レティシアは殴る蹴るは苦手ですが、絞め技や投げ技などはいくらかできます。相手が無抵抗な時に限りますが。
戦闘スタイルは『弾幕は
「ラアァ――――――――」
雲に彩られている澄み切った青空で輝く白い太陽に照らされる大きな漁船。その船首に立つハイエルフの歌声が大海原に響き渡っていた。
誇張なく魂を震わせるような美しい旋律は人間以外も惹き付け、彼女の歌に釣られてやってきた鳥が船の上を飛び回り、魚の群れは船の周りを跳ねては泳いでいた……とても楽しそうに。そんな魚達の様子に漁師達は胸を痛めながら網や銛を投擲していた。
「ううう……過去一番の収穫なのになんだろう、すっごい良心が痛む……」
「認めたくないですぅ。私の流している涙があんな人の心がないハイエルフの歌に感動しているからなんてぇ……!」
「子守唄で歌が上手くなったんならよぉ……歌で皆を笑顔にする新時代でも作ってろよ。どうして『マーメイド』を逆に魅了する歌声で魚を集めて一攫千金なんて考えるんだ」
「船長ー。レティシアさんが船酔いで吐きましたー。おまけに貰いゲロした人達が収穫した魚に被せました……あっ、食糧を分けてもらいに来てた【
「またかよもぉおおおっ!
「それよりもとてもいい笑顔の【
♦♦♦
「タケミカヅチ殺す……!!」
「どうした急に!?」
オラリオから三
天界では気のいい神友だった奴を殺されるわけにはいかない。そう思ったニョルズが話を聞いてみると、
「私が漁に出たのはなぁ……あの極東の貧乏神にマグロと蟹が滅茶苦茶儲かると聞いたからなんだよ! それがどうだ、極東では高価だけどオラリオでは安いじゃないか!」
「そりゃあな。極東じゃそういった海産物は希少だから高いが、オラリオじゃしょっちゅう獲れるんだから値段も変わるさ。それを調べずに漁に出たお前が悪いだろ」
「絶対に送還する……金は命より重いってことを思い知らせてやる……」
今の話からわかるように、レティシアが漁に出たのは金のためである。その理由も『チマチマ小銭を賭けているから当たらないんだ。一発ドカンと大きく賭ければ大当たりが……!』という敗北者への道を猛進する者特有の馬鹿な考えによるものだ。もちろん都市外には無断で出ており、オラリオではハイエルフの脱走に心労で胃が逝ってしまったギルド長が倒れ、とある酒場ではドワーフの女将が仕事をブッチされたことに怒髪天を突いている。
割と真剣に命を懸けていた故に漁から帰って来て提示された値段の安さに絶望した。収穫量が多いのも理由の一つだが、極東以外の人間にとってマグロや蟹は好まれないのだ。衛生観念から火を通すため、マグロの刺身や寿司は本当の美味さを知られていない。
ちなみにレティシアは寿司も刺身も作れる。失敗すれば炭か
「……お前には残念な結果だったかもしれないがな、俺はすげぇ助かったよ。ロッド達もレティシアがいてくれたから快適で退屈しなかったし、何度も命を救われたって礼を言ってたぞ。だからさ、今回限りじゃなくて次の漁も手伝ってくれないか? 報酬は弾むぞ!」
「ふざけるな! 限られた娯楽、仕事をしない【ステイタス】、とにかく臭い海と魚と男ども! 船酔いは最悪だし、港を出入りする時に馬鹿みたいにモンスターに狙われる! 金を積まれようが二度とやるものか! 陸の生物は海に出るべきじゃない、漁なんて糞くらえだっ……ウォエエエエッ」
再び吐き気がぶり返してきたのだろう。腹の内の怒りをぶちまけていたレティシアだったが、顔を青くして口を押さえるなり急いで水辺に駆け寄ると思いっきり吐き出した。ちなみにもう五回目であるため胃液しか出ていない。
己の司る事物を否定されたのがショックだったのか、しばらくニョルズは固まっていた。しかし彼には引けない……引き返せない理由がある。どうにかしてレティシアを説得できないかとレティシアの介護をしながら考えていたその時、
「おぉーい、ニョルズー!」
「ん? おぉ、ロキじゃないか!」
レティシアの背中を撫でる手は止めずに振り返るとそこには天界でも付き合いのあった女神がいた。下界では十数年ぶりに会うロキのひょうきんな笑みと彼女の眷属達につい頬を緩めるニョルズだが、彼の表情は瞬く間に凍り付く。
「おぉん? ニョルズ、随分かわいい子と仲良くなったんやなぁ? 顔が見えんでもウチの美少女センサーは誤魔化せんで! かわいこちゃんの柔らかくて滑らかな背中をヨシヨシする役目をウチに寄越さんかいー!」
団員やニョルズが制止する暇もないほどに素早く接近したロキがレティシアに触れた。それも「おっと手が滑ってもうたー」とわざとらしく口にしながら尻を撫でた。おまけに「ぐへへっ、エロいケツやなー」と下品な笑みを零した。そこまでしてからロキは積み荷の陰に隠れていた女性の顔を見た。
