「────
先輩の提案により、一旦探偵社に戻ってきた僕たち。明かりを点けることもブラインドを開けることも後回しに、イナホ先輩の話に耳を傾ける。
逆光を受ける姿勢で、デスクに肘を着き、両手を組んで口元を隠し、眼鏡を光らせるイナホ先輩。
「我々イナウサ不思議探偵社は、
「自分からサボリに行ってたダニ」
「しかぁし‼︎────そんな折、ワタシたちは『夜が消える』という、未曾有の危機に巻き込まれる! まさに絶体絶命! 絶対運命黙示録! 次回もサービスサービスゥ‼︎見たってや〜‼︎」
「まだ終わってないダニ‼︎あとそこまでピンチにもなってないダニ‼︎」
USAピョンさんのキレのあるツッコミと同時に、ハクさんが長い鼻でブラインドを開ける。パッと明るくなる室内。
現時刻、午後7時。
日は、一寸も落ちていない。
「ツクヨミさんがいなくなったから…………ですよね、コレって」
「冷え性で寝込んだんじゃないですか? あれだけ言っても靴下履かないから…………」
「ハニワ、お前はツクヨミの何なのニャ?」
中央シティのコンビニで買い足したチョコボーを、レジ袋から腹巻の中に移しながら、ガブニャンさんが呆れたようにツッコむ。
イナホ先輩は情報収集のためか暫しパソコンをいじっていたが、不意に何か取り留めのないことを思い出したように呟いた。
「あ、そういえば、さっきエンマ大王から連絡があったんだけど」
「
「モグモグバーガーの帰りにヨロマ*1寄ったときメールで。なんか『どんどろ』までいなくなったとかなんとか」
「そのときに言えダニ‼︎あと重大なことをサラッと言うなダニ‼︎」
「ツクヨミ探しはケータさんとエンマ大王でやるみたいだから、ワタシたちにはひとまず『どんどろ』の行方を追ってほしいって。元祖本家軍の皆さんが集めた目撃情報のリンク、USAピョンの妖怪パッドに送っといたから」
「だから何で今言うダニー⁉︎」
軽く怒りつつも、一応なにやらタブレットらしき端末を操作し始めるUSAピョンさんである。
しかし、僕は情報量と状況についていけなかった。
「あ、あの、『どんどろ』っていうのは……? その方も、妖怪なんですか?」
「ん? そっか、モミジくん知らないのか。ほら〜、アレだよアレ。なんかクリア後の裏ボス的ヤバめの存在?」
先輩が簡潔に説明してくれた。だが、残念ながら、国語の成績があんまりな僕には何一つ読み取れない。
「中身のない説明でモミジを困惑させるなダニ‼︎『どんどろ』っていうのは…………えーと、あった‼︎」
パッドの画面を俊敏にスワイプしていたUSAピョンさんが、目的のページに辿り着いたと同時に、こちら側にくるりと画面を向けてくれる。
そこに映っていたのは、ご飯を炊く昔の道具“釜”に埋まったような外見の、真っ黒くて可愛い妖怪の写真だった。つぶらな瞳、下駄を履いた小さい足、ずらりと並ぶ歯が可愛い。
「可愛い…………!」
「コイツは妖怪『どんどろ』。大昔、戦争で散った妖怪たちの魂と怨念が集合し凝縮された結果、呪いと災いを振り撒く無限の闇となった妖怪ダニ!」
「災い…………?」
「ただでさえ、時空を歪めるほどの強大な妖力を秘めている上、コイツには攻撃が効かないダニ。どんどろは負の感情が元で生まれた妖怪だから、怒りや嫌悪、敵意といった感情が由来する攻撃は、むしろ力として蓄えてしまうダニ」
それは確かに厄介だ。もしこんな可愛い上に強い妖怪が立ちはだかったら、対抗するのはかなり難しいかもしれない。
「どんどろはムゲン地獄ってところの最下層に封じられていたダニ。近年は、封印の呪力と、どんどろ自体の妖力双方が弱体化してきたから、分霊が外にはみ出ることも、たまにあったダニが…………」
よく見ると、釜の蓋らしき部分には、お札の残骸らしきものがたくさん貼り付けられていた。別の画像では、小型化したどんどろのような妖怪が、交差点らしき場所で律儀に信号待ちをしている。
それにしても、無限の“闇”か。
思い浮かぶのは、今日聞いた話。
「向日葵畑…………」
