今回も時間は飛びます。15巻まで飛びます。
ベルは自分の義母を尊敬して――はいないが深い感謝はしている。
祖父と二人きりで暮らしていた家に唐突に現れたレティシア。彼女はベルが想像していたより遥かに美しいエルフであったが、それ以上に破天荒で傍若無人だった。
母親の役割はこれ以上ないくらい果たしていた。やっていいことや悪いことを褒めて叱って覚えさせ、毎日美味しいご飯の用意と入浴の手伝いと早寝早起きを心がけさせ、しっかりと愛情を注いで育ててくれたことをベルはちゃんと理解していた。
しかし、感謝はしても尊敬はできなかった。悪いことは平気でするし、夜中にベルに内緒で身体に悪いからと禁止していた物を食べてたし、怒ったら口より先に『魔法』を出していた。ベルも子守唄で眠らなければ
オラリオに来ても変わらず世話をしてくれたのでベルも普通に接していたのだが……それが間違いだったのかもしれない。
「ベル、今日から私はお前の婚活アドバイザーだ」
ギルドからの
♦♦♦
「……今すぐギルドに就職させてほしい?」
「正確にはアドバイザーって肩書がほしいんだ。ギルド職員じゃないともらえないから」
「……そのためだけにギルドに入るのか? 多くの人間が努力を積み重ねても一握りの者しか選ばれないここに」
「うん」
存在を知っている者は片手で足りるはずの隠し通路を使い、自分に会いに来たハイエルフの要望に肉と皮を失った『
ギルドは実力主義で誠実でなければならない。レティシアの能力はギルド職員に求められる水準を余裕で満たしているが、コネや賄賂で入ることは迷宮都市を管理する機関の信頼を一気に失いかねないためできない。欲望に忠実なギルド長でさえ理解してやっていないことを、ギルドの真の主であるフェルズができるはずもなかった。
正しい手続きと長い研修を経てギルドに入ってほしい。だが、フェルズには即座に断れない事情があった。
「おいおい、まさか断るつもりか? 【ロキ・ファミリア】を蹴散らして『
肩を組みながらフェルズの顎を叩いてカタカタと音を立てているレティシアの言う通り、フェルズは彼女の力を借りた。長年の調査からレティシアが『
こうしてフェルズがしっかりと生きていることからわかるだろうが、賭けに勝った。しかし、フェルズはレティシアの力を借りたことを激しく後悔した。
レティシアは強かった。勇者の勘も賢者の知恵も神の策略も、精霊を統べる王の力には敵わなかった。
第一級冒険者を昏倒させるほどの衝撃を生む疾走を続けながら『魔法』を乱射する。それだけで【ロキ・ファミリア】はまるでゴミのように吹き飛ばされ、奇襲で統率者と見なされていたフェルズだけでも仕留めようとしたガレスも、フェルズの護衛として貸されていた『オラオラ』『ウラウラ』『ドラドラ』としか喋らない筋肉ムキムキの精霊――レティシア自身見覚えのない――によって可哀想なくらいボコボコにされた。敵であるフェルズも同情したくらいだ。
途中で【ヘルメス・ファミリア】がベルを『英雄』に戻すために嵌めようとしてきたが、
『
というセリフにあっさり引いた。レティシアに面白くて便利な存在と認識されていたのか、アスフィを
――フェルズがレティシアを頼ったことを後悔するのはここからだった。
脅して吐かせた正しい道を進むことで『
対面する前に自分達以外の怪しい集団を感知したリヴェリアは、ここにいるのは自分達の敵以外ありえないという考えから壁越しに『魔法』を撃った。その『魔法』は先頭を走っていたフェルズとレティシアに直撃する。
規格外の『魔法衣』と『加護』を持つレティシアにとって『魔法』による攻撃は屁に等しい。けれど、
何故ならここまでレティシアはこれまでの【ロキ・ファミリア】の攻撃を全て『
『小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はOK?』
