うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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やることが……やることが多い……!
なんか気が付いたら9000文字超えてたので更新が遅かったのは許し帝ゆるして


#41 大事件!? SICK HACK解散の危機! の巻

 

 二人分の飲み物を注いで部屋まで戻ると、ヨヨヨちゃんは妙にお行儀よく座ったままデンモクと睨めっこしていた。

 

「ヨヨヨちゃんただいまです。次の曲決まりませんでした?」

「あ、おっおかえり! き、決まってるわよ? ただ、あんたが戻ってきてから入れようと思っただけで……」

「ああなるほど、俺のこと待っててくれたんすね。でもなんだ、決まってないならリクエストしようかと思ったのに」

 

 俺がグラスをテーブルに置きつつヨヨヨちゃんを顔を向けながら言うと、ヨヨヨちゃんは途端に目を泳がせる。

 

「り、リクエスト? あ、そっそうよね! 複数人でカラオケ来たらお互いリクエストするものよね!」

「え、そうなんすか? 俺は友達と行ってもそれぞれ勝手に歌ってばっかでしたけど……」

「あれっ!? そ、そうなの……?」

「あぁでも、リクエスト聞いてくれるならぜひ……いいですか? 俺、やっぱヨヨヨちゃんの歌好きなんですよ。マジでめちゃくちゃ上手いし……」

「……しょ、しょうがないわね! なんでも歌ってあげるわよ!」

「よっしゃ、さすがヨヨヨちゃんだぜ……あっ、そういやコップどっちがどっちかわかんなくなっちゃったんすけど別に大丈夫ですかね?」

「……えっ!? なっ、なななな……!?」

「冗談です」

「なんなのよ!?」

 

 ……お、おもしれぇ~……!

 ヨヨヨちゃん、なんかもう菓子折り選びの時からずっと俺の一言一句、一挙一動に動揺してて超楽し〜!!! ……って、あんまりニチャッと笑わないようにしないとな。清潔感のある爽やかな笑顔を心がけよう。

 

 ――新宿駅での買い物を終え、カラオケに入ってしばらく。

 今のところ、ヨヨヨちゃんとのデート(?)は順調であった。

 

 ヨヨヨちゃんとはここ一か月ずっとロインでやり取りをしていたわけだが、それでも直接顔を合わせるのはこれで二回目。

 いきなり買い物行ってカラオケ行ってとがっつり遊ぶ感じで大丈夫だろうか、なんて心配も実はちょっぴりあったのだが、蓋を開けてみればまるっきり杞憂でしかなかった。

 

 ヨヨヨちゃんはおもしろい。

 ファーストコンタクトの時点でなんとなくその片鱗は見せていたが、マジでおもしれー女だ。

 

 からかいがいがありすぎるのだ。俺の周囲には()を筆頭におもしれー女がたくさんいる……もとい結束バンドと関わるようになってから急速に増えているわけであるが、からかうのが楽しい、というのは意外といないタイプだった。

 涼しい顔してクズムーブ多すぎるおもしれー女、常識人面して時々ムーブがロックすぎるおもしれー女、お酒いっぱい飲んでておもしれー女、実はギャップがおもしれー女、筆頭名誉おもしれー女……誰が誰とはあえて言わないけども、やはりヨヨヨちゃんは彼女たちとは違うタイプのおもしれー女であると評するべきであろう。

 

 もっとも、ヨヨヨちゃんはこれでいて一個上の先輩だし、それ以上に一人のバンドマンとしてのリスペクトはある。

 というか、結構強い。きくりちゃんに対するそれと同じくらいは持っている。

 

 ヨヨヨちゃんは本当に歌が上手い。初対面の時に見せてもらったシデロスのライブ動画でもそう思って実際口にも出したわけだが、その後ヨヨヨちゃんに共有してもらったり自分で探してみたりしたライブの動画を見たことでより一層痛感したというか。

 ……あと全然関係ないけどシデロスのライブ動画によく映り込んでるきくりちゃんがすげぇおもしろかった、という感想は添えておこうと思う。

 

