うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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間に合った……バレンタインデー……
遠くない未来をちょっと先取り



#EX2 此崎衣久は潰れない

 

 世の中のモテない男性諸君には非常に申し訳ないが、俺にとってバレンタインデーとはいっぱいチョコが食べられる喜ばしい、素晴らしい1日だ。本当に、本当に申し訳ないと思っている。

 

 ……いやしかし、だからって食べきれないほどのチョコレートをもらうなんてこともないんだけどもね。

 身近な人だけで毎年四つは確定してるから、そこにクラスで仲良くしてる女子の友達から義理チョコを貰ったり貰わなかったりするくらい。

 

 ちなみに身近な四つというのは、俺の母親がネット通販で注文して家に届くチョコ一つと、後藤と後藤ママ、ふたりちゃんからの手作りチョコ三つ……あ、あと後藤パパからも貰うわ。あれカウントすると毎年五つか。ごめん後藤パパ、ナチュラルにカウントしてなかったよ……。

 

 ……と、過去の自慢はともかくとして、だ。

 

 高校に入ってから、ほぼ一年。

 今年のバレンタインは、間違いなくやべぇ。

 

 俺がこの一年でロインに登録した友だちの男女比、やべぇもの。別にその全員からもらえるなんてことはないと思うが、やべぇものはやべぇ。

 

 まぁつまり、なんだ。

 

 

 ──バレンタイン王に、俺はなる!!!

 

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「──おはようございまぁぁぁぁす!!!」

「うわっ此崎くんうるさっ! なになにどした!?」

「伊地知先輩おはようございますー」

「おっおはようございます……」

「あっうんぼっちちゃん喜多ちゃんおはよー」

「もぐもぐ」

「……俺の負けだ」

「いや今度は何!?」

 

 放課後、意気揚々とスターリーの中に入った俺は、早々に敗北を悟った。

 テーブルの一つに広げられた大量のチョコレートを貪る、顔面のいい女がいたのである。

 

 いったい何人分……いやむしろ()()()だ……?

 

 あまりの戦力差に愕然として立ち尽くす俺。

 バレンタインデー王になるという俺の夢は、いとも容易く砕け散ったのであった。

 

「――あっ、さては此崎くん、学校でチョコ全然貰えなかったんでしょ〜!」

 

 入り口からフロアに降りたところで棒立ちしていると、虹夏先輩がニヤニヤしながら近づいてくる。

 どこからどう見ても揶揄う気満々だが、しかし全然貰えなかったというのは違う。

 

「いや、これの中身全部チョコなんで……」

 

 俺が片手に持っている大きめの紙袋の存在をアピールすると、虹夏先輩が「えっじゃあめっちゃもらってるじゃん! モテモテか!」というツッコミをいただいた。まぁ友チョコ義理チョコしかない……はずだし、モテモテではねぇな。

 

 しかし、それでも数には自信があった。数には自信があったのだ……。

 

「此崎くん、もしかしてリョウ先輩のチョコの山見てショック受けてるの?」

「ああ……上には上がいるな……」

「いやいや此崎くん、あれとは張り合っちゃダメだよ。リョウはね、毎年バレンタインが近づいてくると手当たり次第女の子にいい顔するようになるの。あれで意外と本性はバレてないから騙されてる子が多くって……」

「ぶい」

 

 リョウ先輩がこっちを見ながらピースしてくる。手に負えねぇな……いつか刺されるのでは? まったく、俺の清廉潔白さを見習ってほしいものである。

 

「……此崎くんに呆れた視線を送る権利はないと思うよ?」

「あーはーん?」

「顔!! 喜多ちゃんこいつむかつく!!!」

「あ、あはは……」

 

 ……はぁ。まぁそりゃね、リョウ先輩の顔面偏差値で俺よりチョコ貰ってないとかそんなことないわな。男子よりチョコ貰ってる女子なんてざらにいるし。

 たとえば隣で苦笑いしてる喜多さんもそうで、実のところ俺が持ってるのと同じくらいの紙袋を持ってて、そこにいっぱいチョコ入ってんですわ。でもリョウ先輩にみたいに一方的に貰ってるわけじゃなく、友チョコの交換をしてるみたいだった。つまり喜多さんは非常に友だちが多いということである。

