うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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一万文字超えちゃったぁ……とある人物との会話が思ったより長引いちゃったんだぜ。



#39 君にぼっちが降る

 

 幕が上がる。歓声が湧く。

 

 パッと顔を上げて、お客さんを見渡す。

 体育館の、だいたい半分くらいまで埋まっているだろうか。やっぱりとても多い。嬉しさと、緊張が増す。

 

 たくさんの拍手、喜多さんを呼ぶ声……虹夏ちゃん、リョウさんの名前も聞こえてくる。私の名前は……まぁ、聞こえてないかな

 予想通り、予想通りだけど……なんてちょっと凹んだのも束の間、その直後に「おねえちゃーん!!」と、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 灯台下暗しだ。

 私のすぐ目の前には、お父さんやお母さん、それに私を呼んでくれたふたりと、ふたりと手を繋いでいる店長さん、此崎くん……此崎くんと手を繋いでる廣井お姉さん……いや、えぇ……? なんで私の家族とそのメンバーが勢ぞろいしてるの……?

 

「いぇえあああ~~~い!! ぼっちちゃぁ~ん!! 見てるぅ~~~!!!?? きくりお姉さんは今ぁ~~~いっくんと手ぇ繋いじゃってまぁぁ~~っす!!」

「きくりちゃん肩っ、俺の肩外れるから振り回さないで!! あと飲むなそれをっ! 何とは言わない言えないけどカップに入ったそれを飲むなっ!」

「廣井テメェうるせぇんだよ!!」

「てんちょーさんきくりちゃんにおこっちゃダメー!」

「…………」

 

 何あの……何……?

 

 思考がフリーズしかけたけれど――固まっている場合じゃなかった。

 

 喜多さんたちの方に振り向くと、三人は既に準備万端。

 待たせてしまった私がしかと頷けば、虹夏ちゃんが今一度全員の顔を見回してから、スティックを高く掲げて四度打つ。

 

 ――騒がしい観客たちに、結束バンド(私たち)は、私たち(結束バンド)の音楽をぶつける。

 

 私たち(結束バンド)の音楽で、ぶつかる。

 

『忘れてやらない』

 

 私の、まだまだ卑屈さがなくならない、でもちょっとだけ反抗してみた歌詞。

 それを、リョウ先輩が明るくて爽やかなテイストでまとめ上げてくれたのがこの曲だ。

 

 青い春なんてもんは 僕には似合わないんだ──喜多さんが歌う、歌う。

 

 今まさに文化祭でライブを楽しんでいる、まさしく青春を謳歌している、青春全開な彼らにこんなフレーズを投げつけるのはとんだ皮肉だ。

 

 しかも、投げつけておいて、投げつけたほうが勝手に傷つくのだから手に負えない。私の青春コンプレックスは根が深いのだ。

 そして、それを『忘れてやらない』というのだから我ながらまったくタチが悪い。自覚はしつつ、それでも私は根に持つのだ。

 

 弦を弾く、弾く。

 

 緊張はやっぱり、完全にはなくなってくれなかった。

 最低限聞ける演奏はできていると思うけど、なかなか手が自由に動いてくれない。

 

 ……それに、なんだか──。

 

 

 

 ──意外と、盛り上がってる。

 一曲目を最後までやりきって、歓声と拍手が巻き起こって、私の中に最初に浮かんだ感想がそれだった。

 

「――ありがとうございましたぁーっ!」

 

 喜多さんが歓声と拍手を割るように、マイクを通して声を上げる。

 

「挨拶が遅れてごめんなさいっ! 私たち〝結束バンド〟ですっ! たった今聞いていただいたのは私たちのオリジナル曲、『忘れてやらない』、でしたっ!」

 

 そして、今度はそれに負けないくらい大きな歓声で、お客さんたちが応えてくれた。

 特に私の前のあたり……此崎くんたちはもちろんこと、そのすぐ後ろにいる人たち──たぶん此崎くんと喜多さんのクラスの人たちだと思うのだけど、すごく大きな声を張り上げてくれている。

 

「……あっ」

 

 何気なくお客さんたちを見渡していると、ファン1号さんと2号さんやクラスの子たちの姿を見つけた。

 

 みんな、笑顔だ。

 私の見たかったものが、そこにあった。

 

