森の中は木々がかなり密集していて、しばらく進むとどちらの方向からやってきたのか分からなくなってしまった。しかしどこへ迎へばいいのかは明らかだ。元素視覚を通して風景を見れば森の奥から極太の風元素の流束がダダ漏れになっているのが分かる。辺りにいたスライムやスイートフラワーといったモンスターがその気配に怯えてへ反対側へと逃げ出していく。
これほどデカいオーラを撒き散らせるのは例のドラゴンくらいしかいまい。森に入ったばかりのときは他の風属性モンスターの元素と混じってしまっていたのでどの跡を辿ろうかと右往左往したが、ここまでくればもう見失うことはない。あとは目の前の風元素の線をなぞっていくだけでドラゴンとご対面することができるわけだ。
帰り道は分からないが、まあそれは後で考えよう。まずはパイモンを何とかしなくては。
「なあパイモン、いい加減観念してドラゴン見にいこうぜ。絶対面白いって。おまえがうなずいてくれるまであと何回俺は尻を叩けき続けなくちゃいけないんだ?」
スパーン!!スパーン!!
「うッ!?お゛ッ!?なら叩かなきゃいいじゃないか!引き返そう、今ならまだ間に合う!ほら、モンスターたちがどんどん逃げていってるぞ!やばいって!オイラまだ死にたくない!!」
「そんなもんじゃこの気持ちを抑えられないんだ。逃げるのは本当にやばくなったときだけ。はい、20発目入ります」
スパーン!!
「あ゛っ!?⋯⋯話を⋯⋯話を聞け!!触らぬ神に祟りなし。分かるよな!?いい加減叩くのをやめろ!!さっきからヒリヒリが止まらないんだぞ!?」
ズバーン!!!!
「お゛お゛ッッ!!??」
ひどいことを言うパイモンのおけつに真心を込めた気合を一発注入すると、オットセイのような野太い鳴き声が響き渡った。小さく可愛らしい見た目に反する濁った低音。パイモンの体に秘められた可能性を前に開拓精神がくすぐられる。ゲップとかしたらえげつないことになりそうだ。パイモンには是非ともキモカワキャラの新たな扉を開いて欲しい。
しかし何度も何度も尻を叩いてもパイモンは頑固として拒否し続ける。それだけあのドラゴンに脅威を感じているということか。今なお生々しく脈動を続ける強大な元素力の波。その持ち主に恐怖も覚えてしまうのは当然のことだろう。俺も少しも怖さを感じないかと言われれば嘘になる。それでもやはり好奇心には遠く及ばないのだ。
パイモンとしばらく別行動を取るというのも選択肢の一つだが、旅は道連れ世は情けというし、どうせだったらパイモンと一緒に冒険をしたほうが楽しいだろう。パイモンへの情け?そんなものは知らん。とはいえ、このままずっとごねられていては埒が明かないので、ちょっとやり方を変えてみよう。
「ふぅ⋯⋯つかれた。パイモンがドラゴン自体にそれほど興味を持っていないことはわかった。だとしても、これはパイモンにとっても利益があることだよ。あのドラゴンは風神の眷属なんだろ?」
「うぅ、ようやく終わった⋯⋯で?だから何なんだよ?」
「宗教ビジネスは儲かるんだよ。実際に神様がいるなら尚更だ。信心深いお金持ちなら風神にゆかりのある品に対して際限なく財布の紐を緩めてくれると思わないか?」
「ああ⋯⋯そういえばモンド城の露天でそんな光景を見たような⋯⋯確かあれはやたらと貫禄のある赤髪の男だった。気になって聞き耳を立ててみたらそいつ風神の息をつめたとかいう瓶を大人買いしていたぞ」
流石にそこまでマニアックなのは予想していなかったので少々面食らう。いくら神と崇められているとはいえ、吐かれた息にすら価値を見出すものがいるとは世界には計り知れない深みがあるものだ。しかし一体どうやって、結局のところ空気にすぎないものを使って楽しむのだろう?