 とにかく、そんな数々のライブの映像に加え、今日のカラオケで俺はヨヨヨちゃんの歌にまた惚れ直していた。

 

 俺だってカラオケにはまぁまぁ自信がある。歌声自体の良し悪しは自分では何とも言えないが、喉が温まってくれば曲によっては採点で90点代後半も出せるし、それなりに誇っていいはずだ。

 実際、ヨヨヨちゃんと一曲ずつ交代で歌っていて、同じ曲を歌ったわけではないものの点数だけで言えば俺の方が高いこともままあった。

 

 ただそれでも、俺の歌がヨヨヨちゃんの歌に(まさ)っているとは一度たりとも感じられなかった。

 そもそも曲の難易度を考慮すべきというのは置いておくとして、いったい何がここまで違うのだろうか。

 

 カラオケで高い点数が出せることが歌のすべてではない。

 頭ではわかっているつもりだったことの証明が、今目の前にいる彼女だ。

 

「……いやぁ、ホントにヨヨヨちゃんはすごいですわ」

「だからなんなのよ!? リクエストあるならさっさと決めてくれる!?」

「あ、すいませんすいません……っと、んん?」

 

 ふと、ズボンの右ポケットに入れていたスマホが震える。

 眉間に皺を寄せているヨヨヨちゃんを尻目に俺はスマホを取り出してみると、なんとなくそんな気はしていたがロインの通知が一件入っていた。

 

 しかも……。

 

「……は? イライザさん?」

「え? イライザさんって……シクハックの?」

 

 手元を覗き込んでくるヨヨヨちゃんへの返事も忘れるくらい、俺の頭は無数のはてなで埋め尽くされていた。

 

 バナーで確認できる限り、ひとまず内容は一言『イックン!』とだけ。

 通知をタップしてトーク画面を開くと、ちょうど次のメッセージが飛んできた。

 

 

 

「……『へるぷ! しくはっく解散しちゃう!!!』……?」

 

 

 

 なん……だと……!?

 

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「今日、ライブやってないんすかね」

「そうみたいね」

 

 慌ててカラオケを後にして、やってきたのは新宿FOLT。

 

 ヨヨヨちゃん率いるシデロスときくりちゃん率いるシクハックが拠点としているライブハウスであるわけだが、どうやら今日はライブの予定がなかったらしい。

 スターリーでもたまにあるけど、こういう大きな箱でもそういう日はあるんだなぁと変な安心感を覚えた。

 

「……これ、勝手に入っていいんですか?」

「私がいるから平気。さ、行くわよ」

「あっはい」

 

 新宿FOLTに来るのはこれで二回目。今日二回目多いな……じゃなくて、一応関係者と顔見知りにはなっているものの、開店休業中に自分から率先して入るのはさすがに躊躇われる。ヨヨヨちゃんがいてよかったぜってな。

 

 勝手知ったるといった様子でドアを開け、ヨヨヨちゃんがライブハウスの中に入っていく。俺はなんとなくこそこそとその後を追った。

 

 しんと静かな屋内……ではあるのだが、よくよく耳を澄ましてみれば奥の方、たぶんステージのあるエリアから微かに声が聞こえてくる。

 

「──あっ! ヨヨコ~! イック~ン! こっちこっち〜!!」

 

 そうしてステージのエリアに足を踏み入れれば、さっそく見知った顔、というか俺をここに呼んだ張本人──シクハックのギター担当、イライザさんがいた。

 

 イライザさんだけではなく、他にも数名がテーブルの一つにたむろしている。

 

 同じくシクハックのドラマーである志麻さんに、新宿FOLTの店長である吉田銀次郎こと銀ちゃんさん、あとは机に突っ伏しているきくりちゃんらしき人物。

 さらにさらに、どことなく見覚えがあるような、俺やヨヨヨちゃんと同じ高校生くらいの女子三人がその場にいた。

 

