「オレっちが何したって言うのニャン‼︎いや、いろいろしたけどもォォォォ‼︎」
『つくどろ〜ん! どんよみろ〜ん! どどんがど〜ん‼︎』
「シェエエエエ‼︎死ぬうううう‼︎」
やっと見つけたガブニャンさんは、大きな負傷もなく生きていたが、何かに追い回されているようだった。
この闇でガブニャンさんの姿が視認できたのは、追尾する“それ”がぼんやりと発光していたからである。
“それ”は、地球儀と同じくらいのサイズの恒星だった。紫と金の、奇怪だが美しいマーブル模様が、表面で流動している。ドクドクと拍動する様子は、爆発寸前の爆弾のよう。その、火炎のような、金魚のような、優美で不規則な動き方には見覚えがあった。
「…………人魂?」
夜行さんが、ソロキャン*1のときに伴っていた人魂と、今ガブニャンさんを追いかけ、一定間隔で光弾を撃ち込んでいるものは、色味以外よく似ている。
「恐らく、アレがヨミどろの“
パティシエさんが言う。後半の部分はよく聞き取れなかったが、苛立っているのはなんとなく伝わった。
「ぱ、パティシエさん」
「待て、モミジ。あまり私に近寄るな」
僕が何か声を掛けようとすると、パティシエさんは慌てて後ずさったようだった。魂の光が及ぶ範囲からも距離を取っている。
何か、不都合なことでもあるのかと思っていると。
「今の私は絶賛全裸タイムだ」
「ぜんら」
パティシエさんは全裸らしい。
「安心しろ、
「はいてる」
パンイチらしい。
僕はパティシエさんから、人間二人分ほど距離を取った。やっぱり、この人はとにかく話しかけちゃいけないタイプの都市伝説なのかもしれない。
そこで、僕はある事実に気がついた。
「…………あれ? ガブニャンさん…………長毛種から普通の猫に戻ってる?」
じっくり観察してみると、ふさふさんの『とりつき』でモッファモファに伸びたはずの毛が、綺麗さっぱり消えている。
「ふさふさんの『とりつき』が分厚すぎて、浄化の力が
(自称)パンイチのパティシエさんは、何事かぶつぶつと呟いていたが、それよりも僕は、どうやってガブニャンさんを助けようかと考えていた。
考えろ、頭をフル稼働させろ、雨村モミジ。魂のスピードはそこまで速くない。ドッジボールより遅い。これなら僕でも止められる。だがしかし、妖怪の魂って人が触って大丈夫なやつなのか? しかも、大妖怪と大妖怪が融合した魂だ。かなりの危険物である。
やっぱり、そろそろ呼ぶか、エンマ大王様。
「オレっちがこうなったのも、全部雨村モミジのせいニャン…………! おのれ雨村モミジ…………!」
「ええ…………?」
「くっ、走るの疲れすぎて雨村モミジの幻覚が見えてきたニャン…………!」
「げ、幻覚じゃな…………」
「幻覚になってまでオレっちを苦しめたいのかニャン…………」
ガブニャンさんは相当ヤバい状態だ。早くエンマ大王に助けてもらおう、とポケットからメダルを取り出した瞬間。
「うおおおお幻覚モミジィィィィ‼︎オレっちの恨みを喰らえェェェェ‼︎」
「ぎょわぁっ⁉︎」
ガブニャンさんは自暴自棄になったのか、推定幻覚の僕にタックル。腹に衝撃。体幹が紙以下の僕は、足がもつれてバランスを崩し、勢いでメダルを取り落としてしまった。
「ああっ、エンマ大王のメダルー‼︎」
妖怪国宝が! 世界遺産が! スイス銀行に預ける予定のプライスレスメダルが! ミジンコ間抜けノロマ小学生に預けたばっかりに、闇の奥に失われてしまった。
いや、今ならまだ間に合う。僕は闇に這いつくばって、手探りでメダルを探した。
「め、メダル〜…………エンマ大王様の妖怪メダル〜…………」
「イーヒッヒッヒッヒッヒ‼︎幻覚のモミジを倒してやったニャン‼︎耳貸してやるから、辞世の句をつく
とうとう、ヨミどろさんの魂はガブニャンさんに追いつき、体当たりやビーム、逆十字ひしぎ固めなど、多彩な方法でガブニャンさんをボコボコにしていた。
