とある兄妹の約束   作:あさがさむい

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 こんな自己満足性癖全開の二次創作に評価バー赤色!? なんで?

 終わりだと言ったな、あれは嘘だ。

 訳がわからず読み直して、主人公のキャラをもっと立たせるという補完のためにも書きました。正直なところ蛇足のような気もするのですが供養という意味で投稿。
 そのため、ヒロアカ要素が薄いです。主人公のバックボーンとかを書き殴っただけ。一応続きですので、それでもよければ。




epilogue

 

 

 ───生への執着なんて、微塵もなかった。

 

「あ、れ……?」

 

 頭に霧がかかっているようで、頭上を見上げるので精一杯だった。腕も足も欠けていないけれど、とにかく力が入らない。ただそんなことは関係なく、時間だけが淡々と過ぎていく。

 ……ここは、僕の部屋だ。地下に存在する、軟禁用の小部屋。遊び心のかけらもない質素な部屋だ。地下にあるから、時間帯も判らない。

 しかし、なんでこんな部屋のベッドに僕は寝そべっているのだろうか。

 僕はいつの間にここに居たのだろう。

 疑問は尽きない。

 でも、その答えは見つからない。探すことすらできない。

 疑問の先を思考するのを脳が拒む。

 微睡んでいる、と言うのか。そう考えて、即座に思考が掻き消えた。そもそも微睡むなんて人間らしい行動はできていない。生きるために必要な人間の機能の幾つもが、今の僕には欠けていた。

 

 ……そもそも、僕は何をしていたんだっけか。

 記憶がない。

 感覚がない。

 自己がない。

 

 何かをしたからこうなっているのは判る。

 何をしてここに居るのか。

 何を失ってこうなっているのか。

 僕は一体、何を得たというのか。

 その疑問が、浮かんではすぐに消えていく。

 疑問の欠片すら集まらない。

 手のひらにのせた砂のように、その全てがサラサラと消えていく。

 掻き集めようとしても、その思考自体が消えていく。

 

 僕は──

 

 ──君は、ここで一人暮らしていたんだよ。

 

「───────」

 

 そう、だったような気がしてきた。

 だんだん思い出してきた。

 

 オーバーホール。

 分解と修復。

 上書き。

 個性の破壊。

 計画。

 

 思い出せばすぐだった。

 きっと目が覚める前も分解されていたに違いない。その後修復されて、この部屋に投げ入れられたのだろう。高校生の歳になった今もなお、僕はこの地下から逃れられていないのだから当たり前か。逃げ出すことなんて考ることすらせす、ただ無意味に時間を浪費してただけだった。

 苦笑する。

 人間らしくないのは当たり前だ。

 10年近く死を繰り返してあの痛みが刻まれるのなら、僕じゃなくてもこうなるだろう。

 

「────」

 

 さっきまでの思考の混濁が嘘のようだ。

 頭は霧が晴れてはっきりしているし、体の調子もこれ以上ないコンディションだ。まるで自分の体じゃないと錯覚するくらい。

 ……今日は気分がいい。いつもみたいな卑屈な思考がどこにもない。このまま部屋の外にでも出ようか、と考えて。

 

「……………」

 

「………?」

 

 扉の向こうに、小さな子供を見た。

 小さい男の子だ。どこかで見たことのあるような風貌の、どこかで見たことのあるような雰囲気。

 

「あんな子、いたっけか……?」

 

 記憶を遡っても、出会ったことはない。話したこともない。

 けれど、僕は彼を知っている。理屈など関係なく、ただ直感として僕は彼という存在を知っていると確信している。

 由来の分からない既視感という違和感が、背を這っている。

 

「なあ、君は───」

 

 言葉に詰まる。言おうとした言葉が、喉の奥に消えていく。

 みっともなく口を開いたまま静止する。

 その一声を発して───気がつけば、そこには誰もいなかったから。

 

 見間違いか、と考えて即座に否定する。会ったことのある人ならまだしも、会ったこともない人間を幻視するわけがない。

 

