「ここは?」
目が覚めると白い大天井が見えた。天井は高く、何本もの支柱とともに広大な空間を生み出している。白を主色とした装飾は神々しい荘厳さを放っていた。ここはおそらく教会だろう。
俺はベッドに横たわっていた。あたりを見回すと同じようなベッドが何台も並んでいて、具合の悪そうな人たちがその上に乗っている。教会のシスターと思しき人たちが彼らの手当てをしていた。
この教会は単なる祈りの場というわけではなく、怪我人の治療も請け負っているようだ。彼女たちの着ているシスター服はどことなくナース服のようにも見える。両方のいいとこ取りをした服飾だ。絶妙な露出具合。製作者の上級紳士としての嗜みを感じずにはいられない。
なぜ俺は見覚えのないこの場所にいるのだろうか?確か目が覚める前は⋯⋯そうだ。サイコ信者に絡まれて恐ろしい拡散反応の痛みを味わったのだ。あれは地獄だった。思い返すだけでも背筋が震える。最後の爆発をもろに受けたときは死んだとばかり思っていたが、まだ生きていたらしい。妹を思う俺の熱い思いが奇跡を起こしたに違いない。
「あっ!旅人起きたのか!大丈夫かー?」
通路の奥からパイモンが飛んできた。嬉しがるのは結構だがやたらと声がデカい。寝起きの頭に響く。何名かのシスターがパイモンの方に顔を向けた。病床でいきなり声を上げたことを注意するつもりだろう。しかめっ面をしている。
しかし声の出どころが上機嫌に笑う小型マスコットだと分かると皆顔を綻ばせた。可愛いやつはこういうところで得をする。あいつが魚みたいな顔をしていたら放り出されていただろうに。
「声落とせ。生きてるよ。ここは教会か?」
「そうだぞ。ここはモンド城の西風教会だ。お前が倒れた後、例の緑のやつがここまでお前を運んだんだ」
「モンド城?あいつみたいにやべえのが集まってるなんてことはないよな?」
俺は慌てて周囲を警戒し始める。あいつの存在はモンド城魔窟疑惑を生み出した。全員ポケットの中に炎スライムを仕込ませて俺のことを焼こうとしているかもしれない。
「落ち着けよ空。みんないい人ばっかりだぞ。怪我したお前を見てすぐに治療してくれたんだ。事情も聞かずにな」
「本当か?スライム投げられなかったか?」
「投げられるわけないだろ⋯⋯あ。オイラにも感謝しろよな?お前のことつきっきりで看病してやってたんだぞ?オイラがいなかったら今頃どうなっていたことか。これに懲りたらオイラにもっと尊敬の念を示すことだな。えへん!」
ふんすと鼻息を噴かして俺を睥睨するパイモン。俺の頭ひとつ分上の位置までわざわざ浮かび上がるあたり芸が細かい。しかし気の抜けた見落とし一つが全てを台無しにしていた。
「米粒頬についてんぞ」
「んげぇっ!?」
やっちまったとばかりにパイモンは口をあんぐり開ける。そしてすぐさま米粒を舌で舐め取った。作り笑いを浮かべ、キョロキョロと目を動かして俺と視線を合わせまいとする。この状況で言い訳できるとでも思っているのだろうか。脳みそ魚かな?
