ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

34 / 43
新人研修編、続きです。



日影と悪夢と狐と竜

 

 

 ツクヨミさん探しの依頼を受けた翌日。

 

 調査は今日の放課後から、ということになり、僕は普通に登校していた。まぁ平日だしね。

 

 ケータ先輩も例の話を聞いたらしく、イナホ先輩や僕とは別行動で調査に当たると言っていた。二手に分かれた方が、より効率的に情報を入手できるだろうとの話である。流石は先輩だ。

 

 ツクヨミさんはどこに行ってしまったのか。安否はどうなっているのか。非常に心配だが、放課後までは我慢しなければならない。

 

 そうやってソワソワしながら、いつの間にやら5時間目を迎えた。5時間目の授業は体育。来週に迫ってきた運動会の練習だ。今回は、図書室で居眠りしてギリギリ…………という反省を活かし、ちゃんと余裕を持って着替えて集合できた。

 

 同じチームの仲間と協力して、呼吸を合わせる。練習は、順調に進んでゆく。

 

 今日の僕、忘れ物もしていないし、普通に対人コミュニケーションできてる(はずだ)し、大きなミスもない。珍しく、100点満点中71点は取れてるのでは? 

 

 ────なんて調子に乗っているときほど、不幸は舞い降りるものだ。

 

「…………す、すすす、すみませ……ん」

「気にしないで。僕がぼんやりしてたから、上手くモミジくんに合わせられなかったんだ」

「日影さんのせいじゃないです…………ぼ、僕が、鈍臭いから…………」

 

 運動場のすみっこにある木陰。枯れ葉が積もってクッションのようになったその場所に、僕はクラスメイトと2人で座っていた。

 

 日影真生(ひかげまお)さん。眼鏡をかけた大人しい少年で、たまにケータ先輩と喋っているのを見かける。というか、ケータ先輩は誰とでも仲良く話しているけれども。

 

 僕は二人三脚で日影さんとペアだったのだが、ちゃんと出来なくて転んでしまったのだ。先生のお気遣いにより、僕は少しの間、足を休めるついでに見学ということになった。

 

「…………あっ。モミジくん、膝擦りむいてる」

 

 言われてみると、確かに、膝小僧に血が浮き出ていた。視覚に入れた瞬間、痛みを実感する。

 

 日影さんがポケットからハンカチかティッシュを取り出そうとするので、僕はそれを制した。

 

「だ、だ、大丈夫…………自分のが、持ってきて、あ、あるので…………」

 

 絆創膏、ポケットに入れてきて良かった。

 

 コスモス柄の絆創膏を、傷口の上に被せて貼る。絆創膏の表面に、じわりと滲み出す血。

 

「ご、ごめんなさい。迷惑かけて」

「ううん。本当にモミジくんは悪くないんだ。…………言い訳みたいだけど、僕、ここ最近寝不足で」

「寝不足?」

 

 日影さんは、地面に視線を落とし、こくこくと頷く。

 

 ふと遠くを見やると、五年生のみんなが整列の練習をしていた。先生の指示をよく聞いて、さっさと動く人。立ち位置が分からなくなっている人。友達とおしゃべりしている人。いろんな人があそこにいて、賑わいが伝わった。集団の中に、ケータ先輩とイナホ先輩の姿が、ちらちら見える。2人とも、それぞれ友人といるようだ。

 

 ボケルさんとガブニャンさんは、ウィスパーさん、ジバニャンさん、USAピョンさんと縄跳びで遊んでいる。もちろん、他の人たちにバレないように、僕たちとは反対側の隅っこで。

 

 この木陰と、太陽の当たるグラウンドは、同じ平面上にあるはずなのに、全然違う世界に思える。

 

「変な夢を見るんだ」

 

 日影さんはポツポツと、囁くように語り出した。声は小さくて、突き抜けるような青空と重たい木陰に、簡単に吸い込まれそうで、僕は耳を澄ます。

 

「目の前に、向日葵(ひまわり)畑が広がっているんだ────でも、太陽は出ていなくて…………星も月も、そこにはない。なのに、何故かヒマワリだけがくっきり視える」

 

 僕は、語られる情景を想像してみた。

 

 果てない真っ暗闇に立つ自分。たくさんのヒマワリが、こっちを向いている。那由多不可思議無量大数に及ぶ黄金の単眼が、黒の画用紙に黄色い絵の具を垂らしたように、明瞭に、(そこ)に“在る”。

 

「…………よく見ると、向日葵畑のずっと奥が明るくなっていて、そこまで歩いて行って、確かめようとするんだけど」

 

 …………だけど? 