「……とりあえず、探してみるか」

 

 どうせやることもないのだ。最後に部屋の外に出たのがいつなのかも覚えていないし、調子がいいうちに出歩いてみよう。ヤツの仲間に見つかると面倒だけど、なんとなくいまなら大丈夫な気がする。

 

 ……いつもなら絶対にあり得ない思考だ。

 記憶の混濁といいこの思考といい、何か引っかかっていることだけが、この現実の違和感だった。

 

 

 

 

 

 地下道の壁。

 そこに背中を預けながら座り込む。

 

「はあ、は───あ、はぁ、あ───」

 

 息が上がる。

 顔を上げて息を吸う。

 ───苦しい。この程度で息が切れるはずがないのに。

 朝の調子はどこへ行ったと言うのか。

 体が鎖につながっているかのように動かない。

 体温は冷めきって、手足は泥のように重く、体のいたるところが痛い。

 足と左腕に関してはもはや感覚がない。

 ……そんなことよりも、もっと判らないことがある。

 

 生きるための思考が足りない。

 呼吸を回復させるための酸素が足りない。

 酸素が足りないから、頭がぜんぜん働かない。

 働かないから、分からない。

 

「………どうなってるんだ」

 

 地下を走り回って一時間。……もしかしたらもっと経っているかもしれないけど、体感時間がごちゃごちゃとしているのは今は重要じゃない。

 一番おかしいのは。

 

「人がいないなんてこと、あるか……?」

 

 部屋の監視役が出払っているのを見た時は、運がいいと思った。

 地下道を歩いても誰にも会わなかったあたりで、違和感。

 治崎の部屋に入っても部屋の主人がいないのを見て、疑念が確信に変わった。

 

 人がいない。

 治崎も。

 彼の側近も。

 僕の──

 

「いつもの奴らもいないし、エ───」

 

 そこまで言いかけて口が止まった。

 エ……僕は、なんと続けようとしたのだろう。

 

「…………」

 

 何かがおかしい。

 目が覚めてから、ひどい違和感がある。

 僕は致命的な事実から目を背けている。

 それはいい。本音の話、その事実はどうでもいい。

 僕はそれより───もっと大切な何かを、大切だった誰かを、必死に、思い出さないようにしている気がする。

 

 ───君は、どうして生きているんだっけ。

 

「……それ、は───」

 

 言葉が続かない。生きる意義が僕には欠けているというのか。生きる意味すらないというのか。でも、こうして心のままに生きていたはずで。

 

 ───君に、自由はあったのだっけ。

 

「……それは、無かった」

 

 それは確かだ。僕の世界はこの地下だけだった。でも、自由よりもかけがえのない(だれ)かが、僕にはいたはずで。

 

 ───君の死に、意味はあるんだっけ。

 

「……ある。僕の死を悲しむ人が───」

 

 あ、れ。

 居たはずだ。居るはずだ。僕のすぐそばに、そういう光があったはずだ。

 

「─────ぼく、は」

 

 ───君は。

 

 僕は、誰だ?

 

 さっきまでのは、違う。

 

 だって、本当なら。

 僕という自分に自由はない。

 人として扱われることなんてない。

 情を向けられるなんて思わない。

 僕の存在も死にも、なんだって意味はない。

 そう思って、生きてきたはずではなかったか。

 

 ヤツに10年にもわたって分解され続けて、軟禁生活を送って、心を殺してようやく我慢できる痛みの中を生きてきた。

 最初は抵抗していたけれど、それは無駄だと諦めて。

 そうして、自分を喪失するくらいには思い詰めていたはずではなかったか。

 

「……いや、なんでこんな他人事みたいに」

 

 最初からなかった。

 生きる意義も。

 自由も。

 家族も。

 死の価値も、無いものねだりの理想だった。

 それは間違いじゃないはずだ。

 だというのに、この胸に空いた喪失感はなんだ。

 どうして僕は、それを失ってしまったと思っているのだろう。

 

「……なんだ、それ」

 

