うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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深夜の勢いで書き上げちまったので投稿しちゃうんだぜ。



#24 ぼっち・ざ・ろっく!

 

「――あっ、やっと出てきた。此崎くん大丈夫?」

「……だい……じょ……」

「……うん、大丈夫じゃないね」

 

 壁に手を突きながらふらふらとトイレから出てきた此崎くんは、どこからどう見ても大丈夫じゃない。

 ()()()は、店員さんに用意してもらったコップ一杯の水を此崎くんに渡し、口をゆすぐように促した。

 

 ――隣に座っていたPAさんのお酒を誤って飲んでしまった此崎くん。あれからあたしたちはてんやわんやの大騒ぎだった。

 

 サワーってそんなにアルコール度数は高くないはずだし、本当に一口飲んだだけだったのに、此崎くんはあの後普通に座っていることもままならないような状態になってしまったのだ。

 お酒の席に慣れているお姉ちゃんとPAさんが大慌てで水を飲ませたのだが、それで此崎くんの体調がマシになったのかはよくわからない。

 ただ、その後しばらくして此崎くんが「気持ち悪い」と言い出したので、あたしとPAさんとで付き添ってトイレにまで連れて行き、そして今に至るというわけだ。

 

「此崎くん、つらいですよね……ごめんなさい、私がややこしいのを注文したばっかりに……」

「……いぁ……――」

「ん? なになに……?」

 

 流し台に手を突いて俯く此崎くんがかろうじて口を動かしていたので、あたしは背中をさすってあげつつ掠れ声を聞き取るために耳を近づけた。

 

「……自業自得だから、って言ってますね」

「いえいえ、こういうのは大人がしっかりしてないとダメだったんです。本当にごめんなさい、此崎くん……」

「あたしも、もうちょっと席順考えればよかったです……此崎くん、ごめんね」

 

 正直、あたしは此崎くんのアルコールへの弱さを侮っていた。

 以前に此崎くんが廣井さんの吐息で酔ったというのを、結局のところあまり真に受けていなかったのだ。

 

 疑っていたつもりもないんだけど、お調子者なところがある此崎くんならアルコールというよりもその場の流れみたいなものに酔ってただけなんじゃないかな、なんて無意識に考えていたのだと思う。

 だから、廣井さんと距離を置かせればそれだけで十分だと思ってたんだけど、まさかこんなことになるとは……。

 

 あたしとPAさんの謝罪に対してか、此崎くんは力無く首を横に振っているけど……ここまで弱ってる姿を見ると罪悪感がすごい。

 

「……此崎くん、外の空気でも吸おっか? ちょっとは気分マシになるかも」

「…………」

 

 あたしの提案に此崎くんは少し間をおいてから頷いた。

 続けて「歩ける?」とあたしが尋ねるとこれにも首を縦に振ったので、念のためPAさんと一緒に脇に寄り添いつつも歩き出す。

 

「――あ、伊地知先輩! 此崎くん大丈夫そうですか?」

「うん、とりあえず気持ち悪いのは落ち着いたみたい」

 

 そうしてみんなのところに戻ると、喜多ちゃんがいの一番に声をかけてきた。

 あたしはそれに返事をしつつ、たぶん一番此崎くんを心配しているであろうぼっちちゃんに目を向けて、小さく頷いておく。

 

 ぼっちちゃん、最初はちょっとかわいそうなくらいにおろおろしてたからねぇ……かと言って率先して介抱とかできない感じがぼっちちゃんらしいというかなんというか。

 

 さすがにここまで足元が覚束ない状態の此崎くんをぼっちちゃんに預けるのは不安なので、ぼっちちゃんには悪いけどやっぱりここはあたしが出しゃばろう。

 

「でもごめん、ちょっと外行ってくるね。新鮮な空気吸わせてあげたほうが良いと思うからさ。PAさんも大丈夫ですよ、あたしが付き添うので」

「……そうですか? じゃあ、よろしくお願いしますね」

 

 PAさんにはなんとなく空気を読んでもらった気がしつつ、あたしは此崎くんを連れて店の外に出た。

 

 八月中旬と夏真っ盛りのはずだけれど、日中は台風のせいで気温があまり上がらなかったこともあってか意外に涼しい夜だった。少し湿度は高い感じがするものの、じめじめとした嫌な空気ではない。

 

