働くハイエルフ様   作:柔らかいもち

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 誰がとは言わんが男も女も性的にイケる。
 前回のあとがき通り、酒場のエルフが大変な目に合います。


豊穣の酒場の店員 上

「金がないって辛いな……」

 

 朝靄に包まれる西のメインストリートを歩くレティシアは聞いている方が悲しくなるようなことを呟いていた。エルフが耳にすれば盛大に胸を痛め、彼女の足元に大量の金貨を集めようと躍起になるだろう。

 

「ギャンブルで有り金全部スったらどうして喪失感だけが残るのだろうか。実に不思議だ」

 

 ハイエルフへの尊敬や威厳を根こそぎ奪い去りそうなことをのたまうレティシア。何を隠そうこの女、十日前にやって来た冒険者志望の子供に最低限の装備を買い与え、その子が栄養バランスの取れた食事を食べられるくらい稼げるようになったと見た途端、それまで溜め込んでいた貯金を全部持ってカジノへ突撃した。

 

 バイトとしては法外な額の給金を貰っていたにも関わらず、レティシアは一日も経たずして全財産を失った。別のテーブルで大勝ちしていた見るも無残に肥え太ったエルフ、『ギルドの豚』と蔑まれるロイマン・マルディールにチップをせびろうとして「後生ですから生き恥を晒さないでいただきたい」と、お目付け役として同行したヘディンに連れ帰られる姿は直視に堪えないものだった。他のエルフの憧れを傷つけないためにヘグニから渡された香ばしい仮面で正体を隠していたのがせめてもの救いだろう。未だにエルフ達の幻想をぶち壊していないこと自体が奇跡である。

 

「楽して金を稼ぐ計画はどれも邪魔が入るし……」

 

 体質に惹かれて近付いてきた土精霊(ノーム)に作らせた宝石を売りさばこうとすれば、どれもこれも質が悪くて雀の涙ほども稼げず、あろうことか【ガネーシャ・ファミリア】のお世話になる寸前まで行った。とりあえずその土精霊(ノーム)は「この役立たず! 死ね!」と罵ってから『武器化』し、土精霊(ノーム)が店主の質屋に売り払った。二束三文にしかならなかった。腹が立ったので明らかに盗品の身の丈に合わない装備を売りに来ていた男性の小人族(パルゥム)にガン付けて帰った。

 

 自分の主神で絶大な人気を誇る美の神フレイヤの肖像画を作成してオークションにかけたら【フレイヤ・ファミリア】に買い占められ、代金は即刻回収されるという骨折り損のくたびれ儲けになった。隠し持っていたクオリティの高いシリーズも幹部達に強奪された。忠誠がどうのこうの言って肖像画は破棄されなかった。フレイヤはお腹を抱えて笑っていた。アイツ等絶対許さない。

 

 ギルド職員は視野にも入れてない。高給取りとはいえ下級冒険者クラス。就職するには長期間の研修も必要になる。率直に言って超メンドイ。それにギャンブルの軍資金のためにギルドに就職したとバレれば、病弱な母や家族を養うためにギルドの一員となったハーフエルフが姉にチクるだろう。姉の説教は長いだけで怖くも何ともないが、姉の付き人だったエルフの説教はレティシアが生涯で初めて死を覚悟するほど怖かったため、絶対に叱られたくなかった。

 

「結局、肉体労働で日銭を稼ぐしかないということか。叡智の種族であるハイエルフが情けないな……っと、フレイヤに紹介させたのはここか」

 

 情けないのはてめーの中身だ、と自派閥の猫人(キャットピープル)の耳に入れば唾と一緒に吐き捨てられそうなセリフを口にしたレティシアの足が大きな酒場の前で止まる。掲げられた看板には『豊饒の女主人』と書かれていた。

 

「頼もう!」

 

 ドアにかかっていた『Closed』の札をガン無視して足を踏み入れる。ノックなんかも当然しない。

 

 マナーも礼儀作法もない行いで被害を被ったのは彼女ではなく、店の前で掃き掃除をしようと箒を持ってドアを開こうとした一人のエルフだった。

 

 前触れもなく勢い良く開かれた扉はエルフの少女の顔面を強打し、彼女に悲鳴を上げることも許さず尻もちを着かせ、すわ強盗かと給仕服に隠していた小太刀を引き抜かせた。

 

 そのまま鼻血を拭いながら下手人を睨みつけようとした彼女の目に移ったのは、規格外の『魔法衣』を身に纏ったハイエルフ。そこでエルフの少女は今の状況を客観的に見たらどうなるかを考える。

 

 敬うべき王族にちょっと傷つけられただけで激昂して武器を向けた。思いっきり不敬である。生真面目なエルフの少女の全身から一気に血の気が引いた。

 

「そこのエルフ。ここは頑固で粗暴でがさつで過ぎ去る時の残酷さを体現したドワーフが経営する店で合っているか?」

 