「え?」
どうやら思考が独り言として漏れていたらしく、先輩に聞き返される。
「え、あ、ええ、いやあの、大したことなくて、関連性とか根拠とか無いし、日影真生さん…………クラスメイトから聞いた話なんですけど」
「…………マオくん?」
日影さんの名前を聞いた途端、イナホ先輩は背筋を正した。パソコンを見ながらニヤけていたのに、急に眼鏡の位置を直して真面目な表情になる。
「聞かせて。どんな話?」
「え、えー…………」
日影さんの名前が出た瞬間、空気が変わった。
どういうことですか? 日影さんと先輩、あるいは日影さんと妖怪どんどろには何か関係が? いろいろ質問したいところではあるが、今は話を進めることに集中する。
運動会の練習中に聞いた、変な夢の話。闇と光、向日葵畑の織り成す奇妙な光景────大方の筋を説明すると、イナホ先輩は何度も深く相槌を打つ。
「うん…………うん。やっぱりそれ、ツクヨミとどんどろ、両方に関係あるかも」
「ええっ⁉︎」
そして先輩は席を立ち、何故か室内をゆっくり巡回しながら、自分の推理を語り出した。USAピョンさんとハクさんが、ボケルさんガブニャンさんを挟む形で、ソファーに腰かける。
僕も、複数人掛けソファーの隣にある一人用ソファーに座り、姿勢を楽にして、先輩の話を聞くことにした。
「さっき説明した通り、今は夜が“なくなっている”状態だよね? これは月神であるツクヨミがいなくなった影響だと思っていたけれど、もしかすると、それだけじゃないのでは? なーんて」
「どういうことですか、先輩?」
「…………これはケータさんから聞いた話なんだけど」
そう前置きしてから、イナホ先輩は、デスクの卓上カレンダーを手に取り、何枚かパラパラめくってみせた。
「8月某日。後に妖怪マスターとなる男、天野景太はあることに勘付いた…………『夏休みが長すぎる』と!」
仰々しく、芝居がかった口調。
夏休みが長いのは当たり前、というかあと3ヶ月あってもいいくらいでは? 新学期が憂鬱なタイプの僕は、常々そう考えているのだが。
「他の学校がどうかは知らないけれど、さくら第一小学校では、夏休みは7月の下旬から8月末まで。基本、9月1日からが2学期。しかし、しかしです! 何日何週間経っても、
「そ、それ、今年の話ですか…………?」
先輩は頷いた。
確かに、夏休みは長い。始まって数日は、暫くの間学校に行かなくていいというウキウキが胸中を支配するが、次第にそれも薄れて、後に残るは“退屈”のみ。刻一刻と迫る新学期から考えを逸らしつつ、ただただ惰眠を貪り、朝のこども番組が終わったら昼のつまらないワイドショーや再放送ドラマを見て、夜のアニメまで時間を潰す、長い長い夏の日々。
────思い出したら、なんて虚無な夏休みを過ごしてしまったのだろうという後悔に襲われた。いや、そんなこと言っている暇はない。今はツクヨミさんだ。
「当時は、何だっけ…………アネモネ?」
「イカカモネ議長ダニ」
「そうそうそれ。そのイカなんとか課長って妖怪が起こした大事件のせいで、人間と妖怪の世界のバランスが乱れて、どんどろの力が一時的に膨張しちゃったみたいなんだよね。その影響で、8月が極端に引き延ばされていた…………。それを、ともだち妖怪と共に何とかしたのが、ケータさんってわけよ!」
「先輩…………凄すぎる…………‼︎」
人知れず世界を元のカタチに戻すなんて、まさにアニメのヒーローだ。ヒーローでしかない。ケータ先輩は自分のことを“普通”と謙遜するけれど、全然そんなことないじゃないか。
イナホ先輩は、カレンダーを元の位置に置き直し、再びデスクに着いた。
「つまり、どんどろには時間を操った前例がある。そして、マオくんの話に出てきた向日葵畑。今の季節は咲いていない花だけど…………」
「どんどろが、空間の時期を夏に固定していれば、あり得ないことじゃない…………?」
「その通り! さらに言うなら、“光っているように見えた闇”はツクヨミ&どんどろでファイナルアンサー!」