「……うえぇ……」

「あ、ごめんごめん、立ってるのしんどいよね。えーっと……近くに公園なんてないしなぁ……」

 

 此崎くんを差し置いて澄んだ空気に浸っていたら、此崎くんが死にそうな声を上げたのであたしは慌てて背中をさすってあげる。

 

 お店の前は細い道で、そんなに車が通るわけでもないんだけど、座り込んでいたら少し危ない。

 細道を挟んだ向かい側はコインパーキングになってるけど、全部車が止まっている上に表通りから丸見えでちょっと落ちつかないだろう。

 

 どうしようかな、と考えながらあたしはお店の隣にあるもうひとつのコインパーキングを覗いてみた。

 

「……うーん、こっちなら止まってる車も少ないし、出入りもあんまりないかな? 此崎くん、おいでおいで」

「……うぁー……」

 

 ゾンビのように呻き、ゾンビのような足取りで歩く此崎くんをコインパーキングの塀のあたりまで誘導する。

 

 此崎くんはブロック塀に手を突いてしばらくフリーズした後、ゆっくりと腰を下ろしていって最終的には地べたに座り込んでしまった。

 

 あたしはすぐ傍で膝を抱えながらしゃがみ込み、「大丈夫?」と声をかける。

 

「……だいじょぶ、です……すんません、めぇわくかけて……」

「事故だししょうがないよ。ほら、深呼吸して」

 

 ……それにしても、これほど弱っている此崎くんは本当に新鮮だ。

 先の通り罪悪感もあるけれど、それ以上に普段とのギャップに少し……戸惑ってしまう。

 

 ――最初に知り合った頃、あたしは此崎くんのことをもっとしっかりした人だと思っていた。あのぼっちちゃんと同じタイミングに知り合ったからこそ、というのもなくはないけど、第一印象だけじゃなくってスターリーでバイトをする姿を見ていてもそう思った記憶がある。

 

 此崎くんは一つ下で、バイトをするのは初めてだと言っていた。なのに、お客さんとの受け答えはすごくしっかりしていたし、お姉ちゃんやPAさんを始めとしたスターリーのスタッフ、それに一応先輩であるあたしやリョウに対する礼儀もきっちりしていた。

 それでいてまったく緊張しているそぶりを見せなかったり、ぼっちちゃんがバイト二日目にさっそく風邪を引いて休んだときなんかは物凄く恐縮していたり……あの頃は本気で「真面目な男の子なんだな」なんて思っていた。

 

 まぁ今になってみれば、ぼっちちゃんに対する弄りっぷりは最初からアクセル全開で、言い方が悪いけどあれが此崎くんの本性だったんだなとわかる。

 何か決定的な出来事があったわけではないけれど、今日のライブに出るためのオーディションを受けた頃には既に「真面目な男の子」なんて印象は微塵も残ってなかったし。

 

 実は結構なお調子者で、ぼっちちゃんに対する扱いからわかるように意地悪で、仲良くなった今はあたしやリョウ、お姉ちゃんに対しても生意気なところを見せてきて。

 時々妙に飽きっぽいところを見せたかと思えば、あたしたちの背中を熱心に後押ししてくれて。

 真面目だなんて印象はとっくに薄れたけれど、スターリーでのバイトやあたしたちのマネージャーとしての雑務はきちんとこなしてくれて。

 

 此崎くんは、あたしや、あたしたちにとって――。

 

「――っとと、此崎くん? さすがに地べたに寝るのはマズいって」

「……んあ……」

 

 三角座りの状態からころんと転がりそうになる此崎くんを支えるが、全然起き上がろうとしてくれない。無理やり起こしたらたぶんそのまま反対側に倒れてしまう。

 

「此崎くん、此崎くんってば……もぉー……しょうがないなぁ」

 

 あたしはちょっとだけ悩んだ後、此崎くんの隣に安座で座り――自分の脚の上に、此崎くんの頭を預けさせた。

 

「……虹夏、先輩……?」

「えへへ、特別だよ~此崎くん。膝枕なんてお姉ちゃんやリョウにだってしてあげたことないんだからね?」

「……へー……?」

 

 ……此崎くん、状況が全然わかってなさそうだ。これは明日には忘れてるかもしれない……けど、それならそれでいいや。

 

