転がるふたりぼっち   作:240128 虚無って書けません!

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プロローグ
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「あ、君たちは結束バンドの子たちだよね」

 

ライブハウス・スターリーの扉が開け放たれ、何者かが足を踏み入れたようだった。ぼっちちゃんを待っていた、虹夏・リョウ・郁代はようやく来たか?と一斉に振り向き、その姿を見て唖然とした。

 

「どうだろう、久しぶりって言えばいいのかな?はじめましての方かな?いつも“私”がお世話になってます」

 

「「「だ、だれ?!」」」

 

3人と年は同じくらいだろうか?トップスからスカートまで今風に整えられていて、にっこりと3人に微笑む、めちゃくちゃ顔のいい女だった。どうにも結束バンドと既知の関係にある言い様だけど、

 

「え、誰あの人?」「めちゃくちゃよくないですか?あの人?!……いや、でも、ダメよ!私にはリョウ先輩っていう心に決めた人が……」「……?」

 

そうこう言ってるうちに、ぼっちちゃんに用意された残り一つの椅子に、ここいいかな?と女の子が聞いてきて、あまりに顔の良さにいまだ酔いしれる郁代は

 

「どうぞどうぞ!」

 

と、ぼっちちゃんのことをすっかり忘れて、勧めてしまった。

 

「あー、えーっと、どちら様ですか?」

「え?」

 

恐る恐る虹夏が尋ねると、キョトンとした表情で虹夏を見つめ返した。

 

「すみません。3人ともあなたの顔に覚えはないみたいで。どこかで会ったことってありましたっけ?」

「あー」

 

納得したように、女の子は大きく頷いた。少し頭を掻きつつ、背中のギターケースから見覚えのある黒いエレキを取り出した。

 

「これでどうです?」

「ん?ぼっちちゃんのに似てる?似てるっていうか、同じ?そう言えばぼっちちゃんに顔が似てるかも……」

 

皆口々に確かにと呟きつつ、目をエレキギターと女の子の顔の、短い距離を往復させている。

 

「わかりました!ぼっちちゃんの双子のお姉さんでしょう?今日ぼっちちゃんが遅れるから代わりに持ってきてくれたってこと?」

 

名探偵・虹夏。納得の推理に「おお」とリョウ、「後藤さんって双子だったのね!」と郁代が頷いた。結束バンドの面々は奇妙に沸き上がった。

そんな彼女らの反応に、あははは、はぁ、と乾いた笑いで女の子はため息ついた。

 

「そうだよな、わからないよなー」

「ん?」

「私が後藤ひとりです。」

 

「は?」「え」「……嘘ぉ?!」

 

あまりにもアンバランスな発言だった。

いつもは野暮ったいジャージを着、顔からは精気が抜けていて、そして中々目の合わない俊敏な瞳。それが後藤ひとりという少女のはずだった。こんなオシャレで、陽のオーラを発する人のはずがない!

 

「おもしろい冗談だけど、ぼっちはそんなに目に光りはない」

 

断言するリョウ。そうだそうだと外野。

 

「え~、じゃあどうすればわかってもらえるのかな」

「まずはいつものジャージを着てくるところからじゃない?」

「……。私いつも思うんですけど、よくあんな真っピンクのジャージで"私"って街中歩けますよね」

「オメーのことだ!オメーの!!」

「あっ、私が後藤ひとりだってことわかってくれるんですね!」

「そうじゃなくてっ!」

「ん~。そうだなぁ。今はムリだからなぁ」

 

考えこむ女の子。

 

「そうだ!スマホの指紋認証突破できますよ!ほらっ!」

 

ロインの通知音が鳴り響いたのでおのおのが確認すると、確かにぼっちちゃんから結束バンドのグループに

 

「後藤です」

 

と、書き込まれていた。

 

「……確かにぼっちのスマホが主人って認めてくれてるのかもしれないけど、そんなの指紋認証登録しとけば突破できることでしょ?他人のスマホだったとしてもさ」

「なかなか信じてもらえないですね」

「あ、じゃあさ!」

 

