「私めはウィスパー。ケータくんの妖怪執事でうぃっす」
「オレっちジバニャン! よろしくニャン、モミジ!」
「あ、ああ、雨村モミジです……初めまして……」
「そして私がヤマトボケル」
「「お前は知っとるわ!!」」
ぎょろっとした目と白い人魂みたいなフォルムが特徴的なウィスパーさん。しっぽが二股に分かれた、赤毛の猫妖怪ジバニャンさん。
ふたりは、ずいぶん前から……僕が引っ越してくる、ずっとずっと前の夏から、天野くんと一緒にいるらしい。
「それにしてもビックリしたよ! モミジくんが、昨日のうちに妖怪ウォッチ貰ってるなんてさ……しかも、ヤマトボケルから」
「ヤマトボケルさんと天野くん……知り合い、なんです、ね?」
「はい、『ともだち』です」
ともだち。ってことは、そうか。天野くんは、ヤマトボケルさんのメダルを持っているんだ。
どうやって『ともだち』になったんだろう。僕みたいに、ファンシーショップ……な訳ないか。でも、天野くんは僕と違って明るく元気だから、きっと自分からヤマトボケルさんに話しかけたんだろうなぁ。
「……モミジくん?」
「あ、ごめんなさい。何ですか?」
「聞きたいことはいろいろあるんだけど、早く登校しなきゃまずいかなーって」
反射的に腕時計を見た。マジカルなひみつ道具の割りに、時間表示は正しいようで、時計の針は7時過ぎを指している。
とりあえず学校まで歩きながら話そう、ということになった。
通勤の人、中学生、高校生、保育園か幼稚園の子を連れた親御さん、散歩中のご老人が、次々に僕たちの隣を通り過ぎてゆく。みんなそれぞれに昨日までの生活があり、今日からの人生がある。
青い空、白い雲。電線の上でスズメがハミングする。さくら住宅街の朝は、絵に描いたような現代社会の朝だ。
でも、この奥深くあるいは裏側には、妖怪たちの住む世界があるんだってことを知っている人が、果たして何人いるやら。
僕はひとまず、妖怪ウォッチを得た経緯を話した。
「ファンシーショップで貰った?」
「なんか無料サービスだって言われたんです。天野くんはどうだったんですか?」
「オレは、おおもり山……ほら、学校の裏山の、あそこ。神社の奥にあるご神木の根元にガシャガシャがあって……」
「そう! レアな虫に導かれたケータくんは、私の声を聞いてガシャガシャを回し、封印から解放してくださったのです! そのお礼としてお渡ししたのが、まさしく妖怪ウォッチでうぃす!」
今オレが喋ってたんだけど!? と不満を言う天野くん。対してウィスパーさんはとても嬉しそうだった。ウィスパーさんにとっては、自分で語りたくなるくらい嬉しい想い出なんだろう。
「しかし……妖怪ウォッチを持っていたということは、そのファンシーショップの店員さんは妖怪なのかもしれませんね」
「ええ!?」
店員さんは、確かに妙な気迫こそあったけど、和風アクセと朗らかな笑顔が似合う普通の大人に見えていた。ハニワでもソフトクリームでも猫でもない、人間のカタチをしていた。
「世の中には、人間に化けて、人間社会に溶け込む妖怪も多いですからね〜。それに妖怪ウォッチが売っているのは、現状妖魔界のヨップルストアだけのはずです」
「そうなんですか?」
「それの他にも、妖怪ウォッチはたくさんあるんだよ」
天野くんが教えてくれる。彼が言うには、妖怪ウォッチはヨップル社(妖怪のIT企業的存在らしい)が製造・販売していて、度重なる改良やデザインの一新を重ねた結果、いろんな種類の妖怪ウォッチが作られているのだとか。
「オレが最初に貰ったのは、この白くてシンプルなヤツかな。他にも、
「そんなにあるんですね……!?」
「ウォッチごとに使えるメダルが違ったりもするから、どんどんメダルが増えていくし、妖怪大辞典もその分何冊も増えるからさ、片付けるの大変なんだよね」
「へ、へぇ………………」
大変と語るわりには、なんだか嬉しそうだし余裕がある。これは相当なベテランだ。経験者だ。チャンピオンだ。
それに比べて、僕はなんてちっぽけでつまらないヤツなんだろう。天野くんは人間とも妖怪とも仲良くしてるっていうのに、僕は何もできていない。
「はぁぁ………………」