 そして謝ることも慰めることもしないレティシアからの質問に、頭が真っ白になっていた少女はこくこくと頷いてしまった。背後で(オウガ)のような形相になっていた女将に気付かぬまま。

 

 二人の頭に拳骨が振り下ろされたのは言うまでもない。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 リュー・リオンの一時的な同僚となったハイエルフ、レティシア・リヨス・アールヴはダンジョン以上に『未知』な存在だった。

 

『世界の宝である私が脳味噌筋肉なドワーフの店で働いてやるんだ。光栄に思いながら金を寄越せ。それと私の仕事は楽なものにしろよ』

『人生舐めてんのかい、この馬鹿エルフ』

『ふっ、舐めているのは人生ではなく妖生(ようせい)だ、馬鹿め――ぐぁっ!?』

 

 金にがめつく、減らず口を叩き、礼儀を無視した立ち振る舞い。エルフらしからぬ言動をする彼女は問題児達に負けないくらいお仕置きの拳骨を貰う。

 

『繊細さとは無縁のドワーフの料理が美味いはず――なにこれうまっ』

『当然だろう。アタシの料理に不味いものなんて一つもないさ』

 

 かと思えば犬猿の仲であるドワーフのミアが作った料理を難癖も付けず、素直に賞賛した。リューですら文句を零したことがあるのに。

 

『アンタ、料理ができるのかい?』

『子供を育てていたからな。不味いものを食わせて味覚を破壊するわけにはいかないだろう? 今じゃ気に食わないことがあればすぐに暴力と「魔法」を振るう暴君みたいな女や、食に拘り過ぎて面倒臭い男に美味いと言わせられる腕前だ』

 

 何の仕事ができるかを女将(ミア)に尋ねられて料理と答えたのには驚いた。王族(ハイエルフ)には一生無縁な仕事だと思っていたのに、野菜を切って薔薇を作ったり、オムライスにケチャップで王家の紋章を描けるほどの腕前だった。何故かこれまでにない敗北感がリューを襲った。

 

『アンタはなんで働いてんの?』

『輝かしい未来へ全財産を投資したからだな』

『ニャるほど。賭博(ギャンブル)でスったのニャ』

『クロエ、失礼なことを言うな! 高貴な御方が低俗な遊戯に手を出すはずがないだろう!』

『そうだそうだ。寄付した先がオラリオに莫大な利益を齎してくれるカジノで、途中にポーカーやルーレットの行程が入って、私に絶望感を与えてくるだけで賭博(ギャンブル)はやってない』

『……』

 

 店に馴染むのも早かった。特に元無頼漢(アウトロー)な連中と仲良くなっていた。レティシアからエルフの潔癖症がないと聞かされた時は、信じられないほどの衝撃を受けた。初めてハイエルフに生ゴミを見るような目を向けたのもこの時だった。

 

『こんなブラック労働で賃金がこれだけだと? 待遇改善を要求する』

『ここはアタシが「法」なのさ。それに他の連中より多く払ってるんだ、文句は受け付けないよ』

『リュー、命令だ! このドワーフを成敗しろ!』

『無理です。ミア母さんの方が強いので……』

 

 盾にされたりもした。立ち向かったところで瞬殺されるのは目に見えていたし、貰っていた金銭は諸事情で借金をしているリュー達の何倍もあったため、王命に逆らったことに対する罪悪感はなかった。

 

 レティシアはリューが抱いていた王族(ハイエルフ)のイメージをことごとく破壊していった。

 

 買い出しにおける値下げ交渉は凄かった。リューが出禁を食らうほどの失敗をした青果店で同性すら心臓を跳ねさせてしまうおねだりを披露し、商品を全て半額以下で譲ってもらっていた。代わりに店に帰った途端、「……いい歳してぶりっ子とか、キッツ……」と盛大に落ち込み、店員総出で慰めることになったが。

 

 眉をひそめてしまう行いも多かった。雑貨を買う際や接客ではエルフを狙い、その身分を存分に利用して利益を出していた。あくどい笑みを浮かべて金貨を弾く姿は正視に堪えがたいものだった。

 

 大胆な接触も勘弁してほしかった。ミアの説教を受けた後に慰めてくれと胸に飛び込んできたり、眠くなったからと膝枕を強制したり、礼だと言いながら頬や額に接吻をしたり耳を甘噛みしたり等々。緊張して、恥ずかしくて、光栄で、情緒が滅茶苦茶になりそうだった。

 

「おはようリュー。今日も元気に馬車馬の如く働け、私のために」

「……はい」

 

 軽蔑するところが多い彼女の手を最初から拒絶しなかった自分自身にも戸惑いながら、リューはレティシアと肩を並べて今日も働く。

 




 エロジジイからぶりっ子を学び、とあるエルフの手を握る三番目を横取り、とある街娘の親友を寝取ろうとしているハイエルフがいるらしい。いったい誰なんだろう。
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