転がるふたりぼっち 作:240128 虚無って書けません!
「ぼっち、ちょっとこれやってみてよ」
「わわ、私にはとてもそんなことは……!」
「でもここに書いてあるじゃん。ねぇ、やって?」
中指の第二関節で、こんこんと山田が叩いた、机の上に置かれた手作りだからか少し簡素なメニュー表に記載されている、ある内容について。そいつをやらせようと、山田は後藤ひとりをにやにやしながら眺めていた。
「ひゃ、ひゃい……」
後藤ひとりは先輩の圧力というやつに耐えきれずに、福○しげゆきがエッセイ漫画中で汗をかきながらおろおろしているときのように身体を震わせながら了承した。
山田の目の前に置かれたオムライスに目をやり、ごくりとつばを飲み込みながら悲壮な表情のぼっちは、もちろんオムライスに飢えているからではなく、重々しくも上げた腕のその先にある手でハートの形をつくった。
まるで、ある日郵便受けを開けたら名簿記載通知が入っていて、裁判員裁判に出なければいけなくなってしまったことが発覚してしまった出勤前のような心境だった。
「あっ、ふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん……。オムライス、おいしくなぁれ……へっ」
後藤の手のハートから射出された怪光線はのろのろとくたびれたような足取りでオムライスにたどりついたかと思うと、そこで力尽きて、べちゃりと浸透していった。それを山田と虹夏がスプーンで掬い、口に運ぶ。もしゃもしゃと噛みしめる2人。
「……。なんだろう、この」
「パサパサしてる?」
「あっ、冷凍食品なんで」
「ぼっちも食べてみなよ」
リョウがスプーンを後藤の口もとまで運ぶ。給仕の役割を与えられてるわけだけど、食べちゃっていいんだろうかと不安になったけれど、お客様は神様だと言うわけだし、神から受けた施しをつきかえすことに勝る罰当たりはないだろうと自分を納得させて、えいやと咥えた。
「ぱ、ぱさぱさしてますね……」
心の中で冷凍食品だしなと付け加えた後藤だった。そのシチュエーションに憧れたのが喜多だった。
「リョウ先輩!私にもあーんってしてください!!あーんって!」
「ん」
「おいしい!おいしいです、先輩!今までで食べたオムライスの中で一番おいしいです!」
「あ、うん。そ、そうなんだ」
「はい、先輩!」
さしもの山田も、その剣幕に気圧されるほどだった。一方の郁代は、尻尾を振っている犬の姿が幻視されるような態度だった。
「ついでだし、郁代もやってみてよさっきのおいしくなる呪文」
「ふわふわ~ってやつですか?」
「うん」
「あ、いいんじゃない。喜多ちゃんのもみてみたいかも~」
「わかりました、先輩方。では今度は不肖、喜多郁代がつとめさせていただきますね!」
後藤は、なんか嫌な予感がすると思った。もちろん止められるはずがないし、具体的になにがまずいのかこの時点でわかりっこなかったが。
こほんと一つ咳払いをした郁代が、まるで魔法少女の変身シーンのような流麗さで、
「ふわふわ~、ぴゅあぴゅあ~みらくるきゅんッ☆オムライスさんっ、おいしくな~れっ♡」
そうして後藤のとき同様に、郁代の手から射出された光線を受けたオムライスはどこか活気づいたような雰囲気を感じさせた。後藤の怪光線を受けてどこか褪せたような色合いになったオムライスがいまは色艶を取り戻しているようだった。
「うまい!うまい!」
虹夏とリョウがガツガツとオムライスを食べ進める。
「ケチャップのほどよい酸味とソースの甘さが溶け合い、温かな家庭を感じる味に変わった……!?」
その様子をうかがっていた後藤のクラスメイトたちはぞろぞろと郁代の周りを囲い込むと、
「喜多ちゃん!よかったらうちのクラス手伝ってくれない」
「いいわよ~。先輩たちもどうですか。一緒にやってみましょうよ!」
