うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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想定よりも話が進まなかった気がしたがそもそもあまり具体的な想定もしていないのでこんなもんかなという気がしました。



#19 備えあれば嬉しいな

 

 俺と後藤で突発リサイタルをした……もとい、させられた翌々日。

 俺は、最寄りの金沢八景駅の改札で人を待っていた。

 

「――お、この電車だな」

 

 横浜駅方面からやってきた赤い電車。事前にロインで伝えられていた到着予定時間とぴったりに着いた快速特急だ。

 その後、改札に押し寄せてきた人の波の中から知った顔を探す。たぶんそんなすぐには現れないと思うが……。

 

「……っと、いたいた」

 

 すると案の定、人の流れがおおよそ止んだ後に彼女たちは姿を見せた。

 俺が右手を挙げると、彼女たちもすぐに気が付いて手を振り返してくる。

 

「おはようございます虹夏先輩、喜多さん」

「おはよ~此崎くん」

「此崎くんおはよう」

 

 うーむ、今日も私服が眩しいなこの二人……どっかのくたびれたピンクジャージが同じ女子高生というジャンルの生き物とは思えねぇよマジで。やはり防虫剤の妖精……。

 

 何はともあれ、俺が待ち合わせていた人物とは虹夏先輩と喜多さんのお二人である。

 ライブまで残り一週間に迫る中であるが、ちょっとした用事があって二人は俺と後藤の地元、金沢八景にまでやってきたのであった。

 

「二人とも、遠路はるばるお疲れ様です」

「ううん、いいのいいの! あたしたちがぼっちちゃんち行きたいって言ったんだもんね?」

「はい! 後藤さんのおうち楽しみです! リョウ先輩も来れたらよかったのに……」

「リョウはおばあちゃんが今晩峠らしいから」

「え、マジっすか」

「なわけないない。リョウのお祖母ちゃんの峠、今年で十回目だもん」

 

 あぁ……リョウ先輩のお祖母さま、登山が好きなんだな!

 いやまぁリョウ先輩、来るのが面倒くさかったからってよりも一人の時間を過ごしたかったんだろう。そういう時間作らないとストレス溜めそうなタイプな気がする。

 

「……っと。ひとまず歩き始めましょうか。外にいたら溶けそうだ」

「あ、そうね、そうしましょ。ちなみに此崎くん、後藤さんのおうちまでは距離あるんだったかしら?」

「普通に歩いて十分ちょっとだな。まぁゆっくり行こう」

 

 橋上の改札から隣接している建物内のエスカレーターを利用して外に出て、憎たらしいほどに眩しい太陽の光を浴びる。

 真っ青なキャンバスに真っ白な入道雲、まさしく絵に描いたような真夏の晴天。現在時刻は十時過ぎだが既に気温はだいぶ上がってきていた。

 

「それにしても金沢八景の駅舎、結構きれいだね~」

「長年工事してたんですけど、何年か前に新しくなったんですよ。改札も元々は地上にあって」

「へぇ~、そうなのね……あっちの高架を走ってるのがシーサイドラインよね?」

「そうだな。あれで八景島の方に行ける感じ」

「八景島って言ったらシーパラダイスよね! 私、子どもの頃に家族で行ったことあるわ。車だったと思うけど」

「いいな~喜多ちゃん。シーパラって水族館と遊園地、だっけ?」

「一応メインは水族館っぽいですけどね。でも、アトラクションも割と楽しいですよ」

 

 後藤一家と一緒に行ったのが……三回、か? あいや、たぶん四回だな。

 俺と後藤が幼稚園の頃と、小学校一年生だか二年生の頃。あとはふたりちゃんが生まれてから二回行ってる。

 あと、つい半年前に中学で仲良かった奴と卒業祝い的な感じで行ったので、合計で五回ってところか。三年に一回行ってる計算だが、多いのやら少ないのやら。

 

「ま、今度結束バンドみんなで行けばいいんじゃないですか? ちょっと料金高めですけど」

「あれ、そうなんだ? 調べてみよ……って、ホントだ。でも、水族館と遊園地が合体してるんだもんね。こんなもんじゃない?」

「ですね。某夢の国とかに比べたらこのくらい全然よ、此崎くん」

「そりゃ某夢の国と比べたらな?」

 

