うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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勢いで書けちゃったぁ……一万文字弱ぅ……(過去最高

推敲? 何それおいしいの?



#13 猫背のままで

 

 オーディションの日は刻一刻と近付いてきていた。

 一週間という短すぎる猶予の中、結束バンドの面々は必死で練習に励んでいる。

 

 スターリーのスタジオが使える時には時間いっぱい使って、そうでない日も個々人で時間の許す限り練習、練習、練習の日々。店長には了解をもらって俺以外の四人はシフトを外れていたりもする。

 

 そして今日も、スターリーではライブがあるため俺はバイト、結束バンドのメンバーたちは自主練日ということになっていた。

 

「此崎くん」

「ん、おお喜多さん」

 

 放課後、帰りの支度をしているところに喜多さんが近寄って話しかけてきた。

 まだ帰りのHRが終わって一分も経っていないのに、喜多さんは鞄とギターを持っていつでも帰れる――もとい、ギターの練習に向かえる格好だった。

 

「此崎くんは今日もバイトなのよね?」

「あぁ。喜多さんは後藤とギター練習だよな」

「うん、この後すぐに例の場所で、ね」

 

 例の場所、というのは先日喜多さん勧誘の一件で俺たちが勝手に使った空き教室だ。

 あの後、喜多さんはなんとも果敢なことに、俺たちを叱った生活指導の先生へ直談判をして正式に使用許可を取ったのである。

 

「ホント、よく許可下りたよな」

「頑張ったわ!」

「そうですか……」

 

 やっぱ喜多さんってロックだわ……。

 

「それにしてもごめんね此崎くん。一人でバイト、大変でしょう?」

「いや、店長とかPAさんとかも動いてくれるから割と平気だよ。あと、なんだかんだ虹夏先輩とリョウ先輩はスターリーに顔出すから、片付けの時とかはちょくちょく手伝ってくれるんだわ」

「そうだったの? なんだかますます悪いわね、私たちだけ……」

「いいのいいの、気にすんなって。虹夏先輩たち的にも、喜多さんと後藤には一分一秒でも多く練習してくれた方が助かるだろうし」

「うっ、それもそうよね」

 

 ……まぁ後藤がバイトしなくていいって聞いた瞬間めちゃくちゃ嬉しそうな顔してたのには言いたいことがあるけども、後藤は自分のパート練習以外に喜多さんを手伝っているわけだからあれでいて実は一番負担が大きいのだ。

 

「あぁでも、一分一秒でもなんて言っちゃったけどさ、体調崩すほどの無理はしないようにな。喜多さん、ちょっと眠そうだぞ」

「あ、あはは、バレバレだったかしら……」

 

 そりゃバレバレだ。よく欠伸かみ殺してるし、授業中とか船漕いでるし。後ろの方の席だから先生からは注意されてないけど、たぶん周りの人間みんな気が付いてると思う。

 

「そんじゃ喜多さん、頑張って。後藤にもよろしく言っといてくれ」

「うん、ありがとう! 此崎くんもバイト頑張ってね!」

 

 ひらひらと手を振って教室を去る喜多さんを見送った後、俺はそそくさと教室を出る。

 ……あんまり気にしないようにしてるけど、俺と喜多さんが喋ってると、こう、クラスのみなさんの視線がね……誤解は一応解いたはずなんですけどね。これっておかしくないですかね。おかしくないですか。そうですか……。

 

 

 

「――おはようございまーす」

「あ、此崎くんおはよ〜」

 

 スターリーの中に入ると、テーブルにぐでーんと倒れ込んだ状態でスマホをいじっている虹夏先輩の姿があった。というか、彼女以外の姿がない。

 

 俺は階段をトントントンとリズム良く降りて、虹夏先輩の元に近寄る。

 

