転がるふたりぼっち 作:240128 虚無って書けません!
後藤ひとりが起きたとき、視界は真っ暗だった。まだ夜も明けない内に起きちゃったのかな、なんて思いつつ、暗黒に縦線一筋の光が漏れ出ていたから、扉を横にスライドさせて、今いる場所が押し入れだってことがわかった。雀の鳴き声が聞こえる。そうか、もう朝なんだな。
それにしてもこんなところで目が覚めるなんて、もしかするとと思って動画投稿サイトのマイページを確認すると、今日の18:00ごろに予約されている投稿があった。
動画を確認しようと、クリックする。PCに繋がれた黒いヘッドフォンで耳を覆って、目を瞑った。
溢れ出す音楽。色とりどりの振動が身体を反響している。
後藤ひとりはこの瞬間が好きだった。この瞬間を愛していた。
昨日閉じ忘れたカーテンから、燦々と顔を覗かせる太陽が、押入れの中を暴き出そうとしている。けれどそんなことは許されないと、後藤ひとりは深呼吸をした。後藤ひとりの背中に光はあたり、押入れの中には新たな影ができている。
時刻は5時47分を指していた。
何度か繰り返し聞いた後、カーテンを閉め、布団に潜り込んで目を閉じた。
「ん……?うぅ。また月曜日かぁ。学校行きたくない……」
重い瞼を不用心にも開け、目を覚ましてしまった後藤ひとりは、カーテンで締め切られた部屋の中で静かに起き上がった。今日の18時に投稿する動画の再生数、伸びたらいいななんて考えながら、いつものルーティンをこなして家を出る。
まだ静かな街を歩く。
「眠たい……」
大きなあくびをして、ぼんやりと改札を抜けた。けれど徐々に不安になってくる。
遠くの学校に行くんだ!だから怖いことなんてないんだぞ!
そうやって自分を鼓舞しつつ、ぎゅっと目を瞑る。駅のホームをそそくさと移動するのは、ホームの右端から4番目の乗車位置にいつも中学の同級生が立っているからだった。お願い、気づかないでってお祈りしながら、右肩にかかるバッグをきゅっと両手で命綱みたいに掴んで、そこを通過する。
「中学でも目立たない私だったしそもそも覚えていないんだろう。自意識過剰なだけ!」という楽観的な見立ては正しいのかもしれないし、「気づいたとて話しかけるまでもないと見逃されているだけ」という悲観的なのが正しいのかもしれない。
けれどそこを通るたびに心臓の鼓動が耳にまで届いた。
私はこの人よりも遠くの学校に行ってるんだから、一緒の場所で降りるわけない!
でも、
「駅で後藤見るんだけどさ〜」「え?後藤って?」「中学にいたじゃん、あの陰キャ」「あー、そんなのいたね、それがどうしたの?」「いつも同じ電車でさ〜、どこまで学校行ってるんだろうね」「わかんない、でも確か県外に行ったやつが同級生に1人いるって話聞いたことあるな。もしかして後藤じゃね?」「県外?!何しに?!」「あははは、ウケる」
なんて会話をどこかでしてるかもしれない。どうしようもなく不安だった。なるべく離れた場所に並んで、電車が到着するや否やささっと座席に着く。それから切らず伸ばしたままにした髪の毛をカーテンにして、俯いた。膝の上に乗せたバッグと、床に置いたギターケースを抱き枕みたいに腕で包んだ。
よかった、って心の中で呟きながら、いったいこれのどこにいいことがあっただろうって思って涙が出そうになった。この場所でこれまで何度、もう1人の私だったら!って思っただろう?
電車が5駅移動したら、もう同級生は排出されてしまったはずだ。そう考えるとようやく肩から緊張が抜けた。その拍子に眠気がやってきて、電車のジョイント音の奏でるリズムに溶け込むような浅い眠りに襲われた。降車駅の一つ前でちょうどよく目を覚ました。とぼとぼと電車を降りて、後藤ひとりはようやく誰かの二人称から三人称、いや、もっと遠い、ならされた総体の一部に溶け込むことができた気がした。少しだけ前向きになれたぼっちは駅を出て、学校へ歩いた。
今日も一日が始まる。
「後藤さんって通学時間が長いじゃない?その時間勉強にあてれば、その、言いにくいけどね、成績とか、上がるんじゃないかしら?」
相変わらずの成績で突然の補習を食らい、バイトに遅刻することになったぼっちは、補習を終わらせてスターリーに合流できたとき、心配そうな顔の郁代にそんなことを言われた。
学校のホームルームの後、よしスターリーに行くぞと勢いよく外へ出て行こうとした後藤ひとりは、「あ、そういえば後藤に伝え忘れてたことがあったんだけど」と、まだクラスにたくさん人が残っているときに担任から声をかけられてしまった。教室から移動して、少し離れた人気のないところで、「今日補習な。ごめん、言い忘れてた。ちょっと留年とか危ないから。補習出とけば多少は融通きかせられるから、絶対に出ろ。何か用事あったか?」と言われてしまったら、もう断ることもできない。「れ、連絡入れておきます……」と震える声で呟いた。
先生に連れられて移動した先は偶然にもスターリーに行くときの郁代との待ち合わせ場所だったので、郁代も“後藤ひとり留年説”を陰からしっかりと聞いてしまっていた。
だから、ぼっちがロインで「急に用事が入ってしまったのでバイトに出られません。ごめんなさい!」と若干濁したふうに言ったバイトの欠席連絡の理由を痛いくらいに郁代はわかっていた。
「ねぇ、後藤さん。電車のときっていつもどうしてる?」
「ね……」
「ね?」
「寝てます……」
「……」
しらーとした空気が流れる。
「後藤さん、もう少しだけがんばってみない?それで一緒に学年上がりましょ?……でも、その。もし学年が違っちゃっても、敬語とか、使わないでいいからね?」
「は、はい……」
絶対に留年しないぞ!とぼっちは心に闘志を燃やした。
「まずは電車の中!いい?」
「は、はい!」