『ALL PERFECT‼︎GAME CLEAR‼︎』
「やったー‼︎モミジくん、次やる?」
「え、ええ? できるかなぁ…………」
放課後。
僕とボケルさんとガブニャンさんは、イナホ先輩、USAピョンさんと共に、ツクヨミさん探しに乗り出した────のだが。
「イナホ! 音ゲーやってる場合じゃないダニ‼︎ツクヨミの捜索はどうしたダニ⁉︎」
「うおおおお‼︎味がしない‼︎味がしないですよぉぉぉ‼︎」
「ヤマトボケル‼︎マシーンをかじるなダニ‼︎」
「チッ…………ツッコんでんじゃねえよ」
「マヨネーズをしまえダニ‼︎…………ガブニャン! プリクラに入っちゃ駄目ダニ‼︎」
「うるせ〜‼︎心霊写真にオレっちはなる‼︎」
USAピョンさんのツッコミが、矢継ぎ早に飛ぶ。引率の先生みたいだな、という感想は心に封じておく。
さくらニュータウンの商業区、さくら中央シティ。そこにあるゲームセンター『ピコピコランド』に、僕たちはいた。
氾濫する色と光と音と呼吸。これが、都会。これが、ゲームセンター。ハラハラするような、ワクワクするような、不思議な気持ちになる。
音ゲーの筐体から離れたイナホ先輩が、辺りをキョロキョロ見回して挙動不審な僕を見て、口を開いた。
「モミジくん。もしや、ゲーセンお初でありますか?」
「お、お恥ずかしながら…………」
「いーのいーの。“先輩”として、ワタシがエスコートするから! 何からやる? クレーンゲーム? マリカ? 太鼓? ワニのやつ?」
「えっと、えー…………」
分からない。よく分からない。何がやりたいのか、やりたくないのか。いっぱい、いろいろ、考えることがあるのは疲れる。
というか、何で僕、ここにいるんだっけ…………?
「テメーらぁぁぁぁ‼︎遊んでんじゃねえダニィィィィィィ‼︎」
「ツクヨミは月の神様なんでしょ? だったらさぁ、昼間から探しても意味なくない? 勝負は日が落ちてからだよ!」
「そんなこと言って、どうせ
「おほほほ、大した推理ですわ。USAピョンさん、あなたミステリ作家になるとよくってよ」
「全く…………あ、こらユーたち! それはミーの
僕たちは、ゲーセンを出て、駅前のファストフード店『モグモグバーガー』でお茶休憩をしている。側から見れば小学生2人なんだろうけど、本当は妖怪が3匹、テーブルに乗って、フライドポテトを奪い合いながら食べている。可愛い。
結局、あの後、イナホ先輩はあらゆる手を尽くしてUSAピョンさんを宥めすかし、2時間ほどゲーセンに居座ったのであった。
とはいえ、僕も僕でクレーンゲームを楽しみまくったから、先輩を責めることはできない。先輩の見事な手腕により入手できたぬいぐるみを抱きしめながら、そう考える。
僕が好きな『はじっこぐらし』というキャラクターのシリーズ。今月は妖精がテーマなのだ。蝶の羽が生えた黒熊のぬいぐるみは、新テーマ発表からずっと欲しいと願っていたものだったので、とても嬉しい。
ふと、先輩から視線を外すと、隣の席の高校生たちがソフトクリームを食べているのが見えた。
ひんやりと硬そうで、しかし綿雲のように柔らかそうで、白く輝く渦巻きの宝玉。美味しそう。何より可愛い。
「ソフトクリーム、頼んでおけばよかったかな…………」
「今からでも頼めばいいじゃん。ぬいぐるみはワタシが見ておくから、遠慮せず行ってきて!」
「あ、ありがとうございます…………では、お、お言葉に甘えて…………」
ぬいぐるみをイナホ先輩に預け、僕はお財布片手に席を立つ。
レジには2、3人くらい並んでいた。これならすぐにソフトクリームが食べられそうだ。ソフトクリーム。ソフトクリーム。ソフトクリーム…………
「どこ見て歩いてんだガキ‼︎」
「ひゃえっ⁉︎」
怒声にビクつく。頭部を手で守りながら周囲を見るが、声の主らしき人は店内にはいない。どうやら、さっきの声は、僕に向けられたものではないらしい。
数秒遅れて、気が付いた。
店の外。自動ドアの向こう側。駅前の大通りの歩道。ガラの悪そうな大人3人が、自分より背丈の低い子を取り囲んでいる。
大人の方はこの季節なのに薄着で、鍛えているのかガタイが良い。
囲まれている方の子は、僕と同じか、それより少し上の年齢に見える。尖った髪質や鋭い目つき、ヘッドフォン、変わったネックレスから、不良っぽいイメージを抱いた。
「おいおい、そっちからぶつかっといて謝罪もナシかよ」
「礼儀も知らねえのか坊ちゃんよぉ。ったく、お里が知れるぜ」
「……………………」
「なんか答えろよ。それともアレか? “ハーフ”だから日本語分かんねえとか?」
ギャハハハハハハ…………汚くざらついた笑い声が響く。
なに? 喧嘩? 当たり屋? 他のお客さんたちがざわつく。
外にいる通行人たちは、騒ぎの原因を面倒そうに見やるか、そそくさと避けていくだけだ。止める素振りは見受けられない。
さっきまではソフトクリームで頭がいっぱいだった僕だが、そうも言っていられない。
どうしよう。先輩や、ボケルさんたちに頼る? 警察呼ぶ? まだ暴力を振るわれてるわけじゃなさそうだし、様子見していい感じ?