「虹夏先輩、店長たちは?」

「裏にいるよ。今日のライブの細かい打合せしてるって」

「なるほど。で、虹夏先輩はどうしたんですか? 息抜き中?」

「んーん、今日はちょっと忙しくなりそうだからお姉ちゃんに手伝ってって言われたんだ」

「練習は大丈夫なんですか?」

「ライブの時間とかはまるっと抜けさせてもらうから平気だよー」

 

 ……ふむ、やっぱり虹夏先輩は余裕がありそうだな。余裕があるのは、きっといいことだ。

 

 俺は虹夏先輩と向かい合う位置の椅子に腰をかけ、スクールバッグを床に置きながら背もたれに体重を預けた。

 

「此崎くん、ぼっちちゃんと喜多ちゃんどう?」

「ん、頑張ってるみたいですよ。二人とも基本眠そうです」

「あはは、さては夜遅くまで練習してるんだ。ご近所トラブルにならなきゃいいけどね?」

「少なくとも後藤んちは一軒家ですし押入れの中でやってること多いから、そっちは平気じゃないっすかね。喜多さんはわかんないですけど」

「ちょっと待って、ぼっちちゃん押入れでギター練習してるの?」

「えぇ、防虫剤の匂いしません? あいつ」

「あぁ……ぼっちちゃんの匂いってそれかー……」

 

 なんて悲しい会話だろう。涙と笑みを禁じ得ない。

 

「……そういやドラムって家でどうやって練習してるんですか?」

「ん? ふつーにエレドラとか……って言っても此崎くんわかんないか! んーとね、へッドホンとかに繋いで音が出る電子ドラム、エレクトリックドラムっていうのがあってね?」

「ほー。じゃあ家でも音気にせずに練習できるんすね」

「まぁどうしても振動とかがあるから、その辺対策しつつって感じだねー。夜遅くとかはやっぱりまずいからお菓子の空箱とかクッション並べて叩いてたりするよ」

「虹夏先輩、この建物の上の階に住んでるんでしたっけ」

「そうそう。だからまぁ、隙間時間見計らってスタジオ使ってることが多いけどね?」

 

 なるほどなぁ。

 ギターやベースはアンプからヘッドホンに繋げば……いやそれでも割と弦の音は響く気はするが、少なくともドラムほど振動が問題になることはないだろう。そう考えると虹夏先輩が一番スタジオで練習しやすいのは好都合……なのかもしれない。ごめんやっぱわかんねぇわ。

 

「それで……プレッシャーかけるみたいでアレですけど、順調ですか? 練習」

「うん、順調だよ! 此崎くんのおかげでね」

「俺っすか?」

「そうだよー? 此崎くんがあたしたちの分も働いてくれてるから練習の時間多く取れるんだもん。喜多ちゃんとぼっちちゃんは練習に集中してほしいからさ、此崎くんがいなかったらあたしかリョウがもうちょっとバイト入らないといけなかっただろうし」

「あー……まぁ、確かに?」

 

 間接的には、まぁ役に立っちゃいるのか……そうか……。

 

「……割とこう、歯痒い感じはしてたんですけどね」

「何が?」

「や、みんなめちゃくちゃ頑張ってるのに、俺なんにも役に立てないなぁと」

「あれ、此崎くんそんないじらしいこと言うキャラだっけ」

「俺ほど健気な男はなかなかいませんよ」

 

 なにそれ、と虹夏先輩が笑った。

 

「でも、お世辞じゃなくって本当に助かってるからね! ぼっちちゃんの行き帰りも面倒見てくれるからあたし的にも安心だし」

「生き返り? 俺どっちかというとトドメ刺してる側だと思うんですけど」

「え?」

「え?」

「……あっ違う! 蘇生じゃなくて行くのと帰るのって意味!!」

「あぁそういう……」

「こんな意味の取り違え方人生で初めてだよ……」

 

 ひどい会話だ……。

 

 虹夏先輩はため息を吐き、大きく伸びをする。

 それからふと、意味ありげにまっすぐと俺を見つめてきた。

 

