転がるふたりぼっち   作:240128 虚無って書けません!

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秀華高校の文化祭1日目。あのぼっちちゃんがメイド喫茶で働く、正しくは働かされている、という物珍しさに、虹夏とリョウはそれはもうわくわくとクラスの扉を叩いた。

 

「ぼっち、もてなせ」

 

不遜に申し付けたリョウを出迎えたのは、後藤ひとりだった。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様」

 

つま先の端から端まで整ったような、妙に堂に入ったカーテシーに2人は目を白黒させてしまう。従来の後藤ひとり像からまるでかけ離れた挙動に、思考停止を余儀なくされた2人の脳を再起動に導いたのは郁代だった。

 

「あ、先輩方!」

 

「あ、喜多ちゃん!」

 

後藤ひとりの背後から顔を覗かせた郁代は、2人を見つけて口を綻ばせた。

 

「私も、後藤さんの様子を見に来たんですけど、実は。後藤さんじゃなくて」

 

「うん、ぼくは交代人格の方ね」

 

「あー!なるほど!」

 

これで合点がいった。もうひとりのぼっちちゃんなら、こんなこと他愛なくこなしてみせるだろう。虹夏はうんうんと、納得するように頷き、山田はどこか不満気な表情をしていた。

 

「あれ、でも執事じゃないんだね。確かここって、執事・メイド喫茶なんだよね」

 

「あはは、そうだよ。さっきまではひとりだったんだけど、メイド服を着る段階になって現実逃避しちゃったみたいでさ、それで今はぼくがやる羽目になってるってわけ」

 

「もう、ぼっちちゃんは……」

 

「でも久しぶりですよね!初めて会ったとき以来でしたっけ?」

 

「あー!あのときって喜多ちゃんいなかった?バイト入ってなかったときだったっけ。ついこの前にスターリーに来てたよ」

 

「え、そうなんですか?!」

 

振り向くように郁代がひとりの方の視線を送る。

 

「うん、スターリーに向かう道中で変わったんだっけな、あのときは。そのままバイトしていったんだよ」

 

「そうなんですね!残念です。その日にバイトを入れておけば!」

 

「あはは。バイトってしたことなかったからさ。ちょっと新鮮で、楽しかったかも」

 

「そう?ならよかったなー。即戦力だったんだよ!初めてだなんて思えない、まさに流れるような手捌きでね。私も驚いちゃった」

 

「そう言ってもらえるとうれしいな。またこういうことがあったらスターリーでお世話になるかもしれないから、よろしくね」

 

「うん!」「はい!」

 

そんな和やかな空気の中、我関せずとばかりに一足先に席に着いていたリョウは、机をコンコンコンと中指の第2関節で叩きながら

 

「で、注文していいの?」

 

と水を差した。わずかにピリッとした空気が教室を満たした。郁代は少しだけ不安そうにしていた。

 

我が道を征く山田リョウが、不躾とも取られるような態度を以って誰かに接してしまいがちなことを虹夏は知っている。けれど本人に悪意なんてかけらもない。ただ無愛想なだけなんだ、と。

けれど後藤ひとり、その交代人格と接するときのリョウはなにかおかしいと感じていた。普段より棘があるような気がするのだ。でも気のせいだと信じた。だってぼっちちゃんの二重人格の方も、いい人、なんだから。リョウの気に障るようなことを一体いつしただろうか?一度だってそんなところを見た覚えはない。だとすれば毛嫌いしてるなんていうのは私の勘違いであり、そうでなければリョウが子どもだからよくわからない理由で苦手にしているんだろうな。そう納得していた。

 

そして今。

 

「ちょっと、リョウ?態度悪いんじゃないの?」

 

どちらが正しいのかを虹夏は理解した。

 

「え」

 

「何が気に食わないんだか知らないけどさ、リョウの方が先輩なわけだから、そんな大人気ない態度やめなよ。こっちのぼっちちゃんに会える機会なんてそんなにないんだし」

 

「……」

 

「こら!そっぽ向かない!」

 

「あはは、えーっとですね。いつひとりが復活するんだかわからないし、もしかすると本番前日なのにまともに練習できないかもしれないですよね。だからそういう態度をとられるのも理解できるというか……」

 

「そういうことじゃなくない?どちらかというとぼっちちゃんのせ……っ!!あ、その、なんでもない……」

 

「「「…………」」」

 

「あ、あの〜。忘れてるかもしれないですけど、後藤さんのクラスの出し物の真っ最中なので、えーっと……」

 

「う、うん!ご、ごめんね。えーっと……うん。言葉のあやっていうか、その、ほ、本気で思ってるわけじゃなくて、何て言うんだろう。ううん!ほんとにごめん!」

 

「本気で思ってることじゃないってことくらい、ぼくもちゃんとわかってるので心配しないでくださいね?」

 

いつしか握りしめていた虹夏のこぶしを後藤ひとりが優しく包み込んで

 

「だいじょうぶです」

 

