アニメでオミットされた試験勉強回っぽいよ。
「おっす後藤! 喜多さんが文化祭ステージの申し込みしたってさ!」
「……?」
「おっす後藤! 喜多さんが文化祭ステージの申し込みしたってさ!」
「…………?」
「後藤さんごめんなさい! 私、やっぱり文化祭でライブしたい! だから結束バンドで個人ステージに申し込んじゃった!」
「………………!?」
「ということだから、文化祭ライブ、一緒に頑張りましょうね!」
「ミ゜」
よし、後藤死亡確認。
片や後藤が文化祭個人ステージの申込用紙を捨て、片や喜多さんが文化祭個人ステージの申込用紙を提出していたその日の放課後、すべての真実を知った後藤は死んだのだった。
「まぁここまでは想定通りだな」
「やっぱり死んじゃった……さすがに罪悪感があるわね……」
「味わってこその一流だぜ、喜多さん」
「目指してないわよ?」
口ではそんなこと言っちゃってさぁ……行動に出てるのよ行動に。
「此崎くん」
「……はいはい」
真面目な話ね。
とりあえず用意してあった棺に後藤を仕舞っておくとしよう。廊下でやってるから周囲の視線がやばいけど喜多さんが気にしていないので俺も気にしないことにする。
「まぁ復活したらちゃんと話せばいいってのは変わらんよ。天秤にかけてはいたけど後藤もまるっきりライブが嫌なわけじゃないみたいだし、別に俺はとやかく言う気はないから……ったく、結局気にするならこんなことしなきゃいいのに」
「それは……ごめんなさい。……でも」
「だから、俺にはいいって。喜多さんと後藤の間で話せばいい。俺はもう喜多さんがそういうやべぇ女だってのはよくわかってるから」
「ちょ、ちょっと待って此崎くん? 私の評価それ? 私ってやばい女?」
「うん」
「うん!?」
「俺の知ってる人間の中でぶっちぎりかな」
「ぶっちぎり!?」
うん、ぶっちぎり。
ギター弾けるって嘘吐いてバンド入って結局ライブ当日にバックレて、しかもそれをしっかり後悔してるっていう一連のムーブだけでだいぶアレだったわけだが、今回は
これははっきりと喜多さんの口から語られたことだが、昨晩『後藤は悩んでるけど前向きっぽい』と俺がロインで伝えたことは今回の暴挙の決め手ではないというのだ。
喜多さんは、もしかしたら後藤がすんでのところで参加しないことを選ぶかもしれない、というのをしっかり想定した上で申し込みをしたのだ。勝手に。
まぁもちろん決め手ではないにしろ、怖気づいてるだけで後藤にも文化祭でライブをやりたい気持ちがある、あとは先輩たちも乗り気だっていう情報があっての決断ではあるようなのだが……。
ともかく、俺が腕を組んでしみじみと頷いてみせれば、喜多さんは一度口を引き結んで目を泳がせてから再び俺を見てきた。
「や、やっぱりやめといた方がよかったかしら……」
「だからそういうとこなのよ」
なんで良識とか常識とかあるのにここぞの場面でロックンロールしちゃうの? 頭喜多さんかよこいつ。
「しっかし、文化祭でライブやるならスケジュールはちょっと考え直した方がいいだろうな。とりあえず来月分のオーディションは見送りだろうし」
「そうね。えっと、来週、再来週……の、さらに次の土日だったかしら? 前に比べて遅いわよね」
「いやそりゃテスト期間挟むしな」
「……テスト?」
「テスト。……おい喜多さん?」
「お、覚えてるわよっ!? そ、そうよね中間テスト! 中間テストがあるのよね……!」
「喜多さん……」
ダメだこいつ、早くなんとか……いや手遅れか。
「……ところで此崎くんは勉強できるの?」
「んー、まぁ普通?」
「一学期の期末テスト、クラスで何位だった?」
「期末は3位」
「普通じゃないじゃない! それは勉強できるって言うのよ!!」
「うわこわ」
だって……ねぇ? そもそも俺、内申点とかペーパーテストの結果で言うと全然秀華高校の偏差値に見合ってないのよね。まぁかと言ってクラスの中でも上に二人はいるわけだし、そんなに飛び抜けてるわけでもないっぽいけど。
あとはまぁ、一年の一学期とかカリキュラム的にそこまで難しいわけでもないし、範囲もどんなに広くたって二ヶ月ちょっとで教わる部分だし、ねぇ?
