転がるふたりぼっち   作:240128 虚無って書けません!

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ーーねぇ、知ってる?2組の後藤さん!!

 

ーー後藤さん?そんな人、2組にいたっけ?

 

ーーそうなの!私も全然見たことも聞いたこともなかったんだけど!すっっごく、顔が良いの!

 

ーーへ〜。ちょっと気になるかも……。授業終わったら見に行ってみようかなあ。でもどうして10月も中頃になって、いきなりイケメン?が出てきたのかな。もしかして転校生?

 

ーーん〜。イケメンっていうか、女の子なんだけどね。

 

ーー女の子?それってどういうこと?

 

ーーなんていうかなあ。かっこいいんだよね。オーラ?なんていったらいいんだろう。とにかく!同性だってことがどうでもよくなっちゃうくらいかっこいいんだって。

 

ーーへ〜!

 

 

 

 

 

「っていう感じなんですよ。後藤さん」

「ん?つまり?」

「もてもてってことです!いろんな女の子が後藤さんの周りに集まってアプローチをしかけてますよ。も~、ずるい!私だってしゃべりたいのに!」

「ふーん。じゃあ人気者だ!」

 

なんていう虹夏と郁代の暢気な会話を聞き流すリョウは、この日も漫然とスターリーでのバイトに励んでいた。

 

文化祭前、これからバンドも大事な時期だってことも少し前に話し合っていた。そんなときにあのアクシデント。ひとりはスターリーに顔を出さないままだ。バンドを連想させるものを現在のひとりに与えると極度の精神疲労によって倒れてしまうということらしい。こういう事情で星歌にもことわりを入れて、しばらくバイトを休むことになった。

加えて、学校に来るのはもうひとつの人格の方で、肝心のひとりの様子を郁代もうかがうことができていない。

それがいっそう状況の深刻さを感じさせる。

 

しかし、虹夏はこの状況を決して悲観していなかった。

 

「これで一応、ぼっちちゃんも心配しないで済むんじゃないかな」

「そうですね!」

 

虹夏の勘違いだった。

 

「あとはぼっちちゃんが戻ってきてくれればいいね!」

「はい!」

 

確かに、秀華高校の生徒たちはすでに文化祭でのひとりの失敗を気にもしていないのかもしれない。それはきっともうひとりの功績だろう。けれど、それだけだった。後藤ひとりが今、閉じこもってしまっているのはどういう理由なのか?

 

(このままでいいのかな?)

 

リョウは手を動かしながら、二人の会話を聞きながら思っていた。

 

(ぼっち……)

 

顔を傾けて、地上とつながる階段を見上げた。

 

(あの日のライブ前、郁代が音信不通になって、虹夏がぼっちを連れてきて。それから形は違うけど、郁代をぼっちが連れてきて。そのときもあの階段で……)

 

中学のときに結成したバンドがごたごたしてきて解散したとき、うまくいかないもんだなバンドって……と内心思ったことをリョウは覚えている。

結束バンドとして活動してからでも、初ライブのとき。8月のライブ。そして、文化祭ライブ。アクシデントに恵まれて、順調に育ってきたとは言えない。

 

(ぼっちからもっとお金借りとけばよかったかな)

 

そう思った。

 

 

 

 

「いや〜、今日は長かったね〜」

 

アンコールで押しに押し、1時間延長した。それから清掃だったり片付けを終えて、気づけば11時。

 

「それじゃあ、リョウ、喜多ちゃん!お疲れ!」

「お疲れさまです!」

「ん」

 

まず初めに郁代が去っていった。その後ろ姿が曲がり角で見えなくなるまで、虹夏とリョウの2人は黙ったままで見送った。自販機がジーとノイズを鳴らし続けていた。

 

「それじゃあ、リョウも」

「……。虹夏。ちょっと散歩しようよ」

「え?いいけど。どこに行くの」

「夕涼み」

「はいはい。ちょっと待ってて、お姉ちゃんに言ってくる」

 

虹夏が階段を降りていった。その間に自販機から缶のコーヒーを2つ買って、ちょうど戻ってきた虹夏に片方を渡した。ただでさえすっからかんな山田の財布はこれでいよいよ5円玉と1円玉4枚になった。