虹夏が、いい案を思いついたぞ!と、声を上げた。

 

「今からそのエレキでなんか適当に弾いてもらおうよ!それで決まり!でしょ?」

「確かにね」

「クセとかって出ますもんね!」

 

既に3人とも、後藤ひとりが本来ギターがうまいことに勘づいているし、虹夏だけはギターヒーローのことをぼっちちゃん本人から教えてもらっていた。

 

その流れに、目の前の少女はまずいことになったぞと頬を少し掻いた。

 

「ん~、他に方法はないのかな」

「それが一番手っ取り早いよ!」

 

前からギターヒーローのファンだった虹夏は、ライブのときのひとりの弾き方から正体に気づけたという実績があった。だからこの認証方法に自信を持っていた。ひとりの演奏のデータは虹夏の中にはバンドメンバーとしてのそれと合わせて、ギターヒーロー名義でアップロードされた動画の数も含められる。

間違えようがないのでは?虹夏はそんなふうに思った。

 

「じゃあ、あっちの部屋に行こ?」

「は、はい……」

 

 

自称ぼっちちゃんはどことなく煮え切らない雰囲気を醸し出しつつも、先導されながらスタジオに入って、演奏した。

曲は我らが結束バンドのオリジナル曲。「あの〜」にしようか「孤独と〜」にしようか、3人は多いに悩み、「孤独と〜」を弾いてもらうことにした。

 

ギターを構え、にわかに深呼吸したかと思うと、右手が力強く凪いだ。特徴的なストロークから鳴り響くのは、どこか甘い雰囲気を醸し出す音色。もちろんエフェクターの影響はあるだろうが、これは奏者の技巧のためだと思われた。滑るように左手はうごめき、的確に、ミスなく演奏は続いていく。

グリッサンドによって、溶けていくように音が消え、演奏は終わった。

 

「いや~、うまいですねぇ」

「うまいね」

「うん、うまい……。普段のぼっちちゃんより断然うまいよ」

 

「「でも、弾き方のクセが違う」」

「そうですね、後藤さんとちょっと違うような?」

 

3人からの問い詰めるような口調に、

 

「まいったな」

 

と、少女はたじたじになった。

 

「後藤さんのニセモノさん。ほんとのことを言いなさい!」

 

腕を組んで、うーんとひとしきり悩んだ後、意を決したように重い口を開いた。

 

「……解離性同一性障害、って言えばわかるかな?」

 

「えっ、つまり、二重人格ってこと?!」「二重人格……。疼くな」「へえ!」

 

俄かに沸き上がる面々に、拍子抜けといった表情でぽかんとしていた。それから

 

「こんなに簡単に信じてもらえるとは思わなかったな」

 

くつくつと笑った。

 

「まだ信じてないけど、突拍子もないことをぶちこんでくるのはぼっちちゃんっぽいというか」「到底信じられないからこそ、ぼっちっぽいというか」「後藤さんっぽいですよね」

 

「で、いまここで入れ替われたりするの?」

「あ、あー。今はできないかな。ひとりは最近人と交流しすぎてパンクしちゃったらしくて。それで代わりに出てきたんだよね」

「へー!とたんに信憑性が増したね!」

「顔でもギターでもムリだったのに、身から出た錆みたいなところからようやく信じてもらえるようになるなんて。"私"っぽいというか……」

「まぁまぁ、そう落ち込まないで……。で、今日はどしたの?もしかしてぼっちちゃんが来れないってこと教えに来てくれたの?」

「事情を含めて教えた方がいいかなって。今後のこともあるからね。もしかすると、ぼくと会うのはこれで最後になるかもしれないし、またあるかもしれないけど、さっさと詳らかにしちゃった方が非常時にも差し障りないでしょ?」

「確かに。わざわざありがとね!」

「はい!こちらこそです」

「で、ひっかかったんだけど、今ぼっちちゃん、ぼく?って言ったよね」

「あっ」

 