「……ねぇ此崎くん。此崎くんはいいとして、あの、後藤さんは……?」
「後藤? クソバカだよ」
「クソバカ!?」
「中学の頃はよく100点取ってたよ……5教科合計で」
「平均20点!? 終わりだわ!!」
終わりだねぇ。
ちなみに高校入ってすでに二回、一学期の中間と期末でテストがあったわけだが、後藤はほぼ全教科で赤点水準である。
どうやら一学期は特に補習などもなかったようなのだが……。
「こ、此崎くん、確か二学期からはテストで赤点取ったら放課後に補習があるって先生たち言ってなかったかしら……?」
「言ってたな」
「──後藤さん起きて!!! 死んでる場合じゃないわ!!!」
「あっはひぃ!!!??」
あ、後藤帰ってきた。
♪ ♪ ♪
スターリーの中に入ると、まだ仕事が始まるまで時間があるのになんだか人が多かった。
店長さんがいるのはいいとして、PAさんの姿もある。虹夏先輩とリョウ先輩も今日は俺たちより早く来ていたようで、これにさらにもう一人……。
「あ! いっくんにぼっちちゃんに喜多ちゃんじゃ~ん! おはおは~!」
「おぉ、きくりちゃんじゃないっすか。最近よく来ますね、今日は何か御用で?」
「用はないけど~……用がないと来ちゃ、だめ?」
「はっはっは、ウェルカム!」
「此崎、甘やかすな」
いやぁ、別に用なくたって来てもいいじゃんね? きくりちゃんはその辺で息してるだけでもおもしろいからね。
「伊地知先輩、リョウ先輩、おはようございます! ちょうどよかった! 先輩たちも勉強してたんですね!」
「うん、喜多ちゃんおはよ~。ちょうどよかったって何の話?」
「実は……」
――と、俺がきくりちゃんに気を取られている一方で、喜多さんが先輩たちにあれこれ事情を話し始める。
紆余曲折を省いてとにかく文化祭ライブ出演の申込をしたこと、しかし中間テストが迫っていて赤点を取ったら補習になってしまうからまずはテストを頑張らないといけないこと、後藤の学力が終わっていること……今日はバイトではなくスタジオ練習の予定だったが、早急に後藤を何とかしなくてはいけないことを伝えたのであった。
「うーん、そっか、ぼっちちゃんも勉強苦手なのか~……」
「す、すみません……」
「……あの、
「いやなんで虹夏先輩なんだよ。どう考えてもこっちだろ、こっち」
「此崎、この私の頭を鷲掴みにするとはいい度胸だね」
「此崎くんったらリョウ先輩に失礼でしょ! リョウ先輩が勉強できないわけないじゃない!」
「喜多ちゃん……残念だけど、これを見てよ」
虹夏先輩が目を伏せながら、テーブルの上に広げられているテキストを喜多さんに見やすいよう動かす。
そうして喜多さんがそれに目を落とすと、「これって……連立方程式、だったかしら? ちゅ、中学校の内容……よね……!?」と言って顔を上げ、信じがたいものを見るような目をリョウ先輩へと送った。
「うそ……りょ、リョウ先輩……?」
「此崎くん、そのままリョウの頭を前後左右に動かしてみて」
「何すかその指示」
「いいからいいから」
はぁ、と言いつつ鷲掴みにしたリョウ先輩の頭をぐりぐり動かしてみる。
すると――。
「――あぁ~! 脳みそが小さすぎて頭の中で転がる音ォ~!」
「イヤーッ!! やめてーッ!! 私のイメージを壊さないでーッ!!!」
カラカラコロコロと小気味の良い音がリョウ先輩の頭から響けば、喜多さんが頭を抱えて悲痛な叫び声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください伊地知先輩!! 先輩たちの学校って私たちの高校よりはるかに頭いいですよね!? これでどうやって受験合格したんですか!?」
「受験前は頑張ってたんだよ~。一夜漬けタイプで必要なくなったらすぐ忘れちゃうから今は抜け殻のアホだけど」
「抜け殻のアホ!!」
「……リョウ先輩ちょっと涙目になってません?」
「なってない」
いじめすぎたか……虹夏先輩も喜多さんももう少しこう、オブラートに包んでもろて……。
「まぁとにかくそういうわけだからこっちはこっちでピンチなんだよね……ちなみにだけど此崎くんは勉強できるの?」
