サブタイが思い付かなくて滑り込めなかった……
朝、俺は家から駅に向かう道を逆方向に歩いて、とある場所へと向かっていた。
「──お、ジミヘンおはよう」
「ワンッ!」
うむ、後藤の百倍は元気な挨拶だ。グッボーイグッボーイ、撫で回してしんぜよう。
……と、はてさて俺がやってきたのは後藤ひとりの棲家である後藤家だ。
ライブという後藤にはハードすぎるイベントをこなした昨日の今日なので、もしやもすると学校をサボろうとするんじゃないかと思ったのが今朝のこと。それからすぐにロインでスタンプ爆撃と鬼電はしておいたのだが、ようやく応答した時の声がいつもより寝ぼけていたので一応迎えにきてやったのである。
インターホンを押すと後藤ママから返事あって、さらにそれから「ひとりー! いっくん来てくれちゃったわよー!」という声が聞こえてきた。
ちなみに「いっくん」というのは俺のこと。下の名前である
ともかくそれからしばらく待っていると、やがて玄関のドアが開いて相変わらず芋なジャージ姿の後藤が現れた。その奥でエプロン姿の後藤ママが手を振っていたので手を振り返しておいた。
「おはよう後藤」
「……おはよ」
後藤がジトっと睨んでくるが、俺は何にも気が付かない振りをしてさっそく歩き始める。爆撃と鬼電がよく効いたのだろう。
「サボる気だったろ」
「そ、そんなことない……わっ私学校サボったことないもん」
「仮病使ったことも?」
「……うぅ」
……まぁ実際、友達一人もいなくて学校嫌いなくせに後藤は割としっかり学校に行ってる方だとは思うのだ。
ただ、基礎体力がゴミカスだから普通に体調崩すことはままあるし、その中には仮病も混ざっている。様子見に行くと年に一回くらいは「あぁこいつ仮病だな」ってことがあるのだ。わざわざ指摘したことはないが。
「ギター背負ってるってことは、ちゃんとスターリー行くつもりなんだな?」
「う、うん。練習はしないかもだけど……いっ一応持ってった方がいいかなって」
昨晩、俺は山田先輩からロインのグループチャットに招待を受けた。『結束バンド』という名前のグループだ。
なんで俺? とは思った。物凄く思った。グループに参加する前にわざわざ山田先輩に確認を取ったくらいである。ただ、間違いではないとのことだった。
釈然としないままグループに参加すると伊地知先輩から「ようこそ~」とさっそくレスがあったのだが、それに反応する前に猛烈に気になったことが一つ。
俺を含めてメンバーが三人しかいなかったのだ。つまり、伊地知先輩、山田先輩、俺の三人である。
後藤クビか? と思ったのだが、まぁさすがにそんなことはなく、ただ単に伊地知先輩も山田先輩も後藤とロインを交換していなかっただけだった。だから俺を先に誘って、俺に後藤のことを招待してもらいたかったのだと。
で、要望通り後藤を招待したのでお役御免かなと思って勝手にグループ抜けたのだが、今度は伊地知先輩にグループに誘われ、「なんで勝手に抜けるの!」と怒られてしまった。
いやだって俺結束バンドじゃないですやん、と発言したが完全に黙殺され、「今後の活動について話し合うから明日の放課後スターリーに集合! 此崎くんぼっちちゃん連れてきてね!」とのご命令を賜ってしまったのであった。
「じゃ、放課後は下北直行な。俺だけ行くのマジで意味わからんから、お前逃げんなよ?」
「にっ逃げないよ……たぶん」
たぶんじゃねんだ。引き摺ってでも連れて行くからな。
♪ ♪ ♪
「こんちわー」
「こっこんにちは~……」
「あっ! 此崎くんぼっちちゃんおはよ~!」
「ん、おはよ」
放課後、特にトラブルもなく俺と後藤はスターリーに到着した。
中に入ると伊地知先輩と山田先輩がすでにテーブルを囲んでおり、俺と後藤に気が付いてそれぞれのテンションで挨拶を返してくれた。
「……じゃ、後藤の配達はしたんで俺はこれで」
「ちょーいちょいちょい! だからなんで此崎くん帰ろうとするのさ!」
「え、俺参加するんすか?」
「当たり前でしょっ!」
当たり前なのか……。
「まぁまぁとりあえず二人とも座って! 飲み物何がいい?」
「炭酸じゃなければなんでも大丈夫です」
「わっ私もなんでも……」
「おっけー!」
伊地知先輩はそう言ってカウンターキッチン(?)の方に小走りで行ってしまった。手伝いに行く……のは逆に変か。……ん? てか伊地知先輩もなんで勝手にキッチン使ってるんだろうか。ドリンクバーなの?
