働くハイエルフ様   作:柔らかいもち

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 息抜き作品。楽しく書ける間は続く。


ジャガ丸くんの売り子

 ジャガ丸くん。

 

 それは『世界の中心』と呼ばれるオラリオを語る上では避けて通れない存在。製造されて十年も経っていないにも関わらず、今では『魔石』や冒険者と並んで迷宮都市の顔のように振舞っている食品。潰した芋に衣をつけて揚げただけのものだというのに、『抹茶クリーム』だの『小豆クリーム』だのイカれた味のレパートリーだけは豊富の食い物。

 

 長々と語ったが、多くの人々から人気を勝ち取ったジャガ丸くんは需要が大きい。そのため広大なオラリオをカバーできるように多くの露店が都市中に存在している。そうなると人手も必要になってくるため、バイトとして貧乏【ファミリア】の神々を雇うようなこともしていた。

 

 つまり、だ。店を回すためならばどんな種族だろうと雇うのがジャガ丸くんの店なのである。

 

「はーい、今日から新人さんが入るよ。ほら、皆に挨拶して」

「レティシア・リヨス・アールヴだ。『アンタみたいな世間知らずの箱入り娘が金稼ぐなんてできるわけねーだろ』と目で言ってきた連中を見返してやりたくてここに雇われた。至らない点があれば遠慮なく注意してくれて構わないが、余計な真似をすれば私を多分恐らくきっと間違いなく監視しているエルフ達が大暴れするから気を付けろ。以上だ、よろしく頼む」

 

 飲食店で働く気があんのかと問いただしたくなるほど伸びた長髪は穢れを知らぬ純白。肌は透き通るように白く、シミ一つない上にきめ細かい。両の眼は紅玉の如く爛々と輝いており、通常のエルフより長い耳と立ち振る舞いは彼女が気高きハイエルフであることを教えてくる。肩を剥き出しにした漆黒のロングドレスの上からバイト先のエプロンと触覚を生やしたカチューシャを身に付けた間抜けな恰好であろうと、その身に纏う気品はなんら損なわれない。

 

 とんでもない新人が入ったぜ……従業員のヘスティアはレティシアの素質を見抜き、戦慄の笑みを浮かべながら冷や汗を拭った。

 

 ちなみにヘスティアはバイトに入って二日目のピッカピカの新人である。

 

 そしてふんぞり返ったまま挨拶をしたレティシアは「こういう時には頭を下げるんだよ!」と上司のおばちゃんに尻を叩かれていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「もうこの仕事やめていい?」

「ふてぶてしい態度だった割に心折れるの早いな君!」

 

 開店から数時間後。休憩を言い渡された売り子の新人二人は店から離れた場所で賄いのジャガ丸くんをかじっていたのだが、どんよりと瞳を曇らせたレティシアが零した言葉にヘスティアが勢いよくツッコんだ。

 

「稼ぎも良くて、程々に客が入るから退屈もしないし忙しくもならないって聞いたからこのバイトを選んだのに……すっごく忙しかったんだが?」

「あー、なんていうか……ハイエルフって人気が凄いんだね」

「本当にそうなのか? 過労死させてやろうと嫌がらせしてるんじゃないよな? もう私は八十歳超えてるんだぞ?」

「そこまで行くと被害妄想だよ」

 

 昨日、容姿が整って愛くるしく友好的(フレンドリー)幼女神(ヘスティア)はマスコットのような扱いをされたが、神秘的という言葉が相応しい見た目のレティシアは比にならないほどの人気を誇った。

 

 エルフが阿呆のように長い列を作り、そこに他のヒューマンや亜人(デミ・ヒューマン)も加わっていくことで列は延々と途切れない。同じ売り子のヘスティアの前に並ぶのは(いろけ)より団子(くいけ)の子供達くらいで、ヘスティアはとても暇だった。興奮する客と反比例するように目から光を失っていくレティシアの様子をじっくりと観察する余裕があったくらいだ。