 まぁ別に割高だとか言いたいわけじゃない。子どもの頃は料金なんて知ったこっちゃなかったが自分でいざ払うってなったらちょっと怯んだ、って話。なんなら今は高校生料金になっちまったわけだしな……。

 

 歩いているだけで拭き出てくる汗を拭いながら、俺はなるたけ近道を選んで進む。

 駅前から南の方に向かって片側二車線の国道を渡り、すぐに細い路地に入って以降はずっと家と家の隙間を縫うような道を行った。

 

「結構住宅地近いんだね。これ、あたしたち駅戻れるかな……」

「いやいや、帰りも送りますよ」

「此崎くんもおうち近いのかしら? もしかして、家がお隣とか!?」

「なんで興奮してんだ喜多さん……俺んちはあれだ、あそこのマンションだよ。後藤んちより駅に近いんだわ」

「じゃあ今日も逆方向に歩かせちゃったってこと? わざわざごめんねぇ」

「や、そもそも昨日は後藤んちに泊ってるんで……」

「えっ!? おとまり!? きゃー! やっぱり此崎くんたちってそうなのね!?」

「そうじゃないです」

 

 ()()ってどうだか知らんけど、たぶんそうじゃない。

 昨日は「近いうちにまたお泊りする」っていうふたりちゃんとの約束を果たしただけなので、後藤はまったく関係ない。数日前、俺が酔っ払ってた時はあまりにも眠すぎて全然遊んであげられなかったもんで、どうしてもとせがまれていたのである。

 

「喜多ちゃん、まだ此崎くんとぼっちちゃんの二人に幻想を抱いてるんだね……」

「え? どういうことですか伊地知先輩?」

「ううん、わかんないならいいんだよ」

 

 ……虹夏先輩、なんでジト目で俺のこと見てくるんですかね?

 

 

 

 ――はてさて、そんなやり取りをしつつも俺たちはそれからさらにしばらく歩き、ようやく後藤家に到着する。

 

「…………」

「…………」

「二人とも、どうしました?」

「……ねぇ此崎くん、後藤さんの家って旅館だったの?」

「いや違うけど?」

「じゃああの横断幕は……何?」

「後藤パパが一生懸命作って、今朝俺も協力して垂らしました」

「…………」

「…………」

 

 ……うむうむ、絶句しておる。さもありなん。

 大して特徴もないごくごく普通な二階建ての一軒家に、『歓迎! 結束バンド御一行様 ~癒しのひと時を皆様に~』とか書いてある横断幕吊り下げられてたらそりゃあ引くだろうさ。

 

「……ま、まぁ? とりあえずここがぼっちちゃんの家で間違いないんだよね?」

「はい」

「じゃあ、ヨシ!」

 

 すごい適応力だ……いや、スルー能力というべきか? 虹夏先輩ってば、順調に仕上がってきてるぜ……。

 

「さて。じゃ、どうぞ」

「……え? あたしたちがチャイム押す感じ?」

「はい。どうぞ」

 

 俺はささっと虹夏先輩と喜多さんの背後に回り、斜めがけにしていたポーチから例のブツを取り出し、構えた。

 

 ──ピンポーン、と虹夏先輩がチャイムを鳴らす。

 

「ぼっちちゃん! きたよ〜!」

「こんにちは〜」

『……あっあっ、はい! い、今開けます!』

 

 インターホン越し……ではなく、玄関のドア越しに後藤の声が聞こえて、すぐに内側から鍵を開けられる音がした。

 

 そうして開け放たれた扉の向こうには──。

 

「──いっいえええぇぇぇえいっ!! うぇうぇうぇウェルカ〜〜〜〜〜〜〜ム!!!」

 

 真っ暗な廊下にぽつねんと一人立つ後藤。

 ゲーミングサングラス(フレームが光る! 色が変わる!)をかけ、頭の上にはポンポンが付いた赤い三角帽子、口元には白い付け髭、挙げ句の果てには『一日巡査部長』と書かれたタスキを装備している。