「……な、なんです?」

「そういえば此崎くんとこうして二人きりで話すの初めてだなって思って。今更だけどさ」

「あ、あぁ……そういやそうかもですね。この前ライブ代の(はなし)した時もリョウ先輩いたし」

 

 今日と同じようにバイト前のだらっとした時間を使って話をしたのだが、喜多さんと後藤はスタジオでギターの練習をしていたものの、リョウ先輩は普通に同席していてちょいちょい口出ししてきていたのだ。まぁだいたいの提案は却下されたが。あと今日と違って店長たちもいたし。

 

 ……まぁ厳密に言うとバイト中に二人だけで動いてることはあったはずだが、それでも完全に二人きりで話すのは初めてで間違いない。

 

「せっかくの機会だし、此崎くんにはちょっと聞いとこっかな」

「え、何をです?」

 

 え、なんか怖い……と思わず身構えてしまう俺。

 すると、虹夏先輩は頬を搔きながら「いや~」と何かを誤魔化すような笑顔を浮かべた。

 

「実はさ、最近になって……ぼっちちゃんと此崎くんのこと誘うの、ちょっと強引だったかなって思って」

「……今さらっすか?」

「いやそこは『そんなことないよ』って言ってよ!」

「だって死ぬほど強引だったし……」

 

 まぁ俺が仮マネージャーになることを承諾したときはともかくとして、後藤がライブに参加して結束バンドに加入する流れはマジで死ぬほど強引……というか死ぬほど雑だったと思う。実際に死んでる後藤さんもいるんですよ!

 

 虹夏先輩がガクッと肩を落とすが、これはいまいち擁護できんわ。

 

「……まぁでも、ホントに今さらなんだけど、なんか……不安になっちゃって。結束バンドはさ、結局あたしがやりたいことだから。それでもリョウや喜多ちゃんは『自分がやりたい理由』をそこに重ねてくれてるのがわかるんだけど」

「あー、後藤とはそういう話してない……って感じですか?」

「そういうこと。此崎くんもさ、やっぱりマネージャーなんて名ばかりの雑用係やらせちゃってるわけだし……ね?」

 

 ……あぁそうか、俺の中ではマネージャーをやる理由や意思は確固たるものになっていたけども、よくよく考えてみれば店長さんとの話の流れで口にしただけだ。それで満足してたわ。

 

「虹夏先輩、とりあえず俺のことは気にしなくていいですよ。俺、割とやる気あるんで。詳しくは店長さんにでも聞いてもらえれば」

「え? お姉ちゃん?」

「バイト初日だったかな、店長さんに言われたんですよ。マネージャーなんてやってもしょうがないぞって」

「えぇーっ!? お姉ちゃんなんでそんな水差すようなこと言ったわけ!?」

「あの人なりに心配してくれて、って感じですかね。でもそれに反論したから今ここにいるわけなんで」

「むぅ~……」

 

 虹夏先輩は唇を尖らせ、店長さんがいると思しき裏手の方をジト目で睨んでいた。うーむ、姉妹喧嘩の種を作っちゃったか……仲良く喧嘩して欲しいところだが。

 

「あとはまぁ、後藤ですか。これは……まぁ虹夏先輩が直接聞いた方が良いんじゃないですかね。俺が憶測で話したって虹夏先輩も納得できないでしょうし」

「憶測って言っても此崎くんのなら割と信用できる気がするけど……でも、そうだよね、きちんとぼっちちゃんの言葉で聞いた方が良いよね」

 

 はい、と言って俺は頷く。

 

「……あぁでも、実際あいつが言葉にできるかどうかはわかりませんけどね。気長に待ってやってください」

「ロードに時間かかる?」

「間違いなく。というか一生終わらないかも」

 

 俺が至って真剣にそう言うと、虹夏先輩が吹き出した。

 

「あ~あ、ホントおもしろいよねぼっちちゃんって」

「おもしろ生物ですよね」

「いやそういうニュアンスではないんだけど」

「えぇ?」

「こっちがおかしいこと言ってるみたいな顔やめて?」

 

 だって……ねぇ?