「あっ、が、ガブニャンさん‼︎」
エンマ大王のメダルを探す手を、そのままガブニャンさんに伸ばす。このまま殴られ続けたら、ガブニャンさんは灰になってしまう。どんな困難に遭っても、ともだちを守らなくては。
と、思っていたら。
「こんニャロメー‼︎オレっちがいつもいつも噛ませ“猫”だと思ったら大間違いニャン‼︎」
ガブニャンさんが、気合いの一発を魂にかます。魂の攻勢が怯んだコンマ数秒を見逃さず、ガブニャンさんはしゅるりと拘束を解いて逃げ出した。
つまり、僕とガブニャンさんはすれ違い。
指先が、魂に触れる。
刹那、光と闇が
「うわあああああああ⁉︎」
「なななな、ニャニャー⁉︎」
突然、魂が二つに分裂し、激しい衝撃波が生じた。眩しさと暗さで、すぐに何も見えなくなる。
そんな中、僕は何とかグラグラの体幹と足で踏ん張りつつ、ガブニャンさんのマントの裾を掴むことができた。
「ガブニャンさん! 怪我はないですか⁉︎」
「ニャー⁉︎雨村モミジ⁉︎現実だったニャン⁉︎」
一体何が起きたんだ。ヨミどろさんの魂が分かれた、ということは、合成が解けたのだろうが…………どうして急に? ガブニャンさんへの攻撃で、妖力を消費したのだろうか。
「…………互いが互いにかけていた『とりつき』が、解除されたのだ。これはその反動だな」
「パンイ…………パティシエさん⁉︎」
パティシエさんの声だ。パンツ一丁だというのに、この衝撃波に耐えている。それどころか、声には余裕があり、立ち姿の影は不動だ。
「『とりつき』って、どういう…………?」
「経緯は知らん。だが、事故で融合したというエンマの推測が正しければ…………奴らはお互いに取り憑くことで、相手を弾き出そうとしたのだろう。しかし、目論見は外れた。むしろ融合の形は歪み、力のコントロールが壊れてしまった」
僕は、妖怪についてまだ知らないことばかりだ。だから、本当なら、顔も知らないこのひとの言葉も、鵜呑みにするのは危ないと思う。
けれど、パティシエさんの言うことは、妙に確信できるというか、納得できるというか、信頼しようと思える何かがあった。
何故だろう。会ったのはついさっきなのに、まるで何日何週間も一緒に暮らしていたかのような安心感を覚えるのだ。
「わ、わっ、わわっ⁉︎」
そんなことを考えていたら、とうとうスタミナが尽きて、僕はどんどん後ろに押されていく。光と闇の嵐は、全く勢いが衰えない。
「…………チッ。運動会の前に骨折なんてしたら、またウジウジ落ち込まれて面倒だ」
「え?」
運動会?
パティシエさんが、何でそんなことを、知って。
「モミジ」
「あ、はい」
「転ぶときはそのアホ猫を
「いきなり何を言い出すニャン‼︎つーかコイツは誰ニャン⁉︎」
誰なんだろう。僕も知らない。
いや、知っているはずなんだ。情報を整理して、よくよく考えてみれば、僕にだって見当がつくはずなのに。何故だか、地下深くのダンジョンに放り出されたみたいに、このひとの全てを未知のように感じる。
「私の剣で衝撃を相殺する。その間に受け身でも取っておけ」
「え、ええ? 受け身?」
受け身って何? そんなのやったことないけど。というか、パティシエさんって剣持ってるの? パティシエなのに? 全裸って言ってなかった?
僕の困惑をよそに、パティシエさんは何かを唱えはじめる。
「────
紡がれる
月光と宵闇が荒れ狂う空間に、
「『神剣────◾️◾️ノムラクモ』ッ‼︎」
一閃。
剣が振り下ろされる。
その瞬間、視界を覆っていた妖気の霧が晴れ、パティシエさんの正体が見えた。
全身に装備された、真っ赤な鎧。歴史の教科書で見たような気がする、奇妙な髪型。
どこか淋しそうな、虚ろな黒い眼差し。
しかし、それらはすぐにまた、衝撃波の向こうに消える。
光と闇の大瀑布に押し流され、吹き飛ばされながら、僕の心に浮かぶ言葉はたった一つ。
────全裸は嘘だったのか…………。