 

 パンッ、と後藤は手に持ったクラッカーを鳴らした。

 

 そして、俺も背後で同じくクラッカーを鳴らした。

 

「わっ、びっくりした……此崎くんも持ってたのね」

「此崎くん、これは……?」

「後藤流のお出迎えです。僭越ながらわたくしも協力させていただきました」

 

 後藤が引き攣った笑顔でサムズアップしてきたので、俺も満面の笑みでサムズアップを返す。

 

 ふぅ、完璧だ。完璧に──。

 

「……え、えっと、後藤さん、私たちが来るの楽しみにしててくれた、ってことよね? うん、そう考えたらなんだか嬉しくなってきちゃったわ! そうですよね、先輩!」

「……うん、それもそうだね。ぼっちちゃんが楽しそうだからいっか!」

「……なん……だと……!?」

 

 ば、バカな、この状況から空気がまともになった……!? あり得ない、あり得ない! 後藤の歓迎は完全に滑っていたというのに、ここから体勢を立て直させるなどと……!

 

「……くっ、し、しかし……クソ……今回は俺の負けだ、喜多さん……」

「えっ、何? 私何に勝ったの?」

「喜多ちゃん、これはほっといていい時の此崎くんだよ」

「あっあの、お、お部屋にご案内しましゅっ! あ、あし、足元お気を付けて……」

「うん、ありがとうぼっちちゃん。お邪魔しまーす!」

「お邪魔します〜。あ、後藤さんこれお土産! つまらないものだけど、ご家族で召し上がって!」

 

 ……いやマジでほっとかれてるじゃん。

 

 後藤のみならず俺の扱いも大概こなれてきた虹夏先輩の成長に若干の寂しさを感じながら、俺は大人しく三人の後に続いた。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「わぁ、すごい飾り付け! 後藤さん、これ一人でやったの?」

「あ、いえ、此崎くんにも手伝ってもらいまして……」

「……虹夏先輩、そんな目で見ないでくださいよ。純粋な善意で手伝ったかもしれないじゃないですか」

「かもって言ってる時点で違うよね?」

「…………」

 

 おいなんか今日虹夏先輩つえぇんだけど。

 

 ……じゃなくって、俺たちは後藤の先導のもと二階に上がり、昨晩から今朝にかけてあれこれ飾り付けをした後藤の部屋に足を踏み入れていた。

 

 カーテンを閉め切って電気も消し、可能な限り暗くした室内。

 ポツンと置かれたちゃぶ台の上にはくるくると回りながらカラフルな光を放つミラーボールとお菓子が並べられており、後藤の真なる棲家である押入れの襖や壁には蓄光のステッカーが貼られていて、暗闇の中で薄ぼんやりと光っている。

 他にもわざわざヘリウムガスを入れた風船に紐を付けて畳にくっつけて並べてみたり、壁にナイトプールの写真(ネットで拾ったのをプリントアウトした)を貼り付けてみたりと、後藤の部屋は素敵にドレスアップされていた。

 

 今しがた後藤が言ったように、俺もいろいろと手伝ったのだ。

 虹夏先輩たちの反応を楽しみにして。

 そして、それを見た後藤の反応を楽しみにして。

 

 ……しかし……あぁ、まったくもって人生とはままならない。努力は必ずしも報われるものではない、なんて当たり前のことに気が付かされた十五の夏……。

 

「こ、此崎くん。私、飲み物取ってくるから……」

「ん、あぁいいよ、俺が行ってくる。今日の俺は……敗者だからな」

 

 ふっ、と俺は自嘲気味に笑って踵を返す。そして、喜多さんが「此崎くん、どうしちゃったんですか?」なんて虹夏先輩に尋ねてるのを背中越しに聞きながら、とぼとぼと下の階に降りていった。完敗だぜ……。

 

「──あっ、いっくんおかえりー!」

「ああ、ふたりちゃん。ただいま」

 