「此崎、炭酸飲めないの?」
「はい? あー、そうですね。だって痛いじゃないですか口の中。俺痛いの嫌いなんで」
「ふーん。意外と子どもっぽいね」
「よく言われます」
まぁ飲めなくても別に困らないし……あぁでも大人になったらビール飲めないのはちょっと困るかもな。ビール飲めなくても困らないような人生送りてぇな。
「はーいお待たせー! こっち此崎くんの、こっちがぼっちちゃんのね」
「あざっす」
「あっありがとうございます」
俺たちが蓋とストロー付きのプラコップを受け取ると、伊地知先輩は席に座る。
「さてと! メンバーよし、飲み物よし、ということで! 第一回結束バンドメンバーミーティングをここに開催します! ハイ拍手!」
伊地知先輩が元気よく拍手して、山田先輩も控えめに倣う。後藤は一瞬全員の顔色を窺ってからぱちぱちと手を打つが全然音が鳴ってない。拍手すら下手くそかコイツ。
あとここに一名部外者いるけど本当にメンバーよしか? マジで俺は何。後藤の保護者枠? もしかしてこれ四者面談?
「…………」
「…………」
「…………」
「……いや司会進行は?」
「うん、あたしがやる流れだとは思うんだけど、まだ全然仲良くないし何喋ろっかなって」
議題はないのか議題は……。
「そんなこともあろうかと。はい此崎」
「俺ですか」
山田先輩に手渡されたのは角が丸まった大きなサイコロだった。各面には『すべらない話』『好きな音楽の話』『バンジージャンプ』などなどが書かれている。
まぁつまり、これを振って出た目の話題でトークしようってことだろう。結束バンドってもしかして百獣の王がスポンサーについてるのかもしれない。
「……えー、では僭越ながらわたくしが振らせていただきます」
「うんよろしく!」
「ほい」
あんまり遠くに行かないように足元へ軽く投げれば、サイコロがころころと転がる。
そして――。
「……えー、じゃあ最初は『バンジージャンプ』ということで、後藤よろしく」
「……え゛っ!?」
「しょっぱなから悪ふざけ引いちゃった!」
「此崎、持ってるね」
これは持ってると言っていいのだろうか。完全に出オチだろ。
「さて後藤、とりあえずこのビルの屋上から……」
「此崎くんあたしたちが悪かった! あたしたちが悪かったからぼっちちゃんの腕掴まないで! バンジーの用意してないから!」
なんだ用意してないのか……夢が一つ叶うと思ったんだがな。後藤バンジージャンプの刑という俺の夢が。
「じゃあまぁ振りなおしますか……あっ」
「また『バンジージャンプ』!? 此崎くんわざとやってる!?」
「虹夏、天丼は基本だから」
「俺悪くないです。たぶんこのサイコロ壊れてます」
さもなくば神様の意思じゃねぇかな。後藤にバンジージャンプさせろっていう。
「もうサイコロ振らずに順番にやってったらいいんじゃないですかね。はいじゃあ一つ目、『学校の話』ということで」
「無駄に立体的なだけのフリップと化してしまった……えーっと、学校の話ね。うん、じゃあ略してガコバナってことで」
語呂悪。
「あっそっそういえば、ふっ二人とも同じ学校……?」
お、後藤えらいぞ。自分から話を切り出した。
「うんそうだよ。
「ぼっちと此崎は秀華高だよね。虹夏からちょっと聞いたけど、家遠いんだって?」
「えぇ、横浜ですね。しかも右下の隅っこの方でして」
「うわーホントに遠いね……でもさ、此崎くんはともかく、ぼっちちゃんはそもそもなんでそんな遠い学校選んだの?」
「高校は誰も過去の自分を知らないところにしたくて……」
「あっうんガコバナそろそろ終わりにしよっか! いやぁいっぱい話せて楽しかったな〜!」
まだ二周もしてないのにパス回しが終了した。後藤、お前一人で壁使ってレシーブの練習してこい。
「あー、そういや山田先輩も友達少ないんでしたっけ?」
「えっ!」
後藤が山田先輩を見て、少しだけ目に光を取り戻した。まるで、というかほぼ間違いなく同志を見つけたような表情だが……。
「うん。休日は一人で廃墟探索したり古着屋巡ったりしてる」
「あっ」
そうだ、身の程を知れ後藤。
俺の見立て通りである。山田先輩は孤独なのではない、孤高なのだ。一人でコンビニに行くこともままならないコミュ障とはまるで違う生き物なのだよ。
「ぼっちちゃん平気? いいんだよ普通に会話を楽しめば……」
「はひ……」
「やっぱりガコバナは後藤には向いてないっすね。んじゃ次……まぁバンドですし好きな音楽の話でいきますか」
「おっ、いいねいいね! あたしはね〜メロコアとかジャパニーズパンクが好きかな!」
「私はテクノ歌謡やサウジアラビアのヒットチャートを少々……」
「いやそれ絶対嘘! ……ぼっちちゃんは? どんな曲が好きなの?」
「私は青春コンプレックスを刺激しない曲ならなんでも……」
「青春コンプレックスって何?」
「こっち見ないでくれます?」
もしかして俺がここに同席してるのって後藤の通訳のため? 謎が解けたな?
