ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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ヤマトボケルのお引っ越し

 

 

 

 メロンクリームソーダだったり、グレープジュースだったり、あるいはピンクレモネードだったり。妖魔界の空が甘酸っぱい色に変化するのは、妖気を大量に頬張っている証拠だ。

 

 今日は黄金の雲が流れ、天が晴れ渡る、良いショッピング日和だった。アーマーテラスが(妖怪なりに)健康に生きているのだから当然である。今度は妹も誘ってみよう。最近彼女は働き詰めのようだったから。

 

護衛(ガード)ありがとう、ドグシャッコー。ここで構いません」

「ワカリマシタ、オキヲツケテ」

 

 ドグシャッコーは巫女の魂を吹き込まれているからか、アーマーテラスがそばに置いていて居心地の良いガーディアン妖怪だった。

 

 お宝を守るのが彼女の役目ではあるが、ヨーデルセンが解放され、秘宝妖怪たちも遺跡を離れて自由に出歩いている現在、ガーディアン妖怪の仕事は雇われ警備員に近い。

 

 巨大な土偶が妖混み(ひとごみ)に紛れて見えなくなるまで見送ってから、アーマーテラスは百も千も連なる鳥居を通って屋敷に帰る。

 

 神社に似た外装の木造建築。日輪の恵みにより、この周辺だけは常に朝日が眩しい。水道、電気、ガス、Wi-Fi完備。お風呂はジャグジー。使ったことはないがヘリポート付き。妖怪引きこもり協会副会長にして、妖怪長者番付万年一位のヒキコウモリが住むという『天野家のクローゼット』に並ぶ、“引きこもりの聖地”として名高いアーマーテラス邸である。

 

 だが、そんな屋敷をあろうことか押し入れ代わりにする無礼者がいた。

 

 そいつは庭でゴルフボールを打っている。

 

 パターを強く握りしめ、勢いをつけて振り上げて……その勢いに呑まれて、トイレットペーパーの如く宙で回転した。

 

「ナイスショッ」

 

 どこがだろうか。

 

 鎮座したままのボールを取り上げ、パターも奪い、横に投げ捨てると、アーマーテラスはあどけない童顔を顰めた。

 

「……ヤマトボケル」

「なんでしょう」

「私の庭で球技をすることは認めません」

「チッ」

「舌打ちも禁止です」

 

 ヤマトボケルは観念したのか、渋々立ち上がって、それはもう嫌そうな顔で先祖を見つめた。

 

「まぁ良いでしょう……ちょうどここを引っ越す予定なんです」

「そもそも住む許可を出した覚えはありません。()く去りなさ………………引っ越す?」

「はい。寂しいですか?」

 

 寂しいも何も、日中はこうやって家に凸撃してきて、夜はLINEでシュールなスタンプ爆撃を行なってくるアホの子孫にそんなことを思うはずがない。

 

「どこに転居するつもりですか?」

「人間界です。とんだ腰抜けウザいボケ野郎を可及的速やかに教育する必要性に駆られまして」

「………………」

 

 腰抜けのウザいボケ野郎は貴方でしょう? 自己紹介ですか? というツッコミは求められていないのであろう。

 

 しかし、このボケやろ……可愛い子孫から、生きている人間の話を聞くのは何百年振りだろうか。もしかしたら()()以来かもしれない。

 

 しみじみと昔を追想していると、突如大地が波打った。

 

 地震ではない。神だのエンマ大王だのの怒りでもない。ヤマトボケルが、屋敷から大荷物を担ぎ出していたのだ。どこぞの狛犬妖怪が「もんげー!!」と叫ぶ声が聞こえなくもない。

 

「ちょっ!? ヤマトボケル!! 貴方、それだけの私物を私の屋敷に放置していたのですか!?」

「心頭滅却すれば、納戸(なんど)も都……」

「会話をなさい、()れ者が!!」

 

 よく見ると、大荷物は巨大な唐草模様の風呂敷に包まれていて、その隙間からは洗濯機や電子レンジ、冷蔵庫、大型テレビなども、申し訳なさそうに覗いている。ぽろっと零れ落ちたのは、元祖本家饅頭の箱(開封済み)。

 

「何故家財道具一式が!? これもう住んでましたよね!? ……はっ! ま、まさか、半年前から微妙に光熱費や水道代が上がっていたのは……!!」

 

 そのとき、太陽のものではない、無機質で妖しい、青白い光が視界に刺さった。

 

 見れば、空間を繋ぐ妖怪『うんがい鏡』がなぜかここにいて、鏡面は光を放っている。

 

 その正面に立つハニワは、振り返ることなく、荷物ごとスタスタと鏡の中に消えていった。

 

 後に残されたのは、何も知らない哀れなうんがい鏡が一枚と、数世紀ぶりにブチ切れ寸前の太陽神。

 

八咫鏡(やたのかがみ)!!」

「「は、はいーっ!! 何用で後座いましょうか!?」」

 

 アーマーテラスを飾る、うんがい鏡に似た一対の魔鏡『八咫鏡』が、涙目で問う。主神は自分たちに怒っているのではないとは分かっているが、正直めちゃくちゃ怖い。

 

「あのバカ子孫を追い掛けます!! 即刻準備なさい!!」

「も、申し訳ありませんアーマーテラス様! 目的地が分からなければ、飛ばそうにも飛ばせませぬ!」

「さっきのうんがい鏡に、ヤマトボケルがどこに行ったか聞けば……」

 

 アーマーテラスは、うんがい鏡を見た。正確には、うんがい鏡が()()()()を見た。

 

 恐れ慄いたCランク妖怪は、とっくにその場から逃げ出していたのだ。

 

 アーマーテラスは膝をついた。

 

