ちょっと短め~ロッテのトッポ(?)
「──えっ、此崎くん今日スターリー来ないの?」
「あぁ、悪い喜多さん。実は今日ちょっと用事があってさ」
放課後、帰りのHRが終わってすぐに俺の席までやってきた喜多さんにさぁさぁスターリーへ行きましょうと言われた俺は、顔の前で手を合わせてそれを断った。
後藤には登校時に伝えていたのだが、そう言えば同じクラスの喜多さんには何も言っていなかったのだった。
「今日ひとりちゃんの新しいギター見に行くのよね?」
「あ、ああ。だから申し訳ないけど、俺以外の三人で一緒に行ってやってほしいんだわ……あーダメだごめん、全然関係ないけど喜多さんが後藤のことその呼び方してるの慣れねぇ……」
「あら、だったら此崎くんも呼んであげるといいんじゃないかしら? 『ひとりちゃん』、って」
「だったらってなんだよだったらって」
会話の文脈と接続詞が合ってないのよ。喜多さん日本語ネイティブじゃなかったの? キタキタ語話者とかですか?
先日の文化祭ステージが終わった後、俺が病院でスヤスヤ寝ているうちに後藤と喜多さんの間で何らかの友情イベントが繰り広げられたらしく、喜多さんの後藤に対する呼称が「後藤さん」から「ひとりちゃん」へと変わっていた。
なんで? とは一言聞いてみたが、喜多さんは「此崎くんには秘密」なんて言って教えてくれないし、後藤は後藤でよくわからないと首を傾げるばかり。まぁあんまり追及するのも野暮だと思って、詳しいことはわからないままにしている。
別に「ひとりちゃん」という呼び方自体は後藤ママがしているので耳馴染みがあるんだが、これが喜多さんのキタキタボイスで再生されるのがどうにも違和感。しかも今みたいにちょいちょい俺にも呼ばせようとしてくるのが厄介……って、話が逸れすぎたな。
「……まぁ、とにかくそういうことだからよろしく。虹夏先輩たちにも、喜多さんから適当に言っておいてくれ」
「ええ、わかったわ」
じゃあね、と手を振りながら去っていく喜多さんに俺は手を振り返し、すっかり見慣れた白いギターケースが廊下に消えていくのを見送った。
……よし。
それじゃあ行くかね、
♪ ♪ ♪
待ち合わせ場所は、俺が西口の改札を出てすぐのところだった。
新宿駅に不慣れな俺を不器用に気遣ってくれた
人の波に流されるまま改札を出て、ひとまず立ち止まるべく隙間を縫って壁際まで移動する。
それからなんとか一所に留まることができた俺は一息吐き、はてさてお目当ての人物は、ときょろきょろ周囲を見回して……。
「……おい、マジかよ」
見つけた。
……のは、いいのだが。
なんか……チャラそうな男二人組と一緒にいらっしゃるんですけど? 一緒にいらっしゃるっていうか、一方的に絡まれてるっぽいんですけど? アレってどう見てもアレですよね?
そんな漫画やアニメじゃないんだから、なんて思いつつも――俺はすでに動き出していた。
「──おーっすヨヨヨちゃーん! お待たせしました〜!」
「あっ! や、やっと来たわね! 遅いのよっ!」
人の波を今度は掻き分けて進み、俺と同じく制服姿、しかしトレードマークのベレー帽とツインテールは健在な彼女──大槻ヨヨコ、通称ヨヨヨちゃん先輩の目の前に俺は躍り出たのだった。
「──あ? なんだお前?」
「はぁー……おいおい空気読めよ。俺らが声かけてんの、見りゃわかるっしょ?」
そして、それすなわち、ヨヨヨちゃんに絡んでいたガラの悪い大学生くらいのチャラ男二人の前にも躍り出てしまった、ということでもある。
チャラ男二人。もちろん知らない顔だ。
俺より普通に背が高いし、なかなかにオラついているので怖い……ということもない。
まぁなんだ、ライブハウスでバイトしてるとこのくらいのビジュアルで、このくらいオラついてる人間は割とよく見かけるのだ。なんなら酒が入っててもっと厄介な感じのもよく見る。
だからって扱いにこなれてるってこともないんだが、少なくとも怯みはしない。見下ろされる形になっているが、ビビってない。なんとかなる。
……なるか?
