「ん、うぅっ……? いまなんじ……?」
目覚めたら、まずはベッドの近くにある置き時計に手を伸ばすのがルーティンだ。
ナメ吉のかわいい顔が上部にプリントされたデジタル時計には、AM5:44と表示されている。まだ大分朝早い。
いつ寝たんだっけ、僕。確かファンシーショップから帰ってきてから……そう、なんだか疲れて昼寝して、変な夢を見たんだった。ハニワ人形が喋り出して、自分は妖怪だとか言う、変な夢。
それから宿題やって、お風呂掃除して、夕飯の用意をして、お母さんとお父さんが帰ってきたのを出迎えて……明日の準備、は……
「やっば……してない」
する前に、またベッドに倒れ込んで寝ちゃったのだった。今からすぐやって、それから二度寝するか。
頭も肩も足も、どこもかしこも重いけど、欠片ばかりの義務感だけで起きる。それにしても昨日の夢は変だった。ヤマトボケル? 妖怪ウォッチ? 妖怪メダル? 友情の証? 我ながらリアルで精巧な夢だった。
……友情、かぁ。あれが現実なら、どれほど良かったか。
「メリークリスマース!!」
突然に破裂音がして、僕はずっこけた。
クラッカーの音だと分かったのは、辺りにピロピロしたリボンが散らばったからだ。
クラッカーを持っているのは、僕の肩より少し低いくらいの大きさの、赤い鎧を纏った巨大なハニワ。
「寝起きドッキリを仕掛けるつもりでしたが、その直前に起きられるとは。変なところで勘が鋭い……」
「ほえ……? ハニワがしゃべってる?」
「寝ぼけてるんですか?」
僕は目をパチクリさせた。
ハニワが動いてる。喋ってる。クラッカー鳴らした。不満げな顔して腰に手を当てている。寝起きドッキリとか言ってた。
「なるほど夢か……おやすみなさい」
僕はベッドに潜り込む。
すかさず『パァン!!』。クラッカー2発目。
「メリークリスマスセカンド!!」
「な、ななななんですか!?」
「ともだち契約を蹴った上に無視とは良い度胸ですね!? まだツッコまれてはいませんが、私そろそろキレますよ」
「ま、待って待って……待ってください」
キレられるのは困る。僕は他人の怒鳴り声が苦手なのだ。
ベッドから下りて、ハニワの前にきちんと膝を揃えて正座した。クラッカーが効いたのか、段々と思考が明瞭になってくる。
「……ヤマトボケルさん?」
「またまた登場、ヤマトボケルです。はい」
「こんな早朝にどうしたんですか……?」
「ここに住みます」
耳を疑った。
「住む」
「今日からお世話になります。これは引っ越しそばです」
手渡された重厚な箱は、玉手箱を思わせる。恐る恐る紐を解くと、そこには、ネギを添えられて光り輝く麺があった。
うどんだった。
「後でいただきます……」
僕はパン派だが、朝食としていただくとしよう。蓋をきっちり閉める。
なんとなく周囲を見回す。前の家より少し広い自室には、ぬいぐるみや、お菓子や星を模した数々の宝物が溢れている。多少クローゼットに入れるなりして片付ければ、布団を一枚敷くことくらいは出来るだろうが、それまでだ。
「……うち、狭いですよ」
「クローゼットをレンタルする予定なので問題ありません」
「クローゼットをレンタル」
「ヒキコウモリという、富豪妖怪がいるのです。その妖怪は五百にも及ぶクローゼットを所有していまして、家賃は高めですが、私は秘宝妖怪ですから……」
へぇ、そうなんだ。
ヒキコウモリ。クローゼット。家賃。秘宝妖怪。聞いたことのある言葉とない言葉が、頭の中で下手な社交ダンスを踊っている。
「ところで、妖怪ウォッチはどうしたんですか?」
「もちろん持ってますよ」
そう言って、僕は学習デスクの上に置いてある小物入れを持ってきた。金の縁と色とりどりのビーズで彩られた紅色の宝箱のような小物入れは、幼稚園の頃からの宝物だ。
鍵穴を象ったボタンを押すと、箱がパカっと開く。中にはちゃんと、妖怪ウォッチと妖怪メダルが入っていた。
「ほら」
「そうですか……おい!! 箱を閉じるな! ウォッチとメダルを出せ!! どうせもうすぐ登校でしょうが!!」