あー、うー、これはー、と散々繋ぎ言葉を連ねた挙句、ガックリとパイモンは項垂れた。
「だってぇオイラお腹すいちゃって⋯⋯」
「腹減るのは仕方ないな。嘘つくのはバカだけど。で、あれからどのくらい経ったんだ?」
「⋯⋯1日くらいだぞ」
「マジか!?ああでもあれだけやられたなら幸運なほうか?」
あれから1日寝ていたのか⋯⋯その間俺のことを看病してくれたパイモンには感謝しよう。最後は嘘ついたけど。
体を見渡すと傷一つ見当たらなかった。意識を失う前の自分の体とは大違いだ。1日であの傷が完治するなど信じ難い。サイコ信者が腕のいい治療士がいると言っていたが彼女のおかげなのだろうか。確か名前はバーバラと言ったか。
上半身をベットから起こして体を動かしてみる。腕をぐるぐる回して上体をねじる。首や肩も回して異常がないか確認していく。気だるさはあるがこれといった痛みは特にない。見た目だけでなく中までしっかり治っているようだ。
「俺のこと治してくれた人はどこにいるんだ?」
「今は他の人の治療をしている。例の緑が言ってたバーバラだ。引っ張りだこですごい忙しそうにしてたぞ」
「なるほど。そういえば俺はここまでどうやって運ばれてきたんだ?」
そう尋ねるとパイモンは突如身を固めた。まるで触れちゃいけないものに触れたかのような反応だ。怪しく思っていると、パイモンは手を叩いて雰囲気を明るく変えた。
ニコニコと笑い、腕を広げて楽しげに話す。
「そんなことより空、お腹空いてるだろ?オイラが何か食べ物を持ってきてやるよ!」
「無理があるだろ。どうしたんだよ?」
「モンドの食べ物はおいしんだぞ〜?美食家のオイラがおすすめの食事を選んでやるぞ!」
パイモンは俺の質問に答えず話を続ける。
「何なの?」
「⋯⋯えへっ。じゃあ行ってくるな!」
飛び去ろうとするパイモンの小腹を俺は両手で鷲掴みにした。謎の浮力を全開にして脱出しようとするパイモンを引き止める。もぞもぞと身じろぎするパイモンは陸に打ち上げられた魚のようだった。
抵抗をやめないパイモンの頭を掴んで顔の前まで持ち上げる。手に力を入れて腹を圧迫するとパイモンは苦しそうにうめき声を上げた。この後に及んで白状する気のないパイモンに俺はガンを飛ばして詰め寄った。
「言えよパイモン」
「い、言えないんだよ空。察してくれえ!」
顔の前で腕をバタバタ振ってこれ以上はいけないと意思表示するパイモン。一体何がこいつをここまで頑なにするのだろうか?誰かに脅されてるんじゃないかと思うくらいに大袈裟だ。まさか本当に脅されているのだろうか?としたら誰に?
あいつしかいないだろう。
「緑のやつに何か言われたのか?」
「そ、それ以上はダメだ。オイラ丸焼きになっちゃうぞ!」
頭を抱えて震え出すパイモン。怯え切った様が哀愁を誘う。
「丸焼き?言ったら何されちゃうの?」
「ほ、炎スライムで丸焼きにしてオイラのこと友達のドラゴンの餌にするって!」
勢いに任せて叫ぶパイモン。シスターたちの視線が再び刺さるがパイモンのほっぺを引っ張った泣き顔を見せたらみんな黙認してくれた。
サイコ信者、まさか俺にあれだけのことをしておいて反省の余地が一切見受けられないとは。冗談抜きで人として大事なものが欠けているんじゃないだろうか?
というかこの世界ドラゴンいるのか?いるなら会ってみたい。ドラゴンは男の夢だ。でもあいつの友達とか絶対碌なやつじゃないだろうしなあ⋯⋯
まあともかくパイモンが怯えるのも無理はない。俺の惨状を近くで見ていたパイモンにはあいつの怖さが身に染みているからな。
「怖かったよなパイモン」
泣きべそをかくパイモンの頭を撫でる。ふわふわした髪と謎の浮力が生む反発感が心地よい。
「うう。お前にしては気がきくな。ありがとな」
しばらく撫で続けてるとパイモンの震えが止まり、落ち着き始めた。パイモンが照れ臭そうな表情を浮かべる。頃合いだな。手を離すとパイモンは少し名残惜しそうな顔をしていた。
ぐーと俺の腹がなる。
「パイモン、腹減ったから飯持ってきてくれない?」
「おう、いいぞ。どんなのが欲しいんだ?」
「パイモンの丸焼き」
「分かったぞ。っておい!さっきの優しさはどこに行ったんだよ!?」
空中で地団駄を踏んでパイモンはぷんすか怒る。出会ってからの短い期間で俺はパイモンを幾度となく怒らせてきたが、今回はとびきりのようだ。よほど手のひらを返されたのが悔しかったのだろう。パイモンは小さな拳で俺の顔に殴りかかる。