いや、なんとかするしかないわな。
「……ふぅー。あー、ヨヨヨちゃん? お待たせしてすいません。今日はわざわざありがとうございます」
「へ? あっうん、べ、別に私は、たまたま予定空いてただけだし……」
「いやおい、なに俺らのこと無視してんの?」
「舐めてんのか? あぁ?」
「……いやぁ、舐めてはないっすけど……」
俺はここで初めて、チャラ男くんたちとまともに目を合わせた。
やっぱり威圧感はある、が……なんとなく、まるっきり話が通じないわけでもないような気がする。
――と、そこで俺は、ちょっとしたストーリーを思い付いた。
「……あ、あの……お兄さんたち、ちょ、ちょっといいっすか? あ、ヨヨヨちゃんちょっとそこで待っててください」
「はぁ? ちょっとあんた何を……」
「いやホントだよ」
「なんのつもりだお前」
「まぁまぁお願いしますよ、ちょっとだけなんで、ちょっとだけ……」
まぁまぁまぁ、とオラオラしてくるチャラ男くんたちを宥めながら、俺は二人を引き連れてヨヨヨちゃんから距離をとる。
「あのですね、お二人とも」
「んだよ」
「俺──今日に賭けてきたんすよ」
「……はぁ?」
「いやね、あの人バイト先で知り合った一個上の先輩で、高校も違うんですけど……ロイン交換して、毎日やり取りして、少しずつ仲良くなって……今日、今日やっと、やっと初めてのデートに漕ぎつけたんですよ」
「……お、おう……?」
「見た目キリッとしててちょっと目付きとか鋭くって怖い印象だけど、本当はすげぇ優しい人でして……そ、そりゃ俺もお兄さんたちと一緒で最初はルックスが気になったんすけど、その、それ以上に中身に惹かれちゃったっていうか……あっいやすんません、こ、こんなことはどうでもいいんですけど」
「……いやいや、それで?」
「あっはい。えっと、だからあの、俺、今日結構気合い入れてて……ぜ、絶対に成功させたいんすよ、今日のデート。だから、その……」
「……いや、オーケーオーケー。わかったわかった。空気読めてないの、俺らだったな」
「だな。ごめんな、そんな大事なデートに水差してさ……」
……話わかりすぎだろ。すっげぇいい人たちじゃん。
もちろん、俺が今日ヨヨヨちゃんと待ち合わせをしていた理由はもっと別にある。つまりは端的に言って全部嘘だ。まぁ男女二人きりで出かけるのをデートと表現するならそれ自体は間違いじゃないのかもしれないが……。
しかしとにかく、ここまで来たら後戻りはできない。最後まで嘘を突き通さねばなるまいて。
「──うっし、俺いいこと考えたわ」
「は、はい?」
さてここからどうしよう、なんて考えていると、片方のチャラ男がなんか言い出した。
「なんだよ?」
「いや、俺らこのままもっかい戻ってまたあの子にちょっかいかけっからさ、キミが強引に取り返すのよ。そしたらもうアレよアレ……アレ効果……割り箸効果? ソレでもうアレよ、好感度爆上がりよ」
「え、えぇ……」
「お前……」
マジで何を言い出すんだこのチャラ男A……ほら見ろチャラ男Bも完全に呆れて――。
「──お前、それナイスアイデア。やるしかないわ」
「えぇぇ……」
チャラ男B、お前もか。
ちょっと待って、それは流石に想定外なんですが。あと割り箸効果じゃなくて吊り橋効果なんですが。
「い、いやあの、そんな汚れ役をさせたいわけでは……」
「あん? おいおい、そんなの気にすんなよ兄弟。いやぁ、初々しくってかわいいもんだぜ……お前、きちんと男見せろよ?」
「……ああそうだ。協力してやるんだから、今日のデートの結果ちゃんと聞かせてくれや。キミどこ住み? てかロインやってる?」
……なんでヨヨヨちゃん差し置いて俺が連絡先聞かれてんの? まぁ教えるけど……。
さてその後、本当にヨヨヨちゃんから見えないようにこそこそとスマホを出してロインの交換を済ませると、チャラ男くんたちは爽やかな笑顔とサムズアップを見せつつさっそくヨヨヨちゃんの方へと向かっていってしまった。
「――へいへいお嬢ちゃぁん、やっぱりあんなチビよりも俺らと遊ぼうぜぇ~!?」
「俺らと遊んだほうが楽しいんだぜぇ~? 遊ぼうなんだぜぇ~!?」
「えっなになになに!? あんたたちさっきまでとキャラ違くない!?」
……まぁ演技力には少々難があるようだが、行っちまったもんは仕方がねぇ……!
