その日、誰もが恐れる女傑が帝都へと帰って来た。
ドSの権化であり、魂の底から狩りと拷問を愛する女だ。
その名は――
謁見の間――
「エスデス将軍。北の制圧見事であった!!褒美として黄金一万を用意してあるぞ」
膝まで届く鮮やかな空色の髪を持ち胸元の開いた軍服を着こなす美しい女性。
ただし、猛禽類のような鋭い目は常に獲物を狩る狩人の様であり、滲み出る雰囲気はどれだけの人を殺せば着くのか分からないほどのものであった。
「ありがとうございます。北に備えとして残してきた兵たちに送ります。喜びましょう」
「戻って来たばかりで済まないが、仕事がある」
「帝都周辺にナイトレイドをはじめ凶悪な輩がはびこっている。それらを将軍の武力で一掃してほしいのだ」
皇帝としては当たり前の願いだ。
しかしこれは皇帝の意思で決めたと言うよりは大臣の願いである。
大方自身の派閥にいる者達をムソウにでも消され過ぎたかと、的を射たことをエスデスは考えていた。
「帝都にはブドー大将軍やムソウ長官がおりますが……」
「ブドーは大将軍として宮殿守護の仕事が在り、ムソウには反乱軍の方に今は集中してほしいのだ」
「……分かりました。それと一つお願いしたい事がございます」
「うむ、兵か?なるべく多く用意するぞ?」
「賊の中には帝具使いが多いと聞きます。帝具には、帝具が有効。六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで十分、帝具使いのみの治安維持部隊を結成し、私が率います」
「……将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな?更に六人か?」
皇帝は、これ以上の力を個人の指揮下に集めてよいものか悩んだ。
そこにすかさず助け舟を出したのは、皇帝が最も信頼している大臣だった。
「陛下、エスデス将軍になら安心して力を預けられますぞ」
大臣の言うことは昔から正しい、幼いで済ますには既にすまされない領域に達しているほど大臣のことを信頼しきっている。
しかし皇帝は自身が傀儡と化していると気づくことは永遠にないことだろう。
「うむ、お前がそう言うなら安心だ。用意できそうか?」
「もちろんでございます。早速手配しましょう」
「これで帝都も安泰だな。余はホッとしたぞ!」
皇帝は肩の荷が下りたとばかりに、胸を撫で下ろした。
「まことエスデス将軍は忠臣にございますな」
陛下には見える形でニコリと笑顔を浮かべたが、内心思っていることは違った。
エスデスは政治や権力に全く興味がなく、戦いに勝ち、蹂躙することこそが全てであるため、大臣にとって最も扱いやすい手札でありジョーカーである。
ただ大臣にとって誤算があるとするならば、エスデスがムソウに対してある感情を抱いていることだ。
「苦労をかける将軍には黄金だけでなく別の褒美も与えたいな。何か望むものはあるか?」
「そうですね……あえて言えば」
エスデスは焦らすように言う。
「言えば……?」
「子を産んでみたいと思っております」
その瞬間、時が凍りつくように止まった。
皇帝も大臣も等しく固まり、何を言っているのか理解できていなかった。
軍官僚クラス以上になると、エスデスがムソウに恋心を抱き熱烈にアタックしていることは有名なことだ。
だが、ドS精神の塊が子を産みたいなど、ムソウに恋をしたと言うだけで誰もが似合わないと思ったと言うのに似合わないを通り越してあり得ないと皇帝と大臣は思った。
「そ、そうであったか!将軍も年頃だしな!!」
唖然としていた皇帝と大臣の時が動き出すと、今気が付いたと言った表情だった。
「ですので、もし生まれた際は皇帝が名付け親にでもなっていただけたらと」
「分かった。考えておこう」
皇帝は困った表情をしながらも確固たる意志で言うと、謁見は終わった。
「相変わらず好き放題の様だな大臣は」
「はい、気に食わないから殺す。食べたいから最高の肉をいただく。己の欲するままに生きることの何と痛快なことか、フフフフフフ」
「……本当に病気になるなよ。しかし妙なことだ……私が闘争と殺戮意外に恋に興味を持った時でさえ戸惑ったと言うのに、子を欲する気持ちになるとは」
「あぁ、生物として異性を欲するは至極当然のことでしょう。特に将軍が恋焦がれている相手が、強く優秀であるならばなおのこと。むしろその気になるのが遅すぎるぐらいですよ」
大臣はエスデスに悟ったように言うが、内心恋と言う言葉が全く似合っていないのに子を欲するとは、と思ってはいたが口に出すことはなかった。
特に相手があのムソウだ、子供ととても縁があるようには思えない。
だが、もし生まれたとするならば、ある種のサラブレットである事には間違いない。
「なるほど、これも獣の本能か……まあ今は賊を狩りを楽しむとしよう」
「それですが、帝具使い六人は要求がドSすぎます」
「だがギリギリ何とかできる範囲だろう?」
ある意味でお互いを知り尽くしているからこそ言える要求だ。
特に帝具使い六人、その戦力は計り知れず、個人の指揮下に入るには大きすぎる戦力だ。
「揃える代わりと言っては何ですが、いなくなってほしい人たちがいるんですよねぇ……」
大臣は蓄えた顎鬚を撫で下ろしながら悪い顔をしていた。
「フ……悪巧みか」
エスデスは呆れたようにため息を吐いた。
大臣とは確かに利害関係のみで築かれた信頼だ。
だが、エスデスとしても自分の闘争と殺戮の欲求を満たしてくれるならば、それが愛すべきムソウの敵対者であろうと今の所は文句を言うつもりはなかった。