いやまぁたぶん夏とか海とか花火とか、そういう青春っぽいものに対するコンプレックスじゃねぇかなとは思うけど。
「ちなみに此崎は好きなジャンルとかあるの」
「うーん、そもそもあんまり詳しくないのもあるんですけど、これといって好きなジャンルはないですかね。好きな曲はいろいろあるけど共通点が自分でもわからんと言いますか」
「へぇ。たとえばどんな曲?」
「えーっと、最近聞いてるプレイリストはこれなんですが……」
「ちょっとちょっと、そっち二人で盛り上がらないでー。ぼっちちゃんが自分の世界に籠もっちゃってる引っ張り上げるの手伝ってー」
……あぁ、なんかさっきから念仏みたいなの聞こえると思ったら後藤か。
「伊地知先輩、後藤とバンドやっていくつもりなら俺に頼ってばかりじゃダメですよ」
「え、えぇ……?」
「自分の世界に籠もるくらいは日常茶飯事ですから。他にも稀に良く溶けたり粉々になったりするんですよ?」
「稀に良く溶けたり粉々になったりするの!?」
「しますよ」
する。
「あ、頭痛くなってきた……えっとそうだ、歌と言えばね、結束バンドもホントはボーカルいれたいんだ。実は昨日も逃げたギターの子が歌ってくれるはずだったんだけど……」
「伊地知先輩か山田先輩が歌えばいいんじゃないですか?」
「あたしは歌下手だから……」
「私がフロントマンまでしたらワンマンになってバンドが崩壊してしまう……」
「なるほど。よし後藤、ボーカル頑張れ」
「ヴェッ!?」
「もちろんそれでもいいけど、今のは此崎くん意地悪言いたかっただけでしょ。さすがにわかってきたよ」
「すんません」
見破られるの早い……ってほどでもないか。全然隠してないし。
「そういう此崎くんは? 楽器はできないって言ってたけど、歌とかはどう?」
「んー、たまーに友達とカラオケとか行きますけど、どうですかね」
「断らないってことは意外と自信ある?」
「まぁ人様に聞かせられないほどではないかなと。でもやるつもりはないですよ。音楽のこと全然わからん人間が入ってもしょうがないでしょ」
「別にそんなことないと思うけど……まぁともかく、ボーカル決まったらオリジナル曲もどんどん作っていきたいんだよね! リョウが作曲できるし!」
えっすごい、と山田先輩を見たらお手本のようなドヤ顔をしていた。顔が良くって絵になってるから余計にちょっと憎たらしい感じ。
「さっきコンプレックスがどうとか言ってたけど、禁句多いならぼっちが歌詞書けばいいよ」
「……!?」
ほう、後藤が作詞か。今度後藤が中学の頃に作ってた歌詞ノートを勝手に掘り起こして横流しするか……いや、あれ見せたら本当にクビになるかもな。ほぼ呪物だし。
「山田先輩作曲で後藤が作詞……伊地知先輩は何するんですか?」
「……はい! じゃあ次はノルマの話~!」
「いやあの」
誤魔化し方が下手すぎる……。
「のっ、ノルマってなんですか……?」
「昨日出たライブね、ブッキングライブっていうんだけど――」
伊地知先輩曰く、アマチュアが参加するような多くのブッキングライブではバンド側にチケットノルマが課せられるらしく、ここスターリーでも例外ではないらしい。これはもちろんチケット代で収益を確保するためでもあるが、お客の数を確保するためにも重要であるのだそうだ。
で、このチケットノルマ、ノルマ以上に売れればライブハウス側と折半にはなるもののバンドの収益になるが、逆にノルマが達成できなければ不足分をバンドが自腹で買い取る形になるのだとか。
「――つまり売れるまではめちゃくちゃお金いるってこと」
「リョウざっくりしすぎ!! ……だけどまぁ、そういうことなんだよねぇ」
「ほえー……」
ぽかんと口を開けてアホ丸出しな後藤だが、さてはコイツ今の話が意味するところを一切理解してないな?