 半年の間、居候に気付かなかったアーマーテラス様もちょっとどうかと思う、と、八咫鏡は2枚とも同じことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケータの部屋には、3匹の妖怪が住んでいる。

 

 ひとりはウィスパー。妖怪執事で、「契約が終わるまでは」ケータに付き纏……いや、付き従うとのことだが、契約って具体的に何? した覚えないんだけど……と、ケータは思っている。

 

 ふたり目はジバニャン。魚屋の交差点で交通事故に遭った地縛霊の猫妖怪。しかし、あそこの交差点で死んだ猫が多すぎて住処を追い出され、現在ケータの部屋に居候している。そんなに猫が亡くなるなんて、あの交差点は呪われてるんじゃなかろうか。

 

 そして、さんにん目がヒキコウモリ。ケータの部屋のクローゼットに引きこもっている妖怪なのだが、いつの間にか財力・妖脈(じんみゃく)・ハイテク方面に特化したチート妖怪に進化していた。ある意味一番頼れるともだち妖怪かもしれない。実際、ヒキコウモリに助けられた場面は何度もある。

 

 そのヒキコウモリ、基本的にケータたちがトリオでワーワー大騒ぎしているときは沈黙しているのだが、たまに自分から話しかけてくることがあった。

 

 コンコン、とクローゼットの戸が内側から叩かれるのがその合図。

 

 ケータがクローゼットを開けると、パソコンのブルーライトに照らされたヒキコウモリの顔が、薄闇に浮かぶ。

 

「すみません、ケータさん。お尋ねしたいことがあるのですが」

「なに、ヒキコウモリ?」

「実は先程、イナホさんからメールが届いたんです。ある人間の方を探しているようでして……」

 

 こちらの方に見覚えはありませんか? と、超音波のように高い声で尋ねられる。布団みたいな翼が器用にノートパソコンを回して、画面をこちらに見せてきた。

 

 最新型のパソコンは、画像が本物よりクリアで鮮明だ。だからこそ、ケータは写真を見て一瞬ギョッとして、よくよく目を凝らしてからまた驚いた。

 

 短い黒髪。伏せ目がちな両目。緑のジャケット。

 

「こ……これ、雨村モミジくんじゃん!」

「お知り合いでしたか……?」

「知り合いも何も、転校生で、うちのクラスに……」

 

 しかも隣の席だ。どこまでも普通な自分に、『隣の席に転校生が!』なんて都合良すぎるスペシャルイベントが降りかかったものだから、彼の顔はよく覚えている。

 

「詳しいことは言えないそうですが、彼がある事件に関わっているらしく……」

「ある事件って……モミジくんに妖怪は見えてないはずじゃ……」

 

 イナウサ不思議探偵社が相手にするのは、妖怪のお悩み相談。雨村モミジが調査対象となっているということは、つまりモミジが妖怪の誰かと何かしらの関係があることになる。

 

「たとえ妖怪が見えていなくとも、人間は皆、それなりに妖怪に影響を与えているものでうぃす。それこそ、妖怪が人間社会に困った現象を引き起こすのと同じくらいに」

「ウィスパー」

 

 つらつらと語る妖怪執事は、くるくる回ったり浮き沈みしたり、大仰なジェスチャーをつけて解説する。

 

「そもそも! 妖怪の中には、生前人間だったり、人間界で生きていた生物・無生物だった者も数多く存在します。いくら科学が発展して夜が明るくなろうとも、人間と妖怪は互いに持ちつ持たれつの共生関係。どちらかが絶滅すれば、世界は均衡を失い……」

「はいはい。要するに、モミジくんに妖怪が見えてても見えてなくても関係ないってことでしょ」

 

 その通り! と、何故か誇らしげにウィスパーは首肯した。若干うざったいが、これがウィスパーなのだから、別に今更気になったりはしない。

 

「……それに、今見えていなくとも、明日はどうなるか分かりませんよ?」

「え?」

「ケータくんだってそうでしょう」

 

 ウィスパーが指差したのは、今まさにケータが左腕に装着している妖怪ウォッチドリーム。いや、『妖怪ウォッチ』という道具の概念そのもの。

 

「平凡な子供が、ある日突然運命と出逢うのは昔からのお約束。ラッパを吹いていたら『親方ー! 空から女の子がー!』なんてこともあるし、寝坊して研究所に行ったら、最初の3匹は完売し、残りものを渡され……なんてこともございましょう。あの夏の日に、ケータくんが私と運命的な邂逅を果たしたように……モミジくんにも、いつ妖怪との出逢いがあるのか、それは誰にも分かりません……ってちょっとケータきゅん!! 話聞いてます!?」

「聞いてる聞いてる〜」

 

 嘘である。本当は序盤あたりで離脱した。ケータには、ゴロゴロコミックを読むという最優先のタスクがあるのだ。

 

 ウィスパーはというと、せっかく思い出を語る機会を得たのに聞いてもらえないので、膨れっ面になって「ふんっ! ケータくんなんて知りません!」と拗ね散らかしながら妖怪パッドを弄り始めた。

 

 そこで、一連のやりとりを見守っていたヒキコウモリが、頃合いを見て控えめに口を挟む。

 

「あのー……ひとつよろしいでしょうか」

「あ、事件の話だっけ」

「はい、その……私、思い出したのですが……最近、隣に新しく引っ越してきた方、おられますよね?」

 

 そういえば、何日か前、ケータの家の隣に引っ越しのトラックが来ていた。隣近所への挨拶は両親に任せきりだったので、どんな人かは知らないが。

 

「私の記憶が正しければ……隣に住んでいる方の名前、確か『アメムラ』さんだったような……」

「………………えぇっ!?」

 

 時刻は夕方5時半過ぎ。お隣さんは、異常現象の数々に疲れてお昼寝中であった。

 

 

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