しかし一度ムソウが大臣に牙を向けるならば、エスデスは迷わずムソウに付くだろう。
それ程までにエスデスがムソウに抱いている気持ちが本物であると言うことだ。
宮殿ムソウ執務室――
「またか……」
ムソウは保安部から提出された書類を見ながらぼやいた。
ここ最近連続して、二名の文官が殺されている。
そのどれもが大臣の派閥に属なさい、良識派と言われる者達だ。
ムソウは自身の手駒である諜報部に探らせているが、中々情報が集まらず、連絡が途絶えた者達もいる所を見ると殺された可能性が高いと考えている。
さらに大臣にとって都合のいいことに、『ナイトレイドによる天誅』と書かれたビラがばらまかれていることだ。
今の所、誰もナイトレイドの犯行だと思っていないようだが、あと一度でも良識派の者が殺されたならば、市井の者達はナイトレイドの犯行だと思うようになるだろう。
一斉に粛清した時、大臣派の者達も殺し過ぎたため、派閥の力が弱まったから焦りだしたと考えられる。
ムソウとしては、牽制として使える駒は多いことに越してことはないため、大臣にとっての政敵が消され過ぎるのは望むところではない。
しかし大臣の手の者によって殺されたと言う確たる証拠がない現状では、表だって大臣を非難する訳にはいかない。
下手に避難しようものならばこちらの弱みとされるため、ムソウとしては下手な発言を控えなければならない。
そうなると、必然的に良識派の人間を保安部の人間を使って護衛させるのが手っ取り早く済む手だが、あくまでも派閥争いでは中立の立場を貫き徹すため、ムソウの私兵と言っても過言ではない保安部を護衛に付けさせるわけにもいかない。
もしムソウの意思でそのようなことをするならば、大臣派の人間も護衛を付けなければならなくなる。
文官の連続殺人が終わるまで両派閥の人間の護衛を行わせると、使える手数が減るため犯人を捜索させる人数を減らさなければならないが、一応のメリットはある。
護衛の名目で監視が出来る、それが唯一のメリットだが、それならば諜報部の者達がしているため特段必要ではない。
むしろデメリットの方が大きいため、この手は使えずそうなって来るとムソウが切れる手札も限られてくる。
「……私自ら囮として動くか」
ムソウが直接動く、その事実だけで大臣の牽制にも餌にもなるだろう。
丁度良いタイミングに、異民族と交易し利益を革命軍に渡している村が在り、その村を滅ぼすために保安部の敵性分子を排除するための移動虐殺部隊と悪名高い部隊【アインザッツグルッペン】と帝国軍暗殺部隊の共同での虐殺が行われ、そこを視察する予定がある。
大臣としては、革命軍の戦力拡大となる原因を一つでも多く潰したく、ムソウとしては異民族と交易を持つ敵性分子を排除したいという、互いの利害が一致したために起きた極秘裏の作戦だ。
むろん、共同でなくてもどちらか一方だけでもお互い行動を起こしただろう。
その作戦を前倒しで行い、最近手に入った情報の一つに元大臣、チョウリが帝都へと戻ってくる日があり、その道中偶然遭遇できるように調整し、連続殺人犯が襲ってくるようなことが在れば、捕えることが出来るだろう。
大臣としても元大臣チョウリの存在は隠居しているならば、目障りな相手だったと言う過去形で済まされたが、帝都に戻ってくるとなると、元大臣という立場のため多くの場所に顔が利く。
そうなって来ると本格的に邪魔な相手になるため、大臣としては確実に消したい相手となるため、確実に襲わせるだろう。
そうと決まれば、直ぐに行動に移さなければ、そう思い執務机に備え付けられているベルの紐を引くと直ぐに人が来た。
「お呼びでしょうか」
「大臣に伝えてくれ、テンスイ村殲滅作戦を前倒しで始める、と」
「了解しました」
部下はムソウの伝言を伝えるべく大臣の元へと駆けて行った。
これで釣れるならよし、釣れなくても良識派の人間が増え、大臣を牽制できる。
どちらにせよこちらに利があり、損をするようなことはない。
だが、自身の命を天秤に賭けてまでやるほどの利があるかというと、そうではない。
たしかに今まで殺された者達は大臣にとって都合の悪い人物たちであり、ムソウとしても大臣の動きを若干鈍らせる程度には役立つ者達だったのは間違いない。
そう言った意味で言うならば、大臣にとっての最大の障害はムソウと断言できる。
自身の派閥の者、縁者を尽く殺され、自身の勢力拡大のための政策を潰され、挙句の果てには勢力を削られているのだ。
しかし大臣がムソウを消そうと思おうにも、なまじ本人の権力、武力が並外れており、現在ある執務室が宮殿内と言うこともあり容易に葬ることができない。
それに大臣が、ムソウを消すことに傾注すれば、間違いなくブドーや大臣を快く思わない者達に隙を見せることになる。
ムソウとブドーの庇護下にある者以外の政敵には、適当に犯罪をなすりつければよかったが、二人はそう言った手を使って消せるほど甘い相手ではないことを大臣自身がよく分かっている。
エスデスやエスデスの配下を使って秘密裏に消すにしては、ブドーは皇帝からの信篤く帝国の英傑として民からの支持も多いため消せず、ムソウに対してはエスデスが恋心を抱いているために嗾ける訳にもいかない。
下手に今表だってムソウと敵対すれば、エスデスと言う手札を失くし、敵対する恐れが大いにあり得るため明確な敵対をしてこなかった。
だが、内心は虎視眈々と上手く消せる機会を探っており、今頃は伝達された情報でそのチャンスが訪れたことに歓喜しているだろう。
ムソウは、大臣の考えていそうなことを考え、その裏をかくべく行動し始めた。