「モミジくん、大丈夫?」
「へ、へへ、平気です。ご、ご心配なきよう」
しまった。こんなに大きな溜息なんかついて、天野くんが不快な思いをしたかもしれない。それに上手く舌が回らないし。
ヤマトボケルさんとは、それなりに……いや、僕にしては、平均点を3点だけ下回るくらい良く出来ていた。3点“だけ”だ。雨村モミジの半生に残る大偉業だ。
「ねぇモミジくん」
「なななななんでございましょう」
やべぇ嫌われたらどうしよう。一秒でも冷めた目で見られたら川に身投げする自信がある。
だが、そんな僕の被害妄想とは裏腹に、天野くんはとても優しい笑顔を向けてくれた。
「そりゃあ、急に妖怪がどうとか言われても、なかなか頭が追いつかないよね」
「えぇっと……いやぁ、あはは……」
「わかんないこととかあったらさ、遠慮なく聞いてよ。オレも、まだまだ妖怪について知らないこと多いけど……できるだけモミジくんの力になりたいんだ!」
「あ……あ、あ、天野くん……!!」
なんて優しい人なんだ。この方、普通に良い人だ。蔑んでくるかもなんて想像した僕が愚かだった。
「じゃあ……これからは天野くんのこと、『先輩』って呼ばなきゃですね!」
「せ!? せん、ぱい!?」
気のせいだろうか。すぐ近くで雷が落ち、地響きがした。
「いや、いやいやいやいやいやそんなにかしこまらなくていいよ、下の名前呼びでさ、『ケータ先輩』とか……」
「ちゃっかり『先輩』呼びは残してるニャン」
「ケータくんも兄貴風吹かしたい年頃なんでうぃすね〜」
「いいいいいいじゃん別に!!」
ケータ先輩とウィスパーさん、ジバニャンさんが何やら言い合っていたが、僕はそれよりもこれからの毎日に想いを馳せていた。
優しいクラスメイトもいるし、妖怪もいるし、僕の人生、これから少しは上方修正されるのでは? なんて期待してみたり。
「押すなよ……押すなよ……絶対に押すなよ……」
ヤマトボケルさんはというと、どこかから用意した水槽にお湯を張って、水槽の縁を掴んで四つん這いになり踏ん張っていた。ハニワって水に浸けて大丈夫なのだろうか。
「そんでアータは何やってんだコラァ!!」
すかさず、ウィスパーさんがハリセンを振りかぶってヤマトボケルさんを吹っ飛ばす。倒れる水槽、溢れる熱湯、民家の塀にめり込むハニワ。
昨日取り憑いた(未遂)ときもそうだが、ヤマトボケルさんは身体が頑丈なようだ。すぐに体勢を立て直し、声のトーンを下げて不平を鳴らす。
「チッ……だからツッコミとか要らねえつってんだろ……」
「この子、一応あなたのパートナーなんでしょーが!! フォローしたらどうなんでうぃす!? 同級生を先輩呼びしようとしてんすよ!!」
「いいじゃないですか『先輩』で。私なんか『ハニワ様』で『顔見知り』ですけど〜?」
「あ、え、おっ、その件につきましては、その」
ヤマトボケルさんは、恨めしげに僕の方をチラチラ見た。
だって、いやだって急に『ともだち』なんて言われても困るし、だって僕はヤマトボケルさんに何もしてないのに友達になんてなれるわけないし、いやでも好意を無下にしてしまったことへの罪悪感はあの、えー、その。
「い、生きててごめんなさい……?」
「謝罪じゃなくて誠実な事後処理と対応求めてるんです!! ぎゃーっ!! またツッコミなんかをしてしまいました!!」
「ツッコミ“なんか”とは何ですか!! アンタみたいに文脈無視してボケ続けるようなボー○ボ気取りの扱いに
そうこうしているうちに、さくら第一小学校が見えてきた。最初に来たときは刑務所の如き重みを感じていたけれど、今は少しだけ違って見える。
校庭の木は紅や金に着飾り、涼しい風が頬を撫でる。たった一日で、景色はこんなに変わるのか。
「ひとがわちゃわちゃしてんのに良い感じのモノローグを……ってまたツッコんでしまったぁぁぁぁ!!」
ヤマトボケルさんが地面にゴロゴロ転がって悶絶する。コンクリートの上で転がったら怪我しちゃいますよ、と言ったら、物凄く何か言いたげに見上げられた。
「まぁ、こんなやつは置いといて」
ウィスパーさんが、物を右から左に置き直すようなジェスチャーをしてから、首も腰も見当たらない丸い身体で丁寧にお辞儀する。