 ……まぁ、またカップ酒を開けようとしているお姉さんを此崎くんが阻止しようともみくちゃになってるのはあんまり見たくない光景だけど……。

 

「――みなさーん初めまして~!! ! 盛り上がってますか~!!」

 

 私がぼんやりしているのをよそに、喜多さんと虹夏ちゃんがMCを回していく。ちょうど今、喜多さんから虹夏ちゃんにバトンタッチしたところだった。

 

「ただいま喜多ちゃんにご紹介に預かりました、伊地知虹夏ですっ! えー、ウチのベースの山田リョウ曰く、結束バンドはMCがつまらないそうでして。まったくMC参加しない山田に言われるとむかつくんですが……もうねっ、おもしろいトークができるようになるまで大人しくライブ告知だけするようにしまーす!」

 

 少しぎこちなく喋る虹夏ちゃん。MCがつまらない、なんて自虐をしているけれど、お客さんたちは割としっかり笑ってくれていた。

 

「というわけで! さっそくライブの告知……と思ったんですが、実はまだ予定ありません! ごめんなさーい! でもでも、今日のライブで興味持ってくれた方がいたら、ボーカルの喜多ちゃんか、ギターのぼ……ご、後藤ひとりちゃん! もしくは、すぐそこで女性に囲まれてるあたしたちのマネージャー、此崎衣久くんに声かけてみてくださーい!!」

「伊地知虹夏キサマ変なことを言うなァーッ!?」

 

 此崎くんの魂の叫びは、マイクなしでも体育館にしっかりと響き渡った。

 此崎くんのことを特に知らない、あるいは此崎くんの今の有様が見えていない大半のお客さんはドッと笑っているが……逆に呆れ切ったような表情の人や、ゴミでも見るような目を向けている人もまぁまぁ目立った。

 手を繋ぐのはやめたけど、此崎くんはまた廣井お姉さんとベタベタとくっついている。あれじゃどんな目で見られたって仕方ないよ。あと此崎くん、口の開いたカップ酒持って暴れてるの危なくってひやひやする……まだ中身入ってるっぽいし。

 

 まったく私の幼馴染は、と、げんなりしながら――私は、ギターに視線を落とす。

 

 一曲目、『忘れてやらない』を弾いている時から……どうしてか、一弦のチューニングが異常に合わない。昨日までどころか、直前のリハでだって何の問題もなかったはずなのに。

 

 お父さんのギター。年季の入ったギターだ。

 でも、今まで一度も壊れたことなんてない。不器用な私だけど、ずっと大切に扱ってきたんだ。

 

「――よし、それじゃあ次の曲行こっか! 喜多ちゃん!」

「はいっ! それでは聞いてください! 二曲目で、『星座になれたら』!」

 

 俯いていた私は、不安を拭いきれないまま、それでも喜多さんたちの方を見て頷いた。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 『星座になれたら』のイントロは、俺の一押しだ。

 

 常々思っているのだが、ベースのスラップって超かっけぇ。

 つまり、リョウ先輩がめちゃくちゃノリノリでスラップやってるこの曲で俺がキャッキャしてしまうのは必然なのである。

 

「リョウ先輩のスラップ、いいわぁ……」

「んー、リョウちゃんホント上手いね~……けど……」

「……きくりちゃん? けど、って?」

 

 小声で感想を零した俺に同意しつつも、何かを言い淀むきくりちゃん。

 俺はステージの上からつい視線を外して、さらに小声で尋ねる。

 

「ぼっちちゃん……さっきから全然チューニングが安定してないんだよ。私でもわかるんだ、弾いてる本人がわからないはずない。なのに……」

「……直さない……()()()()?」

 

 耳を澄ます。

 

 喜多さんの歌とギター。

 リョウ先輩のベース。

 虹夏先輩のドラム。

 

 そこに交じっている後藤の音だけを掬い取れば――あぁ、確かに言われてみれば、後藤の出来不出来じゃない部分に、妙な違和感がある……気が、した。

 

 これにあっさりと気が付いて断言するきくりちゃんにはちょっと驚いたが、それより何より俺は不安に駆られてしまう。

 

「いや、だって、この後には――」

 

 再び、ステージを見上げた。

 