 おかしい。それはどう考えても辻褄が合わない。

 最初から持ち得なければ、失うこともない。

 そして僕は、持ち得ないはずの人間だった。大切なものなんて失いようのない人間だった。

 なら、なぜこんなにも苦しい。狂おしいほど悲しい。

 漠然とした違和感が明確な輪郭を形作る。その瞬間に。

 

「ぁ─────」

 

 ふっと。ろうそくの灯が消えるみたいに、いとも軽々しく世界から色が失われた。

 あり得ざる幻想が潰えていく。

 あらゆるものが本来の闇に戻っていく。

 寄りかかっていた壁も、見慣れていた地下道も、座っていた僕という生き物のカタチも、全てが暗闇に溶けていった。

 

 体はもう指一本さえ動かない。

 さっき体が動かせなくなったのは、僕の身体がボロボロだったからではなく。『最初からなかったもの』だから動かなかったのだと、今になって理解した。

 

「───────」

 

 とける。

 僕という意識が溶けていく。

 さっきまで存在していた身体が存在を消していく。

 一人の人間の、一つのカタチが消えていく。

 何があったのか思い出せない。

 どうしてあんな幻を見ていたのか分からない。

 誰が隣にいなかったのか、判らない。

 

 

 

 

 

 

 判らない。

 

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 

 わからない。

 

 

 

 

 その意識だけを繰り返す。

 何もない空間でたった一つだけ、僕という意識がその一点で保たれている。

 身体もない今どうなっているのか分からないけれど、意識だけが暗闇の中に放り込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分からないままでいいじゃないか」

 

 

 ふと、少年の声が聞こえた。

 

 

「そんな疑問を抱く必要すらない。君だって分かっているんだろう?誰かを思い出そうとしたから。その喪失を突き止めようとしたから。君は、この夢さえも捨てようとしている」

 

 

 聞いたことのあるような、無いような声。

 

 

「いいだろ?わざわざつらい現実に戻る必要もない。向こうに帰れば、君は死ぬんだからさ」

 

 ……おまえは、誰だ。

 さっきから話しかけてきたのは、おまえだろ。

 

「? 意外と勘が悪いな、君。ここは君の夢だぜ?君以外いるわけないじゃないか」

 

 ……分からないな。僕以外の人間じゃない、だって?

 でも僕はここにいる。おまえは───。

 

「だから、ボクも君なんだよ」

 

 ──────え。

 

 

 暗闇の、中心。気がつけばそこに。

 ぼうっと、弱く輝く誰かが、僕の眼前で佇んでいた。

 

「こんにちは、初めまして」

 

 そこにいたのは、人のカタチをしたナニカだった。

 幽霊のように青白く輝く少年。

 とりあえず、それ以外に形容しがたい誰か。

 僕も憶えていないいつかの記憶が、ガンガンと頭の中で暴れ回る。

 

 

 ……子ど、も?

 

「おいおい、それはちょっと失礼だな。大体、君はボクとして在った時間のほうが長いんだ。むしろ君のほうが子供じゃないか」

 

 ───それは、どういう。

 

 

 言いかけた、瞬間。

 

 割れそうな頭の中で、

 

 声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

『いやだ、いやだ、いやだ、いやだ───』

 

 幼いボクが、泣いている。

 

 何度無理だと、何度死にたいと思ったのかわからない。

 生きてるだけでつらくて、誰かに睨まれるだけで苦しくて。

 耐えられなかったボクは、自分の心を壊した。壊してようやく、痛くも苦しくもなくなった。

 

 それでも、遠くに光があった。

 転んだとき、泣きながら立ち上がる。

 疲れた時、がむしゃらに顔を上げる。

 どんな時でもその光は、手を伸ばしても届かない遠くで輝いていた。

 その光だけは、ボクが壊れてもなお眩しかった。

 

 例えばそれは、家族で、愛だったのかもしれない。

 欲しくてたまらない希望だったのかもしれない。

 いつかボクに訪れる輝かしい未来だったのかもしれない。

 