結果。
「私は、いったい……」
光があれば陰もある。
かっこい~、かわい~と黄色い声を浴びる3人の陰にはうなだれる後藤ひとりの姿があった。接客業に長らく身を浸してきた虹夏は言わずもがな、抜群のコミュ力を持つ喜多に、傲岸不遜の態度を崩さず、それがかえって受けている山田リョウ。
「勝てない!……勝てるはずがない!」
後藤の所属する1年2組の模擬店売り上げが1位だったという事実がなんだか、そう、ほんの少し。ほんの少しだけ、苦かった。
少し時間が経って。
下駄箱で靴を脱いで、重たい扉の少し開け放たれた狭い隙間のところから4人は体育館に入り込んだ。潜り抜けた途端に広い空間に解き放たれた。折りたたみ式のバスケットゴールはいつもと違って、その首を縮めて存在感を薄めている。
体育館の中央あたりで4人は固まった。誰が忘れたのか、飲みかけの天然水が4人が立った付近に放置されていた。
明日の文化祭の準備のための、運営側の人たちこそいたけれど、がらんとしていた。ひとりにとっての体育館は全校生徒が犇めき合う空間としてのイメージが強く、初めて体育館そのものを見たような気分になった。
こんなに広かっただろうか?
体育館に入るときにくぐった隙間から少し吹く風が肌をなでつけると、余計に考えざるを得ないものに相対してしまう。
明日この舞台に立つんだ。そう思えば、背筋を駆け上がるものがあった。
壇の下あたりでは明日の準備や進行確認のために生徒会の人たちが話し合いをしている。彼ら・彼女らが壇上に立って、全校生徒の目の前で溌剌とスピーチしているところをひとりはこれまでにもよく目にした。
目いっぱいに瞳を大きくして、もう秋らしくなった小麦色の夕方、体育館を行き交う光をたくさん取り込んでみた。ひとりは、あの場所に立つことがあるなんて入学当時思っただろうかと、感慨深く見上げていた。翌日には、私たちは見上げられる側になるんだと思うと僅かに恐怖が生じた。
「上ってみませんか?」
と郁代が言うので、虹夏も
「お、いいね〜!」
と賛同し、一同は移動、壇上に風景を構えた。
「わ〜、すごいですね〜!!」
見下ろす風景の中で最初にひとりの目についたのはさっき近くにあったペットボトルだった。
(す、すごく小さい……!)
さっきまで立っていたところから少し移動するだけでこんなにも環境が異なるという事実が、後藤の脳をバグらせかけた。あんなにも当初恐ろしかったスターリーが今の後藤にはよっぽど生ぬるい環境だったと思えた。
なんとなく各自、本番を想定した位置に移動した。ギターが重くのしかかるように後藤の背中を押していた。当然ながら明日のこの時間にはすでに演奏はとっくに終わっているはずで、どれだけ足掻こうが、どれだけ寝転んだまま過ごそうが、勝手にそれは訪れ、そして終わる。不可解で、不気味で、なによりも恐ろしい。時間というやつは自分勝手なやつだ。
果たして私は、その止めることのできない時間の流れに対して、適切に進むことができているだろうか?
考えたってしかたがないことを後藤はよく理解できていた。
「れ、練習!」
「ん?」
「練習、行きましょう!」
ギターケースの肩掛けをきゅっと握りしめた後藤ひとり。
それは練習することによってしか解消されるものではなく、もしかすると練習を増やすことで増幅されてしまうものかもしれない。けれど、やはり練習するしかない。
「うん、そうだね。練習行こっか!」
「そうね!」
「うん」
「あっ、ていうかもうこんな時間じゃん!予約してる時間までギリギリだよ!走れ~!!」
「えっ、あっ、はい!!」
結束バンドの4人は、体育館から抜け出し、校門を過ぎ去って、もう薄暗くなり始めた街の中に駆けだした。
「あ、虹夏。家にベース置いてきたんだけど」
「山田ァ?!」