男二人に迫られて怖がる……よりも困惑が勝っていそうなヨヨヨちゃんのもとへ、しかし俺は行く。
腹を括った。
ヤケクソともいう。
「――おいあんたら、ちょっと待てよ……」
「あぁん? なんだガキぃ、まだ突っかかってくんのかぁ??」
「いいから帰ってママのおっぱいでも飲んでろやぁ! おぉん!?」
コテコテなセリフで凄まれつつも、開き直った俺も大概興が乗ってしまい、その場の勢いに身を任せてしまう。
「お前ら――人の彼女に、手ェ出そうとしてんじゃねえよっ!!」
「――えっ!? な、か、彼女って!? えっちょっ――きゃっ!?」
「おいなんだガキてめぇ!? 随分と大胆じゃねぇかあぁん!?」
「いきなり手ぇ握って抱き寄せるなんてやるじゃねぇかおらぁ!」
チャラ男Bさんのご丁寧な解説の通り、俺がチャラ男さん二人に囲まれるヨヨヨちゃんの手を無理やり引っ張ったせいで、ヨヨヨちゃんをそのまま抱き留める形になってしまった。
良い匂いがする……細っ……いや間違えた。いや良い匂いはするしヨヨヨちゃんはスレンダーで素敵なんだけど堪能してる場合じゃねぇ。
俺は、身を固くするヨヨヨちゃんの肩を持って引き剥がし、至近距離でその瞳を見つめる。
「ごめんヨヨヨちゃん、行こう!」
「えっあっ、えっえっえっ!? ちょ、何これ、何これ!?」
「おいどこ行くんだコラ! 気合い入れてけよオラぁ!」
「おい頑張れよてめえオラ! 後でロインしろよコラぁ!」
そして俺は、チャラ男さん二人の声援を背に受けて、ヨヨヨちゃんの手を引いて逃げるように走り出したのだった。
……本当に何やってんだろうな、これ。
♪ ♪ ♪
あれからしばらく新宿駅の構内を走ったが、まぁ当然チャラ男さんたちが追いかけてくるはずもなく。
適当なところで立ち止まった俺は、壁際に寄ってヨヨヨちゃんと共に息を整えていた。
「──はぁ、はぁ、ふぅ……えっと、ヨヨヨちゃん、大丈夫ですか? すいません、急に走り出して……」
「はぁ、はぁ、あ、謝るところ、そこなの……? ま、まぁそれは平気……だけど……」
「あー……いやその、本当にすいません。そうですよね、あんな強引に……彼女とか言っちゃったりして、迷惑でしたよね……」
「そっ……そ、それも別にいいわよ! ゆ、許してあげるっ!」
「あ、ありがとうございます……」
……許しをいただけたのでよし、ということでいいのだろうか。
それにしたってとんだ茶番だった。
元はと言えば俺が変な設定でチャラ男さんたちを誤魔化そうとしたのが発端だが、まさかこんな真似をすることになるとは……。
「……はぁ、余計なお世話だったなマジで……」
「……そ、そんなことないわよっ!」
「はい?」
「だから、余計なお世話だったなんてこと、ないから! その、ナンパされて困ってたのは事実だし、なんだかよくわからなかったけど、あんたが助けてくれて……か、カッコよかったし……」
「……あ、あぁ、そっすかね? いや、俺もちょっと必死だったっていうか、無我夢中だったっていうか……」
そもそも『余計なお世話』って別に俺の行動のことじゃなかったんだけど……なんか妙に好印象っぽいし、種明かししなくてもいいか? むしろ今更「全部演技でしたー」とか言っちゃう方が顰蹙を買いそうだ。
「まぁとにかく、気を取り直して本来の予定をこなしましょうか」
「そ、そうね! えっと、文化祭で迷惑かけた人たちへの菓子折り選び、よね」
――そう、本日ヨヨヨちゃんと新宿で落ち合ったのは、俺の謝罪行脚のための菓子折り選びを手伝ってもらうためなのであった。
ヨヨヨちゃんと知り合って以来、彼女とはほぼ毎日ロインをしている。というか向こうからのロインが絶えない。
このバンドのその曲が良いだとか、あのバンドのどの曲がイケてるだとか、基本的にはそういう他愛のない話をしているのだが、そんな中で先日の秀華高校の文化祭についても当然話題に上がった。
ヨヨヨちゃん、本当はうちの文化祭に来たかったようなのだが、ちょうど二日目の日曜日にライブの予定が入っていたらしく、したがって前日の土曜も含めて遊んでいる場合ではなかった。
まぁ俺もヨヨヨちゃんにかまっている暇はなさそうだったし、楽しかったと言えば楽しかったけど散々と言えば散々だったので来てもらわなくて正解だったかも、とは思ってたり。