 

「……いやそれはともかく。一応先にフォローしておきますけど、今の後藤、たぶん人生で一番生き生きしてますよ。それと同じくらい死んでることも多いですけど」

「そっか……死んじゃってるのは半分以上此崎くんのせいだし、じゃあ、ぼっちちゃんも楽しんでくれてるんだね」

 

 半分以上俺のせい? そんなまさか……後藤は俺がいなくたって勝手に死ぬさ。俺はより美しく後藤が死ぬようにちょっとアシストしてるだけでして……。

 

 それにしても結構話し込んだな、なんて思って時計を見ると、時刻はすでに四時半を過ぎていた。

 

「おっと、結構時間経っちゃってたね。じゃあそろそろ準備はじめよっか?」

「そうですね。よろしくお願いします」

「うんよろしく……ぼっちちゃんが絡まないとすっごいまともなのになぁ」

「後藤と一緒にいても俺はまともなつもりなんですが?」

「それ、なおさらヤバいからね?」

 

 虹夏先輩は呆れたような目で俺を見てきた。

 誠に心外である。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 オーディションの前日、幸運なことにスターリーではライブの開催予定がなく、結束バンドは自由にスターリーのスタジオを使わせてもらえることになった。

 

 ライブの予定がないということは俺もバイトがないわけだが、俺は後藤の付き添いかつ結束バンドの仮マネージャーとして後藤と喜多さんとともにスターリーへとやってきていた。

 

「――あっ! リョウ先輩おはようございます!」

「ん、おはよ」

「おはようございまーす」

「お、おはようございます……」

 

 スターリーにはリョウ先輩の姿しかなかった。なんかデジャヴ……って、つい一昨日に虹夏先輩しかいなかったアレだわ。俺だけのデジャヴだわ。

 

「……で、その虹夏先輩はいずこへ?」

「そのって何? 虹夏なら店長に頼まれて買い物。すぐ戻ってくると思う」

「じゃ、じゃあ先に準備だけでも……」

「待って。明日に備えて衣装準備してきたから」

「衣装……ですか? え、もしかしてリョウ先輩チョイスですか!? きゃー! 私着たいです!」

「じゃあ控室に行こう。此崎は待ってて」

「はぁ……」

 

 ということで、俺は置いて行かれた。いや連れて行かれる方が困るけどさ。

 

 そうして待つこと15分ほど。虹夏先輩の方が先に帰ってくるかと思いきやそんなこともなく、衣装とやらに着替えた三人が現れたのだが――。

 

「――なん……だと……!?」

 

 連れ立って控室から出てきたのは、マッシュルームヘアーで線の細い、スーツ姿のイケメンたちであった。

 

「どう? 此崎」

「……いや……いやいや……」

 

 馬鹿な、野草食うし人に黙って飯奢らせようとするクズベーシストとギター弾けないのに嘘吐いてバンド入ったロック過ぎるギターボーカルと防虫剤の妖精ギターどこ……ここ?

 

「ふふっ、此崎くん、驚いた? どう? 私たちかっこいいでしょ?」

「あっあっ」

「此崎、緊張してる? 素直な感想を聞かせて欲しいな」

「あっあっあっ」

 

 やだ……こわい……!

 

 本能的な危機を感じた俺はスターリーの入り口の方を確認し、ゆっくりと後ずさりをする――が、リョウ先輩(推定)と喜多さん(推定)が一瞬きょとんとした表情を見せた後、蠱惑的な笑みを浮かべて一息に距離を詰めてきた。

 

「――ひぃっ!?」

「おいおいどこ行くつもりだい此崎くん……」

「此崎、逃げちゃダメだよ……」

 

 とっさに距離を取ろうとした俺だったが、あっという間に壁際まで追い詰められる。

 そして、喜多さん(推定)が俺の退路を断つように壁に肘を突いて横から、リョウ先輩(推定)は俺の顔の横に手を突いて真正面から、脳みそがとろけそうな甘い声で囁いてきた。

 

「此崎くん……ちゃんとこっち見てよ。思ったこと聞かせて……?」

「あぅ、あぁっ……」

「此崎、よそ見しないで、今は私だけ見て」

「あ、あ、あ、あ、あ……」

 

 だ、誰か、誰か助けてくれ……! 俺、俺このままじゃ……このままじゃ……!

