転がるふたりぼっち   作:240128 虚無って書けません!

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「後藤さん、そういえば、そのぉ……」

 

「え、っと。なんですか?喜多さん」

 

なんとなく恥ずかしそうにして口をもごつかせている喜多。何事に対しても快活な姿で臨んでいるのを今まで見続けてきただけに、珍しいものを見たという印象。

 

どうしたんだろう?

 

少し首を傾げながら続きを促した。

 

「も」

 

「も?」

 

「ももももも」

 

「も、桃?」

 

「も、もうひとりの後藤さんって、最近、その、元気かしら?」

 

ひとりに目を合わせようとはせず、少し伏せ気味で、顔の横に伸びる触覚を何度も撫でるようにいじっている。

 

「もうひとりの私、ですか?」

 

「う、うん」

 

やっとの思いで喜多が捻り出した言葉だったが、今まで、こういうことが何度かあったことをひとりは思い出した。自分にとって悪い兆候ではない。ただ、別の人格のことで周りの人がそわそわしていて、それからしばらくするとその浮ついた空気がため息に変わって、そのままなにもなかったみたいになる。人間関係レベルの低い後藤ひとりにもどんなことが裏で起こっていたのかくらいは予想がつく。

 

だから、いつも後藤ひとりは、もしも私が……。

 

「ねぇ、後藤さん!」

 

「え、わ、はい!」

 

突如呼びかけられた大きな声にびくついた。さっきよりも俯いていた顔が跳ね上がるように郁代に向けられる。

 

「体調悪そうよ?ごめんね練習付き合わせちゃって。保健室に行きましょ?付いてくわね」

 

「だ、だいじょうぶです!ギターの練習しましょう!……その、少しぼうっとしてただけなので」

 

「そう?ならよかった!」

 

「は、はい、練習の続きやりましょう!」

 

「よろしくね!」

 

もしも、について考えるほどに……申し訳なく思えてしまった。

ギターの練習しているときでさえ、郁代の姿は日陰のひとりを照らすみたいにきらきらしている。

できることなら、"この時間"が長く続けばいいのに。そんなふうに考えてしまう自分が無性に腹立たしかった。

 

しばらく空き教室での練習をした後、連れ立ってスターリーに向かった。道中の話題と言えば、昨日、廣井から招待された sick hack のライブについて。

 

「私だってね、練習それなりにしてきたもの、技術がどれくらいすごいかくらいのことはわかるの。でもね、こういう音楽があるんだなってわかったんだけど、ちょっと戸惑ったっていうか。やっぱり音楽の理解が足りないのかしら」

 

そんなこと、ないですってひとりは言おうとして、言おうとしただけでやめてしまった。少しだけ落ち込んだような郁代にかける言葉の正解がわからなかった。それに、

 

「だから、もっともっと勉強しないとね!」

 

私が適切な言葉をかけられなかったとしても郁代は落ち込むだけの人じゃない。だから。そういうところを見るたびに、眩しいなってひとりは思う。

 

「……は、はい!がんばりましょう!」

 

って言って、これだけでも返答できたことが成長できたような気もするし、ちょっと上から目線じゃないかなって不安になって。そして、もしも、もうひとりの私だったらもっと喜多さんは笑顔だったかもしれないなって考えて、もっと不安になった。

 

足取りは重く。

 

「ほら、後藤さん!もうすぐ着くわよ!」

 

手を引かれる。目に滲んだ涙が太陽の光を湛え、手のひらの包まれる感覚がやけに鮮明だった。

 

「どうして――」

 

掠れたその小さな言葉は続きを紡ぐことなく誰の耳にも認識されないまま宙に浮かんで、秋の青い空に溶けていった。

 

 

 

 

既にリョウと虹夏は椅子に座っており、だらーっと机を枕にしていた。

 

「あ、ぼっちちゃん!喜多ちゃん!」「おう来たか、ぼっち、郁代」

 

勢いよく起き上がって、手を机に支えて迎える虹夏。リョウは突っ伏したままでゆるく手を挙げた。

 

「先輩、おはようございます!」「お、お疲れ様です!」

 

「どうする?あと5分だけど。もうバイト始めちゃう?」

 

「タダ働きは勘弁」

 

「といっても、今だらだらしてるだけだからねー」

 

「虹夏ももっとだらだらすればいい」

 

「だから今してるんだけど、だらだらするのにも飽きてきちゃってさ」

 

顎を机にのせて干物みたいになっている虹夏を見て、ひとりは私みたいなかっこうだなと思って頬を緩めた。

 

「虹夏、ぼっちにも笑われてる」

 

「え!ぼっちちゃん、笑ったの?!」

 

「え、ええええ!!そ、そそそ、そんなこと」

 

目敏くぼっちの笑みを指摘する山田と、追従する虹夏にたじたじのぼっちは、さらに郁代から

 

「そうなの、後藤さん?!」

 

という予想していなかった方向からの口撃(ひとりにはそう思えた)をくらって、人の形を保てなくなり液状化した。それはFXで有り金を溶かす人の顔から、さらに目や口が顔の枠からはみ出てしまったような、幽霊も驚く人外っぷりで、それを見た山田は満足そうにうんうんと大きく頷いた。

 

「虹夏、これがだらだらするってこと」

 

「いや、これだらだらっていうか、どろどろだよね!?」

 

結局、ぼっちがどろどろしたところでいい時間になったので、バイトが始まった。そして、星歌の温情によって、ぼっちを元の形に成形するのにも時給が発生した結束バンドの面々は、時間外労働のない彼女らのバイト先に対する自信・満足を深めた。また、そんなアルバイトたちの様子を感じ取った店長は内心めちゃくちゃ喜んだ。

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