ただ、実際にどんなことがあったのかについてはやっぱりロインでやり取りしていて、その流れで「俺が後藤にボディプレスを食らって救急搬送された結果文化祭ライブが中止になってしまったからそのせいでせっかくの機会を失った各バンド関係者に菓子折りもって謝罪に行くつもりだ」という話をしたのである。
ちなみに話が込み入りすぎてたので通話を繋ぎましたね。夜にお布団に入りながらね。だから何だって話ですけどね。
と、まぁそれはともかくだ。
菓子折りを用意しようにも特に宛てがなかった俺は、通話の中で何の気なしにそのことをぼやいたのだが、そうしたらヨヨヨちゃんから「だったら新宿駅で見繕ったら?」という提案を受けたのである。
軽く調べてみた限りでもかなりいろいろありそうで、こりゃあいいと俺はヨヨヨちゃんに感謝を捧げたが、さらに「新宿なら慣れてるから案内してあげてもいいけど?」なんて言ってくれたのだからもうヨヨヨちゃんさまさまだ。ヨヨヨちゃん様なのだ。
……かくして今日、俺とヨヨヨちゃんは放課後に新宿駅へと集合し、まぁ初っ端からよくわからないことにはなったものの、二人きりで買い物に来たというわけなのである。
「……あぁでもそうだ、俺的には、その後も結構楽しみにしてたっていうか」
「え?」
「カラオケですよ、カラオケ。予約までしてもらっちゃって……してくれたんですよね?」
「あ、もっもちろんよ! ちゃ、ちゃんと二人分で予約したんだから!」
と、見事なドヤ顔を披露するヨヨヨちゃん。俺はそれを見て思わず笑ってしまう。
菓子折りを見繕うといってもせいぜい一時間かそこらで済んでしまうだろうし、せっかく会ったのにそれだけで解散というのも味気ない。
なので、余った時間は二人でカラオケにでも行こう、なんて話になっていたのである。まぁ、普通だな。
ただ、それにしても……。
「……いやはや、どうもありがとうございます」
「ちょっと! なんで半笑いなのよ!」
「いやだって、すげぇドヤ顔するんですもん。カラオケの予約ひとつで……そんなに楽しみだったんですか? 俺とのカラオケ」
「ベ、別に楽しみとかじゃないんですけど! あ、あんた歌上手いって言うから、ちょっとだけ気になってただけで……も、もういい! ほら! カラオケの予約の時間あるんだからさっさと買い物行くわよ!」
「あっ、ちょいちょい待ったヨヨヨちゃん! ごめん、ごめんって!」
ヨヨヨちゃんがぷんぷんと怒りながら歩き出してしまったので、ちょっとからかい過ぎたかと俺は慌ててその背中を追う。
そうしてすぐに追いついて隣に並び、彼女の横顔を伺ってみれば……やられた、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、俺を横目に見ているのだった。
「ヨヨヨちゃん」
「何よ?」
「今日の
「――へぁっ!? で、デートっ!? い、いやちが、違うでしょ!?」
しかし、やられっぱなしは趣味じゃない。
俺は不敵に笑いながら、意趣返しのつもりで流し目を送る。
「いやぁ、男女の逢瀬なんですから、そりゃあもうデートでしょ、デート。それともヨヨヨちゃんは……そんなつもり、まるっきりなかったって言うんですか?」
「えっいや、えっ、えっと、わ、私は――!」
「――ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!???!?!???!?」
「ウワァーッ!!!! ぼぼぼぼぼっちちゃん急に何!?!?!? こわいこわいこわい!!!」
「ひとりちゃんまたいつもの発作!? どうして!? いったい何がきっかけで!?」
「ハァ……ハァァァ……アァァァ……!!! 脳がァ……脳がァ……ッ!!!」
「脳!? 脳がどうしたの!?」
「……嗚呼……遠隔脳破壊毒電波受信完了……ガクッ」
「ひとりちゃん何言ってるの!? ちょっとひとりちゃん!! ひとりちゃん!? ひとりちゃああああああああああん!!!!」
「ぼっち、南無……」
「……ってコラ山田ァ!! 死んじゃったからってぼっちちゃんのお財布に手ぇ伸ばすな!!!」
その瞬間、スターリーで一番怯えていたのは店長さんだったらしい。