 

「――たっだいまー! ぼっちちゃんたちもう来てってええええええ誰だれ誰!? あっリョウ!? 喜多ちゃん!? なにその恰好!? なんで此崎くんに壁ドンして迫ってるわけ!? 修羅場なの!? あたしの知らない間に結束バンドってそんなに結束しちゃってたの!?!?」

「あっ助けてっ!! 助けて虹夏先輩っ!! 俺このままじゃ女の子にっ!! 女の子になっちゃうっ!!!」

「此崎くんは何言ってんの!!?!?」

 

 わかんないわよっ! 私にだってわからないわっ!!!

 

 

 

「こっ、此崎くん、大丈夫……?」

「だいじょうぶだ……おれはしょうきにもどった!」

 

 全然大丈夫じゃなさそう……と後藤が呟いたが、俺は大丈夫だ。俺は大丈夫……俺は大丈夫なんだ……!

 

「で、リョウ。これ何?」

「バンドマンと言えばきのこヘアーで酒、タバコ、女遊びを嗜むもの……明日のオーディションに向けた最後の一押しということで」

「イメージがこてこてすぎる……それにお酒もタバコも二十歳からですっ! まったくもう……だいたい女で遊ぶ前に此崎くんで遊んでるし」

「子曰く、男だろうが女の子として扱えば女のコになる……そういうものらしいよ。トゥイッターで見た」

「それ絶対に孔子の教えじゃないから各方面に謝っといた方が良いよ」

 

 それはそう。それにしても虹夏先輩、孔子とかパッと出てくるタイプなんだな。ちょっと意外かも。

 

「結局その髪は何? ウィッグ?」

「うん。スーツはレンタルしてきた。両方虹夏の分もあるよ、特にウィッグは片目隠れの特別バージョンを」

「結構です……もー、本番明日なんだよ?」

「明日だからこそと思ったのに……」

「リョウ先輩、写真とりませんか!? 後藤さんもこっちこっち」

「あっあっ、あっはい」

「喜多ちゃん……はぁ、まぁいっか。あんまり気負い過ぎてても良くないと思うし」

 

 虹夏先輩はさらにぼそっと「全部にツッコミ入れてたらキリがないし……」と呟き、スタジオ行って練習しようと全員に声をかけた。

 

「此崎くんもよければ一緒に練習見ててくれる? 外から見て気が付いたことがあればどんどん言って欲しいんだ」

「俺もですか。まぁ、それでお役に立てるなら」

 

 俺は相変わらずの素人ではあるが、一応ギター組の練習やリズム隊の練習に居合わせることはある。もちろん、四人での練習にもだ。

 細かい部分はわからないが、素人なりに感じることを伝えるとそれが改善のきっかけに……なんてことは既に何度かある。まぁそうでないことの方が多いのだが。

 

 何にせよ、どうせ他にやることもないし、こちらからお願いしたいくらいである。さすがにここから数時間一人で放置されるのはつれぇわ。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 ――そして結局、ライブ直前だからということで今日の練習は早めに切り上げることになった。それでも三時間近くは練習していたが。

 

「後藤、支度オーケー?」

「うっうん。大丈夫」

「じゃ、俺らお先です」

「お、お先に失礼します……」

「うん! ぼっちちゃん此崎くんお疲れ!」

「二人ともお疲れ様! 気を付けてね!」

「お疲れー」

 

 三人と挨拶を交わした後、俺と後藤はスターリーを出る。

 いつもよりだいぶ早いが、それでも既に外は暗かった。

 

