転がるふたりぼっち 作:240128 虚無って書けません!
「早くこの人起きないかなぁ……」
なんとか4人で廣井を引っ張って、新宿からFOLTまでの道のりをゆく。むにゃむにゃとよだれを垂れ流しているところを見るに目を覚ますのはもうすぐのように見える。
FOLTは新宿歌舞伎町に位置していて、東口から徒歩でだいたい10分くらい。アクセス情報としてはこのようなところで、この情報の中のなにが後藤ひとりにとって問題なのかは言わずもがなだと思う。
"歌舞伎町"である。
夜の世界が広がっているという先行イメージは、偏見も多分に含んでいるとはいえ、ひとりがいつも歩く通学で歩く道に比べて退廃的なにおいを感じ取ってしまうのを助長していた。スターリーを出たときに抱いていた、廣井きくりの音楽への純粋な興味が、今となってはこの街をライブ終了後何事もなく抜け出せるのかという不安に変貌していた。
がくがくと足が震える。今は主にぼっちがきくりを二人羽織のように背負っているから、きくりもがくがくと揺れている。とてつもない振動だった。
「ど、どうしたのぼっちちゃん?変わろうか?」
「あっ、い、いえ。だいじょうぶです。む、武者震い……です」
「いやいや、そんなわけないでしょ。ふたりで一緒に感電してるみたいになってるよ」
あんまり揺れるので、廣井の口元から垂れ流される唾液の量も増えてきている。ピンクのジャージの背面がべとべとになっていく。
FOLTはすでに近い。
「あ、もしかして」
地下へ伸びる階段の側に一人の女性が、なにかを待っているようにスマホを右手にしながら、立っていた。4人と1人に気がつくと、声をかけてきた。
「結束バンドの子たちですか?」
「はっ、はい」
ひとりは背負っていた廣井をその女性に渡した。
「こいつと同じバンドの志麻です。ご迷惑をかけてしまったみたいで」
「いえいえ」
「いつも酔っ払っててどこほっつき歩いてるんだか分からないやつなんで、迷惑だと思ったらいつでも連絡してくださいね」
そう言って志麻とロインを交換する4人。きくりはアスファルトに身を横たえていた。
「えーっと、後藤さんでしたっけ」
「あっ、はい」
ひとりと志麻がロインを交換しているときのことだった。
「最近廣井がよく後藤さんのこと話してるんですよ」
「えっ?!」
そう言われると真っ先に陰口を疑ってしまうのは陰キャのよくない癖である。
「そんな怖い話じゃなくて。先輩風吹かしてる感じでね。……少し前に八景で路上ライブやってたじゃないですか、廣井と」
「……!なんで、知って?」
「アンプとかの機材持ってきたの私なんで。何かしでかしやしないかって、離れたところから監視してたんです。それから数日くらい経って結束バンドのこと楽しそうに話すことが増えて」
「お、お姉さん……」
いつも酔っ払ってて、演奏以外でかっこいいところをみたことがなかった。こんなふうに自分、いや自分たちのことをみていてくれていたんだと、ひとりは感動した。
「おかげで、暴れることが少なくなって弁償する頻度が少し減ったので助かってます」
しかし、志麻からありがとうございますと大きく一礼されて、やはり廣井は廣井なのかと少し呆れてしまった。
それから志麻は何か言い忘れたことがあるような、という調子で数秒考え込んだ。あっそうだ、と手を打ってから大きく頷いてこう言った。
「あのときの演奏よかったですよ。廣井が惚れ込むのもわかるくらい」
「えっ」
「おら起きろ廣井!!いつまで寝てるんだ」
足でぐりぐりと寝転がるきくりのおなかを志麻が踏みつけてやると「ぶわぁぁああ!!」と声を上げながらようやく目を覚ました。