風神レベルになると吐いた息にも風元素が混ざっていて、元素視覚で見るととっても綺麗ですよ旦那とかそういう感じか?あるいは⋯⋯やっぱり吸うのだろうか。風神成分を摂取できるなら臭いでも何でもOKと。死没した大物スターの金玉を購入する奇天烈金持ち娘と似た魂の波動を感じる⋯⋯うん。これ以上深く考えるのはやめておこう。
「まあ、とにかくそんなふうに需要があるんだよ。つまり、あのドラゴンの羽毛はきっといい値段がつく。さっき集めたドロップアイテムの山とか比較にならないくらいにな」
「っ!す、するとオイラたちのご飯はどうなる!?」
「三食一番高いやつだな。モラに困ることは当面なくなるだろう」
「うおおおお!!!何モタモタしてんだよ空!こうしている合間にもドラゴンどっかに飛んでっちゃうかもしれないぞ!?オイラは先に行く!行くぜ!羽毛は早いもん勝ちだァ!!」
脇に抱えていたパイモンがぬるりと器用に腕の中から抜け出し、森の奥、元素の帯の指し示す先へと弾かれるように飛び出す。やつの価値判断の最上位に君臨しているのは食欲。やはり食べ物が関わるとモチベーションが著しく上がるようだ。やる気を出してくれて何より。
しかしパイモン一人を先に行かせはしない。咄嗟に思いついた方便だったが、ドラゴンの羽毛は確かに高値になりそうだ。パイモンにその取り分を独り占めされるのは何としてでも避けなければならない。加えて、先に到着したパイモンがドジを踏んでドラゴンが森から出ていってしまったら、もうその姿を間近で眺められる機会はやってこないかもしれない。
行先に立ち塞がる木々をパイモンは勢いを殺すことなく滑らかに回避して前進していく。突然の曲芸飛行にびっくりさせられるが負けるわけにはいかない。ひさしぶりの全力ダッシュ。加えて周囲に溢れる風元素を操り、追い風で身を包んで速度を上乗せする。体が浮力で軽くなり、滞空時間が伸びることで空を駆けているような気分になる。
体の動きを最小限に抑えながら、木々をかわして疾走し、先を行くパイモンとの距離を徐々に詰めていく。風元素のオーラがその濃密さをどんどんと強めていくが、俺もパイモンも躊躇することなく奥へと踏み込み続けた。パイモンの背に肉薄し、ついに追い越す。しかし、パイモンも負けじと加速し、再び先んじられてしまう。
数分間に渡って並走を続け、ついに一帯の風元素の出どころへと辿り着く。巨大な球形の元素塊から今までたどって来た帯と同様の風元素の波が放射状に広まっている。立ち止まり、パイモンとともに近くの木の幹に身を隠して、球の中心に焦点を合わせる。そこには例のドラゴンがうずくまり、体を休めていた。
「おおー⋯⋯本当にドラゴンだぞ⋯⋯」
「うおっ!やっぱ迫力あるなぁ⋯⋯近いと細部まで見れてかっこよさがさらに引き立つ。満足満足。で、本番はここからだな。どうやって気づかれずに羽毛を抜こうか」
「うーん⋯⋯難しいな。あいつが今寝てるのかどうかここからじゃ見えないぞ。寝てたら適当に行っても大丈夫そうだけど、起きてたらすぐにバレちゃうかもしれない⋯⋯ふむ。けどオイラなら空を飛んであいつの死角から偵察することができると思う。ここはオイラに任せてくれないか?」
「あーなるほどなるほど。確かにそれなら気づかれない⋯⋯」
いや違う。それではパイモンに羽毛を独り占めされてしまう。安全なルートを上から確認した後、そのまま羽毛を取りに行く算段だろう。そして気づいたときにはドラゴンが起きて、俺は一枚も羽毛を手に入れることができずに咽び泣くと⋯⋯そうはさせまい。
「いい案だけど、近づくルートを確保した後はどうする?動物の毛って結構抜きにくいんだよな。自分の髪の毛引っ張ればわかるけど、あのドラゴンなら尚更だろ。パイモン、自分の腕力だけであの羽毛を取れる自信はあるか?」
「ぐっ⋯⋯そ、それは確かに一理あるぞ。そういう空は何か案があるのか?」
パイモンがわづかに息を詰まらせて動揺する。そう、パイモンが仮にひとりでドラゴンの懐に潜り込めたとしても、そこから羽毛をちょろまかすことができるかどうかは分からない。だからパイモンの単独行動でことをなすことは不可能。そこで俺の出番だ。背中にかけてある剣を抜いてパイモンに見せる。