「まぁ、普通に」
「伊地知先輩、此崎くんは裏切り者なんです! 普通とか言っておいてこの前の定期テストクラスで三位とか言うんですよ!」
「此崎くんそれは嫌味だな~」
「虹夏先輩に言われるとちょっと堪えますね……じゃあ俺めっちゃできます」
「それはそれで嫌味だと思うけど?」
詰んでるじゃん。
……というか、俺が勉強できるできないはこの際どうでもいいんだわ。
10月頭にある秀華高校の文化祭ライブに参加するとあれば、少しでも多くの練習時間を確保したい。補習なんて受けている場合ではないのだ。
「そんじゃあまぁ、リョウ先輩の方は虹夏先輩に任せるとして……後藤の担当が俺? 喜多さんは……」
「わ、私もそんなに勉強得意では……」
「じゃあ後藤のついでに喜多さんもか」
「此崎くん、二人に教えられる? 高1の範囲なら……ねぇお姉ちゃーん、此崎くんの方手伝ってあげてくれなーい?」
「あ?」
虹夏先輩が店長に話を振ると、露骨に面倒くさそうな顔をしつつ店長さんがテーブルに近寄ってきた。ついでにPAさんときくりちゃんも来た。
「どれだよ」
「店長さん、得意科目は?」
「……音楽?」
「舐めてんすか」
ペーパーテストねぇよ。
「じゃあ、英語とかどうっすかね。これテキストですけど……このページの小問題とか」
「ふむ……なるほどな。お前わかる?」
「私高校すぐやめたんで勉強できません……」
「そうか。廣井は絶対無理だろうし」
「なんですかぁ先輩! 見てみなきゃわかんないでしょ~!」
「じゃあ見ろよ」
「……全然わかんな~い!」
「ということだ、此崎」
「はい。じゃあ三名戦力外ということで」
驚きもしなければがっかりもしないさ。
店長さん見た目ヤンキーでどう考えても授業まともに受けてきてないしPAさんは高校中退だしきくりちゃんはきくりちゃんだし、そもそも何も期待してなかったからね。
「ちょっと! お姉ちゃんは大学まで行ってたでしょ!?」
「大学なんて選ばなければバカでも入れるからな」
「妹ちゃん、先輩の頭の出来が似なくてよかったね~」
「よし廣井お前表出ろ」
「うぁ〜いっくん助けてぇ〜!」
「きくりちゃん隙あらば抱きつくのやめてくれ〜」
男子高校生と成人女性の距離感を弁えてくれ〜酒臭いぞ〜。
「まぁ喜多さんも全然できないわけじゃないんだよな? 後藤には一から十まで教えることになるから、喜多さんはわかんないところだけ聞いてくれればいいよ」
「ええ、わかったわ此崎くん、まずは廣井さんを引き剥がした方が良いと思うけど……というか今更疑問に思ったんだけど、一学期のテストは後藤さんに勉強教えてあげなかったの? 中学校の時も……」
「そうだよ此崎くん、まずは廣井さんを引き剥がした方が良いと思うけど、此崎くん勉強できるならぼっちちゃんの勉強見てあげればいいのに。あたしなんてテスト来るたびにリョウに教えてるんだよ?」
「……喜多さんも虹夏先輩も、随分と簡単に言ってくれるじゃねぇか……おい後藤」
「あっはい」
人数が多いせいで完全に空気と化していた(物理的にではない)後藤に声をかける。
そして、後藤が授業中に作っているノートをカバンから取り出させて、喜多さんと虹夏先輩にその中身を見せつけた。
「……ノート……すごく綺麗に取ってありますね……?」
「……こ、これは……くっ!」
喜多さんはただただ不思議そうに呟いただけだったが、虹夏先輩が目元を抑えて俯いた。
どうやら虹夏先輩は、俺の言わんとすることを正しく理解してくれたらしい。
「いいか喜多さん、後藤はきちんと授業を聞いて、それを見栄えよくノートにまとめて、テスト前にも自分できちんと復習して、そして平均20点なんだ」
「……そ、そんな……嘘でしょう……?」
「ぼっちちゃん……もしもの時の、そのまたさらにもしもの時があるようだったら……あたしが養うからね……!」
「えっあっありがとうございます……!?」
後藤の絶望的な要領の悪さを心底理解してしまった虹夏先輩が後藤の将来に完全に見切りを付けて、後藤のことを後ろから優しく抱きしめていた。