 

 そして休憩時間を与えられるのは本来ならもっと早かったのだが、金に目がくらんだ上司が材料が尽きるまで働かせ続けたのだ。更にレティシアが引っ込んだ途端に行列は消え失せた。レティシアの中で上司と客への評価は底値を割った。

 

「やめてやる……ハイエルフの権力(コネ)でもっといい所に転職してやる……」

「僕は神友に無理言って紹介してもらったバイト先だからやめられないんだよね。……ん? レティシア君、君は『魔法』が得意な種族のエルフだろう。お金がいるなら冒険者になってダンジョンに潜るのが一番いいんじゃないのかい?」

 

 ブツブツと恨み言を零すレティシアの背中を撫でていたヘスティアはふと思いついた疑問をぶつけた。【ファミリア】を作りたいと思う神々にとってエルフは当たりの種族だ。『神の恩恵(ファルナ)』を刻めばほぼ確実に『魔法』を発現する魔法種族(マジックユーザー)。特にハイエルフとなれば、三種類以上の『魔法』を行使できる【九魔姫(ナイン・ヘル)】並の期待ができる。

 

 あわよくば自分の眷属になってくれないだろうか、いや是非ともなってください! 自分を養ってくれる構成員が欲しいヘスティアがレティシアの背中を撫でる手はとても優しかった。

 

「それは既に実行した。『恩恵』をもらってすぐにダンジョンに行ったさ」

「あっ、そうなんだ」

 

 現実は甘くなかった。ヘスティアは下界の世知辛さにそっと涙を零した。

 

「そしてゴブリン一匹を倒すのに二〇分も費やして、私には無理だと判断した」

 

 しかしそれ以上に信じられない言葉に速攻で涙は引っ込んだ。

 

「ゴブリン? 『恩恵』があれば子供でも余裕で倒せる最弱のモンスターだよね? むっちゃ強いって噂の『階層主』の名前じゃないよね?」

「そうだ。私には近接戦闘の才能が自分でも引くくらいにない。小人族(パルゥム)の子供だろうと殴り合いなら負ける自信があるぞ、私は」

「そこまで自分の弱さを理解してるなら『魔法』を使いなよ!」

「ふっ、私の『魔法』は威力が高過ぎてダンジョンでは使えないのさ。八年前に故郷の森で使った時には大聖樹を焼き払い、アルヴ山脈を抉り取った。それが原因で追放されてここにいるわけだが」

「えぇー……」

 

 ヘスティアは彼女の行いにドン引きした。大聖樹もアルヴ山脈も全てのエルフにとって大切なものである。それらにとんでもない真似をしておいて平然としているレティシアの神経を疑った。

 

「追放される時に大聖樹の残骸や『魔法』の余波で死んでいたユニコーンどもの角をかっぱらっておいたから、それを全部売っていればしばらく生活に困らない程度の金が手元にあったはずなんだ」

「本当にエルフなのかな君は!? ちょっと信じられないくらいクズいぞ!」

「まぁ、友になった病弱極まりない女の病状を緩和させるために全部使い切ったから計画は駄目になった。……で? 誰が屑だ、駄女神? 言ってみろ」

「ご、ごめん」

 

 素直に謝るヘスティアだが、そもそも悪いのはレティシアであり、更に彼女は見返りとして消費した大聖樹の枝やユニコーンの角を足してもお釣りが来るほどの『魔法衣』を受け取っている。

 

 女神をいびって溜飲を下げたレティシアは話を続けた。

 

「金が必要なのは友の頼みで二年近く前まで面倒を見ていた子供のためだ。あのエロジジイからの話によればあの子がオラリオに来るかもしれないからな。親代わりとして最低限の面倒は見てやらないとな」

「それでオラリオに来てバイトをしてるのか。ちゃんとお祖母……お義母さんをしてるんだね」

 