「――今日はさ、いろいろとありがとね。だから、そのお礼……あたしの膝枕なんかがお礼になってるかわかんないけど。あ、でもあたし、これでも結構モテモテなんだぞ~? 高校入ってからも何回か男子に告白されてるし……って、何の話してんだろね!?」

 

 あははは~、と、笑って誤魔化す……誤魔化せてる、よね? いや、誤魔化すまでもなく此崎くん聞いてないか。

 

 ……あー、顔あっつい。なんとなくの思い付きだったけど、お礼に膝枕なんて……やんなきゃよかった……。

 

 それからしばし、無言の時間が流れる。

 此崎くんの不規則な呼吸音が耳につく……でも、少しは楽になってきたのかも。

 

「――此崎くんさ、今日の帰りどうする? まだ一時間以上はゆっくりしてられるだろうけど、ぼっちちゃんと一緒に電車で帰れる?」

「……んぅー……まぁ、がんばりますよ、がんばります……」

「ホントに? 心配だなぁ……」

 

 目を瞑ったままふわふわと返事をする此崎くん。

 こんな此崎くんとぼっちちゃんが、はたして家まで無事たどり着けるのだろうか。このあいだ一度ぼっちちゃんの家まで遊びに行ってその長い道のりを知ってしまった分、ますます不安に思ってしまう。

 

「……ねぇ、横浜からは遠いだろうけどさ、お父さんとかお母さんに迎えに来てもらえない? 車とか……」

「……んや……うち、父親も母親もいないんでぇ……」

 

 ……えっ。

 

「……あっ、ごっごめん、あたし――」

「……あぁいや、そーゆー……死んでるとかではないんで……仕事人間で、全然帰ってこないってだけなんで……」

「あ、そ、そうなんだ……寂しい、ね?」

 

 ……うっ、な、何言ってるんだあたし。

 ダメだ、思ったより動揺しちゃってる……迂闊だった。

 

 此崎くんの家庭に特殊な事情がありそうなのは、薄々察していたのに。

 それに、そういう事情に安易に触れられるのはどうしたって嫌な気持ちになるって、あたしは一番よく知っているのに。

 

 此崎くんは「んー」と小さく唸った後、口を開いた。

 

「……まぁ、そーっすねぇ……寂しかったっすねぇ」

「え?」

「小学生の頃とか……だいぶ……慣れたけど、寂しかった……うん……」

 

 此崎くんの、弱音。

 なんだか、すごく意外だった。

 

 いや、まだまだ短い付き合いだけど、此崎くんの弱みはもうたくさん知っている。

 でも、こういう弱音が出てくるのは、なんだか想像していなかった。

 

「此崎くん……此崎くん?」

「…………」

 

 ……寝た? この話の流れで……あぁいや、寝てくれてよかったのかも。

 

「……ふぅ」

 

 あたしは塀に背中を預けて、夜空を見上げながら息を吐く。

 

 ずるしちゃったな、と思った。

 いずれお互いのことをもっと知れたら、とは漠然と考えていた。変な意味ではなく、一緒に夢を追う仲間としてだ。幼馴染のリョウはともかく、ぼっちちゃんや喜多ちゃんに対しても同じように考えている。

 

 けれど今日、お酒を飲んで弱った此崎くんに、ついうっかり踏み込んでしまった。そして、引き出してしまった。

 

「……ごめんね此崎くん、フェアじゃなかったよね」

 

 あたしは再び此崎くんの横顔に視線を落とした。

 それから、夜空と同じ色をした真っ黒な髪をそっと撫でる。

 

「でも……ありがとね、本当に」

 

 聞こえていないだろうけどそう言って。

 見えていないだろうけど微笑みかけて。

 

 そうして顔を上げて――。

 

「――あっ」

 

 コインパーキングの看板の陰から、完全に瞳孔が開ききった目でこちらを見ているぼっちちゃんと視線が交わった。

 

 ――悲鳴を上げなかった自分を、目一杯に褒めてあげたい。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 ――あ、ありのまま今起こったことを話すよ……! 虹夏ちゃんと此崎くんが外の空気を吸いに行くと言って一緒に出ていったっきりなかなか帰ってこないから思わずそわそわしていると喜多さんや店長さんから「そんなに気になるなら様子見てくれば?」と言われたので外に出たけど二人の姿が見当たらなくてきょろきょろ周囲を見回したらお店の隣のコインパーキングに座り込んでいる虹夏ちゃんの姿があって安心して近付いたんだけどよくよく見てみれば虹夏ちゃんは此崎くんのことをひひひひ膝枕しながら頭を撫でながら耳元で何かを囁きながら優しい笑顔を見せていたんだ私が何を言っているのかわからないかもしれないけど私も何が起こったのかわからないわかりたくないだってこれってこれってもしかして寝取――。

