転がるふたりぼっち 作:240128 虚無って書けません!
「私が、ギターソロ……」
ファミレスを出て一人になって、駅へ向かう帰り道、リョウに言われたことを思い返していた。
「私たちの文化祭……かぁ」
空を見上げると星が瞬く。
例え郁代の「……後藤さんはほんとうはすごい人なんだって、学校のみんなにも、わかって欲しかったの」という言葉に惑わされただけなのだとして、それでよかったかもしれないと思えた。血迷ってひとりが生徒会室の前のボックスに入れてしまったとき、身から出た錆とはいえとても後悔した。今も後悔していないと言えば嘘になる。相変わらず嫌な想像ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
でもそんなに悪いものじゃないかもしれない。
「リョウ先輩も、4人いるから痛みも4等分って、言ってたもんね……!」
卑近な台詞ではあるけれど、勇気をもらえた。
「それに4人いるから、うれしさが4倍……!」
そんな出来すぎた言葉を信じるなという自分もいた。
けれど、観客からの歓声の瞬間、後ろを振り向くと虹夏が満開の笑顔でサムズアップしてくれる。そんな初ライブのときの光景が焼き付いて脳裏を離れないから。
もう一度あの光景を4人で味わいたいから。
改札口を通り抜けて電車に乗り込み座席に着く。後ろを振り返り車窓を眺めると、夜の外景は車内の光に覆い隠されていて、代わりに後藤ひとりの明瞭な幽霊が映った。まるで魂一つ切り抜かれてしまったようだと、右手で窓に触れた。冷たい感触一枚を隔てて後藤ひとりとその幽霊の手は重なり合った。
それからもう一人の自分を想う。
「褒めてくれるかな、もうひとりの私も」
当日父が来てくれるのかはわからないけれど、来てくれるならビデオで撮ってくれると思う、多分。それを見てもらいたいな。そう思った。色んなことがうまくいくような、好転していくような、そんな予感がしただなんて口が裂けてもいないけれど、ただ、そうありますようにと目を瞑って祈った。絶えず右手から冷気が身体に浸透してくる。目を瞑っているとき、窓の向こうの"わたし"はいったいどんな顔をしているだろう?もうひとりの私が応援してくれるなら、きっと私うまく行く気がする。
いつもより遅くに乗った電車ということもあってがらんとした車内の中、後藤ひとりはいつまでも冷たい感触を味わっていた。
「お父さん、えっと、文化祭のライブに結束バンドで、出ることになったの……!」
金沢八景までお迎えに来てくれた父の車に乗った後藤ひとりは、いつもなら車に入ってすぐに、お父さんいつもありがとう……だの、お、お願いします……!だの言うけれど今回はこれだった。父は一瞬なにをひとりが言ったのか理解できず、少しずつその意味を咀嚼していった。
「……えっ、ひとり文化祭ライブに出るのか?!それって保護者も入れるんだよな?いや~どうしようかな~。おニューのビデオカメラがようやく使えるなぁ!娘の晴れ舞台っ!楽しみだなあ。歯ギターとかするのか??」
「う、うん。確か、家族の参加はできたはず。……歯ギターやっぱりやったほうがいいかな。当日即興でやったらみんな驚いてくれるかな……」
「うんうん!」
「じゃ、じゃあ!歯ギターやるからっ!ビデオよろしくねっ!」
「おう!任せとけ!」
娘の晴れ舞台に興奮して、父は正常な判断を失っていた。
こうして後藤ひとりの歯ギター計画は結束バンドの3人に知らされることなく水面下で進行していく、なんてことにはならず、家に帰ってすぐに母からの冷静な指摘を受けて頓挫した。
もしこれを知ったら結束バンドの2人は、ひとりの母に感謝を伝えていただろう。