『ワケない。そんなワケない。

 そんなことは、どうでもいい』

 

 けれど、否定した。

 (ボク)にとって、あの光はただあるだけのもの。

 それだけで、君の道しるべになったもの。

 君は、あの光があったから。

 あの光が、君以外の誰かに大切にされて、君以外の誰かを(たす)けるものだったから。

 あの光に、歯を食いしばって手を伸ばす。たったそれだけで、何とかやっていけたんだ。

 君のための光じゃなくても。

 君を(たす)ける光じゃなくても。

 

『でも、その光に魅せられた』

 

 たった一つ、その光を守りたかった。

 その輝きを守りたかった。

 あの光に夢を見たから。

 だから、君は。

 

『ボクのままじゃ、掴めなかった』

 

 君は触れたかった。

 その光が自分の手に収まるところに来たから。

 その星の光のような愛を得たくて、与えたかったから。

 

『だから、壊れていない君に託したんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……──君は。

 

「そう。ボクは君の大本。10年以上君の人生を歩んできた自己。

 そして君は───」

 

 ……君が『上書き』した、新しい自分。

 

「お見事」

 

 

 ご名答、というふうに彼はぱちぱちと手をたたいた。

 信じられない。じゃあ何か。さっきまでの幻は全部、僕のオリジナルが作った夢だということか。

 

 

「まあ、その通り。ボクが生きてた頃の記憶じゃあの再現がせいぜいでさ。あんまり楽しくなかったよね。ただまあ、あのまま続ければ君の意識を元に平和な夢を見せれたんだ。よく頑張ったからね。そのささやかな報酬のつもりだったんだけど。……君が思ったたより早く気がついちゃうからさ」

 

 ……どうして、あんなことを。

 

「目を覚ますのはやめておいた方がいいっていう忠告だよ、カイリ。君の現実は『一生病院のベッドで意識不明のまま』というリアルだ。その状態に覚めてしまえば、夢を見ることさえできなくなる。肉体はなんとかなっても、脳がまともに機能しないからね」

 

 

 責めるような視線の彼に、ああ、と納得する自分がいた。

 恐怖も驚きもない。あるのは宝石のような悔いだけだ。

 手のひらの上で赤く輝いて、その光が棘となって肌を刺すような。

 それはきっと、力及ばずに命を終え、後に遺してしまった誰かへの懺悔だった。

 

 

 ……やっぱ死ぬのか、僕。

 

「ちょっと違う。体はどうにでもなるけど、意識が粉々でね。

 いやあ。ひどい無茶をするよ、まったく。今こうして意識下にいるのも奇跡みたいなもんだ。言ってしまえば植物状態よりも一歩死に近いみたいな状態だ。生きる屍って言うのかな。ただ『器官の集合体』になるってだけ。それは死だ。生命としての死ではなく、意味としての死。戻れば夢さえ見られない。君もいやだろ、そういうの」

 

 ……どうやったら戻れる?

 

「────本気?」

 

 

 僕の言葉に、彼はひどく驚いて見せた。

 

 

「もう君は覚えていないだろ?なんのためにこうなったのか。なんのために生きたかったのか」

 

 ……ああ。

 

「戻る必要はある? このまま平和な夢を見続ければいいじゃないか。現実に覚めて死んでしまえば、こんなふうに悩むことも無くなる。倖せというのなら、きっとこっちの方が何倍も倖せだろう」

 

 ……それでも戻るよ、僕は。

 

「どうして?」

 

 

 どうして、と言われて考える。

 理由。

 直感で判る。戻っても救いはない。何があったか未だに判らないけれど、戻ったところで死ぬだろうということくらいは理解していた。

 それでも、戻ろうとする理由。

 

 ……確かに僕は忘れた。

 あの光の名前も、顔も、声も、温かさも、全てが手の届かないどこかへ消え去った。

 ああ、それでも。

 

 

「それでも、あの眩しさは覚えてるんだ」

 

 