 

 日影さんは言葉を切り、少し眉間を寄せる。何とかナニカを思い描こうと、言葉に組み直そうとして…………結局諦めたのか、苦笑を浮かべて、続けた。

 

「分からないんだ…………光っているはずなのに、気がつけば闇がぽっかり湧いている。でも、光源は確かにそこにあるし、実際明るくて、けれど、どこまでも暗くて…………ううん、ごめん。上手く説明できないな」

「いや、そんなそんな」

 

 僕も僕で、上手くフォロー出来なかった。こんなときになんて返せば良いんだろう。先輩なら、分かるだろうか。

 

「で、でも、寝不足は心配です。学校、お休みしたりとかは…………」

「そうしたいところだけど…………一日でも休んだら身体が(なま)って、運動会についていけるか不安で」

「それはそう…………」

 

 全くもって同意だ。僕なんて本当に鈍臭いから、練習を一度でも休んだら、後々ちゃんと動けなくて、みんなに迷惑をかけそうで怖い。

 

 そうやってのんびり話をしていたら、足の痛みも和らいでいた。これくらいなら走れそうだ。

 

「ありがとう、日影さん。そろそろ戻りますね」

「…………僕も一緒に行くよ」

 

 僕たちは、ゆっくり立ち上がって、運動場の中心に戻ってゆく。ちょうど休憩時間だったのか、みんな列を成してはいなくて、バラバラに友達同士で固まり、水筒のお茶を飲んでいた。

 

 ボケルさんたち妖怪組はというと、いつから、そしてどこからどうやって諸々を調達したのか、お寿司屋さんごっこを始めている。職人役はボケルさんだ。この寿司屋では、プリンアラモードのみを提供していた。

 

 寿司屋を観察している場合ではない。僕は小走りでケータ先輩やフミカさんたちのグループに入ろうとするが、ふと振り向くと、日影さんが立ち止まっている。

 

「……………………」

「日影さん? 体調、やっぱり悪いですか?」

「あ…………何でもないよ。行こうか」

 

 心配だなあ、と僕は思う。引っ越す前の僕は、夜遅くまで塾に通っていたから、夕飯の準備や風呂掃除なんかもあって、寝不足気味だった。

 

 そういえば、この前、お父さんがそろそろ塾の面接に行こうとか言っていた。うわ、憂鬱。友達いなかった頃ならともかく、ボケルさんたちと遊ぶ時間なくなっちゃうし…………じゃなくて。

 

「あ、あの、歩くの速かったですよね。ごめんなさい」

「怪我が大したことないなら、それでいいよ」

 

 僕は日影マオさんと歩調を合わせて、みんなのところに戻る。それに気づいたケータ先輩たちが、手を振ってくれる。

 

 手を振り返しながら、僕はぼんやりと考えた。

 

 さっき、日影さんが見ていた方向。あそこは、ボケルさんたちが遊んでいた場所だった。

 

 だから何だという話ではない。いろいろテンパってるとき、何もないところを見つめてしまうことなんて、誰にでもある。僕もそうだった。視覚情報を減らして、思考を整理する時間は必要なのだ。寝不足なら、尚更。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上から見る景色は、特段貴重なものではない。少なくとも、あらゆる法則に逆らって浮力を獲得できる妖怪にとっては。

 

 マオがケータたちと他愛ない話をするのを見て、薄く長く息をついた。それは、首に巻いた双頭の大蛇のマフラーも同様であった。

 

()()()が、心身に深い悪影響をもたらしていたら、そんな状態で体育なんて、と危惧していたが、大したことはなさそうである。

 

 そのとき、足元に“気”を感知する。微弱だが、質の高い妖気だ。

 

 見下げると、幼児がいた。

 

「何やってるのだ? オロチは子供が好きなのだ?」

「…………違う。否、人間は嫌いではないが、子供に特別関心があるわけではない」

 

 この龍の子は、妖魔界でたまに妖術の修行をしつつ、人間界に寝床を置いている妖怪だ。そういう者は珍しくない。こと、この桜町においては。

 

 オロチは、龍の子の鼻から、やけに瑞々しい色の鼻水が垂れているのを知った。龍の口(マフラー)にティッシュを一枚咥えさせ、拭いてやる。

 

 龍神の力を受け継ぐ子────りゅーくんは、柵に張り付いて、グラウンドを見下ろした。

 