反射的に口を両の手で押さえる後藤。ずっと黙って成り行きを見守ってる風だったリョウが、画面外からズズイと出てくる感じで、

 

「なに?ぼっちは男の子なの?」

 

場の中に毒を滴下した。

 

「い、いやー、なんて言えばいいのか」

「後藤さん、男の子なの?!」

 

なぜか興奮しつつ、つんのめる姿勢で郁代は問いかけた。すごい勢いだった。後藤も少々、いやかなり引いていた。

 

「まーまー、今どき一人称がぼくとかおれとかの女の子くらい変じゃないでしょー」

 

フォローというか、比較的広い視点からの指摘を虹夏は場にもたらしてくれたものの、依然として「後藤ひとりの第二人格=男」という証明は、数学的帰納法ならば n=k+1 の場合を証明すれば終わりというところまで来ていた。

 

とはいえ。第二人格からしてみれば言うつもりのなかったことが失言から推測された程度のことで、

 

「隠すつもりはなかったんだけど。だってそんなにぼくと会うことってないじゃない、3人はさ?……うん、ぼくは男だって自認してるよ」

 

ここでバレてしまったとして何の問題のないことだった。

 

「きゃーーーーー!!」

 

耳をつんざくような音。スターリーにいた結束バンド以外のバンドのメンバーたちもなんだなんだと注目するものだから、虹夏も後藤もこれはまずいと、立ち上がって興奮し切った郁代を宥めるように動いた。

 

「き、喜多ちゃん?!ステイステイ!どうしたの?!」

 

一瞬で沸騰し切ったかと思いきや、すぐさま郁代は冷静さを取り戻して

 

「はい、なんですか?」

 

努めて冷静に、きれいな笑顔とともに反応を返した。そのあまりの急変にはさしものリョウも恐怖を感じて椅子を3センチ後ろに引いた。そしてその郁代は、

 

「後藤さん。もしよければーー」

 

何を言い出すのか若干身構えた後藤は、

 

「お時間の合うとき、ショッピングに出掛けませんか?」

 

ぎゅっと郁代から手を握られて、そう求められた。

 

「い、いやー、いつぼくが出てくるかとかぼくにもわかんないし〜」

「そのときは、ロインで……」

 

その瞳は恋する乙女のそれだった。虹夏は、呑気にパチパチとカップル誕生を祝うように拍手するリョウに少し目を遣りながら、これから起こるだろう三角関係・いや四角関係に、しゅ、修羅場だ……と呟き頭を抱えた。

サークルやバンドの壊滅はグループ内恋愛によるものが多いらしいが、まさか結束バンドの崩壊はこの瞬間に始まってしまったのではないか?

 

そう、後藤ひとりの第二人格によって。

 

「喜多ちゃん!!」

「なんですか」

「えーっと、そのー」

 

しかし言うべき言葉が見つからない!

あなたにはリョウがいるでしょう?!とでも言うのか?そもそも“リョウがいる”ってどういうことなんだ。

一方、当事者の1人たるリョウは既に今日食べる雑草のことを考えてるようだったし、虹夏、孤軍奮闘の極みだった。

 

「ぼっちちゃん!じゃなくて〜。後藤さん!」

「はい」

「少し、あっちでお話しでも……しませんか?」

「ちょっと先輩!ズルいですよ!」

「話がややこしくなるから喜多ちゃんはちょっと待っててね〜」

「なんでですか?!」

 

こうして虹夏と後藤ひとりは、少しの間スターリーの階段を上って少し歩いた自販機の側でお話をすることになった。このままだとなんかまずいことになりそうだから、くらいの気持ちで衝動的に後藤の引っ張ってきた虹夏だったが、いざこの場で相対してみると何をどう話せばいいのか見当もつかなかった。

 

「で、どうしたんですか?」

 

下唇を触りながら、後藤ひとりが問う。

 