 それは僕たちが欲しいもので、かけがえのない光だった。

 

 僕は判らない。

 彼が焦がれた光の正体も。

 僕が守りたかった誰かも。

 ひどく輝かしかった、眩しさの果ても。

 

 大切な誰かの記憶が、今の僕からはさっぱりと抜け落ちている。

 守るべき誰かの何もかもが、今の僕には残っていない。

 何もかもが欠如していて、

 何もかもが意味を持たないカケラだ。

 

 けれど、ひとつだけ。

 僕が守りたかった眩しさだけは、今も脳裏に焼き付いている。

 

「それは大したことじゃないかもしれない。誰もが(うらや)む理由じゃないかもしれない」

 

 胸を張って言える理由じゃない。

 僕の憧れたヒーローには程遠い理由だ。

 

『そりゃそうだ。あの日見た光が眩しかったから、なんて。そんな理由で?その眩しさの記憶に、君があの現実に戻るほどの価値があるとでも?』

 

「……君は正しい。このままここに閉じこもる方が楽で、きっと楽しい。幸福な夢を見て、少しくらいは倖せになれる」

 

『なら────』

 

「でも、倖せになれるのは僕たちだけだろう、カイリ。僕たちには、自分以上に倖せを掴んで欲しい人が居るんだ。それなら、あの光を夢見て追いかけたい。誰かの倖せを願った僕たちを信じたい」

 

『眩しさ以外覚えていないのに?』

 

「うん、そうだ」

 

 彼の呆れたような声に、迷いなく頷く。

 確かに憶えていない。

 誰が大切だったのか。

 何を守りたかったのか。

 それが分からなくても。それが抜け落ちた欠片(ぼく)でも。

 あの光が眩しかったことだけは、今でもはっきりと覚えている。

 理屈はない。理由もない。記憶もない。

 僕は焦がれて、彼は憧れて。

 それだけが確かだというのなら。

 

「なら、僕はそれを裏切りたくない。手を伸ばした君と、守りたかった僕の思いを裏切りたくない。僕はヒーローにはなれない。誰もが憧れる正義なんて掲げらない」

 

 憧れるしかなく、自分もヒーローになるんだと夢見たこともあった。

 ムリだなあ、と諦めた。

 背負いたくないなあ、と弱音を吐いた。

 生きることさえも辛くなって、涙をひどく流した。

 

「ヒーローにはなれない僕だけど。

 すぐに諦めて弱音を吐く僕だけど」

 

 くだらない理由で、どうしようもなく無謀で、

 賭けるにはあまりに弱々しい、一つしかない記憶だけど。

 

「僕は、それに憧れた自分を裏切りたくないんだ」

 

 憧れて、夢見て。あの眩しさに焼かれたのなら。きっと僕は、そのために全てを投げ出したんだろう。

 自分の幸福なんかより大切な誰かに手を伸ばす。

 絶対にそうしただろうと、僕は確信している。

 

 ───ならいい。それだけでいい。

 そんな僕がいたのなら、僕はそれに応えたい。

 そんな自分を信じたい。ただ、それだけだった。

 

『───君は本当に■バカだけど……けど、いいね。ボクは好きだぜ、そういうの』

 

 返されたのは、おぼろげな声だった。

 ……いや、正確にはもっと前から。僕が声を出してあの光を思い出したその時から。

 彼の声と体は崩れていき、僕の声と身体が実体を取り戻していた。

 目の前の(ボク)の体が、半透明になって消えていく。自己の存在を僕に移してくれているんだと、直感的に理解した。

 そして、そんな僕に向かって。

 

「君、───」

 

『10年以上貯蓄があるんだ。彼女のことまでは補完できないけど。でも任せたぞ、君。そんな啖呵を切ったんだから、最後まで守ってやれよ?」

 

「───言われなくても!」

 