エルフを引き連れてフェルズ達の前に険しい表情で立ちはだかったリヴェリアの顔色がレティシアのセリフで真っ青になると同時に蹂躙は始まった。
敵になった【ロキ・ファミリア】をレティシアは徹底的に壊した。『暗黒期』で【フレイヤ・ファミリア】を追い詰めた『
誇りと矜持を踏みにじられた年若いエルフの少女達は心身ともに打ちのめされた。特に【
私が悪かった、何でもするからやめてくれ、やるなら私からやれ……そう叫んでいたリヴェリアは妹を止めることも諌めることもできない己の無力に打ちひしがれて慟哭を散らした。「五月蠅い」とレティシアに蹴り飛ばされて意識を失っても涙は止まることなく流れていた。
正体を隠すことなく暴れ回ったことで【ロキ・ファミリア】はレティシアが仲間に手を出した犯人だと気付いている。それでも自分達を返り討ちにした圧倒的な暴力、脳と筋肉で動く生物なら支配する外法、操り人形になった
ギルドも【フレイヤ・ファミリア】ではなくレティシア個人に厳罰を下そうとするも、支配下に置いた
閑話休題。
とどのつまり、ギルドに入れたら何をしでかすかわからないし、断ればどんな酷い目にあわされるかもわからない。どちらを選んでも恐怖しかないレティシアの要求はフェルズの手に余りまくるのだ。それでもフェルズは八百年で鍛えられまくった意地で何が目的なのかを探る。
「婚活のためだな。私じゃなくて別の連中の」
そして一瞬で聞かなければよかったと後悔した。
「……婚活とギルドに入ること、この二つにどんな因果関係があるんだ?」
「ほら、ついカッとなって【ロキ・ファミリア】を潰しただろう? 有象無象は心底どうでもいいんだけど、リヴェリアは家族だからさ。幸せになってほしいんだ」
「……」
もしもフェルズに眼球があれば露骨に胡散臭いものを見る目になっていただろう。今までの行いを顧みて他人の幸福を願う言葉が彼女の口から出て信じる者はどれだけいるだろうか。
「リヴェリアもいい歳だからな。最近、更年期障害を発症したのかずっとすすり泣いているんだよ……だから私の知る限り一番の男を紹介するんだ。金、力、器、全てが最上級だ。奴の『
「……」
「リヴェリアがいなくなれば道化の派閥は目障りだ。ただ殺すだけならちょっと『ピルルルル』ってすれば終わるが、どうせなら人生の墓場に送ってやった方がいいだろう? そんなわけで私は婚活アドバイザーになりたい」
「……」
「ギルドに入ればギルドの権力を盾にゴリ押しできる。【ロキ・ファミリア】は毎晩のように
やっぱり幸せにする気なんてないだろコイツ。
(黙ってないでさっさと決めろ。『賢者』の骨を畑の肥料にしてほしいのか?)
(コイツッ……直接脳内に……!?)
レティシアの要望はどうなったのか。また、フェルズがどれだけ骨を折ることになるのかは……言うまでもない。
そして『祈祷の間』にいたウラノスはずっと空気だった。
♦♦♦
「立ってないで座れよ。私が許す」
あれ、ここって自分達の家だよね? そんな疑問が【ヘスティア・ファミリア】一行の頭に浮かぶが、我が物顔で振舞うハイエルフの雰囲気に呑まれて何も言えず、全員大人しく椅子に座る。
レティシアのことを知らない者はここにいない。『
そんなわけで【ヘスティア・ファミリア】のご意見番であるヴェルフやリリが口を開こうとするも、それをレティシアは手を挙げて制する。
「お前達が聞きたいことは大体わかる。疑問を解消したいならこれを見るといい」
レティシアが机の上に放り出したのは様々な情報誌だった。そこには次のようなことが書かれていた。
『冒険者は金も容姿もいい者が沢山いるのに何故既婚者が圧倒的に少ないのか? その謎に迫る!』
『衝撃! 有名な冒険者カップルが破局! 原因は「私と
『ダンジョン関係のことしか言わなくなった貴方はダンジョン中毒末期。ダンジョン中毒者の未婚率はバベル並の高さ説の検証結果』
ほとんどの視線が団長に突き刺さった。仲間達に注目されたダンジョン中毒末期の白兎は、特に強い主神とサポーターとメイドの視線に冷や汗を流す。