 手元を注視している後藤と、一瞬、視線が交わった気がして。

 

「――っ!!」

 

 ――サビに入った直後、まるで見計らったかのように一弦が切れて、むなしくだらりと垂れ下がった。

 

 後藤が目を見開いて手を止め、ペグを触りながら屈む、が。

 

「二弦のペグが」

 

 きくりちゃんが焦ったようにぼそりと呟く。

 一弦が切れた上に、二弦のペグもダメになったってのか。

 

 ――どうする? どうしたら。

 

 もうすぐ、このサビが終わったらギターソロが来る。来てしまう。なのに、一弦と二弦が使い物にならない状態で何ができるんだ。

 

 後藤はギターを抱えた手をわなわなと震わせている。

 

 俺は、どうしたら。

 俺は、ステージでうずくまる後藤に……何ができる?

 

 絶望は、もう、すぐそこに迫っていて――

 

 

「――ッ!!」

 

 

 ――しかしそれを切り裂いたのは、喜多さんだった。

 

 歌ではなく、ギターで。

 打ち合わせでも、リハーサルでもあんなことはやっていない。

 完全に即興の、ギターソロだ。

 

 確かに喜多さんは、シクハックのライブに行って後藤に強い決意を伝えたあの日からまた一段と練習に打ち込んでいた。

 後藤とのギター練習に熱が入っていたのはもちろんのこと、あの場で言われたように俺とのボーカル練習もしたわけだが、ギターについてはさらにリョウ先輩にまで教えを乞うていた。

 

 その成果にしたって、これは出来過ぎだろう。

 演奏の良し悪しでなく、この土壇場でアドリブをやるという度胸を発揮できることが、だ。

 

 喜多さんは、本当にすごい。

 本当に、ヤバい女だ。

 

「――此崎くんっ」

 

 そして、名前を呼ばれる。

 まっすぐ前を見れば、後藤が俺に片手を差し出していた。

 

「――それをっ」

 

 後藤の視線が向けられているのは、俺の手の中にある――きくりちゃんの、カップ酒だ。

 

 何を、と一瞬考え、それからすぐに後藤と目が合う。

 

 ――たったそれだけだったが、後藤のやりたいことが俺にはわかった。

 

 ギターを三日でほっぽり出した俺だけど、お前がギターを弾く姿は三年も見てきたんだ。

 

 だから、そんなに焦った顔すんなよ。

 

 ちゃんと、わかってる。

 

「――ちょっ、ちょちょちょぉ!?」

「此崎バカお前っ……!?」

 

 俺は、カップの中に入っていた残り僅かな酒を一息に煽った。

 

 きくりちゃんと店長さん、それから微かに後藤パパと後藤ママの驚く声も聞こえたが、俺は歯牙にもかけない。

 

 お前がやりたいことをやるには、絶対にこの方がいい。

 そうだろ? と俺は笑みを浮かべて、後藤に空のカップを投げ渡した。

 

 あっという間に頭がくらくらしてきて、瞬く間に顔を上げていられなくなった。

 

 あのギター何やってんだ、なんかわかんねぇけどすげぇ、こんな土壇場であんなことやるか、あれならチューニングズレてても関係ない、だからいっくんは――と、いろんな人の、いろんな言葉が聞こえてくるが、意味はほとんど頭に入ってこない。

 

 傍にいる誰かに支えられて、でも俺は。

 

 それでも俺は、後藤のギターソロを――即興の〝ボトルネック奏法〟による鮮烈なギターソロに、ひたすら耳を傾けていた。

 

 

 

 ――そしてふと、観客たちの声と手を打つ音が俺の耳朶に届く。

 

「……おい此崎、大丈夫か? しっかりしろ」

 

 耳元で女性の声……たぶん、店長さんの小さな声が聞こえる。

 

 気が付けば、演奏が終わっていたようだった。

 意識が危うい。

 自分が立っているのかどうかもよくわからない。

 

「――ほら後藤さん! 一言くらい何か言わなきゃ――」

 

 たぶん、喜多さんの声。

 

「へっ、はっ――」

 

 これは後藤の声。

 

「――おいぼっちちゃん? 何を――なぁっ!?」

 

 たぶん、店長さんの――慌てた声。

 

「――危ない避けろ!!」

「あっ」

「あぁっ!?」

「あっやべ――」

 

 たぶん、大勢の――何の、声だ?