こんな生き物が社会の荒波に耐えられるわけない――論理的な思考ができる人間であれば、誰しもがそんな結論にたどり着くであろう。
「つまりだな、後藤に勉強を教えるってのは学校の授業を流動食や飲料レベルにまで噛み砕いた上で後藤が嚥下できるように介助してやるようなもんなんだ。それでようやく平均40点……いや高校の内容だと35点が限界か。……どうだ? いくら人に教えるのが自分の勉強になるとは言ったって、これを毎回のテストの度にできると思うか?」
「軽率な発言でした」
「もう二度と言いません」
よろしい。
そういうわけなので俺が後藤を勉強で手助けするのは、基本的にガチで進級が危うい時だけなのだ。中学の三年間はそうしてきた。あと受験の時。
「──しかしまぁ、今回は仕方ない。文化祭ライブ、やるからには俺も成功してほしい……最大限準備はしてほしいからな。受験以来だ、後藤。覚悟はいいな……?」
「はっはい! こっ此崎先生よろしくおねがいします!」
……かくして、地獄のテスト勉強はこの日より始まった。
スタジオ練習の時間は最低限、バイトもスターリーに迷惑が掛からない程度にそれぞれシフトを減らしてもらい、時には放課後の学校に居残って、時にはスターリーに集まって……俺が後藤と喜多さんに、虹夏先輩がリョウ先輩にみっちり勉強を教えたのであった。
正直に言って、時には心が折れそうになることもあった。
俺と虹夏先輩で互いに慰め合う日もあったくらいだった。
後藤が手に負えないバカなのは重々承知していたが、一年生の内容とは言え高校の勉強を教えるのは中学校のそれよりもやはり一段と困難なことだった。
喜多さんなんて後藤のあんまりにもあんまりな有様に何度となく絶望して「後藤さん学年変わっても先輩なんて呼ばなくていいからね……」とか「そもそもバンドマンに学歴とか必要なのかしら……?」とか「後藤さん、もう私と一緒に学校辞めましょう! そうすれば勉強なんてもうする必要ないわ!」とかだいぶ狂気に飲まれていた。
主に教えてるのは俺だったけど、横で見ているだけで正気を失うレベルだったというわけだ。
虹夏先輩の方も虹夏先輩の方でめちゃくちゃ大変そうだった。
リョウ先輩は後藤ほど理解力がないわけではないようなのだが、それを加味してもなお中学校の内容から教えないといけないのはあんまりにもあんまりだ。
あとせっかく虹夏先輩が懇切丁寧に教えているのにさらっと「一人の方が集中できる」とか「家の机じゃないとまったく頭に入らない」とか呟くからストレスがマッハだったと思う。虹夏先輩がリョウ先輩の胸倉掴んでるのを一回だけ見た。
……ただ、そんな永遠にも感じる苦しい苦しいテスト勉強も、テストの本番という終わりが約束されていた。
終わりと言っても
断じて。
そうでなければ困るのだ――。
「――後藤」
「後藤さん……」
「此崎先生……喜多さん……」
そして、テストの返却があった日の放課後、俺たちはスターリーへと向かう前にいつもの空き教室に集合していた。
後藤の手には紙の束――返却された、答案用紙たちだろう。
「……もったいぶるのはやめよう。後藤……どうだった?」
「あっはい、こっこれ……どっどうぞ」
後藤から答案用紙を受け取り、手元でそれを広げる。喜多さんが隣から覗き込んできて、小さく息を呑む音が聞こえた。
「――後藤さん!! すごいわ!! 全部30点以上じゃない!!!」
「はっはい! そっそうなんです! こっ国語なんて39点……ほぼ40点で……!」
「すごい、すごいわ後藤さん! やっぱり後藤さんはやればできる子だったのよーっ!!」
「あっありがとうございます喜多さん! わっ私やればできる子、できる子……えへっ、えへへ! えへへへへ……!」
喜多さんが後藤を手放しで褒めちぎり、後藤がでろでろに溶けていく。
俺はそんな光景を無言で見守りながら……非常に複雑な気持ちでいた。
あれだけやってマジで平均35点くらいなのかよ、と。
ちなみに喜多さんも前よりテストの点は良かったらしい。
此崎も結果的にすげぇ勉強したからクラスで一位だったらしい。
後藤のおかげだね。