 

「なぁ後藤?」

「えっなっ何?」

「いやなんでもない」

「今の確認何……? ……まぁいいけどさ、ところでぼっちちゃんと喜多ちゃんは此崎くんにもう渡したの? チョコ」

「私は今朝学校で渡しました! せっかく手作りしてきたので、その場で食べてもらって感想も聞かせてもらって……ね、此崎くん?」

「えぇ、ありがたく頂戴しました。死ぬかと思いましたね」

「何その感想!?」

 

 そりゃ虹夏さんね、クラスメイトの女子から明らかに他のみんなへ配ってるのと包装が違うチョコを朝の教室で手渡しされるなんて状況、死の一つや二つは覚悟するでしょう。

 そしてそれをその場で食し、その場で感想を述べるという地雷原タップダンスまで披露したんだから、こうして生きているのが不思議なくらいですよ。まぁ死んだことに気がついてないだけの可能性は捨てきれないけどね。

 

 ただ、喜多さんの手作りチョコは非常においしかったので、そういう意味でコメントに困ることはなかった。

 ちなみに生チョコ。生チョコすき。地雷原に立ってるからって一切誤魔化さず、正直な感想をお伝えさせていただいた次第である。

 

「き、喜多ちゃん大胆だね……そりゃ変な勘違いもされちゃうでしょ」

「そうですか? でも、私と此崎くんが特別な関係なのは本当のことですし」

「言い方言い方」

「言い方言い方……いやぼっちちゃん目つき悪っ!」

 

 虹夏先輩のセリフで後藤を見てみれば、なんだか凄まじくインスピレーションの働いていそうな目をしていた。目つきが悪いというか怖い。

 

「え、っと……ぼ、ぼっちちゃんは? ぼっちちゃんも、もう此崎くんにチョコ渡した?」

「えっあっはい。あっいえ、えっと……がっ学校ある時はいつも家に帰ってから渡してます、けど……」

「あ、そうなんだ。って、どうせ此崎くんぼっちちゃんちに入り浸ってるし、そりゃわざわざ学校で渡す必要ないか」

「入り浸ってはないですけど」

「ダウト!」

「ダウトですね」

「もぐもぐ」

 

 そんな……週六か週七くらいで飯食いに行ってるだけなのに……あと金曜の夜と土曜の夜は頻繁にふたりちゃんと一緒に寝てるだけなのに……。

 

 ……ま、でも実際、後藤一家四人からまとめてチョコ貰うから二月十四日は必ず後藤んちに行ってるかな。というかおいでおいでのロインが来るんだから、行かない理由がないんだよなぁ。

 

「……あ~あ、な~んか此崎くんモテモテだしな~。こんな調子なら別にあたしからのチョコはなくっていいかなぁ……?」

「ちょいちょいちょいちょい待った待った待った待った欲しい欲しい超欲しいめっちゃ欲しいです俺ぁ虹夏先輩の手作りチョコ楽しみにしてたんですよお願いします余った分で構わないのでわたくしめにチョコの配給お願いしますッッッ!! ギブミーチョコレートッッッ!!!!」

「いやいやそっちが待ってよ!? いくらなんでも土下座はやめてっ!!」

「此崎くん必死過ぎるわ……」

「もぐ……でも虹夏も意地悪。一昨日くらいから結構張り切って作ってたくせに」

「はいそこ山田余計なこと言うなっ!」

「……はっはぁーん?」

「此崎くんホントにあげないよ!?」

 

 やはりツンデレの系譜か、伊地知姉妹よ……俺は一向に構わんッッッ!!!

 

 ……と、なんだかんだ言いつつも虹夏先輩は結局チョコをくれた。うれしい。

 喜多さんに負けず劣らずのかわいらしいラッピングで開けてしまうのがもったいなかったが、それより気になるのはその中身。こいつは……!