グッと親指を立て、イナホ先輩は推理を〆た。
そして、ここまでの推理から導き出される結論は────
「ツクヨミさんは、どんどろと一緒にいるかもってことですか…………⁉︎」
「そーいうこと!」
返答しつつ先輩はパソコンを閉じ、妖怪大辞典らしきものをカバンに投じる。仕上げに、弧を描くように上着を羽織る。一連の動作はテキパキしており、探偵と言うに相応しかった。
「さぁ、行くよワトソン君! ここからが
「イナホ、そのワトソンってミーのことダニ? ミーで合ってるダニ?」
「私はトマソン!」
「ハニワだニャン」
ムゲン地獄への入口は、幾つかある。そのうち、人間界にあって、一番近所なのが、団々坂のひがん山トンネルの“向こう側”。
「おっかしいなぁ…………」
ハクさんに留守番を任せ、僕たちは目的地に無事到着した…………は、いいものの。
イナホ先輩はスマホと睨めっこして、それから目の前の林を見やる。
舗装された道路の外。ガードレールの奥。鬱蒼としげる、雑木林。確かに、この奥に何かありそうな気配がする。
「本当なら、この辺のガードレールが破れてて、道が続いてるはずなんだけど…………ああっ‼︎」
「どうしました先輩⁉︎」
「…………圏外になった」
見せられた画面の右上からは、四本立つはずの柱が取り払われていた。
ありえないことが起きている。自然が近いとはいえ、こんな街中で、電波が届かないなんて。
僕は辺りを見回す。ここに辿り着くまでに見た、行き交う町の人々みんなが、大抵は立ち尽くして天を仰いだり、スマートフォンを懸命に握っていた。
僕や先輩は、
あの日、あのとき、あのファンシーショップで僕がヤマトボケルさんと出会わなければ、僕も“あちら側”にいたのだろうか。
イナホ先輩とUSAピョンさんが「他の道を調べてみようか」と相談しかけた、そのとき。
「
ボケルさんが、岩石や砂埃を纏って
突然の出来事に、僕たち全員、呆気に取られる。
しかしすぐに気を取り直し、僕は暗がりに突っ込んでいこうとするボケルさんに手を伸ばした。
「ボケルさん待って‼︎危ないです、よ…………⁉︎」
瞬間。
シャボン玉が爆ぜるように。凍ったアイスを、スプーンで無理矢理かき混ぜるように。
何かの表面が、壊れた。
そして、溢れ出すのは、霧状になった金と紫のナニカ。現れたるは、獣道と色の無いトンネル。
「What's!? 何が起こったダニ⁉︎」
「雨村モミジの力が効いた…………なるほどニャン。この先にいる何者かが、周辺の土地全体に『とりつき』、認識阻害と電波妨害を引き起こしていたニャンね」
「おや、あなた意外と頭がおよろしいんですね。これを機に小学生のストーキングを辞め、東大に行ってはいかがです?」
「しばくぞハニワァ‼︎」
「チッ…………学歴主義者め…………」
「それはお前じゃー‼︎」
またまた喧嘩を始めてしまったボケルさんとガブニャンさん。USAピョンさんは銃を構え、イナホ先輩の側にピタッと張りつく。
対して、イナホ先輩は拳を突き上げ、威勢良くロケットスタートを切った。
「よし、トンネルも見えたことだし、後はどんどろとツクヨミを見つけるだけ‼︎不思議探偵社、
「こ、コラ‼︎単独で突っ走るヤツは死ぬダニ‼︎」
「雨村モミジに勝つのはオレっちニャァァァァァァン‼︎」
「が、ガブニャンさん! 走ると転んじゃいますよ⁉︎」
「ズコーッ‼︎」
「言わんこっちゃないですね。私はスケボで悠々と行かズテーン‼︎」
「ボケルさーん⁉︎」
わちゃわちゃ、ワーワー、キャーキャー。走って転んで立ち止まって騒ぎつつ、僕たちはトンネルを進む。
山を貫通し、コンクリートで塗り固めた壁。光や酸素が断絶しているわけではないが、どうしようもなく閉塞感のある道を進む。
時間の流れは止まらない。延々と続くトンネルにも、終わりは存在する。
「ここに…………ツクヨミさんが…………?」
「何これホントに⁉︎前来たときと全っ然違うんだけど⁉︎」
────トンネルを抜けると、そこは、向日葵畑であった。