「後藤」
「あっはい」
「お前今、貯金いくらある?」
「えっあっ、さ、最近お小遣い前借りしたのと合わせてちょっと新しい機材買っちゃったから全然ないけど……」
「そうか……」
ちらっと伊地知先輩の顔を見ると、覚悟を決めきったような表情を浮かべて小さくうなずいた。
「昨日のライブ、来てくれたのってほとんどあたしの友達でね? まぁあの出来じゃ二回目呼ぶのはちょっと……って感じだし。リョウはそもそも呼ぶ相手がいないし、ぼっちちゃんも……ね?」
「あっはいすいません」
「うん。つまりね、ライブやるのにはどうやってもお金がかかるの」
「あっはい。……?」
「だからぼっちちゃん」
伊地知先輩は某新世紀の司令官のようにテーブルに肘をつき、重々しい声音で告げた。
「ごめんけど、バイトしようね」
「……ば?」
ああダメだ、後藤の心が壊れる音が聞こえた。
「伊地知先輩、なんてことを……」
「此崎くんそんな満足げに微笑んで言われたらどう受け取っていいかわかんないよそのセリフ」
「ん、ぼっち何それ」
「おっお母さんが私の結婚費用として貯めてたお金です……これでどうか……何卒……バイトだけは……」
「なるほど。じゃあこれは大事に大事に使わせてもら」
「わないっての! そんな大事なブタさん割れるかっ!」
いや、そもそもなんでコイツそんなもん持ち歩いてんだよ。
「でも、でもぉ……! し、死にたくない……! 私、死にたくないよ此崎くん……っ!」
「後藤……」
後藤が俺に縋りついてくる。なんと哀れだろうか。ガチ命乞い人生で初めて見ちゃった……。
「ああ、後藤よ。我が哀れなる幼馴染よ」
「たっ、たすけっ……たすけて……!」
「死ぬがよい」
「──……」
「言葉すらなく逝ったぁーっ!?」
後藤は犠牲になったのだ。結束バンドのノルマ……その犠牲にな。
「ぼっ、ぼっちちゃん大丈夫! 大丈夫だって! ぼっちちゃんもここでバイトしよ! あたしとリョウもここで働いてるから怖くないよ!」
「アットホームでわきあいあいとした職場です」
「いや山田先輩、それ後藤にとっては生き地獄ですって紹介してるようなもんすよ」
アットホームで和気あいあい、の内側には決して入れず、限りなく表面に近いところでジリジリと焼かれて死ぬことしか後藤にはできるまい。
「う、うーん……やっぱり難しい、かな? ドリンクスタッフとか掃除とかだから簡単だし、いろんなバンドとか見れるんだけど……」
「……いや伊地知先輩、俺の顔見てもダメですって。俺は口出ししませんよ。最終的に……いえ、最初っから、決めるのは後藤です」
「うっ正論……そ、そりゃそうだよね……あ、でも待って。じゃあ、先に此崎くんのこと誘うから!」
「……はい?」
どゆこと?
「あのね、昨日電話でリョウと相談してたんだけど、もし此崎くんがよかったら結束バンドのマネージャーになってくれないかな?」
「マネージャー?」
「うん! あ、もちろんボーカルやってくれるならそっちの方がいいんだけど」
「いやそれはちょっと……」
俺にはこんな女子三人できゃっきゃしてる……いや全然きゃっきゃしてない気がするけど、女子高生三人のバンドにわざわざ混ざるほどのモチベーションはない。
「だよね。まぁ男子メンバー禁止ってつもりはないけど、あたしすっかりガールズバンドのつもりでいたからさ。でも、せっかくぼっちちゃんと一緒に此崎くんとも知り合えたんだし、此崎くんが嫌じゃなければ結束バンドにかかわって欲しいなって思うんだ」
「だからマネージャー、ですか」
「そう! ファンとして応援してくれるのでも嬉しいかなって思ったけど、ぼっちちゃんの幼馴染って言ったらほぼ身内でしょ? だからいっそ結束バンドの方でも身内になってくれたらいいなって。ね、リョウ?」
「うん。此崎がマネージャーになってくれたら私も嬉しい……一人当たりのノルマが減るから」
「ばか! そういうのは心の中で思ってても今言っちゃダメな奴だから!!」
マネージャーなのに俺も金出すのか……いやなるほど、だから
「……まぁ、別にいいですよ。マネージャーなんて必要なのかなとは思いますけど」
「えっ、ホント!? いやいや必要だよマネージャー! お金の管理とか、まぁあたしがやってもいいかなって思ってたけど、これからどんどん結束バンドが大きくなっていったら絶対に必要になるもん!」
「いや、大きくなったらその時は事務所とかからマネージャー付きません……?」
「……確かに!」
あれ、伊地知先輩ってアホ……?