 

「すげぇや、オレンジピールのチョコやで……!」

「ホントにすごいですっ! オランジェットですよね!」

「うん、前から作ってみたいなーって思ってたんだ。作業自体は難しくはないんだけど、砂糖漬けにするのにちょっと時間かかるんだよね~」

「今食べていいっすか?」

「え~、ちょっと恥ずかしいけど……まぁせっかくだし、感想聞かせてもらおっかな? 喜多ちゃんもぼっちちゃんもどーぞ!」

「はい! いただきます!」

「あっいただきます……」

 

 喜多さんと後藤と共にいざ実食。

 

「――はい美味い案の定美味い毎日作ってくれ虹夏先輩……」

「いや毎日チョコは糖尿病まっしぐらでしょ……」

「ん~! でも本当に美味しい! さすが伊地知先輩! ねっひとりちゃん?」

「あっはい。す、すっごく美味しいです……おしゃれで……さっさすが虹夏ちゃん」

「いやぁ〜照れるな〜」

 

 えへへ、とはにかんで笑う虹夏先輩。

 いやはや、喜多さん然り、ここまで仲良くなった女子から貰うチョコというのは……やっぱり特別、格別だ。優劣や良し悪し、上下なんて付けたくはないが、そこばっかりはどうしてもな。

 

 喜多さんの生チョコも全部は食べていない。虹夏先輩のチョコと共に、家に帰ってじっくりと味わおう──と、そんなことを考えていると、無限にチョコ食ってたリョウ先輩が、何やら俺のすぐそばに近づいてきていた。

 

 目と目が合う。

 

「──いや、これ俺のチョコなんで。虹夏先輩や喜多さんが、学校の仲良い女子たちが、俺のために作ってくれたチョコなんでッッッ!!!」

「私が人のチョコレートを奪うような人間だと?」

「はいもちろん!」

「…………」

「ちょっと此崎くん! いくらリョウ先輩がいつも乞食みたいなことしてるからって、人の思いが籠ったものをどうこうするような人じゃないわ! ──あっリョウ先輩! 私、リョウ先輩のためにチョコ……作ってきたんです。あの、貰ってくれますか……?」

「もちろん貰う。郁代、ありがとう」

「りょ、リョウ先輩ぃ~……!」

「……喜多ちゃんが崩れ落ちた……」

「これはほっといていい時の喜多さんですね」

 

 リョウ先輩のキメ顔を至近距離で摂取した喜多さんが骨抜きにされていたが、まぁまぁいつものやつである。あと地味にリョウ先輩を乞食呼ばわりしてるあたり、喜多さんは少しずつ夢から覚めつつあるらしい。

 

「……で、()()

「……はい。なんすか?」

 

 未だに慣れない名前呼びに、俺は一瞬詰まって返事をする。

 喜多さんから受け取ったチョコを大事そうに持ったまま、なおもリョウ先輩は俺に用があるようだった。

 

 満を持して、リョウ先輩は言う。

 

「私も、衣久にチョコ用意してきた」

「――なん……だと……!?」

「……えっ嘘っ!? リョウが……チョコを……!?」

「りょ、リョウさん、何か悪いものでも食べて……!?」

「そんな……リョウ先輩が人に物を与えるなんて……あり得ないわ……!?」

 

 四者一様のリアクションをすると、さすがのリョウ先輩もちょっと傷ついたような顔をしていた。でも日頃の行いなんですよね……。

 

「あーえっと、い、いやまぁ、本当に用意してくれたなら嬉しい限りなんですが……どういう風の吹き回し……じゃなくて、あの、何故?」

「衣久にはお世話になってるから、日頃の感謝を伝えようと思って」

「…………」

 

 あぁ、なんか今すごいうるっと来ちゃった……手のかかる子どもが誕生日とか母の日にプレゼントを送ってくれる……これってきっとそういう感動だわ……。

 

 何やら視界の端で虹夏先輩が胡乱な目をしているが、まぁ、嫉妬かな? 悪いねぇ虹夏先輩、おたくのリョウ先輩は俺に感謝を伝えたいんだってさぁ……!