「いよいよ明日だが、大丈夫か?」

「どっ……どう、だろ……一人ではちゃんと弾けるけど……」

 

 隣を歩く後藤は俯きながらそう答えた。

 まぁ俯いているのはいつもだが……今日の合わせの練習を見る限り、最初のライブの時ほどではないがやはりリズムを合わせられていなかった。もう少し踏み込んで言うと、リズムを合わせることに気を取られ過ぎて演奏自体もおぼつかなくなることが多いのだ。

 

「……まぁなんだ、虹夏先輩も散々言ってるけど、店長さんだって今の段階で完璧を求めてるわけじゃ――」

「――おーい、ぼっちちゃーん! 此崎くーん!」

 

 スターリーを出て最初の曲がり角に差し掛かろうかというところで、後ろから後藤と俺を呼ぶ声が聞こえた。

 二人で足を止めて振り返ると、薄いグリーンのパーカーを羽織った虹夏先輩がこちらに走ってきていた。

 

「虹夏先輩? どうかしましたか?」

「ううん、伝え忘れたことがあったとかじゃないんだけど……驚かせてごめんね? ちょっと、ぼっちちゃんと話がしたくってさ」

「わ、私と、ですか?」

「あぁ……じゃあ、ちょっと先行ってますよ」

「えっ」

「え、別に一緒にいてくれてもいいのに」

「いや、二人でごゆっくり。後藤、角曲がったどっか適当なところで待ってるから。全然急がなくていいぞ」

「う、うん……」

 

 それじゃ、とひらひら手を振ると、虹夏先輩が少し申し訳なさそうな笑顔とともに手を振り返してくれる。

 

 それから俺が踵を返して歩き始めるのとほぼ同時に、虹夏先輩が後藤に対して話を切り出すのが聞こえた。

 でも俺は、その内容を意識的に聞き流した。別に聞いちゃいけないと思ったわけではないが、なんとなくそうしたのだった。

 

 

 

 ……と、そうやって気を利かせた割に十分も十五分も待たされることはなく、後藤はあっさりと俺のところにやってきた。

 

 浮かない表情というわけではないが、決して晴れやかな表情でもない。

 何かを迷っているような、悩んでいるような、後藤はそんな顔をしていた。

 

「ご、ごめん、お待たせ」

「早かったな。もっと積もる話があるのかと思ったんだけど……そのジュースは?」

「あっ、こっこれ、虹夏ちゃんが此崎くんにって」

「マジか。ロインでお礼……いや、明日直接会ってからがいいか」

「そう……かも」

 

 後藤から某乳酸菌飲料の缶を渡される。後藤は後藤で缶のコーラを持っていた。二人して虹夏先輩に奢られてしまったらしい。

 

「とりあえず歩くか」

「う、うん」

 

 俺は遠慮なく缶を開けて中身を煽る。乳酸菌飲料、好きなんだよなぁ……なんか雑談で虹夏先輩に言ったことある気がするな。もしかして覚えててくれたのだろうか。

 

「……で、どうだった?」

「あ、聞くんだ」

「まぁ気になるし?」

 

 あえて何も聞かないぜってのがかっこいいんだろうけど、こんなところでかっこつけてもしょうがない。

 

「虹夏ちゃんから……なんでバンドやってるのって、聞かれた。あと、目標とか……」

「へぇ。で、なんて答えたんだ? 世界平和のため?」

「うっ、ち、ちが……な、何にも答えられませんでした……」

「ちやほやされて人気者になりたいから、って素直に答えてりゃよかったのに」

「うぅ……やっぱり此崎くんにはバレてた……」

 

 そりゃバレるでしょ。なぁ、『guitarhero』さんよぉ?

