転がるふたりぼっち   作:240128 虚無って書けません!

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こんなふうになりたいなとか、なれたらなとか、そんなことを思いつつ、暗闇の中光踊るステージを見上げながら、後藤ひとりは途方もないものを感じていた。

 

底なしの輝きを放つその場所は、突き放すようにどこまでも高みへ昇っていく。

変拍子にも関わらず正確に刻むドラムは、緻密でありながら幻想的な背景を提供していた。感情的かつロジカルなギターは、その世界に奥行きを与えている。そして、ともすれば崩壊しかねない幻で塗り固めたような世界を確固たるものにするベース。

笛吹きの放つ圧倒的カリスマに手を引かれるようにして、観客たちは浮遊していく。たどり着いたその場所で、聴衆はとぐろを撒くようなうねりとなって、ステージ上の彼女たちの装飾品に成り下がっていた。

 

「すごい、すごいなぁ」

 

およそ500人。

たくさんの人たちがこの場所で一体となっている。お互い見ず知らずの三人称複数が違和感もなく手をつなぎ合っている。

 

「わたしも……」

 

こんなふうになれたらな。

そう呟きそうになって、けれどヴィジョンさえも浮かばないから口をつぐんだ。演奏終了後、観客席にダイブした廣井が群衆の波に乗り、移動していく。最高潮に達するフロア。

どこまでも、どこまでも、どこまでも、

いったい、どこまで?

 

「すごい、すごい、なぁ」

 

からからになった喉から絞り出したこの声が、いつの間に体から漏れてしまったのだろう?

どうしてか、隣の虹夏や郁代には、この声が届いていないといいな、なんて後藤ひとりは考えてしまった。

 

 

 

 

「ぼっちちゃーん、私のライブどうだったー?」

 

ライブ終了後、楽屋にて、滴る汗をタオルで拭きながら、廣井はニコニコとひとりに問いかけた。

 

「……すごかったです」

 

俯き、口を少し緩めて、納得するような口調で返す。

 

「あっあの、お姉さん、キラキラしてました。……すごく、キラキラしてて。それで。私なんて……」

 

尻切れて、その先が続かなかった。廣井は目を大きく開いて、そんなひとりを視野に捉えていた。

 

「ぼっちちゃん?」

 

「は、はい?」

 

廣井は、ううんと首を横に振りながら、

 

「私もね、変わらないよ。学生時代なんて教室の隅っこで、みんなを羨んでた。妬んでたかも」

 

「えっ」

 

「いつも私のことどう見えてた?もしかしてただの酔っ払いだって思ってた?実はさっきもね、ライヴ直前まで意識失ってたせいだと思うけど、いつもよりアルコール足んなくてだいぶドキドキしてたんだぁ」

 

「そ、そうなんですか?!」

 

「うんうん。どう?私のことキラキラしてたって言ってくれたけどさ、緊張とかを鬼ころで吹っ飛ばしてるだけなんだよ。ぼっちちゃんはお酒の力なんて借りなくてもアウェイの中で演奏できたじゃん!それってすごいことじゃん?……私は高校のときにね、こんな生き方じゃつまんねーって一念発起して、それでロックを始めたんだけど。たまたま好きなバンドのベースが、学生時代は教室の隅っこで本でも読んでるようなネクラなやつでって言ってるインタビュー見かけたのも手伝って、ベースを選んで。……あ、自語りごめんね」

 

それは、後藤ひとりにとって覚えのあることだった。

中学1年のとき、初めてギターを握ったあの日のこと。

 

「それで、勇気出して楽器店に行って。ライブハウスに初めて入るときもすっごく緊張したなぁ。階段見下ろしながら、地獄にでも繋がってるのか〜!!って。怖すぎだよね?」

 

うんうんと赤べこ人形みたいに頷く。

 

「ね?どれくらい同じかはわかんないけど、私たちって似たものどうしだって勝手に思ってるんだ。違うかな?」

 

ベースとギター。経験の多寡。

違いを挙げることはできるけれど、挙げられるとしてもこの程度。

 

「ぼっちちゃんはすごい子なんだよ。私がそう思ったの。これも勝手にかもしれない。でもさ、私だってなんの期待もしてない子のことを気にかけるなんてことしないんだよ。私なんて、って思うのはいいけど、支配されちゃダメ。いい?ぼっちちゃんがキラキラしてるって思ったお姉さんが、ぼっちちゃんのことをすごい子だって思ったってこと、これから先絶対に忘れちゃダメだからね?」

 

廣井が目覚める前に志麻に言われた言葉をひとりは反芻した。

 

正直、あんなすごいパフォーマンスをこなせる人にこんなことを言われて、荷が重いったらありゃしないって考えてしまう。

 

「や、やっぱり、わ、私じゃ無理なんじゃないかなって、お姉さんがこれだけ言ってくれても思っちゃうんです」

 