しかし感触はぺちぺちと言った具合で全く痛くない。適度な刺激がマッサージのようにすら感じられる。
「ふんっ!せいっ!やあっ!」
「あっ、そこそこ。気持ちいい。次肩お願いね」
「ふざけんなよ!これでもくらいやがれ!」
啖呵を切ったパイモンはくるりと回転してドロップキックの姿勢をとる。空中で静止したその様はワイヤか何かで吊るされた展示品のようでかなり滑稽だ。
堪えきれずに笑いを漏らす俺を見てパイモンは苛立たしげな表情をさらに募らせる。次の瞬間、パイモンが爆発的に加速した。謎浮力を推進力としてパイモンが空飛ぶ銃弾と化す。
パイモンにしてはなかなかに速い。が、俺は歴戦の旅人。鼻頭に向かう足蹴りを最小限の動作でかわす。首をひょいと少しだけ傾けると、パイモンは顔の横を素通りしていった。
「ちいっ!よけるなよ!」
悪態をつくパイモンを見送る。パイモンはすぐに減速して急転換した。再び狙いを俺の顔に定めてすっ飛んでくる。しかしこれもまた俺はわづかな動作でかわしてみせた。
それでもパイモンは諦めない。また回転して俺の方に向かってくる。怒りを燃えたぎらせるパイモンは何度交わしてもめげることなくあたりをブンブン飛び回った。
「このっ、いい加減っ、当たれ!」
「ハエかな?」
「なんだと!?せやーっ!」
もう何度目かも分からないパイモンの再アタックをかわす。流石にそろそろ飽きてきた。そう思った矢先、パイモンの飛んでいく先にシスターがいるのに気づいた。俺の方を睨んでいるパイモンは全く気づいていない。このままでは当たってしまう。
「パイモン前見ろ前!」
「前?うわあ!よけてくれぇ!」
「え?」
パイモンの飛び蹴りが遂に当たった。間の悪いことに、振り返ってしまったシスターの横顔にパイモンの足がめり込む。ナイスキック。クリティカルヒットだ。標的は間違えているけど。
「きゃあっ!?」
蹴り飛ばされたシスターは隣のベッドへと倒れ込んだ。彼女の顔がどさりと患者の腹の上に落ちる。その男は突然の衝撃に顔を顰めた。しかし直ちに状況を把握すると、一変して喜色が顔に広がる。
「うひょっ!?役得!⋯⋯いや違う!お、お前らバーバラさんに何をしやがるんだ!?」
患者はすぐに浮かれた顔を引き締めて俺たちを叱り出した。こいつ今バーバラって言ったよな。つまり俺を治療してくれたシスターをパイモンは蹴ってしまったわけだ。
「あーあ、何してんのパイモン?」
「ご、ごめん。大丈夫か?」
パイモンはおどおどとうめき声をあげるシスターの様子を伺う。幸い蹴られた箇所に傷は見受けられなかった。キックの見た目はまあまあ強そうだったが、所詮パイモンクオリティだったわけだ。安心安心。
「大丈夫です。アルバートさん、痛くないですか?ぶつかってしまってすいません」
「いえいえ、バーバラさん。全く痛くありません。バーバラさんは花のように軽やかですからね。なんの問題もありませんよ。何度だってこのアルバートに寄りかかってください」
「ふふ、大袈裟ですよ。ありがとうございます」
捲し立てるアルバートをさらりと流してバーバラは立ち上がった。金髪のツインテールに青い瞳。蹴られたばかりだというのに口角は自然に上がっていて人の良さを窺わせる。シスター服がよく似合い、清楚で朗らかな印象を与える。
患者の男が役得とか言っていたのも頷ける。バーバラは野郎の思い浮かべる理想のシスター像そのものだ。俺の上にも倒れてきてほしい。
何とかしてバーバラと親密になりたい。まずはこの場を速攻で収める。
「すいません。連れが失礼働いちゃって」
「あはは。ちょっとびっくりしましたけど気にしてませんよ。元気なのはいいことです。でも、ここには他の患者さんもいるのでもう少し静かにしてくれると嬉しいです」
そう言うとバーバラはしーと唇に指を当てた。めちゃくちゃあざといポーズ。なのにすげえ可愛い。狙ってやってるのか?いやこの自然な完成度は狙ってできるもんじゃない。俺には分かる。自然体だ。
天使かな?天使だよな?天使だな。パイモンに全然怒っていない。蹴られた自分じゃなくて患者の心配をしてる。骨の髄まで天使だな。パイモンとサイコ信者のせいで荒んだ俺の心が浄化されていく。
来てよかったモンド城。スライム乗り越えモンド城。世界を渡ってモンド城。
バーバラ最高!バーバラ最高!バーバラ最高!バーバラ最高!