 

「既製品だけど、一生懸命悩んだ。受け取ってもらえると嬉しい」

「もちろん、ありがたく頂戴いたしますとも……おぉ、これ、わざわざラッピングしてくれたんですか?」

「うん。せっかくだから食べてみて」

「えぇ、いただきますとも」

 

 赤い袋の口を縛っているリボンをほどき、中に入っていた一口サイズのチョコをひとつ取り出す。

 見た感じ何の変哲もないが……ミルクチョコレートか? どことなくやわらかい色合いで、おいしそうだ。

 

「……なーんか怪しいんだよなぁ……」

「え? ど、どういうことですか?」

「いいなぁ此崎くん、私もリョウ先輩からのチョコレート欲しいわ……」

 

 おっほっほ、そこで指を咥えて見ているがよろしくってよ……リョウ先輩の寵愛を受けるのはこのアタシ……!

 

 ひょいっと口の中にチョコレートを放り込む。

 少し舌の上で転がした後に噛んでみると、じゃりっとした歯触り。チョコの中からじわりと液体のようなものが広がる。

 

 美味い……が、これは……?

 

「……あの、リョウ先輩。これなんのチョコ……?」

「ウイスキーボンボン」

「やりやがったな山田ァ!!! 此崎くんにお酒はダメって言ってるでしょ!!!」

「いやぁ虹夏先輩ちょっとくらいなら平気……」

「此崎くんもうちょっと顔赤いわよ!? ホントにお酒弱すぎるっ!!」

「あわ、あわわ、あわわわわわわわ……!」

 

 良い気分になってきたねぇ。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「――はぁ? 此崎がウイスキーボンボンで酔ったぁ? 人がちょっとコンビニ行ってる間に何を……」

「見てよ此崎くんのこのニコニコ笑顔! もう完全に気持ちよくなっちゃってるもん!」

「なっちゃってまぁーす!」

「ほらぁー!」

 

 此崎くんが「ぴすぴーす! 結束バンドのマネジメント担当いっくんだぞ!」とかなんとか言いながらピースをしているのを指差して虹夏ちゃんが叫ぶ。

 

 店長さんは呆れ切った表情を浮かべて、はしゃぐ此崎くんとその元凶であるリョウさんを交互に見た。

 

「……反省はしていない。後悔もしていない!」

「お前な……」

「リョウっ! 私たちが文化祭の時に散々此崎くん叱りつけてたの見てたでしょ!? 反省も後悔もしろっ!」

「だから適量を探った」

「そもそも此崎くんを酔っ払わせるなって言ってんの!!! ねぇぼっちちゃん!? ぼっちちゃんも幼馴染をこんなにされちゃっていいの!?」

「えっあっ、あっいえ、わ、私はその……」

「こら虹夏、ぼっちちゃんに食って掛かってもしょうがないだろ」

 

 う、うぅ……ま、まぁ一応、潰れてぐったりしちゃってるわけじゃないし、とりあえず一服盛られた(?)本人は楽しそうにしてるし……って、お酒弱いってことは身体にもよくないってことだからダメだよね……。

 リョウさん、程よく酔ってる此崎くんが見たいとか言ってウイスキーボンボン……お酒の入ってるチョコを食べさせたみたいだけど……本当に突拍子もないことをする人だ。

 

「まぁまぁまぁまぁ虹夏せんぱぁい、俺が酒弱すぎんのが悪いんでぇ……別にいっすよ、気持ち悪くなってないし、むしろちょっと楽しいし……」

「だからね此崎くん、楽しいとか楽しくないとか、気分がいいとか悪いとかの問題じゃないの! いい? 此崎くんのそれってお酒に弱いんじゃなくてお酒が飲めないの! 飲んだらダメなの!」

「へぇー」

「へぇー、じゃない! 此崎くんそれ危ないからやめなさい!」

 

 ダメだ此崎くん全然話聞いてない……座っているパイプ椅子でゆらゆらしてる。見ていてとても危なっかしい。

 