 

 薄く開けた視界に、影が落ちる。

 俺は、顔を上げた。

 

 ――結束バンド、という文字が目の前に現れる。

 

 わお、と思った。

 まるで、結束バンドのTシャツだ。

 

 そして俺は、迫りくるバンドTシャツに圧し潰されて意識を失ったのだった。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 ぼんやりと、目が覚める。

 薄目を開けると、そこには見覚えのない天井が。

 

 これは……。

 

「……知らないてんじょ――」

「――あ、やっと起きた」

 

 キャンセルを食らった。寝起きにしては妙に冴えていて、これ以上ない絶好のチャンスだったというのに。

 

 いったい誰じゃい、とイラっとしながら頭を横に向けると、そこにいたのは――。

 

「――かっ、かかか母さん!?」

「ん、久しぶり。てかあんた寝すぎ」

 

 おーまいまざー……後藤ママの方じゃなく、ガチで血の繋がってるガチ母親。

 

 すげぇ、半年ぶりに顔見たわ……じゃなくて。

 

「いや、なん……なんで、母さんがここに? いやそもそもここどこだ? なんか、頭が……痛いっていうか、ふらつくっていうか……」

 

 ベッドの上で身体を起こすと、後頭部に微妙な……たんこぶができたみたいな痛みと、それとは別に頭がくらくらするような感覚に襲われる。

 反射的に頭に手をやってみれば布みたいなものの感触が……包帯か、これ。

 

「記憶飛んだ? まぁお医者さんがそういう可能性はあるって言ってたけど」

「お、おう……あ、いや? 記憶……は、飛んでない、飛んでないと思う。いしゃ……医者? 今医者って言った?」

「言ったわよ。ここ病院だからね」

「びょ、病院!?」

「あんた、救急搬送されたのよ」

「救急搬送!?」

 

 大事件じゃねぇか!!!

 

「ちょ、ちょっと待った、文化祭……えっ文化祭だったよな!? 俺救急車で運ばれたの!?」

「そ。ひとりちゃんのボディプレス食らってね。思いっきり頭打ってそのまま気絶。あんたのせいで文化祭のステージ中止になったらしいわよ」

「えぇ……」

 

 マジで大事件だった……これもう謝罪行脚不可避だろ。後の出番控えてたバンドの人たちに菓子折り持って謝りに行こう。絶対。

 

「あとあんたね」

「は、はい……」

「学校で酒はさすがにヤバいから。ライブ、動画撮ってる子もいっぱいいただろうし、映り込んでたら大変だからね? ネットで見つかったら炎上よ炎上。あんたが退学になるのは自業自得としても、学校に迷惑かけることになる。あんたの大事な結束バンドにだってすごく迷惑をかけることになる。お酒持ち込んでたきくりちゃんさんだってすごく怒られることになる。あんた、それ覚悟してたんでしょうね」

「いや、それはあの……ご、ごめんなさい……ホントに……」

 

 めっちゃ叱られてるな俺……。

 ……いやしかし、ぐぅの音も出ないほどの正論だ。本当に。今更冷や汗出てきたぞ。

 

 もっとこう、やりようがあっただろ……後藤がボトルネック奏法をやりたいのがわかって、きくりちゃんのカップ酒を空にした方が良いと思ったからってなんで飲んだんだよ俺。せめてきくりちゃんの口に突っ込めばよかったじゃん。

 

 炎上……ネットで炎上はマジで……勘弁してもらえんか……。

 

「……っつーか、ネットで炎上以前に先生とかにはバレて……」

「そこは店長さんときくりちゃんさんが誤魔化してくれたらしいわよ。きくりちゃんさんは問い詰められてたけど」

「あっそう……ごめんちょっともう一回待ってくれ、きくりちゃんさんって何?」

「きくりちゃんさんはきくりちゃんさんでしょ。あんたがずっとベタベタくっついてた人」

「いやうんさらにもう一回待ったなんでくっついてたとか知ってんの?」

「ひとりちゃんパパにライブの動画見せてもらったのよ。あと、あんたがふたりちゃんときくりちゃんさんと仲良く手ぇ繋いでる動画とか。きくりちゃんさん、可愛い人よねぇ。『私だっていっくんと手ぇ繋ぐ権利あるもーん』って。あたしの前じゃ随分と大人しかったけど……」

「…………」

 

 おいたわしや、きくりちゃん……おいたわしや……羞恥プレイにしたってハイレベルすぎて爆発四散したんじゃねぇか……?

