転がるふたりぼっち 作:240128 虚無って書けません!
水が十分なら、こんなことにはならなかったのにな。そんなふうに思った。
小学校6年の理科の授業のときの話だ。ビーカーの、尿素がいっぱい溶けた水の中にモールを浸けたら、結晶がモールに付着して、きれいだった。理由を教壇に立つ先生が教えてくれた。要するに渇くばかりで与えられもしないから、限界を超えてしまったという話らしい。それで析出した結晶がきれいなのは、皮肉なことだと思う。水が減れば減るだけ、結晶は増える。最後にすべて渇き切ったとき、残るものなんてあるんだろうか?
確か、このとき初めてぼくが学校に行ったんだっけ。
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【日記】って、ノートの表紙に黒のマッキーペンで書かれていて、私はそれを開いた。シャープペンシルを手に取って、日付と、それから今日あったことと。
案の定、学校であったことで書けることはない。いや、喜多さんとギター練習を空き教室でやったな。よかった、書けることがあって!!って、私はいったい何で自分の別人格にまで見栄を張ろうとしてるんだろう。……悲しい。
で、今日はバイトもスタ練もない日だったから、校門まで喜多さんと話しながら向かいつつ、それから……あ、そうだ!もうひとりの私に喜多さんから質問があったんだ。
「今度友達と水族館に行くんだけど、このあたりでいい水族館とか知ってる?」
だって。インターネットで調べれば早いのでは??と思わないでもないけど、こういう小さなところからもコミュニケーションの糸口を見つけられるのが、陽キャってことなのかな。
………いや、私だってそれくらい、できるし!
……できるよね?
…。
ま、まぁ、私に聞かれてもないことを考えても仕方がないよね。うん。あ、あれ?わ、私には聞かれていないってことは、どういうことなんだ?頼りに、されてない?!日記からして、まだもうひとりの私と喜多さんが会ったのって一回だけだよね?うぅ……。
って、違う違う!私は私だもん。もうひとりの私だって私だもん。いやー、私がこんなにコミュニケーション能力があるなんて“客観的に考えても”すごいことだよなあ!
……。はぁ。
って、ごめんね。もうひとりの私に愚痴ばっか書いてるみたいで。いつもありがとう。感謝してます。
あ、そういえばこの前ね、ギターヒーローの動画の概要欄に彼氏と一緒に水族館行きましたって書いちゃった。えへへ、なんだかズルしてるみたい。
私のときは案の定イルカショーとかペンギンのところとかには怖くて行く勇気もなくて。だから代わりに運んでくれてありがとね。起きたらいきなり水族館ていうのもだいぶ面食らったけど、おかげで楽しめたよ。でも周りの人はやっぱり怖かったな……。熱帯魚エリアはなんとか一人で周れそうな感じだけど、人気のあるところは難しいなって思います。
一人で周れるなら、せっかくのあなたの時間を無駄にしなくていいのにね。
そういえばどうして、もうひとりの私はそんなに簡単に人格交代できるの?そういうのができればもっとずっと、色んなことが楽になるのにって思います。コツとか教えてほしいです。
最後に。
いつもありがとう。だいすき。
ひとり
後藤ひとりが学校でいじめを受けたのは、なにも小学5年生のときだけではなかった。既に現在の後藤ひとりにはそんな記憶忘却の彼方で、いじめを受けたことなんてないという認識ではあるけれど、それでも、完全に記憶が消え去ってしまうなんてことあるわけがなくて。
それは思い出さないようにする工夫が上手くなったのかもしれないし、後藤ひとりが目を瞑っている間に誰かが耐えてくれたのかもしれない。もしかして、その2つは同じ意味なのかもしれない。
ただ、注意を入れておくと、5年生以降後藤ひとりがいじめられたことは一度もない。