────本当に、それでいいの?
「ま、てめーはお子様だから、今回は慰謝料100円で勘弁してやるよ」
「100円って何かわかりまちゅか〜?」
だって、僕なんかじゃ助けにならない。先輩たちみたいに、強くもないし、口達者でもない。見えないものが見えるようになったからって、僕自身は何も変わらない。
────でも、見過ごしていいの? あんなの許していいの?
────それは、正しい判断なの?
自動ドア一枚だ。
ただ、そこを一人で通るだけ。
それくらい、それくらい、それくらい…………
「けっ、ダンマリかよ。もういいわ、行こうぜ…………」
「ま、ままま、待って‼︎くだ、ひゃいっ‼︎」
「あ?」
無策で飛び出してしまった。なんか終わりそうだったのに、余計なことしてしまった。死にたい。殺してくれ。やっぱ死にたくない。
「け、けけい、警察呼びますよ」
「警察〜? 俺たち何もしてねえけど」
「なんだコイツ。お前の友達か?」
「頭イカレ仲間じゃね?」
スマートフォンを掲げて、こういう輩に対しては焼け石に水であろう脅しをかける。
だが、襲われている子供の人数が2人になれば、多少はみんな気にかけてくれるかもしれない。頼む、誰か来てくれ、追い返してくれ。
懸命に祈り続けていた、そのとき。
「ホーホケキョー‼︎ハロウィンとクリスマス一緒にこーい‼︎」
「…………は?」
「え、なに、おい、どうしたんだよ…………⁉︎」
「ホーホケキョー‼︎夏だぜ‼︎俺は歌うぜ‼︎ホーホケキョー‼︎」
大人の一人が、突然ウグイスの鳴き真似を始めた。下手だった。可愛くない。
いや、そんなこと言っている場合じゃない。さっきまでオラついてたのに、急に様子が変わるなんて、絶対におかしい。
これは、妖怪の仕業だ。
「る〜け〜ぼ〜と〜ま〜や〜!」
紫色の妖気が降り注ぎ、2人目の被害者を生み出す。
「うひぇー‼︎俺たちはケモノだ‼︎パンツなんて脱ぎ捨ててやるー‼︎」
「ホーホケキョー‼︎」
「ワァァァァ‼︎やめろ馬鹿ぁぁぁぁ‼︎お前らどうしちまったんだよぉぉぉぉ‼︎」
各々、錯乱する3人組。
先程までは皆、疎ましげに通り過ぎるだけだったのに、人々は立ち止まるようになり、スマホで動画や写真を撮る人まで現れた。肖像権の侵害。正直、助けるというより野次馬に近いが。
だが、チャンスは今しかない。
僕はすかさず、ヘッドフォンの子の手を握った。
「そ、ソフトクリーム、ソフトクリーム買いに行きましょ、ねっ⁉︎」
「…………ソフトクリーム?」
「ソフトクリーム食べたいですよねソフトクリーム何故ならソフトクリームは可愛くて美味しくて可愛くて黄金比(?)だから! さあ食べましょう!」
自分でも何言ってるのか分からないが、とにかく今はこの場を離れるのが最善だ。そして先輩たちを頼ろう。
人混みの隙間を縫って店に飛び込む。自動ドアは無機質に僕たちを受け入れた。店の奥から、「こっちこっち」とイナホ先輩が手招きしている。
店員さんやお客さんたちの視線とヒソヒソ話が痛いが、流石にSNSで晒したりはすまい。そう信じたい。
どうにか自分の席に辿り着く。安堵でつま先から崩れ落ちそうだ。さっき助けた子を、イナホ先輩の隣に座らせ、僕はぬいぐるみを受け取った。
「あー…………癒し」
「なんか大変そうでしたな〜。怪我してない?」
「ほとぼりが冷めるまでは、ここにいた方がいいダニ」
「はい…………ご迷惑おかけします…………」
「アホなやつらニャン。石でも投げればすぐお陀仏になるようなヨワヨワ脳みそのくせに、なんであんなにイキれるニャン?」
「ブーメラン
ハニワが投げたブーメランは、ガブニャンさんの後頭部に刺さった。
「ニャー‼︎⁉︎お前ヤマトボケルお前ええええええ‼︎」
「ふー、喉乾きました。おっと丁度いいところにジュースが」
「そ、それはオレっちのグレープソーダ‼︎勝手に飲むなニャー‼︎」
「飲んじゃった♡」
「ゆるさぁぁぁぁん‼︎」