にこりと笑った。午睡を促すような温かな太陽の光が虹夏の心に差した。

 

「それからリョウさん」

 

「なに?」

 

「仲直りしましょう」

 

虹夏から手のひらが外されて、山田に差し出される。少し名残惜しささえ感じている虹夏とは対照的に、山田はやむを得ないかと苦虫噛んだ表情をした。そして手は結ばれた。

 

 

 

「あ、あれ、私??」

 

一瞬表情が抜け落ちた後藤ひとりが、少しした後にわかに焦り始めた。

 

「な、なんで、リョウさんと、て、手を?」

 

リョウと結ばれた手を凝視して、慌てふためく。

 

「お?ぼっち、戻ったか」

 

「も、戻る?」

 

「うん。そりが合わなすぎて空気が死んでた。ぼっちが戻ってこなかったら大変なことになってたかもしれないね」

 

「た、たいへんなこと?」

 

穏やかではない言葉の数々に不安を感じずにはいられないひとり。

 

こういう、意識が覚醒するとともに脈絡ない状況に放り込まれるのには慣れていないわけじゃなかった。もちろん、冷静に対応できるとは言っていない。

だから、おおかた数秒前まではもうひとりの私が出てきてたんだろうとは思う。けど、大変なこととは一体どんなことなんだろう?そもそも空気が死んでたとは?もうひとりの私が出ていてそんなことが起きるだろうか?私が表に出てるときなら空気が死んでることは多々あるけど。

 

自己評価の低い後藤ひとりならではの分析だった。実際、もうひとりの後藤ひとりが出てきている状況でおかしな空気になること自体滅多にないことだった。となると、外部の要因?

そもそもなんでリョウと手を繋いでいるのか。

疑問は尽きない。尽きないが故に、謎めきの奔流が脳を圧し潰して、おろおろとする他ない。今もなお結んだままの手が、どうして離されないままなのかもわからない。リョウがニコニコと、今まで向けられたことないくらいの笑顔をひとりに投げかけ続けているのも全然わからない。

もちろん、そんな光景に黙っているわけにはいかない人間が1人いる。

 

「あ、あの!忘れてるかもしれないですけど、後藤さんのクラスの出し物の真っ最中なので!!」

 

郁代のその言葉にはたと気づき、嫌な予感を感じつつもひとりが自分の身体を見ると、フリルをあしらったメイド服を装っていることがわかった。

 

「あっ……」

 

目から生気を取りこぼした後藤ひとり。

 

「じゃあぼっち、席まで連れてって。それから注文ね」

 

途端に意気揚々としはじめたリョウだった。

 

「う。お、お連れします」

 

「?どうしたの虹夏?」

 

「……っ!!いや、うん、その。ちょっと、ね……」

 

さっきから黙りこくっている虹夏にリョウが今、声をかけたけれど、別にひとりだって気づかなかったわけではなかった。

ぶらんと力なく垂れ下がった右腕をぎゅっと左手で握りしめて、視線をさまよわせている虹夏に、後ろめたい感情を見出せど、その場にはいなかったせいで原因は見当もつかない。放っては置けないような表情なのに、果たして私は適切な言葉をかけてあげることができるのだろうかという自信のなさ。

 

「虹夏さっきのこと気にしてるの?そんなならさっさと謝っちゃいなよ。そうした方が後腐れないよ」

 

それに、私が出る幕もないか。

 

ひとりは脱力感に襲われた。例えば、虹夏と長く付き合っているリョウだったり、そうでなければ郁代が、ちゃんと気づいて声をかける。だから、いいんだ。そう思うと少し心が軽くなった。代わりにごっそりと体の内側から何か削り取られた気がした。

 

「ぼっちちゃん、あのね!」

 

「う、え、はい!」

 

完全に自分に矢印が向けられると思っていなかったひとりは挙動不審な動きをしてしまう。

 

「ごめんなさい!さっき、ぼっちちゃんのこと悪く言っちゃったの!」

 

「え、は、はい。だいじょうぶです。気にしないでください」

 

「ぼっち許すの早すぎ」

 

「後藤さんは優しいんですから、伊地知先輩もそんなに怖がらないでよかったんですよ」

 

「に、虹夏ちゃんは優しい人だってこと、知ってるので。弾みで言っちゃっただけで本意じゃなかったんですよね……?」

 

おどおどとしながらひとりがそう言えば、虹夏は瞳を潤せながら、

 

「ぼっちちゃん!!」

 

とひとりに抱きついた。そんな2人を、リョウと郁代は微笑ましく見守っていた。

 

ひとりは虹夏に抱きしめられ、にこにことしながら、こんなことを考えていた。

 

(よかった!私が原因のことで!!)

 

落ち込んだ虹夏に発破をかけたり、慰めたりができなかった分、許すという行為ができたことで、満足感を得た。

こんなことが本来あるべき姿ではないことに、後藤ひとりは気づかない。




アンチヘイト的なことがしたいわけではないですが、不快に思われた方がいらしたら申し訳ありません。
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