転がるふたりぼっち 作:240128 虚無って書けません!
「どうしちゃったのぼっちちゃん!?」
「それが、実は……」
さっき学校で起こったことのあらましを肩にひとりを担ぎながら虹夏に説明する郁代は、ずいぶんと落ち着いた様子だった。後藤ひとりの心の動きは理解できないままに、行動の傾向だけは先読みできるようになりつつある郁代はきっといつか後藤ひとり博士になれるだろう。流体になった後藤ひとりを素面のまま背負い続ける姿には一種の風格さえ漂う。リョウは虹夏の後ろから感心していた。
「そ、そんなことが……」
虹夏は若干呆れた様子になりながら、相変わらず溶けたままぼっちちゃんに少し目をやった。
「結局文化祭に出ることになったんですけど、その……」
「ぼっちちゃんはだいじょうぶなのかってことだよね?」
「はい……」
ようやく椅子に座らせることができたので、郁代はうちわで冷まして固体にもどるのを促した。
「……。自分で言うのもなんだけどね」
虹夏が語り出す。
「私とリョウって、やりたいことがはっきりしてて、かつ迷いなく行動に起こせるタイプっていうか。だから結束バンド始められたんだと思う」
まぁ、リョウの場合は必要のないものって思うとそっちのリソースも削っちゃうから、それで学校の成績も悪いんだけど。やれば出来る子っていうのかな?
そう付け足しつつ、
「それから喜多ちゃんが入ったり、いなくなったり、ぼっちちゃんが入ったり、喜多ちゃんがもどってきたり……」
「うっ……。すみません」
「あー、そういうことじゃなくてね。自分でもなにがいいたいのか決めずに話し始めちゃったんだ。ごめん。それでね。仮にやりたいことがみんな一つになってたとして、みんな同じだけのモチベーション持ってるかっていうとそうじゃないっていうか。……やり始めるって怖いことなんだよね。ぼっちちゃんはその傾向が強い子で。それでも結束バンドに入ってくれた」
緩んだ目尻でピンクのジャージの方を見つめていた。
「やらないで後悔するよりやって後悔した方がいいなんて、そんなことはないと思う。やって後悔した方が大きな傷を残すなんてことたくさんあると思うし。でも、やらないとその程度もわからないんだよね」
郁代もリョウも、その次に紡がれる言葉を待っていた。
「だから、みんなでがんばろう!がんばって、ぼっちちゃんが後悔しないように、ね!」
「はい!」「うん」
しばらくすると、ぼっちちゃんの意識も戻ってきた。
「虹夏の名演説が聞けなくて残念だったね、ぼっち」
「えっ、えっ??」
「ちょ、やめろ山田ァ!!」
頬を赤くした虹夏が山田を追い回す姿がそこにはあったとかなかったとか。
そんなときだった。
「やっほー!来たよ~~」
手から酒瓶をぶら下げながら廣井きくりが千鳥足で階段を降りてきた。山田を追い回していた虹夏がとたんに迷惑そうな顔に豹変した。山田は
「あ、どうも」
と一礼してそれから
「あれ、SICK HACKって今日FOLTでライブじゃないですか?」
と問いかけるも、廣井は酔っ払いつつどこか泰然自若としていた。
「ん、そだよ~」
「まだこんなところにいていいんですか?」
「おい、こんなところってなんだ山田!」
少し離れた星歌の耳に入りつつ、
「いいのいいの、いつもこんなだから。志麻にあとで怒られるだけ~」
相も変わらず暢気そうな廣井だった。
「あぁ、そうですね」
山田はふだんの廣井のライブ中の奇行を知っているからか、まぁそんなもんか、遅刻してもファンなら罵声を一声でも浴びせれば満足して、かえってそれでこそ廣井とでも言いつつ盛り上がるだろうなと納得したけれど、SICK HACKにくわしくない勢にはそうもいかない。
「いやいや、リョウ。納得するところじゃないでしょ。ほら、廣井さん。はやく行かないと」