 

 きくりちゃんの安否は非常に気になるところだが……他にもまだまだ気になることがある。ありすぎる。

 

「ごめん、一個ずつ質問してっていい?」

「いいけど」

「まず……今何時?」

「七時過ぎ。夜のね。あんた何健やかに六時間睡眠してんのよ」

「いや決して健やかではねぇだろ……で、母さんはなんでここに?」

「たまたま東京で仕事してたから飛んできたのよ。美智代さんが泣きながら電話してきたから何事かと思ったわ」

「あ、あぁ……あと、俺の容態は……?」

「頭にたんこぶ。CT撮ったけど異常なし。あ、先生呼ばないとね。起きたら呼べって言われてたんだったわ」

「そっすか……」

 

 軽いな……僕って一時的に意識不明になったんですよね……?

 

「じゃ、じゃあ割と……みんなと会った感じ? えっと、きくりちゃん、店長さん……後藤以外の結束バンドのみんなとも?」

「話したわよ、いろいろと。きくりちゃんさんはさっき言った通り終始大人しくって、店長さんはしっかりした人だったわね。あんたが酒飲むの止められなかったとかひとりちゃんのダイブから一人で逃げちゃったとか謝られたわ」

 

 あ、あぁ、酔いが回ったあとに俺のこと支えてくれてたの店長さんだったのね……。

 

「店長さんの妹ちゃん、あれが虹夏ちゃんね。郁代ちゃんと二人で、すごくしっかりしてたわね。あと、リョウちゃんはすごくおもしろい子だったわ。みんなでご飯でも食べてきなってお金渡したんだけど、あの子だけまったく遠慮しないんだもの」

「りょ、リョウ先輩……」

 

 恐縮しろよ人として……い、いやまぁいいんだけど、いいんだけどさぁ。

 

 目に浮かぶ光景に俺が頭を抱えていると、くつくつと笑っていた母さんがふと黙る。

 何かと思ってから顔を上げると、母さんは意味深な微笑を浮かべていた。

 

「衣久」

「……な、何?」

「あんた、よかったわね。あんな可愛い子たちのマネージャーなんて、役得もいいところじゃない。もちろん、ひとりちゃん含めてね」

「やめてくれません?」

 

 いやマジで。何ハラかわかんないけど絶対何かのハラスメントですよ。

 

 俺が本気でそう言ったのに対し、母さんは冗談冗談と笑い飛ばす。

 

「──ま、でもよかったってのはホント。あんた、珍しく結構頑張ってるみたいじゃない。ライブの時もあんなに楽しそうにしちゃって」

「ぐっ、ど、どこまで見たんだよ……い、いやまぁ、楽しんでるには、楽しんでるけど。頑張ってるのは俺じゃなくって、結束バンドのみんなの方で……」

「じゃ、だったらあんたも頑張りなさいよ」

「……そりゃそうだわ」

 

 ごもっともです。

 ……うん、ホント、頑張らなくちゃいけないよな。

 

「……えーっと、そんで? 今日俺、このあとどうしたらいいわけ?」

「とりあえずお医者さんに診てもらって、まぁたぶん入院にはならないわよ。レンタカー借りたからあんたとひとりちゃんたち乗っけて帰るつもり」

「あ、母さんも帰んのね……ってか、後藤一家ももしかしてみんなと飯食ってる感じか」

「そうよ。そろそろ帰ってくるかも。……あぁ、あと一応お父さんもちゃんと心配してたからね。今沖縄にいるらしいから流石に駆けつけられないけど」

「沖縄って……何してんだ?」

「さぁ?」

 

 相変わらずテキトーな夫婦だな……いや、両方の居場所知らんかった俺も大概か。テキトーな親子でした。

 

「ま、後で電話したげなさいね」

「へいへい」

 

 ──と、なんとなく話がひと段落したところで、折良く病室の外から複数の足音が。

 少し待てば案の定、見知った集団が現れた。

 