「あら此崎くんいらっしゃ〜い! ごめんなさいねぇ急に呼びつけたりして」

「銀ちゃんさん、こんにちは。イライザさん、志麻さんも」

「あぁ此崎くん。悪いな、わざわざ来てもらって。……どうしてヨヨコと一緒なのかは疑問だけど……」

 

 俺の挨拶に可愛らしく手を振ってくれる銀ちゃんさんと、逆に余計な愛想はなしでむしろジト目を向けてくる志麻さん。

 

 そんな志麻さんの視線に動揺したのは俺でなく、となりのヨヨヨちゃんであった。

 

「えっあっ、ししし志麻さん! べっ、別に私とこいつはそういう関係じゃないんです! きょ、今日はただ、ちょっと買い物とカラオケ行っただけで、ただのととと友達として遊んでただけで──!」

「……あー、ヨヨコ先輩、用事ってそういう……」

「ヨヨコ先輩ったらスミに置けないですね〜!」

「わぁ〜……凄いの憑いてるぅ〜……!!」

 

 要約すると「デートしてた」ってところか……語るに落ちたなヨヨヨちゃん。できれば俺を道連れに落ちるのはやめてほしかったですね。

 

 ……と、それはともかく。

 一旦スルーしてしまったが、ヨヨヨちゃんの自爆に銘々反応を見せた推定女子高生のお三方。

 彼女たちから目を向けられた俺は、そこでようやく彼女たちが何者なのかピンと来た。

 

「えーっと。ヨヨヨちゃんの自爆の処理は後でするとして、お三方はアレですね、シデロスの」

「あ、そっすね。自分、長谷川あくびっす。そちらは“いっくん“さんっすよね。()()

「あ、あぁ」

「私は本城楓子です〜! “いっくん”さん、意外と普通なんですね! ()()“いっくん”なのに!」

「あ、あぁ……」

「幽々は内田幽々って言いますぅ〜……噂の“いっくん”さん……噂に違わずすごい人ですねぇ〜?」

「……あ、あぁ……」

 

 ()()とか()()とか()()とか、やっぱり俺ってそういう感じなんですね……あと最後の内田さん、妙に視線が合わないっていうか俺の背後に目が行ってるっぽいんだけど何? 後ろ確認したけど誰もいないし、ホントに何? 

 

 ……底知れないキャラの濃さが滲み出ているが、彼女たちはシデロスのメンバーだ。ライブの動画で目にしていたから見覚えがあったんだな。

 確か、長谷川さんがドラムで本条さんがギター、内田さんベースだったと思う。この面子でゴリゴリのメタルやってるんだからロックの奥は深い。

 

「……えーっと、なんかまぁいろいろとご存じのようですが、一応、此崎衣久です。よろしくどうぞ」

 

 結束バンドのマネージャーの……と名乗っても良かったのだが、なんかもうどうせきくりちゃんが全部言ってるような気がしたので端折った。

 

 また、シデロスのライブ動画を片っ端から見た人間として諸々伝えたいこともあったのだが、これじゃあいつまで経っても本題に入れない。

 

 俺は断腸の思いで言葉を飲み込み、イライザさんに水を向けることにした。

 

「あの、イライザさん?」

「ハーイ? なーにイックン?」

 

 こてんと首を傾げるイライザさん。かわいらしい。

 ……じゃなくって。

 

「いや、あのロインなんだったんですか? シクハックが解散するとか……俺、だいぶ慌てて来たんですけど」

「あ、そうそうそうなのイックン! シクハック解散の危機なんだヨ!!」

「イライザ、あんたそれはちょっと大げさすぎよ~? 此崎くんのこと焦らせてどうするのよ~」

「でもでもぉ~!」

 

 ……大げさすぎ、と銀ちゃんさんはそう言ったが、しかしシクハックに何かしらの問題が起こってること自体は否定していない。

 

 これはいったい――と、改めて状況を把握しようとして、ふと気が付く。

 

「……()()。きくりちゃん、生きてます?」

「いや死んでる」

「死んでんすか!?」

 

 志麻さんに言われちまったら疑いの余地がねぇ!! きくりちゃん死んじゃったんだ!! うわぁん!!!