「ええっと〜」

「ふふ。ズバリ!……怖かったんでしょう?」

「えっ?!」

「グループ活動ってメンバー間のバランスってものが必要だと思ってて、その点、結束バンドって結構いいバランスになってるなってぼくも思います」

「あっ」

「ぼくという異物が混ざると、壊れてしまうかもしれない……。なんて、ね?」

「あっ、あはは。えっと、だいたい、その通り……。気でも悪くしたかな?」

「ううん。結束バンドのリーダーとしてがんばってるんだなって思うよ。一応安心してもらうため言っておくと、ぼくだってバランスとる側の人間で、その辺りは上手いって自負してるから。それに、そもそもそんな顔出さないし」

「そっか!その、ごめんね……」

 

心底申し訳なさそうに手を合わせる虹夏に、後藤ひとりは少し口元を緩ませた。

 

「ひとりはさ、これまでの人生こんなに楽しいってことなかったと思うんだ。だからぼくもこのバンド、応援してるんだよね。ずっと続いてほしいって思う」

 

突然の語り出しだったけれど、虹夏は突拍子なさを感じなかった。頷きながら、続く言葉に耳を傾けていた。

 

「だから虹夏みたいにしっかりバンドを見てくれて、些細な危機にも気づいてくれる子がいてくれてるのが確認できただけ、すごく安心できたっていうか」

 

後藤は目を細めて、虹夏を射抜くような視線で貫いた。それからぎゅっと虹夏の手を握る。もう秋になって、いい加減地面を落ち葉が覆い隠さんとする勢いの時節、少しの外出だが寒さに血色の悪くなっていた虹夏の手の甲は赤みを取り戻した。その赤色はぐんぐんと身体を伝わって、顔まで熱くなりつつあった。

 

「ありがとう、ね」

 

続くそんなありふれた言葉が耳の奥の中でぐるぐると渦巻きこびりついて離れようとしなくて、頭の中は、一瞬で洗い流されでもしたみたいに真っ白に漂白されてしまった。

 

「は、はいっ!!」

 

それで、今度は逆。後藤ひとりに連れられるままに虹夏はスターリーの中に戻っていった。まだ肩がゾクゾクする。触れる手のひらがなんでかフワフワしていた。こんなこと虹夏には初めてのことだったから、スターリーの入り口の、姉の前を通り過ぎるとき、無意識に顔を腕で隠した。姉にこの顔を見られるのは、とても恥ずかしいことに思えた。通り過ぎるときも、少しだけ後藤の側に寄って、影に入ろうとした。

 

なのに、いつもひとりからする芳香剤のような香りではなくて、フローラルな、惹きつけるような香りが不意に鼻をさしたから、虹夏は逆らえないような気分になった。

 

果たして、姉の横を通り過ぎた。ぎゅっと目を瞑った。姉とPAさんの話し合いは淀みなく続いていたから、気づかれていないようだった。よかったバレてない。……あれ、何がバレちゃいけないんだっけ?

 

そうなると冷静になってきて、2人が待つところまで進む活力が生まれた。

 

「おっまたせー!」

 

なんてことないように虹夏は席に着こうとしたけれど、郁代とリョウはポカンと虹夏を、というより虹夏と後藤の間を見ていた。

 

「え、なになに。2人ともどうしたの?」

「いや、その」

 

郁代は言いづらそうに、けれどはっきりと口に出した。

 

「どうして手を繋いでるんです?」

 

「えっ」「あっ」

 

黙ってしまう2人を見て、郁代は顔を数瞬固め、それから、あはははと笑った。

 

「そこで黙っちゃうと変なこと疑われちゃいますよ〜!ね、リョウ先輩っ?!」

「ん。さっき裏でなんかあったの?」

「直球すぎます!」

 

相変わらず何を考えてるんだかわからない、言い換えると、何も考えてなさそうな顔で2人を見ているリョウだったが、ほんの少し見定めるような色が滲んでいた。

 

「いっ、いやいや何もなかったって!ね!!」

「うん。実際手を離し忘れただけで、変なところなんてなかったと思うけど?」

「いや。なぜ、手を?」

「流れ?」

 