 

「――っちちゃん! ぼっちちゃーん! お願い戻ってきてぇ~! 言い訳をさせてぇ~!」

「――ハッ!」

 

 ――あ、あぁ、これは夢、夢なんだ……私は今、夢を見ているんだ……目が覚めたとき、私は武道館ライブを翌日に控えた売れっ子のギタリストで、学生の頃からマネージャーとして私を支えてくれた此崎くんと――。

 

「――っちちゃん、ぼっちちゃん! 戻って来れてないよ! お願いだからあたしに弁明の機会を~!」

「――ハッ!」

 

 ……あ、あぁ……こ、今度こそ現実に帰って来れた……目の前には……未だ衝撃的な光景が広がっている。ダメだ、一瞬でも油断するとなけなしの脳みそが爆発しそうになる……!

 

「ぼ、ぼっちちゃん、とりあえずこっちに来よう? 別に、本当に変なことしてたわけじゃないからさ……」

「……は、はい……」

 

 虹夏ちゃんがぽんぽんとアスファルトを叩いて隣に座るよう促してきたので、私はおずおずと近付いて腰を下ろし、膝を抱えた。

 

「あのね、ぼっちちゃん。此崎くんここまで移動してすぐに座り込んじゃって、その後すぐにふらふら横になろうとしちゃってさ……地べたに寝かせるのもどうかなって思って、ちょっとこう……こういう形になっちゃっただけで……ね?」

 

 ……なんだろう、あきらかに気を遣ってあたふたと言い訳する虹夏ちゃんを見ていたら、物凄く悪いことをしているような気がしてきた。

 

 というか、そうだ。

 私と此崎くんは幼馴染であって、それ以上でもそれ以下でもないのに、何の権利があって虹夏ちゃんにこんな釈明をさせているのだろう。

 

 虹夏ちゃんが本当に下心なくこういう状況になっているのなら私の邪推は失礼極まりないし、もし仮に、仮に何か()()()があったのだとしても、私がそれをとやかく言うのはてんでおかしい。自分で散々『此崎くんはただの幼馴染』なんて言ってるんだから。

 

 ……だったら私は、虹夏ちゃんの言うことを全面的に信じるべきに決まっている。

 そしてむしろ、此崎くんの幼馴染として、此崎くんが迷惑をかけた虹夏ちゃんにお礼を言わなくちゃいけない。

 

「……あっあの、すっすみません。私、早とちりして……此崎くんの面倒見てくれて、ありがとう、ございます……」

「……ううん、いいんだ。大丈夫」

 

 虹夏ちゃんは、控えめに笑いながらそう返事をしてくれた。

 

 ――私が変に焦ったせいで……あああああこれで虹夏ちゃんからもっと気を遣われるようになったらどうしよう!? 

 あぁもう私のバカ! アホ! 此崎くんとの関係を男女のそれだとか言われるのは複雑な気持ちになるくせに、なんでいっちょまえに……ぬわあああああああああああああああ!!!

 

「――おーい、ぼっちちゃん大丈夫~?」

「――ハッ!」

 

 ま、マズいマズい、さっきからいつにも増して自分の世界に入り過ぎている。

 私が気まずい気持ちで虹夏ちゃんの顔をちらりと見ると、対する虹夏ちゃんはなぜかニヤリと笑った。

 

「ぼっちちゃん、もひとつ言うとね、これ此崎くんへのご褒美だから」

「……ご? ご褒美、ですか?」

「そう! 虹夏様の膝枕! 今日は此崎くんに助けてもらったから、そのお礼ってことで、ね?」

 

 ふふん、と胸を張る虹夏ちゃん。

 なんだかわざとらしいその演技がおかしくって、私はつい笑ってしまった。

 

 確かに、虹夏ちゃんみたいな可愛い子に膝枕してもらうなんて此崎くんにはもったいないくらいだけど、今日の此崎くんは私たち結束バンドを助けてくれた。

 

 敵はいない。

 この前の路上ライブで気が付いたはずのことを、バカな私はまた忘れていた。

 

 でも、それを気が付かせてくれた。

 周囲の目を気にしないで、私に気が付かせてくれたのだ。

 

 店長さんは私が今日のMVPだって言ってくれたけど、私にとってのMVPは此崎くんだった。

 

 ――うん、そのご褒美だっていうんなら、今日のところは目を瞑って……って違う違う! だから私は何様なんだ!