悲愴な言葉に反して、ひとりの顔には熱が灯っていた。

 

「で、でも、一人じゃなくてみんながいるから。今日見たキラキラとは同じじゃないかもしれないですけど、私たちなりのキラキラがきっと見つけられるって、そんな気が、します。……へ、変なこと言っちゃいましたかね?」

 

「ううん!」

 

満面の笑みを浮かべた廣井は拳を握った。

 

「その意気で、がんばれーーーーー!!!」

 

それから、えいえいおーとでも言うように拳を振り抜く。

FOLTの壁は壊れた。

 

 

 

廣井がひとりを連帯責任にしようとしてくるので、ひとりは慌てふためき、銀次郎は心底軽蔑したように廣井を見つめていた。廣井がひゃくぱー悪いと断言した銀次郎により、ひとりは無罪放免、志麻ガチギレ。再び混沌としてきたFOLT。

 

「あんまり遅くまでここらへんにいると補導されちゃうかもしれないから、さっさと帰りなさいね」

 

と銀次郎に言われた結束バンドの面々は真っ直ぐに駅へ向かった。ライブが終わったあと、楽屋で少し駄弁れば、すでに21:00少し前。

学校帰り、突発的に予定が生えてきてライブに参加することになっただけに準備もなく、4人とも制服なのはかなりまずかった。

廣井は保護者として使い物になるはずもないので、志麻が駅まで引率してくれることになった。

 

「おい!帰ってきたら説教の続きするから逃げるなよ」

 

と志麻は吐き捨ててFOLTを出た。ドラマーは苦労人が多い。虹夏はその痛ましい光景を目の当たりにし、我がことのように心を痛めた。

 

同じパートなだけあって虹夏と志麻がドラマー談義をし、それにリョウがときおり口を挟む。郁代とひとりは3人の少しだけ前を歩きながら今日のライブの感想戦をした。

 

「サイケっていうの?不思議な感じね〜。後藤さんはどうだったかしら?」

 

「あっはい、みなさんすごくうまかったですね」

 

「それ、私も思ったわ!前ならそんなことも気づかなかったと思うし、私も成長したのかしらね。私たちも文化祭ライブがんばりましょうね!」

 

「は、はい!」

 

ふふふと満足気に微笑む郁代に、ひとりは顔をまっすぐに見返しながら微笑んだ。

 

 

志麻に新宿まで送ってもらい下北沢に戻ってきた4人は、ライブで得た興奮冷めやらぬ中、文化祭ライブの予定を固めるために駅近のファミレスに入って、各々メニューを注文する。

3人の前に皿が置かれて、残り1人の前にはお客様アンケートの用紙が置かれた。そいつは何もお客様アンケートを書くために用紙を束の中から引っこ抜いたのではない。

そいつ、もといリョウは、用紙の束の横に添えられた消しゴムつき鉛筆でペン回しをしつつ、セットリストの案を組み始めた。

 

「持ち時間15分くらいなんだっけ?」

 

「はい!」

 

「じゃあ、3曲くらいか。だとすれば……」

 

リョウは真っ白なアンケートの裏側に鉛筆で案を書き出し始めた。ぐー、ぐー、ぐーと腹の虫の鳴くのを何でもないように振る舞い、セトリについて話し続ける山田。一方の3人の顔の前には、ほくほくとした湯気が漂っている。

 

「いっただきまーす!」

 

虹夏が箸をとる。ひとりと郁代はバツの悪そうな顔をしながらうんうん唸っていた。リョウは何事もないみたいに話し続ける。かえって一人だけ皿が置かれていないことが強調されていた。

ぐーぐーとだらしない音が鳴り続けるのに、ついに耐えきれなくなった郁代はこんな言葉をかけてしまう。

 

「あのー、リョウ先輩にご飯わけちゃだめですか?」

 

「いいの?ちょうだい!」

 

「ダメ!」

 

身を乗り出す山田を、虹夏は腕で遮った。

 

「いい?リョウはほんとはいっぱいお金持ってるわけ。なのに金遣いが荒いからぼっちちゃんにお金を借りてたわけだし、それに最近まで返してなかったんだよ?少しは痛い目に合うべき!!」

 

「うっ」

 

「郁代〜〜」

 

そう言われれば納得してしまいそうな郁代に、依然として甘えようとする山田。

ぼっちはなんかもういいかなと思って、一人ハンバーグを口に運び始めた。ちっちゃな鉄板の上で、ぱちぱちと跳ねる肉汁。パクリと大口を開けて噛む。溢れ出すジューシー!あまりのおいしさに頬が物理的に落ちそうになるのを右手で押さえた。

他3人は、と言うと。

 

「3Bって知ってる?ベーシスト・ベーシスト・ベーシストだよ!」

 

 

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