……いやいや、まぁアホでもなんでも、こうやって仲間に誘ってくれたことは普通に嬉しい。
結束バンドに誘われたのはあくまで後藤なのだと俺は考えていて、下手に出しゃばるつもりはなかった。せいぜい今日のように後藤の尻を叩き、スターリーまで強制的に連行するくらいがいいところだろうな、と思っていたのだ。
駆け出しバンドのマネージャーなんて、たぶん不必要なくらいだろう。でも、だからこそ俺でもできることはあるかもしれない。
高校生になって結局部活には入らず、バイトはぼちぼち始めてみようかと思っていたが特に行動に移していたわけでもない。通学に時間がかかるからそこまで時間を持て余しているということもないけれど、やりたいこと、やらなければいけないことを足し合わせてもなんだか物足りないような気はしていた。
「じゃあ、まぁ……結束バンドがでっかくなるまでの、仮のマネージャーですかね。そういうことなら、やります。いや、やらせてください」
「仮なんて水臭いこと言わないでよ! 大丈夫! あたしたちドドーンっとでっかくなって、ちゃんと此崎くんのこと養ってあげるからね!」
「えぇ……」
いや、でも確かに結束バンドが売れてそこから俺に給料が出たら……いやマジ? 俺もしかして後藤に養われるのか? 伊地知先輩と山田先輩に飯食わせてもらうことになるのか……?
「……いやまぁ、でもあれですよね。最初のうちは俺もここでバイトして、って話なんですよね」
「うん、まぁ……申し訳ないけど、ちょーっとだけ協力してくれると嬉しいかも。あ、さすがにあたしたちと同じ割合とは言わないからね! マネージャーなんてホントはこっちがお金払わないといけないものだろうし……」
「いや、その辺は気にしないでください。別に俺、金には困ってないんで」
「へぇ、そうなんだ……ところで此崎さん、この後私と一緒にお食事でも――」
「後輩にたかるなっ!」
伊地知先輩がどこからかハリセンを取り出してスパーンと山田先輩の頭を引っぱたいた。なんかやけにいい音がしたな。
「……ま、まぁお金の話は大事だから、今度じっくり話そうね。でもとにかく、此崎くん結束バンドのマネージャー就任! ってことで……おーい、ぼっちちゃーん?」
「……ハイ」
……あぁ、後藤のこと忘れてた。息を吹き返したか。
伊地知先輩が床に転がる後藤の傍でしゃがみこみ、優しい口調で話しかける。
「此崎くんもさ、ここでバイトしてくれるって。だからぼっちちゃんも、あたしたちと一緒に頑張ってほしいな。ね?」
「……うぅ、うぅぅ……」
後藤が唸る。ちらりと俺の顔を見てくるが、俺は何も言わない。
俺がやるんだからお前もやれ、なんてことは言わない。
しかし、無理をしなくもいい、なんてことも言わない。
何も言わずに、ただ待った。
「……い」
「い?」
嫌です、かな。
「……は」
「は?」
働きたくない、だろうな。
後藤にとってアルバイトがどれだけハードルの高いことはわかってる。
ただそれでも、俺は知っている。
「……………………が、がんばりましゅ」
後藤ひとりとかいうド陰キャコミュ障女に、人からの頼みを断る勇気があるわけがない、と。
♪ ♪ ♪
「――どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きたくない……どうしよう……嫌だ……働きた」
「なぁ、そろそろ俺の頭おかしくなりそうだからやめてくれねぇか。頼む。悪かったから。あとマジで周囲の視線が……」
……ミーティング終了後、俺の後ろにくっついて呪詛を吐き続ける後藤のせいですれ違う人間全員に悲鳴を上げられる羽目に陥ったのは、俺の自業自得なのだろうか。
みんなー! 感想ありがとー!
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