 

「ねぇ、ぼっちちゃん」

「あっはい。なっなんでしょう……」

「ぼっちちゃんも、ありがとね。今日は、此崎くんのおかげもあるけど、何よりぼっちちゃんのおかげで成功できた」

「あっいえ……わた、私はただ、ぎ、ギターを弾いただけで……最初っからあれができれば……」

「――でも、ヒーローは遅れてやってくるものでしょ? ね、『ギターヒーロー』さん?」

 

 ……What?(ネイティブイングリッシュ)

 

「...oh, I am not 『guitarhero』」

「ぼっちちゃん、英語の発音上手だね? けどごめん、誤魔化されてあげないよ。今日のぼっちちゃんの演奏……あたしの知ってるギターヒーローそのものだった」

 

 ……ご、誤魔化されてくれないんだ……くぅ……!

 

「……えっと、そ、そうです……でもあの! わ、わざと隠してたんじゃなくって……」

 

 私は俯きながら、もごもごと言い訳をする。

 

「……いっ今の私なんて、まだ全然ヒーローじゃないし……こっこの性格を直してからみんなには話したかったんです……とっ、特に、『ギターヒーロー』をたくさん褒めてくれた、虹夏ちゃんには……」

 

 ……幻滅された、かな。

 ヒーローなんて名乗っている人間が、本当はこんなコミュ障で、陰キャで、人と目を合わせて喋ることもできないような――。

 

「――あのさ」

 

 私の内心での自虐を遮るみたいに、虹夏ちゃんは明るい声音で切り出した。

 

「あたし、前に本当の夢があるって言ったよね。オーディションの前の日にさ」

「あっはい。お、覚えてます、もちろん……」

 

 早めに切り上げられた練習からの帰り道、此崎くんと一緒に歩いているところを後ろから呼び止められて、自動販売機の前で二人で話したあの時だ。

 

「……あたしね、小さい頃に母親が亡くなって、父親は家を空けがちで……お姉ちゃんだけが家族だったんだ」

「えっ……あっすみません」

「ううん、いいのいいの……それでね? お姉ちゃんも昔はバンドやってたんだけど、お母さんがいなくなった後、寂しがるあたしをライブハウスに連れてってくれるようになったんだ。あの頃のあたしには全部がキラキラして見えて、すごく、すごく幸せな空間だったんだ」

 

 私は顔を上げて、虹夏ちゃんの横顔を見た。

 虹夏ちゃんはどこか遠くを――きっと、()()()を見つめていた。

 

「……お姉ちゃんはさ、そんなあたしを見てたからバンドをやめてライブハウスを始めたの。スターリーはね、お姉ちゃんがあたしのために作ってくれた場所なんだよ……まぁお姉ちゃんは絶対そんなこと言わないけどね?」

「そっ、そうですね……」

 

 店長さんは確かに認めないと思う。

 けれど、私でもそれは間違いないと思った。

 

「だから」

 

 虹夏ちゃんは、もったいぶるように少し溜めて、星が瞬く夜空を見上げる。

 

「――私の本当の夢はね、お姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになること! そして、お姉ちゃんのライブハウスを、〝スターリー〟をもっともっと有名にすること!」

「――……」

「……でもね、いざバンドを始めてみたら私の夢って無謀なんじゃないかって思う時もあったんだ。初ライブでボーカル……結局は戻ってきてくれたけど、喜多ちゃんが逃げていなくなっちゃったときとか、短い時間でオーディション受けなくちゃいけなくなったときとか。今日のライブだってみんな自信失くしかけちゃったし……」

 

 ――でも、と虹夏ちゃんは言って、わずかに顔を傾けながら今度は私の目をまっすぐに見つめてきた。

 

「ぼっちちゃんがさ、そういう状況をいつも壊してくれたよね。ギター一本で、演奏ひとつで。だから、幻滅なんてしないよ。ぼっちちゃんは間違いなくあたしのヒーローで、あたしたちのギターヒーローなんだよ」