「私めはケータくんの執事ですが、妖怪について知らないことがあれば、私が何でもお答えしましょう。今後ともよろしくお願いします、モミジくん」
「家となりだし、オレっちもたまーに遊びに行ってやるニャン!」
「うん。明日からも一緒に登校しようよ、モミジくん。だってオレたち、もう『ともだち』なんだし!」
「……とも、だち、ですか?」
でも、僕とケータ先輩は、まだ知り合って2日目で、大して会話もしてなくて、遊んでもいないしメアド交換してないし命救ってないし。
「友達になるのに条件も理由も要らないよ! オレは、もうモミジくんのこと『ともだち』って思ってる。ヤマトボケルだってさ、そうなんじゃない?」
「ヤマトボケルさんが……?」
「『ともだち』だって認めなきゃ、妖怪メダルは渡さないじゃん。ね?」
ケータ先輩がヤマトボケルさんの顔を覗き込むと、ハニワの空洞の眼差しが逃げるように上を向く。
「えぇ、そりゃあ、はい」
「ほらこう言ってるし! だから、遠慮なく『ともだち』ってことにして良いんだよ」
「えっと……え、っと……皆さんが、ほんとにそれでいいのなら……」
ウィスパーさんもジバニャンさんも頷く。
目の奥が熱くなってきた。感慨深さで、いつもより声帯が震える。
『ともだち』、かぁ。他人への呼称として使うのなんて久しぶりだ。転校初日はあんなに失敗したのに、2日目は人間の友達ひとりと、妖怪の友達さんにんが一気に出来てしまった。
「え、えへへ、へ……で、では、不束者ですが、こ、これ、これから『ともだち』で、よろしくお願いします」
とっても噛んだし日本語が変だったかもしれない。でも、今だけはその間違いを咎めなくても自分を許せる。だって、ちゃんと『ともだち』がいるから。大きな一歩だ。
それから、僕とケータ先輩は、他愛ない雑談ってやつをした。僕がずっと憧れていたやつだ、他愛ない雑談。
勉強の話。新学期の話。運動会の話。天気の話。家の話。クラスの話。町の話。妖怪の話。
ケータ先輩は、ウィスパーさんとジバニャンさんのふたり以外にも、家に妖怪がいるらしい。ヒキコウモリとカメッパというんだとか。なんだか聞き覚えがあるような気がする。
「そ、それにしても……僕、先輩が羨ましいです。そんなに妖怪に慕われてるなんて……」
「いっやぁ〜? それほどでも……あるけどぉ?」
「今日のケータ、めちゃくちゃ胸張ってるニャン」
「これは調子乗ってハナホ人とかの変な妖怪に取り憑かれてやらかすパターンですね……」
「もー! 水差さないでよ!」
ケータ先輩、ウィスパーさんジバニャンさんと仲良いんだなぁ。
僕はそんなことを考えながら、足元で寿限無を唱えながらシャドウボクシングをするヤマトボケルさんに目を向けた。僕も、この妖怪とこんな関係を築けるだろうか。
「でも、本当にいいですね。ケータ先輩、そんなに
「…………………………ゑ?」
あれ、どうしたのだろうか。ケータ先輩たちの顔がヤマトボケルさんみたいになっている。
僕は校門をくぐるけど、ケータ先輩たちは立ち尽くしている。上級生も下級生も同級生も、そんなケータ先輩を不審げに見やっていた。
「……あっ!! も、もちろんヤマトボケルさんもめちゃくちゃ可愛いです! 日本一、世界一、いえ銀河一!!」
「……………………………………ゑゑ?」
「はい?」
みんなのこの、何とも言えない反応。僕は何か重大なミスを犯してしまったらしい。調子に乗ってやらかしたのは僕でした、ごめんなさい。
血の気が引いて、地面に全部温度を吸い取られたようだった。僕は処刑宣告を受けるような心持ちで次の言葉を待つ。
「も……モミジくん?」
「はい」
「かわいいって言うのは……まさか、ウィスパーのことも含んでるの……?」
「は、はい」
「モミジ的に……ヤマトボケルとウィスパーは『可愛い』判定ニャン?」
「はい……そうですけど」
なんで当たり前のこと聞いてるんだろう? ヤマトボケルさんも、ウィスパーさんも、こんなのどこからどう見たってかわいいのに。100人に聞けば、300人が『可愛い』って答えるだろう。常識の範囲内じゃないか。僕は何を試されているんだ?