「え……?」
ちゃんと扱っているかを確認しに来たのではなかったのか。
ヤマトボケルさんは、丸い目を吊り上げて怒る。
「『え?』じゃない!! 妖怪ウォッチは常に身に付けておくモノです!!」
「でも……」
「でもも鴨鍋もありません!! 自ら箱に封じるなんて前代未聞です!!」
「でも……せっかく貰ったものだから、壊したり汚したりしたくない、です……」
「……………………」
ついつい可愛いものに一目惚れしては買ってしまう僕だが、ファンシーグッズを外に……特に学校に持って行くことは少ない。
大事なものは、一番安心できる場所で、ずっと抱えておきたい。きっとそれは、僕がモノを大切にしてるんじゃなくて、
ヤマトボケルさんの表情は心なしか和らいでおり、「むぅ……」と腕を組む。
「顔、洗ってきますね」
「ああ、はい」
「部屋のものは……えっと、やっぱりいいです。狭い部屋だけど、好きに寛いでください」
会社に行ってくるね。はい、行ってらっしゃい。何百回目かの朝の恒例行事を、今日も済ませる。
でも、今朝は違う。僕の隣にはハニワがいる。
「妖怪って……本当に、他の人には見えてないんですね」
「その妖怪ウォッチは、妖怪を見たり、呼び出したりすることができる腕時計なのです。昔は妖魔界に混乱をもたらす道具として、封印されたり、狙われていたこともありました……今もですが」
「そんなに凄いものなんですか?」
確かに、妖怪が見えるなんて凄い道具だとは思う。でも、それは妖怪が見えない、あるいは見えなかった僕のような人間の主観だ。妖怪側にものすごい影響を与えるとはあまり思えない。だって、妖怪は遥か昔から、当たり前にこの世界に存在していたんだ。人間と同じように。
これに世界を転覆するほどの力があるのだろうか。僕は左腕に着けたウォッチを、太陽に透かして眺めた。
「というか、ヤマトボケルさん。もしかして、学校まで着いてくる……んですか」
「ムゲン地獄のひと聞こえますかー」
あ、これ聞いてない。でもいいか、一緒に登校してくれるなら心強い。……本当にそうかな。相手は妖怪だよ? でもヤマトボケルさんは良い妖怪だよ、ウォッチくれたし、何よりかわいいし。根拠になってない。僕の中で僕が入り乱れて、口論を繰り広げる。
暑い。今日は28度まで上がるんだっけ。早く準備して、家を出よう。
髪にさっと櫛を通し、ランドセルを背負い、靴を履き、ドアを開ける。一気に被さってくる陽光。
「妖怪って……これで照らしたら、見えるんですよね」
外の世界が、なんだかいつもより光って見える。妖怪ウォッチで見る世界は、どんな風なんだろう。どんな妖怪がいて、どんな世界が広がっているんだろう。
足がソワソワ落ち着かない。足だけじゃない、手も背中も目も口も慌ただしく歓声を上げている。こんなに未来に期待したのは、久しぶりかもしれない。
恐れや怯えなんてなかった。横のボタンを押すと、青い光が時計の前面から放たれる。
「────スパー、朝からうるさいよ。ジバニャン、チョコボー食べながら歩かないで……」
同時に、隣の家から黒いランドセルを背負った子供が出てくる。
一番星が目を引く赤い服。頭頂部が大きめにハネた髪。僕と同じ時計。いや、彼の方が前から持っていた。
まさか“彼”が出てくるとは思わなかった。ウォッチの光を向けた先に現れるのが、まずは妖怪じゃなくて人間なんて。
「……えぇ!? 天野くん!?」
「あ、あーっ!! モミジくん!!」
そのとき、黒い影が2つ浮かび上がる。天野くんの頭のそばに浮いているタマゴみたいなのがひとつ。足元に、二足で立つ猫っぽいのがもうひとつ。
「………………よ……妖怪さんが、ふたり?」
「うぃすぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「オレっちのこと見えてるニャン!?」
「てかヤマトボケル!? なんでここに!?」
転校2日目の朝は、昨日の朝には想像できなかったくらい、騒々しく始まった。