「ちょっと此崎くん、それ本当に危ないからやめ――」

「――おいおい郁代ちゃん、そんなに堅苦しいこと言うなよ……」

「ひぃっ!? お願いだからちょっとかっこいい声で私の名前を呼ばないでっ!! 耳元で囁かないでぇーっ!」

「こらこら此崎くんセクハラ! それセクハラだよ!!」

「なんすか虹夏ちゃんまで……そんなに俺に名前呼んで欲しいんですか……?」

「ちゃ、ちゃん付けやめてっ!? ちょ、ちょっとリョウ!! リョウがこんなんにしたんだから責任取ってよ!!」

「仕方ない……ほら衣久、いい子だからおいで」

「はいお姉さま! 衣久はいい子ですぅ!!」

「あいつネジ外れすぎだろ……」

 

 店長さんの言う通りだ……此崎くん、これは程よく酔ってると言えるのだろうか。

 廣井お姉さんと初めて会ったときのことを思い出すけど、でもまぁ、あのときもこんなテンションだったような気はする……かな……。

 

 と、私がちょっと考え込んで目を離した隙に、此崎くんはリョウさんと肩を組んで不思議な踊りを踊っていた。

 リョウさんが鬱陶しそうというか暑苦しそうにしているけれど、さすがの私でも「自業自得では」としか……。

 

「伊地知先輩、どうしますアレ……」

「……ほっといたら疲れて寝ないかな……」

「あっあの、ひ、廣井お姉さんと初めて会った時もあんな感じで……でも結局夜までピンピンしてたので……」

「……そう言えば今日、廣井さん来てませんね? 最近ちょっと来ること減ってる気がしますけど、あの人がいたらもっと大変なことに――」

「――みぃんなぁ~おはよ~きくりお姉さんだぞぉ~~~!!!」

「喜多ちゃん!!! 廣井さんの話したからホントに来ちゃったじゃん!!」

「私のせいですか!? 今日はもうおしまいだわっ!!!」

「おいこら勝手に終わらせるな。これから普通に営業するんだからな?」

 

 するんだ……できるかな……?

 

 

 

 ……と、さらなる波乱の幕開けかと思った廣井お姉さんの襲来は、意外と大したことにはならなかった。……結果的には、だけど。

 

「此崎くん、大丈夫?」

「んなぁ~……」

「店長さん、これもう此崎くんバイト無理かと……」

「廣井テメェ! なんでテメェまで此崎に渡すチョコレートがウイスキーボンボンなんだよ!!」

「だってぇ~~~!! 久しぶりにほろ酔いいっくん見たかったんだも~~~ん!! お酒入りのチョコくらいならちょうどいいかなって思ったんだも~~~~ん!!!」

 

 いつものように突然現れた廣井お姉さんは、やっぱりいつものように此崎くんとベタベタし始めた。

 廣井お姉さんが酔っ払っているのもいつも通りだけど、唯一此崎くんまで酔っているのがいつもと違くて、そうして肩を組んでやっぱり踊り出した二人の姿はかつての光景を私に連想させるものだった。私の脳みその古傷はしくしくと痛んだ。

 

 ともあれ、ここまでなんだかんだ傍観しているだけだった店長さんもいい加減に青筋を立て始め。

 いよいよ店長さんが腕まくりをして立ち上がったところで――ふと廣井お姉さんが、「あ、そう言えば今日バレンタインデーだもんね! いっくんにチョコ用意してきたよ! はいあーん!」とか言って、ポケットから摘まんで出したチョコレートを手ずから此崎くんに食べさせたのだ。

 

 

 

 

 

 あーん、って!!!!!

 

 

 

 

 

 ……じゃない、間違えた。

 

 まぁ全然それはどうでもいい、全然それはどうでもいいんだけど、問題だったのはお姉さんが食べさせたチョコレートがまた洋酒入りのものだったってことだ。

 

 追いボンボンで此崎くんはアルコールの許容値を超えたらしく、先ほどまでのハイテンションは鳴りを潜めて今は机に突っ伏してむにゃむにゃ言っている。

 どうやら気持ち悪くなったりはしていないみたいだけど、これはもう今日一日再起不能なんじゃないかな。此崎くん、今日はシフト入ってたのに……。

 

 どうするのかな、と店長さんや虹夏ちゃんの顔色を窺っていると、店長さんが大きなため息を吐いた後、リョウさんを睨らみながら口を開いた。

 