ボケルさんとガブニャンさんが、またもやケンカを始めてしまった。モワモワと湧く砂埃の中では、武装ハニワと黒マント猫又がボコボコじゃれあっている。
しかし、ともだち妖怪を見て微笑ましい気持ちを感じている場合ではない。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「お金せびられてたよね? やっぱポリスメン呼んじゃいます?」
僕とイナホ先輩で尋ねると、不良さん(仮)は、不機嫌そうに腕組みしてボソッと答える。
「別になんもねえよ」
「よ、良かった…………」
ほっと胸を撫で下ろす。イナホ先輩はにこやかにパンケーキを頬張っていたが、少しして「ん?」と首を傾げた。
パンケーキが不味かったのだろうか、と一瞬思ったが、そうでもないらしい。
先輩は不良さんの顔を、正面、左右、斜め下などからまじまじと観察した。そしてパンケーキを咀嚼して飲み込む。
「あれ? あれ、あれあれ…………?」
「……………………」
「なんかこの顔、どっかで見たような?」
「……………………」
不良さんは顔を背けるが、イナホ先輩は追跡を止めない。
「ていうか、ワタシたち、どこかで会ってません? ねえ、君の名は…………」
突如、不良さんがスクッと立ち上がった。
「帰る」
「ええっ⁉︎」
待って、野次馬がまだ、と追いかけた。
引き止めようとした。だが、それは出来なかった。
誰もいなかったのである。
店の外の通りには、誰もいない。店内の人たちも、さっきのざわめきが嘘のように静まり返っている。息はしている、雑談もしている、でも今さっきの事件が無かったみたいに振る舞っている。
幻を見ているかのようだった。それとも、これが“化かされる”ということなのか。
そうこうしているうちに、あの不良少年は、どこぞへと消えてしまった。
「あ、あー…………え? どういうこと?」
「ちょっ、消化不良なんですけどー⁉︎なんですか、あの思わせぶりな褐色イケメンショタはー⁉︎」
青い空、高く上った太陽の下。
僕たちは、何かわだかまりを抱えたまま、取り残されたのであった。
本当にこれでよかったのだろうか。なんかこう、結果的にたまたま上手く行きました感がすごい。僕が脳内で反省会を開いていると、イナホ先輩が優しく背中を叩いてくれた。
「ま、人助けできただけでも花丸大吉満点でしょ! グレートだったよ、モミジくん!」
「えっ、えへへ、そうですか先輩?」
でも、まぁ。そりゃ僕も頑張ったかもだけど、僕だけの力じゃ解決できなかった。
足元を見やると、ボケルさんが絵本を読んでいた。『美女と野獣』だ。なにゆえ。
「ボケルさん、ありがとうございました」
「ボケっ? はてさて、なんのことでしょう?」
「いやお前、『私ちょっとトイレ〜』とか意味ありげにタイミング良く飛び出して…………ニャー‼︎しっぽ踏んでんじゃねえ‼︎ええい、仕返しニャー‼︎」
「ボケー‼︎ポテト食った手で顔を引っ掻くな‼︎このハニワ洗いたてなんだぞ‼︎」
「ハニワを洗うな‼︎」
口論をするふたりを眺めながら、不意に、ソフトクリームを食べたかったことを思い出す。
でも、時間的に大丈夫だろうか。学校が終わったのが3時過ぎくらい。あれから結構な時間が経っている。
夕飯も作らないとだし、ソフトクリームを食べる余裕なんて────
そう考えつつ、スマートフォンのロック画面に表示されたデジタル時計を確認した。
「…………え?」
天を仰ぐ。
おかしい。この季節で、この時刻で、コレは変だ。手首に巻いた妖怪ウォッチの時計を見ても、スマホと全く同じ時間を指している。
「どったのモミジくん。ね、今何時? そろそろ探偵社に戻って調査の準備とか」
「…………“一大事”です」
「ほわっつ?」
僕は、震える手で、先輩たちに画面を見せた。覗き込んだ直後、全員の顔に青白い影が落ちる。
「現在の時刻は18時。午後6時。…………とっくに、夜になってます」
月は、闇は、何処へ消えたのか。
僕たちは、まだ知らない。