「ジバニャンさんもかわいいですよ……?」
「ウィスパーのことは……」
「かわいいですよ? ジバニャンさんと同じくらいに」
「お前マジで言ってるのかニャ……?」
「え?」
途端にジバニャンさんは、ウィスパーさんの上の方と下の方のほよほよした部分を引っ掴んで、何をするかと思えば……ゴムみたいに引き伸ばし始めた。
「うぃすぅぅぅぅぅ!? 何すんじゃジバ野郎ぉぉぉぉぉ!?」
「よく見るニャン!! コイツのどこがかわいいニャン!? こんなキモくてウザいバリウム白う○この!! どこが!?」
「負け惜しみはやめなさいジバニャン!! 時代が私に追いついたんでうぃすううううう!! ちぎれるううううう!!」
「えぇ……?」
僕はケータさんの方を見た。苦笑いで目だけを逸らされた。
ヤマトボケルさんは、校門の上で勝利の舞いを踊っていた。どうして勝利の舞いか分かったのかというと、『勝利』と書かれたゴールドな扇子を背負っていたからだ。
「ありえないありえないありえないニャン!! ニャン系妖怪の元祖にして本家にして真打のオレっちがコイツと同じ可愛さとかありえないニャァァァン!!」
「びゃああああああ!! ロープみたいに回すなでうぃす!! 死ぬうううう!!」
ウィスパーさんの悲鳴が校庭にこだまする。でも、この声が……妖怪の声が聞こえているのは、きっと、僕たちだけ。
『ともだち』だけで共有できる秘密が一秒ごとに増えていくみたいで、僕は少し嬉しかった。
「うぃぃぃぃぃすぅぅぅぅぅぅ!?」
※この後ウィスパーはちゃんと救出されました。
◇ケータ
本名『天野景太』。勉強、運動、性格、趣味嗜好、家庭環境、あらゆる面において平凡を極めたごく普通の少年。
ある夏の暑い日、彼が虫捕り中におおもり山の御神木にあったガシャを回し、ウィスパーの封印を解いたことで、妖怪ウォッチの物語は始まった。
妖怪に関わるいろいろな事件を解決し、いろいろあって結果的に世界を救ったことも何度かある。妖怪たちの間では『妖怪マスター』として有名。
普通なりに、後輩ができてテンションが上がっているようだ。
◇ウィスパー
種族 ニョロロン
ランク C
分類 イマドキ妖怪
好物 ソフトクリーム
常にケータに付き添い、サポートし、教え導く妖怪執事。妙に声が渋い。ゲーム版無印では黒幕と疑われたくらい、雰囲気が胡散臭い。
妖怪についてケータに教える役割があるが、妖怪パッドでカンニングすることの方が多い。
割とウザめでたまに口調が悪くなったり、金持ちに対して拗らせていたりするが、基本的にはご主人様のために一生懸命。そんな彼の固有能力はというと────
◇ジバニャン
種族 プリチー
ランク D
分類 イマドキ妖怪
好物 チョコボー
トラックにはねられて死んだ猫の地縛霊。いつも魚屋の交差点でクルマと戦っている。ゲーム版無印ではあまりシナリオに絡んで来ず、チョコボーやニャーKB好きの設定はアニメが初出。
面倒なことが嫌いでだるそうな態度を取るが、善良で正義感は強く、社交的で、それなりに陽の者。
現在はゆえあって天野家に居候中。なお、3人家族の天野家には4体の妖怪が住んでいるため、既に人間より妖怪の数が上回っている。