 おっ、という表情をお互いに浮かべて──しかし、誰一人として、一言も発する間もなかった。

 

 

 

「──も、申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」

 

 

 

 後藤が、バカでかい声で叫びながら、それはもう見事なスライディング土下座をかましてきたのである。

 

「……後藤」

「はっはい!」

「病院で大声出すな」

「アッハイ……」

 

 同じ病室に人おらんけど、弁えろ。

 

 

 

 ……さて、その後。

 

 俺は虹夏先輩や喜多さん、店長さんから酒飲んだことについてこっぴどく怒られたり、一方でその三人も後藤パパや後藤ママ、ふたりちゃんと一緒に怪我のことを心配してくれたり……リョウ先輩だけは相変わらずのマイペースで「お前はぼっちとともに伝説のロックスターになれる。その素質がある」とかなんとかお褒めの言葉をいただいたりした。

 あと、後藤ときくりちゃんは病室の隅っこの方で物凄く静かにしてたよ。いくら病院だからって床に三角座りはやめた方がいいと思ったけど二人から放たれる陰の気が強すぎて話しかけられなかったね。

 

 随分と大所帯でわちゃわちゃしてしまったが、医者の先生には一度診察してもらって帰宅の許可を貰い、なんやかんやで解散という流れに。

 

 伊地知姉妹とリョウ先輩、喜多さんときくりちゃんとは病院の駐車場で別れて、残った此崎家と後藤家で母さんがあらかじめ借りていたミニバンに乗り込む。

 

 まぁ俺が助手席かな、となんとなく考えていたのだが、母さんが「私、久しぶりに美智代さんとお喋りしたいわ……」とか言いながら後藤ママに流し目を向けて、それに対して後藤ママも「やだ、芽衣子(めいこ)さんったら……」といろんな意味で満更でもなさそうな反応をするものだから入り込む余地がなかった。ちなみに芽衣子というのは俺の母さんの名前である。

 

 そして、あとはもう消去法だ。

 ふたりちゃんが騒ぎ疲れて寝てしまったので、先ほどからずっと後藤パパが抱っこしているのだが、一番後ろの席は微妙に乗り降りがしづらいということで、俺と後藤がそこを埋める形に。

 前から順に母親二人、後藤パパとスヤスヤふたりちゃん、そして俺と後藤で座ることになったのであった。

 

「…………」

「…………」

 

 母親たちと後藤パパでなんともまぁ楽しそうにおしゃべりする車内。

 俺と後藤は振られた話への返事はしつつも、特に二人で喋ることもなく静かに過ごしていた。

 

「……あぁ、そういや後藤」

「あっはい。あっうん、なっ何?」

 

 そんな中で俺がふと口を開くと、後藤はどもりながら聞き返してくる。寝てはいなかったらしい。

 

「いや、お前の方は怪我してなかったのかなと。っつーかなんで俺のこと殺しに来たわけ?」

「ちっちがっ! あっえっと、け、怪我はしてない……ちょっと肘とか、む、胸の辺りとか、打ったけど……じゃなくって、いやあの、べっ別に此崎くんのこと殺そうとしたわけじゃなくってですね……」

「おうなんだよ言ってみろ」

「……き、喜多さんに、何か一言、って言われて……お、おもしろいこと、しようと思いまして」

「それが俺にボディプレス?」

「だっだから違う! その、ひっ廣井お姉さんが、ライブでお客さんに向かってダイブしてたの思い出して……やって、みました」

「ばか」

「ヒンッ」

 

 まぁおもしれーけど。

 さっき動画に収められた問題のシーンを後藤パパに見せてもらったが、店長さん含めて全員が降ってくる後藤避けてんのな。そんで俺だけ取り残されて真正面からボディプレスくらってやんの。

 よくたんこぶだけで済んだなってくらいやべぇ音してたし、周りの人間全員クソ焦っててだいぶおもしろかったですね。

 

「……まぁいいわ。今日のところはお前の頑張りに免じて許してやる」

「うっ、あっありがとうございます……」

 

 酔っ払って逃げ遅れたのは俺のせいってのもあるし、俺もたんこぶできただけだしな。数日は大人しくして様子見ろとは言われたが。

 