至極当然、と言った顔で後藤が返すものだからようやく虹夏も、さっきまでなんで自分が慌てていたのかまるでわからないといったくらいに冷静さを取り戻し始めて、リョウ、郁代もほんとうになんでもなかったのでは?と疑念を払拭しつつ、やっぱり“流れ”ってなんだよという疑問も消えない。

 

「「「……」」」

 

結果、沈黙。各々長考状態に入る中で、それを破ったのはやはり

 

「ね、みんな自己紹介しようよ。ぼく、みんなのこと知りたいな」

 

後藤ひとりだった。

これ幸いにと虹夏も乗り掛かる。

 

「ようし!ある意味ぼっちちゃんの双子みたいな子が来たわけだし、自己紹介、しよう!私からね!ドラムの伊地知虹夏。下北沢高校2年!最近の悩みは自室がどんどんリョウの私物に占拠されていくこと!最近はイカ墨ーンやってるからもし持ってたら対戦しようね!以上っ」

「後藤さんと同じ、秀華高校1年!ギターボーカルの喜多です、いつも後藤さんにはお世話になってます!イソスタやってるからよかったら見てみてね!えーっと、後藤さんは、その、イソスタやってますか?もしよかったら、その……」

「あー、イソスタなら」

「山田リョウ、ベース。よろしく」

 

遮るように山田が声を発した。

 

「ちょっと、リョウ先輩!」

 

咎めるような響きをもって郁代が嗜めるけれど、リョウはじいっと後藤を見つめていた。睨んでいると言っても過言ではないような、尋常ならざる空気が漂っていた。とは言え、そもそも山田リョウの気怠げな眼差しは時として誤解を受けるものだったし、どのような意味合いの眼差しなのか、当人以外にわかるはずもなかったし、当人でさえわかっていないのかもしれない。

 

「ううん、平気平気。ひとりがね、一見何考えてるのかわからなくて怖いし、お金せびってくるけど、いい先輩だって言ってたから。まー独特な雰囲気の子なんだろうなって想定してたよ」

「うっ……」

 

クリティカルを食らったような苦悶の表情を浮かべるリョウ。

 

「あはは、早くひとりに返してあげてね」

「まだ返してなかったの!?やっぱりバイトの封筒から抜くしか……」

 

驚愕の虹夏がそう脅しかけると、さすがのリョウも弱々しかった。

 

「くっ、万事休すか。いや、でも……」

 

虹夏とリョウが二人の世界に入り込み、あくまでじゃれ合い程度の、戦闘の予感を感じさせる風が密室のはずのライブハウスを通り過ぎる。側にいる郁代も、唾を飲み込むように一触即発の二人に注目する。今やここは地下の薄暗いライブハウスではなかった。ここは西部。荒野に包まれ孤立した、小さな街の酒場前。砂埃舞い散る一面の黄色。カウボーイハットを被った二人が腰に携えられているピストルをいつ抜くか、その読み合いの最中だった。勝負は些細な物音、風に巻き上げられた砂と砂どうしの擦れた音でさえきっかけになり得た。

 

緊張が走る。

 

「ちょいちょいちょい!世界に入り込まないで~。まだぼくの自己紹介だけしてないんだけど!」

 

「「「あっ」」」

 

緊張は一瞬で弛緩した。

 

「いいかな、ぼくの自己紹介?」

 

こくこくと頷く結束バンドの面々を後目に、後藤ひとりは話し始めた。

 

「ひとりの別人格やってます。母さんからは"もうひとりちゃん"って呼ばれてるけど、ふたりからはお姉ちゃんって呼ばれてるし、父さんからはひとりって呼ばれてる。だからみんなもテキトーに呼んでくれればいいかな。好きなことっていうと、なんだろ、弾いてみた動画見ることと……あと、シーパラに行くことかな。八景にあるんだけど知ってる?」

「八景島シーパラダイスですか?!有名ですよね、あそこ!何回か行きました!よかったら今度みんなで一緒にどうですか?」

「うん、行こっか。あそこ年パスも持ってるくらい好きなんだよね。ジンベエザメがいるんだよ!」

「そうなんですか?……でも、あれ?前行ったときは亡くなったって聞いたような」

「喜多ちゃん、実は新入りがつい最近入ったんだよ。先代は2016年に、ね。あのときは泣いたなあ。ま、みんなで行くときの人格がぼくなのかひとりなのかはわかんないけど」