「これを見ればわかるだろう? 私が何を心配しているのか」
全員が無言で頷く。各々に想い人がいるので危機感は皆が持っているが、団長の恋の行方が特に不安なのは当事者以外の共通認識だった。
「無論、私の腕も疑っているだろう。だからこそ尋ねよう。【ロキ・ファミリア】で空前の寿退団ラッシュが発生していることは知っているか?」
「はい。特に【
情報を集めているリリの言う通り、『強くて綺麗で可愛い女の子ばっかりだけど、全然彼氏ができないよねープークスクス』と馬鹿にされるほど行き遅れの巣窟だったはずの【ロキ・ファミリア】は、今やハンカチを振りながら
そして驚くべきなのは大半が都市外に移住していることだ。オラリオはLv.3になれば一時的ならともかく、永久的に離れるなら外に出る許可を出さない。そのことも話題を呼んでいた。
リリのわかりやすい説明に頷きつつ、レティシアは偉そうにふんぞり返った。
「これは全て私の手腕によるものだ。故郷で獣同士の恋を応援する
「いやおかしいだろっ! 認めるのも腹が立つけど、ロキが選んだエルフの女の子達はアマゾネス君達みたいに貞操観念ガバガバなわけがない! こんなんじゃ叡智の種族じゃなくてエッチの種族だろ! 怪しい薬や魔法を使ったんじゃないだろうな!?」
「実はそんなに怒ってないだろう貴様」
憤慨するヘスティアの意見も鼻で笑って斬り捨てる。
「お前はエルフという種族をわかってない。人類の中で一番スケベェな種族はエルフもといエロフと言っても過言じゃないんだ。結婚させたエルフはセックスで頭の中がいっぱいになったのか、手足捥いだり鬱になるまで追い詰めた私に感謝の手紙を送ってきたんだぞ? そのくらい性欲の強い種族なんだ。永遠の聖女と語られているセルディアだってアルバートと浮気してるさ、聖女と呼ばれる女は性女と相場が決まってるからな」
「嘘を言ってない……だと!?」
「いや、嘘を言ってないならこの女はとんでもない事実を言ってることになりますよ、ヘスティア様」
わなわなと震える処女神にツッコミを入れるヴェルフ。ベルは自分が諦めてしまった男の浪漫であるハーレムを築いた男や実現させたレティシアの話を聞きたいのか、うずうずしながら目を輝かせていた。とても現金な反応である。
ベルと同じように成就する可能性が低い恋心を抱く命がふと思いついた疑問をぶつける。
「それだけの方の恋路を手伝えるのに、レティシア殿に浮いた話が出ないのは何故でしょうか?」
ピシッ! と空気が凍り付く音が響いた。質問した命も周囲からのお前それ聞くのか? という眼差しに自分が誰に何を尋ねたのかに思い至ったのか硬直する。
こんな行き遅れに片足ツッコんでも「私に釣り合う男がいないのが悪い」とか平気で口にしそうな女に恋人ができるわけない。おまけにフレイヤの眷属である。何が逆鱗になるかわからないフレイヤの所有物に手を出せる『漢』はいないだろう。
誰が解決するんだこの冷えた空気。ベル、『
無言で責任を押し付け合う【ヘスティア・ファミリア】。派閥崩壊の危機を救ったのはまさかのレティシアであった。
「言っておくが私は恋人いるからな? 恋愛のABCも経験済みだ。というか恋愛経験のない輩が他人の恋路を手伝えるわけがないだろう?」
「ふぁ!?」
ベルが変な声を漏らした。ついでに脳が破壊されたような音も響く。
「自分で言うのもなんだが凄くイケメンな神でな。病弱な友人の世話をしている時に出会って一目惚れした。私が惚れたにも関わらず自己犠牲満載な計画を友人に持ちかけようとしてたから、連日連夜搾り取る爛れた性活を一週間も続けてヒィヒィ言わせて取り消させて恋人になった。『ベッドの上の暴君、これぞ裸の王様!』とかつまんねーギャグをほざいた時には感度三○○○倍の媚薬で服上死寸前まで追い詰めたが」