「な、なにぃ?ここどこ?なんで私、志麻に踏まれてんの?」
「迷惑かけて気を失ったから、この子たちに連れてきてもらったんだよ。おら、さっさと起き上がってありがとうございましたって言え」
「ん?……あぁ!ありがとね、ぼっちちゃんたち」
「寝ながら言うんじゃない!さっさと起きる!」
「ちょっ、ちょっと!まだ吐きそうなんだから優しく扱ってよ」
まるで猫でもぶらさげるみたいだった。
「みんな、ありがとね。そうだ!お礼にお姉さんがこれをあげよう!」
おもむろにポケットを漁りだしたかと思うと「あれ、ないない、チケット4枚あったはずなのに!」と喚き出す。
「あ、お姉さん、もうもらってます」
「酔っ払ってる間にあげちゃったのかな~。ま、いっか。それじゃあお姉さんについてきなさーい!」
「廣井そっち逆方向だから」
廣井は志麻に引っ張られながら結束バンドを先導したのだった。ライブ直前なのに依然として、いつもの酔っ払いの挙動のままの廣井をみて結束バンドの面々は心配していた。
「「「こんなのでライブだいじょうぶなのかな??」」」
その中でただ一人、リョウだけがわくわくしていた。
「というわけで、ここが私たちの活動拠点の箱の新宿FOLTで、こっちが店長の銀ちゃん!」
「あぁ?廣井ぃ?」
「なぁに、銀ちゃん?」
「遅い!!遅すぎる!もうあんたたちのリハ終わったわよ!!」
「そんなのいつものことじゃ~ん」
「おい、反省してねぇのか」
突如店長と廣井の横から手が伸びてきて、廣井が締め上げられた。志麻の犯行だ。しばらくして、FOLTの店長・銀次郎が結束バンドの4人に気づく。
「あら、この子たちは?」
「こいつに迷惑かけられてる子たち。ライブ見に来てくれたの」
「あぁ、そうなのね。どうも~。吉田銀次郎、37歳、好きなジャンルはパンクロック、よろしくね~!」
「あ、はい、どうも……」
ここの店長、リップピアス開いてるし、耳も軟骨まで開けてるし、なんか長髪だし、首からドッグタグみたいなネックレス提げてるし、目も切れ長だし、ここ歌舞伎町だし、もしかして私たちには早すぎる場所に踏み込んでしまったのではないかと一瞬思い始めていたリョウ以外のメンバーは、銀次郎が一度話し始めればそのオネエ口調や、柔らかい声色といった、ビジュアルとのギャップに相対することになり面食らってしまった。
そんな彼女たちを置き去りにして、銀次郎、志麻によるきくりへの説教は続く。さらにSICK HACKのメンバー・イライザも「廣井、なにやってたの!遅いヨ!」と言いながら説教に加わる。
「ライブもうすぐなのに、こんなのでいいのかな?」
いったい、今日この感想を何度抱いただろう。しかし初めて入った場所と言うことで抱いていた緊張感が少し和らいだ。だから周囲に対する意識を向ける余裕が出てきたので見回してみると、すでに観客もそれなりに入っている。ここから何人くらいになるんだろう。今は150人くらいか。そして、その観客たちの全員がきくりへの説教を楽しんでいるふうだった。ひとりははっとしたような気持ちになった。それはまさに、金沢八景の駅前できくりと路上ライブをしたときに得た、啓けたような感覚に似ている。
「アットホームな箱、ってことなのかな」
虹夏が総括するその言葉は、ひとりも納得するところだった。ある意味で大げさに怖がっていたこの街に温かさが宿った。
外でもまさに、街灯がつき始める時間だった。
「お姉さんたちのライブ、楽しみだな……」
熱に浮かされたように、無意識に呟いたはずのその言葉。説教中のきくりは少しだけひとりの方に目を向けながら、微笑んだ。
「おい、なに笑ってるんだ。毎回毎回ちゃんと反省してんのか!!」
「ご、ごめんなさ~い!!」