「ぼっちちゃんとも、ええっと、もうひとりちゃん?とも一緒に行けばいいんじゃないかな?どっちか片方としか行っちゃだめってわけでもないでしょ?時間は合わせにくいかもだけどさ」

「そうですよ!何回行っても楽しいですよ!」

「いや、お金が」

「アナタは浪費癖を改めなさい!」

 

軽く虹夏からどつかれて涙目になっているリョウが、その実、疲れた部分をどこか大切そうに撫でているのを、後藤は冷ややかな目で観察していた。リョウと虹夏は2人同士の独特な掛け合いをある種楽しんでいたし、郁代は郁代でそんな2人を楽しげに眺めていたから気づきようはなかった。

けれど、そのゾッとするような双眸を、PAさんとの会話をボソボソとしつつ結束バンドの方に意識を多少は向けていた店長だけが気付いていた。

 

(ぼっちちゃんあんな目もできるんだ……。かっこいいな。っていうか下唇触る癖なんかあったんだな)

 

いささか期待外れな方向に受け取っていたが。

 

「よし、時間だ。つきあわせちゃってごめんね。そういうわけだから後藤ひとりは今日練習に参加できないんだ。もう邪魔になりそうだし帰るね?」

「えー。後藤さんギター持ってきてるじゃない!」

「これはね、電車でうたた寝してる間にひとりの人格が戻るかもしれないから一応持ってきただけなんだよね。今までで途中で交代することなんてなかったから持ってきて損するだろうなって思ってたけど、結果的に色々と説明しやすくなったみたいでよかったよ」

 

それから3人を見渡すように一人ひとりと目を合わせつつ、小さく頷くと

 

「結束バンドのみんながいい人たちでよかった。ひとりのこと安心して任せられそう。改めてだけど、これからもひとりのことよろしく頼むね」

 

と、そんなことを、言った。

 

「「「もちろん」」」

 

それから後藤ひとりと3人はいくらか会話を楽しみつつ、ひとりがいないから合わせは予定通りとはならなかったけど、いつものスタ練の終了時間ごろにスターリーの入り口で別れた。まずは家が遠い後藤ひとりが駅への目指した。残された3人はそれから、

 

「後藤さんにあんな秘密があったなんて」

 

と感じ入りつつ、

 

「でもぼっちちゃんはぼっちちゃんだよね!」

 

という虹夏の言葉に、リョウも郁代も大きく頷いた。

 

最後にスターリーの入り口前に一人残された虹夏は、今日あったことを思い出して少しだけ顔を赤らめた。それから、例えばもしぼっちちゃんから送られたロインだと思ったら、さっきの第二人格の送ってきたものだったという可能性があることに思い至って、少しだけ怖くなった。

 

でもそんなこと杞憂だろう。

 

踵を返して、階段を降りていった。

 

 

 

 

次の日の話になる。虹夏がいつものように寝る前、動画投稿サイトを漫然と眺めていると新着の動画がちょうど来ていた。ギターヒーローのアカウントからで、夏うたメドレーと題した7分程度の動画だった。短いながらも4曲の有名な夏の歌がきれいにつなぎ合わされていた。ギターの癖からすると多分ぼっちちゃんが演奏してると、思う。しかし注目するのはそこではなかった。いや、演奏技術はさすがギターヒーローと、賞賛に値する。しかし投稿者コメントの欄を見るとどうだ。

 

「今日は彼氏と一緒に水族館に行ったよ〜(絵文字)」

 

虹夏は

 

「ぼっちちゃん、まさか!」

 

一人きりの自室で叫んだ。

 

「自分の二重人格を……彼氏扱いしている?!」

 

バンドメンバーの見てはならないものを見た気分になった虹夏は、そっとスマホの電源を切った。

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