2人とも一口だけコーヒーを含むと、歩き出した。街灯に暴き出された2人分の影は、夜の片隅に身を寄せ合うように揺れていた。

 

虹夏が横を歩くリョウを横目にうかがった。何を考えているんだかわからない、実際は何も考えていない、いつも通りのリョウの顔があって、少しだけほっとした。

 

「ぼっちちゃん、心配だね」

「うん」

 

思い浮かぶのは後藤ひとりと、そのもう一つの人格。

 

「でも、私たちにできることってあるのかな?」

「……」

「ごめん、今のなかったことにして。……うーん、っていうか夜。寒くなってきたね」

「そうだね」

 

リョウはあくびを手で押さえつつ、焦点の合わないぼんやりとした瞳で前を眺めていた。辿り着いた場所は、下北沢駅北口、シャッターの降りた店の前。それは喜多郁代が初めて山田リョウの存在を知った場所。

リョウが何度か路上ライブをやったところだ。

 

いくつかビール缶が捨てられてたままに置かれていた。うっすらとアルコールの香りが漂ってどこか堕落したような空間をつくりだしている。

 

「解散間際なんて雰囲気ずいぶん死んでたけど、それでも路上ライブはやめなかったな、そういえば」

「私もここで何回か見たよ」

 

2人はシャッターを背にして、コーヒーを傾けた。暗い暗い夜の街に溶け込んだようなコーヒーは、夜目には黒とも判別のつけられない。

 

「にっが」

「これやばいね。なんでこんなの買っちゃったの?」

「安かったから」

「そっかぁ」

 

虹夏は呆れたようにため息をついた。それからぐいっと呷るように飲み干した。

 

「うえ〜〜!!」

「さすが虹夏」

「褒めてるんだよね?」

「当たり前」

 

夜風はもう寒気を抱かせるほどになっていた。残暑の頃がすでに恋しい。

つむじ風はとぐろをまいて落ち葉に巻き付いて離さない。リョウはそれを拾い上げて、夜の空に掲げた。それはよくみると、落ち葉というよりは雑草の切れ端で。

 

「クローバー?」

「カタバミじゃない?それ。雑草図鑑に載ってた」

「さすがリョウ」

「照れる」

「貶してないけど、褒めてもないから!」

「あっ!!」

「どうしたの?!」

 

珍しく突然声を張り上げたリョウに、虹夏は驚く。

 

「四葉のカタバミだ」

「すごいの?」

「クローバーよりも、四つ揃うのは珍しいらしい」

「おお!すごいじゃん!」

「あとカタバミはいっぱい食べるとお腹壊すらしいから気をつけてね」

「雑草食べる予定はないかな」

 

割と仏頂面でいることの方が多いリョウだったけれど、今に限っては朗らかで穏やかな笑みを口元に浮かべていた。

 

「じゃあ、帰ろっか……」

「虹夏」

「なに?」

「結束バンド」

「?」

「名前がいいと思わない?」

「絶対いつか変えるからね!まだインシュロックの方がいいよ!」

「え?」

 

シャッターに寄り添うように置かれている飲みかけの缶に向けてこれみよがしにリョウが目をやった。

 

「インシュロックでもおもしろいと思うよ、虹夏」

「とにかく!絶対いつか変えるから!」

 

2人はまたスターリーまで引き返した。その道すがら。

 

「明日学校終わったら、神社に行かない?」

「いいよ」

「せっかくだし、北澤八幡神社に行こう!」

「私、5円と1円4枚しかなんだけどだいじょうぶ?」

「ちょうど5円があるじゃん。……まぁ、私が貸すからいいよ」

「あざっす。あ、もう遅いから今日泊めてよ」

「はいはい。あれ学校の用具はいいの?」

「置き勉してる」

 

置き勉はよくないのでやめましょう。

 

 

 

一ヶ月が経った。ときおり、もうひとりから経過報告も兼ねてグループロインに連絡が来ることを除けば、後藤とは不通状態。

 

結束バンドに欠けた穴は塞がることはなかった。

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