「――おいリョウ。お前、今日此崎とぼっちちゃんの代わりにシフト入れ。二倍働け」

「えぇー、今日は虹夏の部屋で作曲しようと……」

「あ? なんか言ったか?」

「なんでもありません誠心誠意働かせていただきます」

「廣井は縛ってゴミ捨て場に捨てる」

「えぇ~~~~!!! 寒くて死んじゃう~~~~~!!!」

「死ね」

 

 廣井お姉さん……。

 

 ……って、えっと? なんか、店長さん……此崎くんと私の代わりに、って言ってなかった?

 顔が怖くて話しかけられなかったけど、ちらちらと視線を送っていたら店長さんが気が付いてくれた。

 

「あー、ぼっちちゃん、悪いけど今日は此崎のこと連れて帰ってくれないか。此崎がこんな状態じゃ遅くになってから帰すの不安だし。今言ったけど此崎とぼっちちゃんの分はリョウに働かせるし、あと二人分の時給も出してあげるからさ」

「え。もしかして私、無償労働……」

「あ? なんか言ったか?」

「なんでもありません馬車馬のように働かせていただきます」

「……え、えと、わっわかりました」

 

 ラッキー……じゃなかった、うん、つまりは此崎くんを無事に家まで送り届けるのが今日の私の仕事ということだな。

 

 よし……頑張ろう!

 

「あっじゃっじゃあさっそく失礼させていただきますねお疲れさまでしたほら此崎くん立ってほら帰るよ」

「ぼっちちゃん判断が早いよ。いやまぁお姉ちゃんの言うことはもっともだけど……えーっと、うん、それじゃあ気を付けてね!」

「ひとりちゃん、此崎くんのことよろしくね!」

「ぼっち……この恨み決して忘れぬ……!」

「自業自得だろうが。恨むなら自分を恨め」

「うえぇぇぇぇぇぇ~~~~いっくぅぅぅぅ~~んぼっちちゃあああ~~~ん今までありがとぉ~~~~~!!!!」

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「――んあ?」

 

 目が覚める。

 いつの間にか、自分の部屋のベッドで寝ていた。

 

「……あぁいや、違うわ……」

 

 違う。記憶を探ってみたらすぐにわかった。

 

 後藤……は、帰るって言ってたな。

 あー、後藤一家のチョコ……ふたりちゃん怒るだろうな。

 

 ポケットに入ったままだったスマホを取り出し、ロック画面を見て見れば既に時刻は23時。今から慌てて行っても間違いなくふたりちゃんは寝ているだろう。

 

「……喉乾いた」

 

 ベッドから立って廊下に出ると、リビングの明かりが付いていた。

 

 後藤が消し忘れた? もしくは……なんて思いながら歩いていったが、さすがにそこには誰もいなかった。

 

 ただ。

 ダイニングテーブルの上に、ぽつんと置かれた包みが一つ。

 

 後藤のだな、とすぐに確信した俺はその包みを開けて、中に入っていた一口大のホワイトチョコレートを食べる。

 

 甘い、甘いホワイトチョコレート。

 俺が、一番好きなチョコレートだ。

 

「……あー、喉乾いた」

 

 ぼやきながらスマホを取り出し、後藤にロインを送った。

 あんまりすぐに既読が付いたから、俺はついつい笑ってしまった。

 





ちなみに明くる日、此崎はふたりちゃんに「もういっくんにチョコあげない!」と言われて崩れ落ちます。


※お知らせ
またまたFAをいただき申した! 前回39話のワンシーン!

【挿絵表示】

マージで最高……
前話のあとがき部分とツイッターでも紹介させていただいておりまする。

あとねあとね、ディスコードにも美術部の作品が展示してあってね……すごいんですよ……? 気になる人は鯖ジャムのツイッターの固定ツイから入ろう!
ツイッター(https://twitter.com/SAVAnoSugerNi

はてさて次回は一応本編扱い……オリ回になるかもしれないし、ならないかもしれない。びっくりするくらい決まってないですが、とりあえずお楽しみに。
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