 俺がリビングに入るなり、ソファの上でジミヘンと一緒に寝転がってテレビを見ていたらしいふたりちゃんが身体を起こした。

 それからソファを飛び降りると、一直線に走ってきて俺にがしっと抱きついてきたのだった。

 

「やっぱりいっくん帰ってきてた〜。ねーねー、おねーちゃんのおともだち、きたの?」

「うん、もうお姉ちゃんの部屋にいるぞ。俺は飲み物取りに来たんだ。ふたりちゃんは何してたんだ?」

「ジミヘンと一緒にテレビ見てたの。おねーちゃんがおともだちくるからリビングで大人しくしててって」

「ちゃんと言う通りにしてたってことか。えらいえらい」

 

 俺はぽんぽんとふたりちゃんの頭を触ったが、ふたりちゃんは不満そうな顔でこちらを見上げてくる。

 あらやだ、頭ぽんぽんはもうお気に召さないお年頃……? とか思ったけど違うようだった。

 

「いっくん、ふたりもおねーちゃんのおともだちと遊びたいです!」

「ん、んー……まぁ、いいんじゃないかな。じゃ、俺と一緒に行こうか。ちょっと待っててな」

「ほんと! やったぁ!」

 

 後藤め、さてはふたりちゃんと虹夏先輩たちを会わせない気だったな。

 ふたりちゃんが半年近く接してきた自分を爆速抜き去って虹夏先輩たちと打ち解けそうなことを本能的に察知し、そんな光景を見たくないがためにふたりちゃんを閉じ込めておこうとしたのだろう。

 

 だが甘い、甘いぜ後藤。まだ俺にも逆転のチャンスは……ある!

 ……じゃなくて、たぶん虹夏先輩も喜多さんも夕方くらいまではいるだろうにふたりちゃんをずっと会わせないなんて無理に決まってる。俺がどうこうしなくても、ふたりちゃんはいずれ突撃しにいくだろうし。

 

 ともあれ、ふたりちゃんとジミヘンに纏わりつかれながら俺はよく冷えた水出し麦茶のピッチャーとコップを用意する。

 お盆に乗せたそれらを持ち、ふたりちゃんとジミヘンを引き連れて二階まで来ると、何やら虹夏先輩と喜多さんの短い悲鳴が聞こえてきた。

 

「ふたりちゃん、ちょっと待っててな……失礼しまー。どうかしましたー?」

「ヒッ! あっ、こ、此崎くんか……」

「どういう反応っすか……って、ああ、それね」

 

 畳に座り込んで肩を抱き合っている虹夏先輩と喜多さん。その正面ではあたふたと剥がれかけた謎のナイトプール写真を貼りなおそうとしている後藤の姿があった。

 二人は後藤におびえていた……というわけではないだろう。おそらく、あの写真の裏側にあるものを目撃してしまったのだと思われる。

 

「――あっ、それおかーさんが知り合いのれーばいしさんからもらったふーいんのおふだだよ!」

「ヒィッ! 今度は何!? ……あ、ちっちゃい……後藤さん?」

 

 うむ、確かに小さい後藤ではある。ぼっちでコミュ障で陰キャの方じゃないけどな。

 

 俺の後ろにぴたっとくっついた状態から顔を覗かせたふたりちゃん。

 俺は片手でお盆を持ち直してからふたりちゃんに前に出るように促す。

 

「ほれ、お姉さんたちにご挨拶しな」

「はい! 初めまして! 後藤ふたりです! おねーちゃんの妹で、5歳です! こっちは犬のジミヘン!」

「わんわんっ!」

「あ、妹……そっか、ぼっちちゃん妹いたんだね」

「かわいい~! ふたりちゃんって言うのね! 初めまして、私は喜多です!」

「きたちゃん!」

「私は伊地知虹夏。よろしくね、ふたりちゃん」

「にじかちゃん!」

 

 ……やべぇ、普通にかわいいなこのやり取り。

 

 思わずニヤついてしまったのを気取られないように俺はそそくさとちゃぶ台の近くに移動し、邪魔くさいミラーボールをどけてお盆を置く。

 それからいい加減暗くて気分が塞いでくるので、吊り紐を引っ張って普通に電気を点けた。

 