「モミジがいるのだ」

「知っているのか?」

「この間、ともだちになったのだ。…………あ、水晶玉を見つけてくれた変なハニワもいる!」

 

 雨村モミジ。稀な力を持つようだが、今のところはそれだけだ。ケータやイナホらが親しくしているということは、悪人ではないだろうから、オロチも警戒していない。

 

 問題は、奴の相棒。秘宝妖怪のヤマトボケルだ。聞けば、先の元祖本家両軍によるおにぎりパーティー準備に、ヤマトボケルが現れたらしい。そして、土蜘蛛と大ガマをサンタクロースのソリではねたとか。仮にも、一千年を生き抜いた大妖怪をふたりも、である。

 

「ふざけた姿をしているが、奴もまた特級妖怪ということか…………」

「っくしゅん!」

「…………今度からは自分でティッシュを持ち歩け」

 

 再度鼻水をかんでやっていると、また妖気を察知した。今度は背後。りゅーくんよりも遥かに大きい、炎のように苛烈な妖気だ。

 

 だが、敵意はない。

 

「君、暇なの?」

「ちゃんと働いている」

「子守として?」

「それはお前とて同じだろう、キュウビ」

 

 そこにいたのは、名前の通り九本の尾を持つ妖狐であった。

 

 権威の象徴である金、神聖な白、高貴な紫とが入り混じった毛並み。野生動物のそれとは異なり、毛の一本一本の先端にまで、強い妖力が漲っている。

 

 キュウビは、紅を差した目を細めた。

 

「日がなフラフラしてる君には分からないだろうけど、教師ってのはただの子守じゃないんだ。だから、“この件”もとっとと終わらせたい。遅くとも、運動会(らいしゅう)までにはね」

 

 狐は他者を化かす。キュウビは、その典型(ステレオタイプ)に当てはまるような妖怪であるが、今言ったことは嘘ではないだろう。来週までこの一件が落ち着いていなかったら、それはとんだ異常事態だ。

 

 りゅーくんは肝が据わっているのか、はたまた無知なだけか、格上の狐妖怪を恐れることなく、平然と空を見上げていた。

 

 青い、青い空だ。太陽も健在だ。日光に阻まれ見えづらくなっているが、星々もそこかしこに散りばめられている。

 

 しかし、“月”が無い。地球の衛星、日光を反射して輝く月が、空のどこにも見当たらない。

 

 無論、天体そのものが消失したのではない。ツクヨミという、強大な力を持った妖怪が消えたことで、世界の均衡が崩れ、月の光が届かなくなっているのだ。

 

「ツクヨミは、本当にこの町にいるんだな?」

「断定はできない。単に、ツクヨミ相当の妖力じゃないと発生しない、力場の乱れが観測されたってだけさ」

 

 現在、評議会の招集に応じた上級の妖怪たちが、目下捜索に当たっている。ケータたちも、本日の学業が済んだら手伝ってくれるそうだ。

 

 またもや愛らしいくしゃみが聞こえたので、視線を外したままマフラーで処理してやる。オロチだからこそ可能な高等技術であった。

 

 直後、ぶわりと青白い煙が滑り込んでくる。

 

 不定形に揺らぐ煙は、やがて一箇所に(むす)ぼれて、怪しき形を成した。

 

 古典妖怪『えんらえんら』。煙特有の性質から、元祖・本家両軍の連絡係を務めている。

 

「…………オロチ様。キュウビ様。御二方のおやかたさまより、ご通達が」

 

 そのとき、りゅーくんの水晶玉が微かに光る。ある光景が映し出された。

 

 闇に浮かぶ、無数の向日葵。

 

 ────そして。

 

「ムゲン地獄から、どんどろが消失していたそうです」

 

 向日葵畑の奥には、光の妖気(オーラ)を纏い、闇を茹で上がらせる、巨大な釜が鎮座していた。

 

 





◇オロチ
種族 ニョロロン
ランク S
分類 イマドキ妖怪
好物 魚介

かつて“あばれ大蛇”として恐れられた、妖魔界のエリート。真面目な性格で、真っ当にイケメン。現在は、極秘裏に、とある子供たちを見守る任務に就いている・・・・・・が、割と周囲からはバレバレである。


◇キュウビ
種族 フシギ
ランク S
分類 イマドキ妖怪
好物 おでん

妖怪の中でもトップクラスの実力を有する、九本の尾を持つ狐妖怪。その中でも『紅蓮の親方』の異名を持つキュウビは、とある町にて、守り神として信仰されているらしいが・・・・・・?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。