元々政略結婚の道具にされる予定だったレティシア。男の下半身を漲らせる手管など腐るほど覚えさせられている。だからこそエルフはアマゾネス以上の淫乱種族と思ったのだが。レティシア自身もムラムラしたら喰いに行っている。
「そ、そういえば、どうしてベル様に縁談を持ってこられたのですか?」
「私が孫を抱きたいからと、さっきの話で出た友人にベルの子供を見せてやりたいからだが? 友人――アルはベルの叔母だからな」
『はぁ!?』
ショックを受けて呆けているベルのために話題を変えようとしたのだろう。しかし春姫の頑張りも空しく、更なる爆弾が放り込まれた。
「……言ってなかったか?」
「初めて聞いたよ! どういうことだ、ベル君に血の繋がった家族は育ての親だった祖父しかいないんじゃなかったのか!?」
「あー……アルは私の介護がなければ数年前には死んでいたはずだったし、あのジジイもすぐに別れが訪れると知っていたから教えなかったんだろう。今も私が複数の大精霊に維持させている結界内の清浄な土地で暮らさないとまともな生活ができないし」
「……その人……僕の叔母さんってどんな人なの?」
「大が付く暴君で不器用な妹想いの女だよ。私がお前の活躍を話に行く度に嬉しそうに笑いながら血を吐いてた。一番血を吐いたのはベルが
レティシアはベルの叔母について常人なら一生寝たきりで過ごす病を抱えながら十六歳の時点でLv.7に到達していたことや、『
一言一句聞き逃さなかったベルはしばらくの間俯いていた。誰もが彼の鼻をすする音や頬を濡らす水滴に気付かないふりをした。
落ち着いたベルとしっかり目を合わせてレティシアは口を開く。
「とにかく、だ。私も八十代後半だし、ヒューマンから見れば孫がいてもおかしくない年齢だろう。アルの奴もいつくたばるかわからないし、アイツを大叔母にしてやろうぜ。お前の子供を見せたら笑顔で昇天するさ」
「う……でも、まだ子供なんて早いというか……」
「ハイエルフ基準なら私は子供の内にお前を育てたことになる。というかお前は冒険者だろ。『未知』を恐れずに『冒険』をしてこい」
「冒険者はそういう意味じゃないからね!?」
「そんなこと言ってる暇があるのか? お前が惚れた女の派閥がどんな状況なのかわかってるだろう? このままだと搔っ攫われるぞ」
「うっ……うぅ……」
うじうじと悩むベル。そんな義理の息子の背中を全力で押してやるのは義母の役目だ。
「好きな女を望め、ベル。合法ロリの
自信に満ちた笑みを浮かべるレティシア。
この日、ベルは初めてレティシアを尊敬した。
♦♦♦
結論から言うと……レティシアが突き飛ばした先は奈落の底だった。
ベルはアイズにフラれた。フラれる際に『ベルは嫌いじゃないけど……レティシアさんと身内になるのは嫌、かな』と言われたそうだ。思いっきりレティシアが元凶だった。『
その後、アイズはリヴェリアと同じ男に嫁ぎ、子供にも恵まれて幸せな家庭を築いたらしい。ベルは【
とりあえずレティシアはアイズを寝取った男を呼び出し、ベルが引きこもった部屋を『セックスしないと出られない部屋』に改造させた。そして春姫とアイシャを叩き込んだ。男を立ち直らせるには女の肌が一番である。
肌がつやつやした二人が出てきたら今度はエイナだ。「レティシア様っていつもそうですよね! 私やベル君のことなんだと思ってるんですか!?」とごちゃごちゃうるさかったが無視して蹴り入れた。励ますならエイナが適任なのだ。
その後は血涙を流す
めでたしめでたし。
レティシアが調子に乗ってるからベル君は本命にフラれるどころか寝取られました。ヘスティアは処女神だからダメだろうと部屋に入れてもらえませんでした。
七年前の大抗争、アルフィア、ザルド、エレボスが生きているかどうかは皆様の想像にお任せします。矛盾とか知りません。
これ以上伸ばしてもクオリティが下がっていくだけなのでこれで終わりにします。もしかしたらレティシアのステイタスやその後の話を1話だけ投稿するかもです。