「……うん、まぁ。今日は、すごかったな。いや、今日も、か」

「えっあっ……ら、ライブのこと?」

 

 ああ、と俺が頷くと、後藤は「そ、そうだね」と呟いた。

 

「喜多さん、私が気が付かないうちにギターすっごく上手くなってて、今日なんてアドリブまでやって……バッキングだけなんて言ってたけど、本当にすごかった。虹夏ちゃんとリョウさんも、即興で私のソロパートの分伸ばしてくれて……」

「ああ。そんでお前は、即興でアレだもんな」

「あっうっ、そっそれは……だ、大丈夫、だったかな。あの時は、必死だったから……」

「大丈夫だったよ。何やってんのかわかってるやつは少なかっただろうけど、お前がすげぇってことは伝わったんじゃないか」

「……そ、そうかな?」

「そうだろ」

「……そっか」

 

 ちらりと、後藤の横顔を見る。

 それから俺は、意を決して言う。

 

「……俺もさ、もうちょい頑張るわ」

「え?」

 

 後藤が驚いたようにこちらに顔を向ける。

 後藤と目が合って、なんとなく気恥ずかしくなって、俺は誤魔化すように前を向いた。

 

「今日のトラブルもさ、まぁ喜多さんのクソ度胸とお前の機転でなんとかなったけど……俺がもうちょい気にかけてれば、そもそも起こらなかったかもしれないし」

「そ、それは……」

「例えばの話だよ。別に本当にどうにかできたとは思ってないって。……けどまぁ、いろいろ、なんでも。やれるだけのことはやりたいっていうか……()()は、したくないなって」

 

 かつて……なんて言うほど昔でもないが、とにかく以前、俺は店長さんに『後悔は後でする』なんて啖呵を切った。

 

 あの発言をまるっきり翻すわけではない。

 ただあれは、俺自身のこと。俺が仮初のマネージャーをやることへの覚悟だ。

 

 俺は、結束バンドのことでは、後悔をしたくない。

 後悔をしたくないから、本気で頑張りたいと思ったのだ。

 

「まぁ、今更で悪いけど、そういうことだから」

 

 と、俺は横目で後藤を見ながら右手で握り拳を作り、それを差し向ける。

 

「うっうん……えっ、と……?」

「ん」

 

 もう一度、拳を出す。

 すると、後藤は俺の顔色を窺いながら控えめに拳をぶつけてきた。

 

「よし……今日はお疲れ。かっこよかった」

「……うん」

 

 俺の幼馴染が、こくりと頷いて満足そうに笑った。

 




2/14追記

今回のお話のワンシーンをイラスト化していただき申した……

【挿絵表示】

なんと……なんと素晴らしい……!
こちらは匿名希望の方からのFAでございます……ありがとう……本当にありがとう……!



はい、ということで文化祭編、拙作的なアニメ一期分は終了って気持ちです。この後ギターは買いに行くと思いますけどね。

……と、まるで完結させるかのような雰囲気を一瞬醸し出したけど別に終わりません。ここからは原作を道しるべにやはり書いていきます。基本的に投稿ペースも変える予定はないです。変わる可能性はありますが。

とにかく一区切りということで、改めて謝辞を。

お気に入り、評価、感想、ここすき、誤字報告……あとはツイッターなどでの反応やマシュマロでの感想、あるいは異様に盛り上がってる三次創作、FAなどなど本当にありがとうございます。

最初の投稿が11月5日、本日が2月10日とだいたい三か月、だいたいワンクールでアニメのワンクール分駆け抜けたという感じですね。初めの頃は『モッシュ扇動男』なんて名前でやってましたね、懐かしい……。

なんかやっぱり完結しそうな雰囲気が出てしまいますが、やっぱり別に終わりません。ただちょっと原作の大筋は小休止で幕間的な感じ、それこそギター買いに行く話やその他オリジナル回、番外編を何話か挟む予定です。

とりあえず次回何を書くかは決まってます。そして投稿日も。ここ二週間くらい(自分の中では)ちょっとペース上げて書いてた理由です。近々あるイベント……わかるな?

まただらだらと長いあとがきになりましたが、ここまでお読みいただいてありがとうございました。
今後とも「うぉっち・ざ・ぼっち!」をよろしくお願いしまぁす! 
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