ロキが目にしたのは一切の感情を削ぎ落したかの如き無表情で口端のゲロを拭うレティシア。女神は心臓が鷲掴みにされたかのように縮こまったことを自覚した。主神の猥褻行為を謝罪しようと歩み寄ったリヴェリアの喉からひゅっと変な音が漏れた。
主従の脳裏に駆け巡る走馬灯は眼前のハイエルフの恐ろしさを語り合った夜の記憶である。
『いいかロキ。二度とレティシアに喧嘩を売るな。全面的にあの子に非があっても我慢しろ』
『……あのクソガキになんかあるんか?』
『ある。あの子は数え切れんほどの精霊と契約している。つまり、契約した精霊の数だけ「精霊の加護」を与えられているに等しい』
『……「精霊の加護」って確か、下位精霊でも五つもあれば「恩恵」貰っとるのと変わらんかった気がするんやけど?』
『その通りだ。レティシアに与えられた「加護」の数だけあの子の「敏捷」と「魔力」は強化される。意識が器に追いついていないだけで、仮に全力で走れば【
『……』
『そして自然そのものも操れる。あの子の意志一つで地震、津波、大嵐、噴火、寒波……あらゆる災害が引き起こされるだろう』
『ちょっとタケミカヅチに土下座のやり方聞いてくる』
次の瞬間、レティシアの裂帛の咆哮を引き連れて『階層主』すら呑み込む大極光が放たれた。
メレンから数十
「カーリー……何故、船に乗る度にこれをする?」
「様式美という奴じゃ! 巨大な船に乗ったらこれをやらねば神ではない!」
「……『
「ちがう……と言いたいが、当たらずとも遠からずじゃな。まっ、氷山でもない限り、これをやっても船が沈むことはないから安心――」
カーリーが言い切る前にどこからともなくやって来た閃光がガレオン船を木っ端微塵に粉砕し、アマゾネス達は宙を舞った後に海に落ちて行った。
「……む? 何故か成長の機会と戦力増強の機会が海の藻屑になったような……気のせいか」
水平線の彼方まで真っ二つに割れていた海が元に戻る影響で生じた大波を眺めつつ、『魔剣』を振り下ろした体勢を崩したレティシアはそんなことを呟いた。水面には魚類だけでなく『レイダーフィッシュ』や『極彩色のモンスター』の死骸が浮かび上がり、波に呑まれて消えていく。
港も散々な様子だった。停泊していた少なくない数の船が破損するか転覆しており、船員や客が混乱して右往左往している。海産物を売っていた天幕小屋や工芸品を並べていた露商店も衝撃波や大波に呑まれて店ごと商品が台無しになっていた。他にも波にさらわれた人々を漁師等が必死に助けようと救助活動に当たっていた。
「ふむ……逃げるが勝ちだな」
感情のままに行動した結果、予想以上の大事になってしまったことに焦ったレティシアは逃亡した。もちろん報酬は忘れずに回収――しようとしたが、袋から覗いていた海産物から現物支給ということに気付き、腹いせに気絶していたニョルズの背中に「私が極彩色のモンスターを海に放ちました」と『魔剣』で書いて立ち去った。内容は適当な思い付きである。
――その後、港が破壊されたことによる損害賠償は【ロキ・ファミリア】に請求されることになった。
「あの馬鹿みたいな『魔法』を使ったのは貴方でしょう、リヴェリア・リヨス・アールヴ様」
「断じて違う! あれの犯人は私ではない!」
「そうは言いましてもねぇ……大勢の人が聞いてるんですよ。貴方の『
「それは私の妹が声を真似て叫んだからだ! 私に罪をなすりつけるために!」
「光が眩しくて見えなかった上に、妹さんの滞在履歴は残っていませんでした。状況証拠からしても貴方しか犯人がいないんですよ。『魔法』の規模と威力からも、あのセリフの似合いっぷりからも」
「そんなふざけた理由で私が咎人だと決め付ける気か!? あの『魔法』も妹の『魔剣』だと何度説明させたら気が済む!」
「逆に聞きますけど、貴方以外にあんな『魔法』が撃てるんですか? それに『クロッゾの魔剣』でもなければ『魔剣』であんな火力出せないでしょう?」
最後まで疑いを晴らすことはできず、リヴェリアの性格からも身内の後始末をしないという選択肢はなかったため、仕方なく賠償金を支払う流れになった。
赤字まみれの『遠征』に続いてここでも大きな出費。ニョルズから聞くべきことを聞き出したロキ達はバカンスをすることなくオラリオに戻った。
後日、多くのアマゾネスが漂着し、漁師達の手厚い看護を受けて愛の戦士に生まれ変わり、メレンに多くのバカップルが誕生することを誰も知らない。
『力』Sと『敏捷』Sで蹴られるの、どっちが痛いんだろう。
オリンピアに行ったら強いのか弱いのか。
レナちゃんがいなくなってしまった…。