バーバラ最高!バーバラ最高!バーバラ最高!バーバラ最高!
バーバラ最高!バーバラ最高!バーバラ最高!バーバラ最高!
パイモンには天罰を!
「おい聞いたかパイモン?うるさいから黙って丸焼きになれってよ」
「なるかあ!」
パイモンが性懲りも無くキレ散らかす。こいつには言葉ではなく体に直接教えを叩き込んだほうがいいらしい。ほっぺをつねってビヨンビヨン伸ばす。上下左右に腕をしっちゃかめっちゃかに振り回すとパイモンの顔がだらしなく溶けた。
「うー!うー!は、離せー!」
「お前が泣くまで離さない」
「空さんあんまり意地悪しちゃだめですよ。パイモンちゃんが可哀想です」
「はいわかりました。パイモンすまん」
バーバラの勅命が下り、すぐさまパイモンをリリースする。ほっぺを真っ赤にはらしたパイモンは猛烈な勢いで遠くへと飛び去った。放置してバーバラと談笑を始める。するとすぐにパイモンは戻ってきた。あちこち飛び回ってせわしないやつだ。
腰に手を当て眉を吊り上げるパイモンの表情は怒りに満ちている。
「腑に落ちないぞ!本当に謝る気あるのかよお前!?」
「静かにしろパイモン」
耳元で怒鳴り始めたパイモンを静止する。こいつはバーバラの言うことを聞いてなかったのか?本当に反省しているのだろうか?やっぱお仕置き必要だよな。バーバラは天使だから甘すぎる。まあそこがいいとこなんだが。
再びバトり始める俺とパイモン。その様子を見てバーバラはくすりと笑う。何気ない仕草一つ一つが芸術的だ。この笑顔、写真に収めたい。感極まるあまり病院送りにしてバーバラと合わせてくれたサイコ信者に感謝しそうにまでなっている。
「お二人とも仲がいいんですね」
「少し前に釣ったばかりなんですが、思いのほか気が合うんですよ」
「どこがだ?バーバラの言いなりかよ空⋯⋯」
パイモンがジト目で俺を眺めるが気にしない。
「あはは。でもよかったです。数時間前にここに運び込まれたときは空さんすごい重傷でしたから」
「バーバラの腕がいいに違いない!あの傷を完治させるなんて本当にすごい⋯⋯って数時間前?」
「わー!わー!バーバラ他の患者と間違えているぞ!こいつは1日。1日だ!数時間はあっちのやつだ。そうだよな?な?」
「え?うーん。この人であってると思うんだけど、もしかして間違えちゃった?ごめんなさい」
「間違え!間違え!バーバラ忙しいから仕方ないぞ!」
違和感を覚えた途端パイモンがバーバラに食ってかかる。パイモンは俺が1日寝たきりだと言っていた。話が違う。まさかパイモン、飯食いに行ったのがバレたときさらに嘘をついていたのか?1日看病したことにして頑張った感を演出したと。おそらく本当は俺をモンド城に運んだ後すぐに城内で食べ歩きを始めたのにも関わらず。
手持ちのモラを確認するとがっぽり持ってかれていた。腹黒い。あまりに腹黒い。人がひどい目にあってるのに、素知らぬ顔して観光を始めやがったわけだ。しかもバレそうになったら隠蔽工作。バーバラの天使っぷりを目撃してしまった今パイモンが悪魔のように見えてきた。こいつもう絶対許さん。
「おいパイモンお前緑のやつといい勝負じゃねえか。その見た目でさらっと嘘つけるやつだとは思わなかったぞ?」
「い、胃袋には抗えないんだ。オイラは他の人より胃袋の主張が強いだけで、決してお前を蔑ろにしたわけじゃない!」
開き直ったパイモンは意味不明な論理を展開する。所詮海でつれた魚類。可愛い見た目に騙されていたが対話など不可能だったのだ。やはり丸焼きにすべきか⋯⋯
炎スライムをどうやって調達しようか頭を巡らせながらパイモンを睨む。敵意を察知したパイモンがファイティングポーズを取った。決闘の火蓋が再び切られようとしていた。
剣呑な空気はしかし、バーバラが間に割って入ったことで霧散した。右手の人差し指をピンと上げ、腰を曲げて前のめりになるバーバラ。彼女は子供を相手にするような口調で俺たちを諭す。