 彼女の年齢やジジイという言葉からお祖母ちゃんと呼びそうになったが、レティシアの目が人殺しのそれになったため慌てて言い直したヘスティア。もし言い切っていれば彼女は送還されていただろう。

 

「髪を切って好事家(へんたい)に売ろうとしたら黒妖精(ダーク・エルフ)に泣き喚かれながら土下座して止められるし、精霊に愛される体質を使って精霊を『武器化』して売りさばこうとしたらエセインテリエルフに『それをやったら貴方を殺して私も死にます』って脅されるし、あの女神に金を借りたら絶対面倒なことになるしで……選択肢がバイトしか残ってなかった」

「……」

「くそ……あの女神の【ファミリア】じゃなければ今すぐ(リヴェリア)のところに行って『恥ずかしい過去をバラされたくないなら金を出せ』と強請(ゆす)れたのに……!」

 

 ヘスティアはレティシアを見極めるのをやめた。代わりに近い将来、オラリオへやって来るかもしれない彼女の義理の子供を自分が引き取ろうと決めた。今も「ハイエルフってだけで崇めてくる怖い連中から適当に金をむしろうかな」なんて言っている女に育てられたら碌な大人にならない。

 

 ヘスティアとレティシアの名を呼びながら獣人の女性がこちらに向かってくる。どうやら休憩は終わったらしい。嫌がるレティシアを引き摺ってヘスティアは露店まで戻った。

 

 そして発火装置の扱いを間違えてしまい、多くの(エルフ)が見ている前で店ごと爆発させて、レティシアを黒焦げにした。多額の借金を背負うとともに、【ヘスティア・ファミリア】に未来永劫エルフが入らないことが確定した瞬間であった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

・レティシア・リヨス・アールヴ

 リヴェリアの妹。リヴェリアがいなくなったことで寂しくなった両親や臣下に可愛がられたが、それまではリヴェリアを持ち上げるために貶されたりしていたので早く里を出たいと思っていた。婚約者のエルフが「リヴェリア様のスペアには使えない素晴らしい魔法を見せてあげましょう」とかなんとか煽って来た時に限界を迎え、『魔法』をぶっ放して里から出た。

 

 エルフとしては異端児。大聖樹をでかい木、アルヴ山脈はいい水が取れる山程度にしか思っておらず、肌の露出や接触も他のエルフに比べて抵抗がない。

 使用する『魔法』は被害や反動を考えるとおいそれとは使えない超火力。『恩恵』なしでも今のリヴェリアより火力は高い。弓の腕前も目をつぶっても当てられるし、曲射もお手の物である。代わりに近接戦闘の才能はゼロどころかマイナスである。【ステイタス】は『器用』『敏捷』『魔力』は著しく成長するのに、『力』『耐久』は一桁、ギリギリ二桁という極端な数値をしている。

 ダンジョンに潜れないわけではない。自分に近付いてくる精霊を武器化して『魔剣』にすれば無双できる。しかし『魔剣』も超火力となって『魔石』や『ドロップアイテム』も消し飛ばしてしまうので金は稼げない。弓は出費の方が多い。とあるクロッゾと仲良くなる、険悪になる確率は半々である。

 

 所属は【フレイヤ・ファミリア】。金策として髪を切ろうとした時、ヘグニを選んだのは剣の腕が随一と聞いたから。本拠(ホーム)の廊下を歩いていただけで唐突に現れた王族(ハイエルフ)に心臓が止まりそうになり、怪物や人の血を散々吸った剣で綺麗な髪を切れと言われた彼はしばらく引きこもりになった。ヘディンもエルフらしからぬ言動に胃を痛めた。ギルドのナンバーワン受付嬢も仕事をミスしまくってお叱りを受けた。

 

 何かは言わないが大戦犯である。

 




 次回は酒場の生真面目エルフが大変な目にあう……かもしれない。
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