「この剣を使う。ハサミがあればよかったけど、今ある手持ちの刃物はこれだけだ。俺も羽毛を抜くことができるかは分からないけど、切ることならできる」
「なるほど⋯⋯これは協力するしかなさそうだな──ちなみに、オイラの取り分はどのくらいになる」
「なし。パイモンに財布を持たせたらいくらあってもすぐすっからかんになりそうだからな。またひもじい思いをしないように俺が管理する。けどうまくいったら少なくともさっき言った三食一番高い飯の代金は払うと約束しよう」
「むっ⋯⋯それなら問題ないな。じゃあとりあえずちょっと様子を見てくるぞ」
パイモンは納得したようで、周囲の木々を超えて空に上り、ドラゴンの真上へと移動する。これで羽毛の代金は全て俺のもの。一番高かろうが所詮は食費。さらに旅をする以上一つの町にそう長くは止まり続けないだろうことも考慮すれば、手元に大半の金が残ると予想がつく。実においしい話だ。
お金は旅の生命線。旅人として定職につかない放浪生活を送る上で最大の問題として立ちはだかるのは金銭トラブルに他ならない。へまをこくと未開の地を苦労して超えたのに、ようやくたどり着いた街でお金がなくて乞食をすることになったりもする。そこんとこ何も考えてなさそうなパイモンに手綱を握らせはしない。
上空でパイモンが旋回するのを眺める。何も問題がなければいいのだが⋯⋯そう思った矢先のこと。パイモンの動きがぴたりと止まった。やべえ、フラグ建てちゃったか?不安は的中し、パイモンが偵察を中止して元いた場所に戻ってくる。顔色は青く、怯えていることがはっきりと伝わる。
「何があったんだ?大丈夫か」
「あ、あいつがいたんだ。緑の、七天神像のあいつだよ!」
「はあっ!?どうしてここに!?本当なのか!?」
「ああ本当だぞ⋯⋯あの特徴的な服装は見間違えようがない。何かドラゴンに話しかけている様子だったぞ⋯⋯ドラゴンの友達、本当にいたのかよぉ⋯⋯うぅ⋯⋯」
いやまずい。これは本当にまずいことになった。なぜここに、今この絶好のタイミングであいつが現れてしまったのか⋯⋯落ち着け。やることは変わっていないはずだ。死角をつかなくちゃいけない相手がドラゴン一体にあいつも加わっただけのこと。偵察をしていたパイモンにその位置を聞いて、そこからドラゴンの体に隠れて見えない場所を選んで通ればいい。
「や、やばいぞ⋯どうする?一旦引くか?」
「焦るな。冷静に考えろ。まだこっちの居場所はバレてない。あいつに気づかれずに羽毛を取る道はまだ残っている。こんなところで、よりにもよってあいつのせいで、一攫千金を諦められるわけがないだろう!」
「お、おう!⋯⋯でぇ、そのぉ、申し訳ないんだけどぉ⋯⋯実はオイラがあいつを見つけたときに、目があっちゃっててぇ⋯⋯つまり、もうバレてるかもしれないんだぞォ⋯⋯」
「え?」
何やってんだよ白ダルマ⋯⋯何やってんだよ白ダルマァ!!今すぐ、今すぐ逃げなくては。先日の灼熱スライム大旋風の惨劇が頭を過ぎる。あいつは敬虔な風神信者。風神の眷属たるドラゴンの体毛を金儲けに使おうと考えていたことがバレたら今度はどうなるか予想もつかない。
逃げよう⋯⋯しかし、いいのか?ここで逃げたらきっとあの羽毛は手に入らない。パイモンにビビるなと喝を入れたのはだれだったか。俺だろ?お前がビビってどうするんだ。そうだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。初めから何の危険もなしに羽毛を手に入れられるとは思っちゃいない。
やってやろうじゃないか⋯⋯しかし、冷静さは捨てるな。まず、自分たちの居場所を隠さなくてはいけない。俺とパイモンがあたりにいるとは分かっていても、まだここにいることまでは絞りきれてないはずだ。ドラゴンから一旦距離を取ってあいつの警戒を解く。そして状況を振り出しに戻してから再アタックをしかる。方針を定め、ドラゴンから視線を切って身を翻す。
──ぷにり
頬を押す不意打ちの感触。あれだ。肩を叩かれて振り向いたら頬を指で押されるイタズラ。しかし、そんなことをしてくる甘酸っぱい関係の相手などこの場にいるはずもなく⋯⋯ぞわりと背筋に怖気が走る。
目の前の緑帽子を被ったそいつは茶目っ気たっぷりに言うのだった。
「えへっ。」
「「おわああァァ!!!!出たああァァ!!!!」」