの部下の!」
「え、知ってるんですか?」
尋ねると、USAピョンさんは暫し依頼者ふたりにジト目を向けてから答える。
「アイツらはエンマ大王のお付きであり、妖魔界評議会議長を務めるぬらりひょん…………の、さらに部下。犬まろと猫きよダニ」
「ふたりが来たってことは、またエンマ大王からの頼み事? 世界の危機ってヤツですか?」
イナホさんは、何故かちょっと高揚しているみたいに話す。すごく仕事に前向きだ。僕はこうはなれない。
犬まろさんは、猫きよさんに目配せをして喋り出した。
「…………雨村モミジもここにいたワン。伝令を送る手間が省けたな、猫きよ」
「そうだな、犬まろ。天野ケータに送った使いも、到着している頃合いニャン」
ふたりの声は低く、肉食獣の唸り声のようだったが、どこか親しみもあった。テレビによく出るお笑い芸人コンビの声と似ているからかもしれない。
「ケータさんにも…………ということは、やっぱり? やっぱり? やっぱりアレなんですか?」
「イナホ。前のめりになりすぎダニ」
USAピョンさんが、犬まろさん猫きよさんに詰め寄るイナホさんを、襟首を掴んで引き戻した。
その間に、ハクさんは新たに来客用のお茶を淹れてきて、ぬらりひょんの使いだというふたりを応接ソファーに座らせる。ボケルさん、ガブニャンさんと向かい合う形だ。
「その依頼、このヤマトボケルが引き受けた!」
「お前はここの職員じゃニャいだろ」
「正しい判断です」
「それ言いたいだけニャン?」
ざっくりツッコミしながら、ガブニャンさんは腹巻から本日15本目のチョコボーを取り出して、袋を破り始める。
ボケルさんとガブニャンさん(とふたりが持って来た何らかの荷物)でソファーが埋まっているので、僕とイナホさん、USAピョンさん、ハクさんはソファーの近くに立って、依頼を聞くことになった。
「お前たちにはある妖怪を探してもらうニャン」
「名前は『ツクヨミ』。夜の
犬まろさんが提示したのは、古ぼけた紙に、筆らしきもので描かれた人物画だった。
濃紺にきらめく、夜空色の長い髪。満月を模した冠と、爽やかな色合いの薄手の装束。目を伏せた穏和な表情。なるほど、月の神に相応しい出立ちである。
「ツクヨミはこれまで、人間界と妖魔界の“穢れ”や瘴気を浄める仕事に従事していたワン。しかしエンマ大王様が代替わりされてからは、他の妖怪たちに大半の仕事を引き継がせ、自身は半分引退状態にあったワン」
それは、今代の大王の方針によるものだという。神様
ここ数十年で
「ツクヨミが隠れること自体は、これまでも度々あったニャン。しかし、大王様や、ツクヨミの姉弟神さえも足取りを追えないのは異常。何らかの理由でツクヨミが心を閉ざし、岩戸に身を潜めて
「悪意を持つ何者かが、そのツクヨミって妖怪を攫って幽閉してるかも……ってコト?」
イナホ先輩の推測に、犬まろさんと猫きよさんが頷いた。それを聞いて、USAピョンさんとハクさんの顔が、ジワジワ青褪めていく。
「か、神様を閉じ込められるくらい強い妖怪なんているわけないダニ! いたとしたら、世界がヤバいことになるダニ!」
「私のような低級妖怪が、対処できる案件でしょうか…………」
僕も不安になってきた。ツクヨミがどんな妖怪かはよく知らないが、話を聞くに、王政に関わるほど強いことは確かだ。そんな
もし、ツクヨミさんの力を、悪いことを企む誰かに利用されたら。それは、人間と妖怪、どちらにとっても危機的状況だ。
犬まろさんは腕を組み、僕たちを睥睨した。
「…………まあ、でも、お前たちには最初からそこまで期待していないワン」
「ハァン⁉︎」
USAピョンさんの額に青筋が浮かぶ。イナホ先輩が苦笑いで、ハクさんがオロオロしつつ、それを宥めた。
「所詮お前らは、生まれて
「今回お前たちを頼るのも、ただの
「ぐぬぬぬぬ…………テメーら…………」
USAピョンさんは怒り心頭だ。イナホ先輩が、慌ててキャロットケーキか何かを勧めている。
ここで、僕は違和感を抱いた。
「────
USAピョンさん、ハクさん、ガブニャンさんで3匹。ボケルさんはどうも中級の地位ではないらしいとは、なんとなく知っている。果たして、お役人さんっぽいこの犬猫妖怪が、『秘宝妖怪ヤマトボケル』の存在を無視して話を進めるだろうか?
さっきまでは事の重大さや、先輩たちの様子に気を取られていたけれど。
ソファーを見直す。
そこに、赤い鎧のハニワはいなかった。
「が、ガブニャンさん、ボケルさんは…………」
「うるさいニャン‼︎」
「ひぇっ」
ダン、とテーブルを叩く音。僕は思わず縮こまる。イナホ先輩たちも、ぎょっと目を丸くしていた。
ガブニャンさんは、目を吊り上げ、何を言うかと思いきや…………猫きよさんを指差して訴えた。
「さっきから聞いていれば、何なのニャお前は‼︎オレっちと口調被ってるニャン‼︎即刻変えろニャン‼︎」
「ツッコむところ、そこダニ⁉︎」
「重要なことニャン‼︎」
猫きよさんは苛立ちよりも「ええ……?」という困惑の方が強いようで、ガブニャンさんをジト目で見つめていた。
そして、ガブニャンさんは再びふんぞり返ってソファーにもたれかかり、チョコボーを乱暴にかじる。
「オレっちは、エンマ大王よりも、雨村モミジたちよりも、先にツクヨミを見つけるニャン! 三貴子がひとり、月神ツクヨミを
「残りの二柱はどうするダニ?」
「いいか! これはツクヨミを探す物語じゃなくて、オレっちが世界を手中に収めるまでの
チョコボーを食べ終わったガブニャンさんは、颯爽とソファーから飛び降りた。お菓子のゴミはテーブルに置きっぱなしだが、構わずこちらに背を向ける。
「お前たちの敗北は、オレっちを怒らせた時点で決まっていた。パンでも数えて待ってろニャン。────さらば‼︎」
闇色のマントを(手動で)翻す。
「片付けてから帰れ!」というUSAピョンさんの怒りは、彼の猫耳には届いておらず。
誇り高き吸血猫妖怪はドアノブに手を伸ばした────
刹那。
「申しボケません、外で電話してましたー!」
「スニャアアアアアア‼︎」
「ガブニャンさぁぁぁぁん‼︎」
ガブニャンさんは、ドアバンで死んだ。
◇ハク
種族 プリチー
ランク C
分類 イマドキ妖怪
好物 ジュース
とても珍しい、真っ白なバク。良い夢を見せたり、記憶投影能力を持っていたりなど、なかなかにハイスペック。
能力を誰かのために役立てたいという理由から、イナウサ不思議探偵社で働いている。しかも無給で。めっちゃ良い子。
◇犬まろ
種族 イサマシ
ランク 不明
分類 不明
好物 牛乳
ぬらりひょんの側近を務める犬妖怪。冷静沈着で、声帯が大吉。相方の猫きよは、なんとなく放っておけない存在。
◇猫きよ
種族 ゴーケツ
ランク 不明
分類 不明
好物 駄菓子
ぬらりひょんの側近を務める猫妖怪。好戦的で、声帯が華丸。相方の犬まろは、口うるさいけれどいざ離れると不安な存在。