 

 私は、虹夏ちゃんの瞳から目を離せない。

 虹夏ちゃんは、さらに続ける。

 

「リョウは今度こそ結束バンドで自分たちの音楽をやること、喜多ちゃんはみんなで何かをすることに憧れてる。此崎くんはマネージャーだけど……ぼっちちゃんは、本人から聞いた方が良いかな。でもとにかく、シンプルだけど強い想いがある。みんな、大事な思いをバンドに託してるんだよ」

「……大事な、想い」

「うん。……ねぇ、改めて聞いてもいい? ぼっちちゃんが何のためにバンドするのか」

 

 私が、何のためにバンドをするのか。

 ……此崎くんには、無理やり言葉になんかしなくていいって言われたな。

 

 ――あぁ、でも今なら、無理なんてする必要ない。

 

「――わっ私は、ギタリストとして、みんなの大切な結束バンドを最高のバンドにしたい、です! ……あっあとそれで全員で人気バンドになって……うっ売れて学校を中退したい……」

「……ぷっ、あっはは! 重いよぼっちちゃん、重い重い!」

 

 うぅ……割と切実な重い想いなんだけどな……。

 

 虹夏ちゃんはひとしきり笑った後、また私に顔を向けながら口を開いた。

 

「でもそうだなぁ……ギターヒーローが遅れずにやってくるようになったら、ぼっちちゃんの夢も、みんなの夢も、叶えられる日はきっと遠くないと思うんだ――だから、ぼっちちゃん!」

「あっはい」

「これからもたくさん見せてね、ぼっちちゃんのロック――」

 

 

 

 

 

「『ぼっち・ざ・ろっく』を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へっくしゅ!」

「……此崎くーん、今いいとこだったのに……」

「えっあっ、こ、此崎くん起きて……?」

「ううん、寝てるっぽい。大丈夫、ギターヒーローのことは……あたしから此崎くんには言ったりしないから」

「あっはい、あ、ありがとうございます……」

「うん、お礼言われるようなことじゃ……まぁいいや、それにしてもこの気温で寝たらそりゃくしゃみも出るよね。そろそろ此崎くん起こしてお店に戻ろっか」

「あっはい……」

「……あ、あとそうだ、ぼっちちゃん」

「はっはい――?」

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 ――長い長い一日が終わって、私と此崎くんは長い長い帰路につく。

 

 世間一般はお盆休みの真ん中ということもあってか電車内はかなり空いていて、最寄りの金沢八景駅に至る京急線でも私たちは席に座ることができた。

 

「……此崎くん、まだ眠い?」

「……んー……」

 

 乗り換えのために一度起こした此崎くんが、また船を漕いでいた。

 私もだいぶ疲れていて、普段だったら眠っているところだったが、今日は此崎くんがダメダメなので私が頑張って起きていなきゃいけない。

 

 それに――。

 

「……こっ、此崎くん。いいよ、また寄りかかっても……」

「……んー……」

 

 私は、ふらふらと揺れている此崎くんを少し引っ張って――その頭を、自分の肩に預けさせる。

 

 今日はぼっちちゃんも頑張ったんだから此崎くんにご褒美もらいなよ、なんて最後の最後にとんでもないことを言ってきた虹夏ちゃん。

 

 私は、その場でこそ咄嗟に「そんなのいらないです」なんて言ってしまったけれど、今、こうしてこっそりご褒美をもらっている。

 

「此崎くん」

「……んー?」

「今日の私、どうだった?」

 

 虹夏ちゃんの膝枕に比べれば、此崎くんにとっては私の……肩枕? なんて逆にお金を請求したいくらいだろうけど。

 

「……んー……かっこよかったよ……」

 

 でも、今日のところはかっこよかった私へのご褒美として、大人しく私の肩で眠ってもらおう。

 





久々におねだりしていいかい……高評価ァ……!(帰ってきた承認欲求モンスター)

というわけで山場ひとつ超えたかなって気分でごぜーます。なんかラブコメみたいになっちまったなぁ……?

ともあれここまで読んでくれてありがとう! お気に入り評価感想ここすき誤字報告等々ありがとう!

次回はマスマロでもらったリクエストをちょっと消化するオリジナル回の予定だよ


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