 満足そうに、彼は笑った。

 一体。

 一体その言葉に、どれほどの思いが込められていたのだろう。

 自分には抱きしめられないと知って、僕という人格を上書きして。

 光に憧れたのに、それを手にできないと諦め。

 一番辛かった昔の記憶を、全部背負って。

 一番悲しくて、一番報われなくて。

 それでも任せたぞ、と背中を押してくる。

 

 それは、なんて。

 

「───君さ、卑屈っぽいって言ってるけど」

 

 ……なんて、哀しい。

 

「最後まで僕よりも上から目線だったな」

 

 ───そりゃ、自分自身に対してはね。

 

 そう笑って消えていく彼に背を向ける。

 目的地は分からない。この暗闇をどうやって歩いているのか、どこに向かうのか分からない。そのはずだったけれど。

 

「─────」

 

 真夜中のトンネルを想起させる、眩しい光が視線の先にあった。

 その光に向かって歩き出す。

 届かない光だとしても。

 かつて手を伸ばした眩しさを、僕は追いかける。

 

 ───本当に、行くの?

 

「……行くよ」

 

 ───その先は、きっと辛い。

    地獄よりも厳しい未来(げんじつ)が待っているんだ。

 

「……うん。それでいい。だって、君と僕が憧れた光は」

 

 それがなんなのか。

 誰なのか。

 どんな顔で僕に笑って、

 どんな声で僕を呼んで、

 どんな瞳で僕を写すのか、憶えていなくても。

 

「───そんな地獄でも、一番(たす)けたかった人なんだろう?」

 

 原点(オリジン)は、きっと此処。

 ヒーローは諦めて。

 幸福な生活を諦めて。

 救いようがない地の底にいて。

 それでもなお、壊れた彼が(たす)けようとしたもの。

 全てを忘れた僕が、それでもと幸福を願ったもの。

 それがきっと、彼と僕の全てなのだから。

 彼は何も言わない。

 呆れているのか、聞き入っているのか。

 

「──────」

 

 歩き始める。

 幸福に逃げるため、じゃない。

 自分より大切な誰かを守るための一歩を踏み出す。

 

 ───よし、行ってこい、お兄ちゃん(・・・・・)

 

 ふっと目頭が熱くなって、一筋の線が頬を伝う。

 僕には一番助けられない誰かで、一番感謝を伝えたい誰かが背中を押してくれている。

 なら。

 

「任せろ」

 

 僕は、笑って応える。

 救われなかった過去に笑いかける。

 絶対に忘れない。

 後悔も、諦観も、哀愁も、感慨も、その全てを胸に残す。

 

 

「───」

 

 歩く。

 

 光まで、あと30メートル。

 

「─────」

 

 駆ける。

 

 残り5メートル。

 

「───────」

 

 手を伸ばす。

 

 残り10センチ。

 

「───…………!」

 

 走り出した僕は。

 次の瞬間、痛いほど眩しい光に飛び込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───誰かの泣き声で、目が覚めた。

 

 

 

 目を開くと、再びあの部屋に僕はいた。

 

「──────」

 

 けれどさっきまでと違うのは、たった一つ。

 

「……ひ、ひぐっ……う、うぇぇ……っ」

 

 部屋の隅、見たことのない少女が、一人で泣いていた。

 

 その姿は痛々しい。子供特有の玉のような肌は涙に濡れてしまっていて、充血した赤い瞳は泣き腫らしていた。そしてなによりも、その額に生えている角の存在が彼女の特異さを物語っていた。

 なんで一人で、こんなところで。

 脳に、ずき、と閃光が弾ける。

 この少女を見ていると、頭の奥から何かが訴えてくる。

 

「……どうしたんだ?」

 

 気づけば。

 僕は、その少女に声をかけていた。

 

「えっ……だれ、なんできゅうに?」

 

 いきなりの来訪者に驚いたのだろう、少女はすぐに警戒の色をにじませた。

 けれどここまで幼い子供だ。寂しかったのか、

 

「おかあさん……かえってこないの…むかえにきてくれるって、そう、いったのに……」

 

「……それは、悲しいな。

 他に家族は、いないのか?」

 