しっしっと汚いものを追い払うような手の仕草に、
「ちょっとちょっと、最近妹ちゃんも先輩に負けず劣らず私への扱い悪くない?!」
「当然の扱いだろ。な、虹夏」
「うん」
「姉妹そろって私をいじめてくるんだけど~~!!」
伊地知姉妹から逃げざまに、
「助けてぼっちちゃーん!」
と、ひとりに抱きつこうとした。
しかしあまりの酒臭さに反射的に身体を反らしてしまった結果、廣井は虚空を抱きしめながら地面に沈んでいった。
「あっ、え。ご、ごめんなさい……」
そういって廣井の肩を揺らすけれど反応がない。しばらくゆすり続けるが意識がもどってこない。
「あ、え、わ、私の責任……?!」
後藤ひとりの脳内でドラマが流れ始める。
通報によりまもなくスターリーに突入した警察官に拳銃を頭に突きつけられながら、「容疑者一名確保」と殺人の罪で逮捕された後藤ひとりは、留置所の中で半べそをかきながら、冷たい床を背中に感じながら眠りにつく。時折面会に来てくれる人たちも、「後藤さん、そんなひどい人だなんて知らなかったわ」と捨て台詞を吐くや否やすぐに踵を返して扉を出て行くのだった。
「ああああああああああああああああ!!」
「ぼ、ぼっちちゃん、廣井さん死んでないから!戻ってきて~。意識失ってるだけだよ!それに飛びかかってきたの廣井さんだし。ぼっちちゃんに責任なんてないから!」
「これくらいならちょっとすれば目覚まして何事も無かったみたいに動き出すだろ。しかし、今日こいつライブあるんだって?面倒だけど新宿まで運ばないとな。私は、まぁここの店長だから無理として、どうしよう。FOLTに電話かけるか?……って、ん?」
わずかにバイブレーションの音がしている。廣井のスカジャンのポケットに星歌が手を突っ込むと通知だらけのスマホと、それからチケットがちょうど4枚入っていた。
「お!いいもん入ってんじゃん。おまえらこれ使って今日のこいつのライブ見て来いよ。迷惑被ったんだし当然の権利だろ。それに4枚だし、案外お前らのために持ってきてくれたのかもしれないぞ」
「やった!」
真っ先に山田が飛びつく。無料でSICK HACKが聞けるともなればこういう反応にもなろう。ほかのメンバーも、迷惑被ったんだし当然の権利だという店長の言葉に大いに頷き、あの後藤ひとりでさえ、さっきの慌てふためく様子から一転して特に申し訳なさを抱くことなく新宿行きを決めた。
廣井がいかに細身の身体をしているとはいえ、大人を高校生が運ぶともなれば大変なわけで。交代で廣井を運ぶことになった。下北沢から10分そこら電車に乗るだけだとはいえ、この時間帯ともなればそれなりの混雑で、ぼっちは電車に乗った瞬間にすでに帰りたくなっていた。意識のない廣井を支えようとぼっちは廣井の抱き枕役を頑張った。やっぱり酒臭い。顔を背けようとすると、近くに立っている帰宅途中のサラリーマンと顔が合いそうになるので、結局廣井の顔を向けないといけなくなる。
だからまじまじと廣井の顔を見つめてみた。基本顔を合わせることが苦手なので、改めて見てみると、アルコールで赤くなっているのはさておき普段の奇行がまるで信じられなかった。意識を失い表情を一切失った廣井のかんばせからぼっちが感じたのは、神経質さだった。
(路上ライブお姉さんとやって、すごくうまいことは知ってるけど。でも私ってお姉さんのことなんにも知らないのかな?)
いい機会だし、お姉さんがどんな音楽やってるのか知りたい。そんな思いもあって新宿までなんとか耐え抜いたのだが、新宿を降りたときの混沌具合に限界を迎えてしまった。
「あ、今日のライブ楽しかったですね~。それじゃあさようなら。ありがとうございました」
「まだ会場に着いてもないでしょ!」