 

 後藤はしばらく胸の辺りを抑えながら前かがみになっていたが、程々で蘇って再び口を開く。

 

「……虹夏ちゃんが」

「が?」

「わざわざバンド組んでライブ、っていうのが全部じゃないよね、って。一昔前ならともかく、今なら配信とか、ど、どど、動画、とか……音楽やる方法は他にもあるよね、って」

「まぁそうだな。なんなら誰かの前で弾く必要だってないと言えばないだろうし」

 

 もちろんそれは趣味という範疇に限った話になってしまうが、たとえばギター一本で飯を食っていくにしても、バンドを組んで人前でライブをすることが唯一の手段なんてことは絶対にない。

 

「でもね、虹夏ちゃんにはちゃんと目標があるんだって。秘密、って言われちゃったけど」

「……つまり、後藤は自分がバンドやる理由で悩んでるってことか?」

「そう、かな。……私、バンド活動できることだけで満足してて、最近は喜多さんにギター教えるのに必死だったし……あらためて考えようとしたら、もやもやして……」

 

 そうか、それでこの前から奥歯に物が詰まったような顔をしてたのか。

 

「後藤さ」

「うん」

「お前バカなんだから、そんな簡単に答え出せるわけねぇだろ」

「ひっ、ひどい……」

 

 後藤がガクッとよろけ、打ちひしがれたようにふらふらとした足取りになる。もう少し押せばノックアウト……だが、別に今、後藤をダウンさせる意味はない。帰りの電車を一本逃すことになるだけだ。

 

「――あんまり、あれこれ言いたくはないんだが」

「へ……?」

 

 ここから先に踏み込むことは、俺の信条に少し反する。

 

 ただ、明日はオーディション。

 合格できなくても後がないわけではないだろうが、後藤だけでなく、結束バンドの今後を占う岐路であることは間違いない――そう思うと、ほんの少しだけ口出ししたくなってしまった。

 

「別にさ、答えが出せないからってお前の中に何にも理由がないわけじゃないよな」

「そう……なのかな?」

「そうだろ。でなきゃ、とっくに逃げ出してるんじゃないか。バイトは嫌、家に帰るのは毎日遅いし、喜多さんや虹夏先輩みたいな人種と付き合うのは疲れるだろ。好き嫌いとかじゃなく」

「……うん」

 

 言ってしまえば、後藤は毎日苦行に身を晒しているわけで。

 

 それでも、もう一か月以上結束バンドの一員として頑張っている。後藤は元々根性のあるやつだが、だからって何の理由もなく惰性でここまではできないだろう。

 

「言葉にするのは、できるもんならやりゃいいけど、できないんならしなくてもいいと俺は思う。こと、後藤に関してはな」

「……私が、バカだから?」

「違う。お前には、ギターがあるからだよ」

 

 後藤がゆっくりと顔を上げて、長い前髪に隠れた瞳を向けてきた。

 俺はそれを正面から見つめ返す――後藤と目が合うのは、いったいいつぶりだろうか。

 

「虹夏先輩の問いには、そのギターで答えればいいんじゃないか。まぁ明日いきなりやるのは難しいだろうけどな。でも、わざわざ言葉なんかにする必要はないと思う。そんなつまんないこと、お前はしなくていいよ」

「…………」

 

 後藤はおもむろに歩みを止める。

 俺は少し遅れて後藤の一歩前で立ち止まり、半身になって振り向く。

 

 後藤はまた俯いていた。

 長い前髪が垂れて、表情の一切が隠れて。

 

 後藤はいつものような猫背だった。

 

「……どうよ?」

 

 俺は短く尋ねる。

 すると、後藤は――ほんの少し、顔だけを上げた。

 

「――うん」

 

 後藤は、たったそれだけを言った。

 

 けれどもそれは、今まで一度も聞いたことのないような、強い意志が籠った返事だった。

 

 

 





TSは賛否両論だったからとりあえず此崎をメス堕ちさせかけてみました(???)

ちょっと……次回のハードル上げすぎたかも。僕の中で勝手に上がってるだけか?
上手くいけば明日中に投稿できる……かも。50%くらいの確立だと思っててほしい。


というような感じだけど高評価感想ここすき誤字報告などなどありがとう! 引き続き気が向いたらよろしく~
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