「パイモンちゃん。嘘はよくないと思うよ」
「うう、ごめんだぞ」
「空さんもそんな怖い顔しないほうがいいと思います。笑った顔の方が魅力的だと私は思います」
「パイモンごめんな。これからは毎日俺の素敵な笑顔を見せてやるよ」
バーバラがそう言うなら仕方ない。満面の笑みを俺はパイモンに向けた。パイモンは呆れたようにため息をこぼすが、一応は毒気が抜かれたようだ。ベッドの隅に着地してあぐらをかき始めた。
ようやく静かになった。そう思ったところでぽんぽんと誰かに肩を叩かれた。振り返るとアルバートが俺の肩に手を乗せている。先ほどまでとは打って変わって今は親しげである。
「お前もバーバラファンクラブの一員にならないか?」
「は?」
「素質あるよお前」
アルバートは顔を近づけてにやりと笑みを浮かべた。バーバラに人気があることに疑うところなどないが、まさかファンクラブまであるとは思わなかった。バーバラは赤面してアルバートをジロリと睨む。
「アルバートさんやめてください」
「いやでもバーバラ様、こいつからは同類の匂いがぷんぷんするんですよ!」
「俺は臭くねえぞ!」
腕を横へと振って、アルバートの言いがかりを否定する。ファンクラブに興味がないわけではないが、ぷんぷんするとか言ってくるやつとは一緒になりたくない。
憤慨する俺を見たパイモンが何かを思いついたかのようにあっと口を開けた。まだ何かあるのか。口を悪どく歪めたパイモンはわざとらしい声で衝撃の事実を告げた。
「あ、あー。臭い。空、何か臭いぞー。あっ!そういえば空の服、小便ついたままだぞー。洗うの忘れててごめんなー。一旦脱いだらどうだ?」
「おま、何言って⋯⋯ああ!?いつの間にこの服着てたんだ俺!?いや洗ってないって、パイモンおまえ!」
俺は愕然とする。そう、確かサイコ信者の乱入のせいで汚れた服を洗うことができなかったのだ。しかしパイモンが服を洗う時間は十分あったはずだ。なぜ洗ってくれなかったのか。だいたい洗ってないならなぜ俺に着せている?悪魔的な所業だ。
何より度し難いのはここでそれを掘り返してきたことだ。こいつは観念したかのように見えて全然諦めていなかった。急所を容赦無く的確につき、バーバラの好感度を下げようと画策したのだ。パンチも性格もカスだが嫌がらせは一丁前だ。
アルバートはすぐさま肩から手を離し、眉間に皺を寄せて怒鳴り散らかす。
「お前!その汚い体でバーバラ様に近くんじゃない!このクソッタレのヒルチャール野郎が!」
「そんなこと言ったらダメですよアルバートさん!空さんは酷い重傷を負っていました。危篤状態に追い込まれた人の体が調子を崩してしまうことは不思議なことではありません。空さん、私急いで替えの着替えを持ってきますね!」
「いや、ちょっと待って!?」
呼びかけ虚しくバーバラはあっという間に廊下の奥へと消えていった。バーバラに諌められたもののアルバートは変わらず憎しみと卑下に満ちた表情を俺に向けている。しかしそんなことはどうでもいい。
問題はバーバラだ。こんなふざけた話でも馬鹿にせずにシスターとして真摯に行動してくれている。しかしその純朴さが今は俺を苦しめる。いくら弁明しようとも、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよと聖母のようにバーバラは俺のお漏らしを受け入れてしまうのだろう。
だがそれはあくまで患者としての話だ。一人の男としての俺は終わった。バーバラルートのフラグはパイモンに粉々に粉砕されたのだ。
「おまっ、パイモン、おまえ!くそっ⋯⋯チキショーーーーー!!」
「オイラを怒らせるとこうなるんだ空!分かったか!ふははははははは!!」
パイモンの高笑いが教会に響き渡った。