「あっ、こっ此崎くん、なんで点けちゃうの……」

「いや、よくよく考えたら御札とか盛り塩とかある部屋で電気消して出迎えるの、ほぼ嫌がらせだと思ってな」

「み、ミラーボールあるのに……?」

「パリピの悪霊活性化しちゃうだろむしろ」

 

 一応補足しておくと、ふたりちゃんの説明は冗談でも何でもない。

 すべては後藤がパリピの悪霊に取り憑かれたと思い込んだ後藤一家の仕業だ。

 最近……でもないな。後藤が最初の歌詞を書き上げようと四苦八苦していた頃だから、もう二ヶ月以上前か。あの時のアレである。

 

 ……まぁでもね、御札も盛り塩も別に怖くない。全然怖くないさ。あの頃の、もうひとつの()()に比べたら。

 

「――って、ぎゃぁ!!!」

「うわっ!? きゅ、急にどうしたの此崎くん……って、あぁ、この大量のアー写……ん? いや今なんで悲鳴上げたの?」

「い、いや、ちょっとこの写真見るとトラウマがよみがえってきて……」

「いやあたしたちの初アー写になんでトラウマ抱えてんの!?」

「此崎くん、ひどいわ……!」

 

 いやでも、いやでも待ってくれよ喜多さん。俺は、俺は……。

 

「あのねきたちゃん、いっくんね、おねーちゃんが部屋中にそのお写真いっぱい貼ってるのにびっくりして泣いちゃったの」

「え?」

「え?」

「な、泣いてはない、泣いてはないぞふたりちゃん……」

 

 腰は抜かしたけど。マジで一時間くらい立ち上がれなかったけど。たぶん半泣きくらいにはなってたけど。

 

 ……そう、これまたふたりちゃんの言う通り、後藤は以前撮影した結束バンドのアー写をA4のコピー用紙に印刷し、それをこの部屋の壁と天井にびっしりと張り付けていた時期があったのだ。それこそアー写を撮影してすぐだったので、後藤悪霊憑き事件のほぼ直後だったと思う。

 

 俺は高い頻度で後藤家にお邪魔しているが、必ずしも後藤の部屋に立ち入るわけではない。よって、偶然ながらもあの恐ろしい光景を目にするまでにはアー写撮影から少しの間があったのだ。

 

 ――ある日の晩のことだった。

 俺は後藤家で晩飯を食べる約束をしていて、後藤ママと一緒に台所に立っていた。

 食卓におかずを並べ終えてあとはお味噌汁とご飯をよそうだけ、というところで俺は後藤ママに自室でギターを弾いているであろう後藤を呼んでくるように頼まれたのだ。

 外は日が落ちていて、廊下も階段も暗かった。しかし、俺は横着して電気を点けずに後藤の部屋の前までやって来た。

 アンプを通していないエレキの弦の生音が襖の向こうから聞こえてくる。俺には第六感なんてなく、嫌な予感もなかった。いつも通り、何の遠慮もなく、一思いに襖を開けて――。

 

「――ちょちょ、ちょちょちょちょちょっと!? 此崎くん過呼吸!?」

「おおおお落ち着いて此崎くん! ごめんなさい、私が悪かったわ! 無理に思い出さなくていいの! 無理に思い出さなくていいのよー!」

「いっくんしなないでー!」

「わおーん!」

「あわわわ、か、紙袋、紙袋……! あっ、こっこれ!」

「ぼっちちゃんナイス! ほら此崎くん! 落ち着いて息して! ひっひっふー!」

「ひっひっふーよ!」

「ひっひっふー!」

「わんわんうー!」

 

 ひっひっふー……――あっ、なんかよくわかんねぇけど明るい気分になれる素敵な香りがしてきたのだわ……。

 

「……いやこれ喜多さんのお土産の紙袋じゃねぇか」

「私のお土産が役に立ってよかったわ……!」

「さ、さすが喜多さん、こういう事態を想定して……」

 

 違うだろ。

 いや違うだろ。

 





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