「……いないの……だって、わたしが……」

 

 そこまで言うと、彼女はまた瞳を濡らした。

 ……ああ。

 ああ、ちくしょう、そうか。

 ずっとお前は、こんな風に泣いてたんだな。誰にも迎えに来てもらえないまま。自分の力で親を消してしまった罪に苦しみながら。一人で、孤独と向き合い続けてきたんだな。

 

「……ごめんな」

 

「え……?」

 

 うずくまる少女を、やわらかく抱き締める。

 いつのまにか僕の身長は縮んでいた。身体もところどころ包帯が巻かれているだけで、致命傷は一つもない。一方で、少女の体は冷えきっていた。今の季節は冬だ。きっと一人だったから、寒くて、吐く息も白くて、だから泣いていた。

 こんな地下の部屋に、暖房なんてついていない。心が凍ってしまいそうだったのだ。

 ようやく思い出した。

 

「一人じゃない。エリは、一人なんかじゃないぞ」

 

「……え?」

 

「僕が居る。お父さんもお母さんもいなくても、僕が居る。エリのことは、僕が絶対に守るから」

 

 だから、ほら。そう言って、エリの頭を撫でる。

 

「泣くなよ、エリ。

 エリは悪くないんだから。こうして、僕に頼ってくれ」

 

「で、でもわたし」

 

「エリは僕のこと嫌い?」

 

「えっ……ううん」

 

「はは、ちょっとズルい質問だったかもな。

 じゃあエリ、好きなものとかある?」

 

「え?」

 

「なんでもいい。

 食べ物でも、おもちゃでも、色なんかでもいい。なんか好きだって思えるもの、あるか?」

 

「……ううん。ない。」

 

「エリ、ここにいるのは嫌か?」

 

「……うん」

 

「よし、それなら良いことを思いついた」

 

「……?」

 

「エリ、好きなものが一つもないなんて楽しくないだろ?

 だからさ」

 

 エリの顔をじっと見つめる。

 かつて彼女に言った一言は、今も克明に思い出せる。

 

 

 ───ようやく、全部思い出した。

 

 

「約束。二人でここから出て、エリの好きなもの見つけに行こう」

 

「……うん!」

 

 安心したように、妹は笑った。

 その笑顔を守らないと、と強く思ったのは、そのときからだった。

 そうして、三年間僕は妹を守ってきた。

 特別な力なんてなくても。

 明確な目標なんてなくても。

 ただ守りたいと、共にありたいと、そう願った相手のために。

 僕は、誰かのヒーローになれた。

 

 別に称賛されるほどのことではないのかもしれない。

 世界中の何処でもありふれていて、きっと特別なことでもなんでもなくて。

 当たり前の、家族としての形だった。

 だけど、そんな当たり前が、何より一番輝いているのだ。

 

「……」

 

 ただ、腕の中のエリを撫でて時間を過ごす。

 会話もなく、その心中はお互い分からずじまい。

 だけど、互いの心音さえ聞こえれば、全て分かり合える気がした。

 分かり合えたなら、顔を見合わせただけで笑い合える。

 きっと倖せなんてモノは、こういうものだった。

 これだけのことが、どうしようもなく倖せだった。

 

 

「これが、君が憧れた光なんだろう?」

 

 

 気が付けば、僕は彼らを見ていた。

 低くなっていた目線は元に戻り、ひどく重い身体によろけそうになる。

 一瞬前まで感じていた腕の温もりが消えている。

 

 

「……不思議な気分だよ。過去とは言え自分を見てるなんて」

 

 

 返事はない。

 僕を元に戻した彼は、あれを最後に消えてしまった。

 そんなことは分かっていても、呟かずにはいられなかった。

 この走馬灯のような追体験の夢は、きっと彼が作って。

 そして、僕がいかなる奇跡からか思い出すことができたから。

 泣いている少女を抱きしめることができたから。

 昔の記憶。

 過去のボクが(たす)けたかった家族。

 僕が、エリという光に焦がれた日。

 

「─────」

 

 目の前の景色が消えていく……いや、それよりも(まばゆ)い光に塗りつぶされていく。

 白んだ光が、視界を包んでいく。

 意識が、あるべき場所へと戻っていく。

 

 その、最中で。

 引き剥がされていく意識が見つけた。

 

『………ぃちゃん!お兄ちゃん!』

 

 向かうべき場所で。

 誰よりも大切な少女が、僕のコトを呼んでいる。

 それに、手を伸ばす。

 歯を食いしばる。顔を上げる。重い身体を無理やり動かす。

 消えようとする意識を叩き起こす。

 

「─────エリ!」

 

 世界が溶ける。

 光に包まれる。

 その先に、僕を待ってくれる妹がいる。

 

 意識が覚めていく。

 一時のユメが冷めていく。

 このユメが消えて、こうしている僕も消えれば。

 

 そこにあるのは、もう夢を見ることさえない、死んでいる自分だけだった。

 

 

 

 

 

 

 ───ぼんやりと。

 太陽の光が、映ってくる。

 

 朦朧としている自意識。

 まだ、何も考えられない。

 体は倒れている。

 額に、温かい何かがぽつぽつと降っている。

 

「…や…!嫌、お兄ちゃん!」 

 

 ───おかしいな。

 もう、ユメは冷めているはずなのに。

 

 目蓋をあける。

 目の前には、彼女の、泣き顔があった。

 

「───泣くなよ、エリ」

 

「…………っ!」

 

 エリが息を呑む。

 心臓は確かに鼓動している。

 消えた左腕も、潰された脚も、ボロボロになった内臓も、その全てが元に戻っていた。

 ……エリの巻き戻しに使うエネルギーは、尽きていたハズだけど。

 けど、こうして生きているコトに比べれば、瑣末な問題だ。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 震えているような、声。

 

「……ただいま、エリ。帰ってきたよ」

 

「! うん!」

 

 おかえり、と彼女は笑って。

 僕は、その眩しさに目を細めていた。

 ぼう、とする。

 痛みはまったくない。自分がどうなったのか、(いな)くなってしまった誰かを思い出して、胸がちくりと痛んだ。

 

「……良かった。約束が、守れて」

 

 ああ、と安堵するように息を漏らして、そう言った。

 なんて倖せ。

 欲しいものは、全部目の前に揃っている。

 泣き笑いを浮かべるエリを、多くのヒーローたちが見守っていた。

 その中に、僕らを(たす)けてくれた彼の姿もあって、なんだかほっとした。

 

 そっと息を吐く。

 これで終わりじゃない。むしろ、これが始まり。

 エリと僕はヤツから解放された。それでも、渦巻く悪意は確かにある。

 

 ただ、今はそんなこと考えなくていい。

 僕は生きていて、エリを守れた。

 

 だから、それでいい。

 ここで、この話は幕引きだ。

 

 ヒーロー養成高校で保護されて、問題児扱いを受けている少年と友達になることとか。

 エリと一緒に、(たす)けてくれたヒーローたちとヴィランに立ち向かうこととか。

 誰も死なせないよう友達と無茶をして、そんな僕と彼に、エリがぷりぷりと怒ることとか。

 

 そんなことになるのは別の話で、ここで語るものじゃない。

 だから、今は。

 

「………エリ」

 

 とりあえず。

 

「?」

 

「……海、行こうか」

 

 できなかった約束を、果たしにいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある兄妹の約束

 

 




 
 完結。生存ルートでした。
 前回で終わりにするつもりでしたが、あまりに主人公のキャラが掴みにくかったので補完にと急遽書いた結果がコレです。
 私の力不足でこの程度の出来になってしまい、申し訳ないです。

 ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。自己満足でも、皆様のかけがえのない時間になれたのなら幸いです。
 反響があれば番外編を書くことがあるかもしれません。今回みたいに。

 重ねてになりますが、皆様に感謝を。
 読んでくださり、本当にありがとうございました。
 それでは、またどこかで。
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