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待った! なんでですか!? きくりちゃんはいつでもおにころキメて頭の中ハッピーで埋め尽くされてるはずじゃないですか! それが、どうしてそんな急にお亡くなりに――ハッ、もしかして急性アルコール中毒……!?」

「それ普通にあり得るやつっすね。や、でも今回のこれはむしろ逆じゃないっすか?」

「逆? ってことは……」

「……あぁ、まぁ、そうだな。おい廣井。ちょっと起きろ」

「……うっ、うぅ……志麻……?」

 

 きくりちゃん、起動。

 

 机に突っ伏した状態からゆっくりと身体を起こし、顔を上げる。

 

 虚ろな瞳、半開きの口。

 どんよりと暗いその表情は、まるで後藤のようであった。

 

「き、きくりちゃん……なんてこった……」

「んぁ……あれ……? いっく――こ、此崎、くん……どうしてここに……?」

「……!?」

 

 ――おい今……きくりちゃん……俺のことなんつった……!?

 

「ちょ、ちょちょ、きっきくりちゃん? なん、なんで俺、俺のことこの、こ、こここ、此崎って……!?」

「あっうん……いや……一回りも年下の男の子と馴れ馴れしくしすぎたかなって、反省して……今までごめんね、此崎くん……」

「――あっ、あが、あがが、あがががが……っ!!」

「ワーッ! イックン白目剥いちゃってるヨーッ!」

 

 ば、バカな、きくりちゃんが今更そんなまともなこと言うなんて……!?

 

 ……と、あまりの衝撃に気が遠くなってしまったが、なんとか、ギリギリのところで現世に踏みとどまる。

 

 どうしてきくりちゃんがこんな状態になってしまっているのか。

 その原因を突き止めなければ、俺は、死ぬに死ねない……!

 

 震える足を前に進める。

 きくりちゃんは近付く俺を次第に見上げて、しかし途中でふいっと顔を逸らしてしまう。

 

 たったそれだけのことに、ひどく傷ついている自分がいた。

 

 けれど俺は、唇を噛んで涙を堪える。

 涙を堪えて、口を開く。

 

「きくりちゃん……俺、なんかしちゃいましたか? 何か気に障ったことがあるなら――」

「――ち、違う。違うんだよ、いっ、こ、此崎くん。ただ私は……」

「……そうだ此崎くん。悪いのは七対三くらいで廣井だ。いや逆に言うとキミも三割悪いんだが」

「ちょ、ちょっと志麻?」

「廣井は黙ってろ。……ああ、そうとも此崎くん、私はキミにも一言言わなくちゃいけないんだった……!」

 

 ……あれ、なんか流れ変わってない?

 なんて、悠長に思ったときには、もう遅かった。

 

 ゆらりと近寄ってきた志麻さんの真顔を見た瞬間、俺は潔くその場で正座した。

 長谷川さんが小声で「正座はやっ」と呟くくらいの素早さであった。

 

「此崎くん……いや、()()。キミ、文化祭で廣井が持ち込んだ酒を一気飲みしたらしいじゃないか」

「アッ」

 

 アッアッ。

 

「事の次第は聞いた。そもそも廣井が学校に酒持ち込んでるのが論外だけど、それにしたってキミの行動もついうっかりじゃないよな?」

「アッアッ」

 

 アッアッアッ。

 

「その反応、マジでやったんすね……」

「イ、イヤアノ……ハイ……」

 

 志麻さんの厳しい視線は言うまでもなく、長谷川さんを筆頭にシデロスのメンバー三人からもしらっとした目を向けられる。

 

 ……申し開きはない。

 母さんや店長さん、虹夏先輩、喜多さんと既にこっぴどく怒られているのだ。いかに自分の行動が愚かで短絡的であったかは身に染みている。

 

 ただ同時に、志麻さんいい人なんだな、とも思ったり。

 めっちゃ怖いけど、一度顔を合わせただけのガキに対してこんなに真剣に怒ってくれるのだから。

 

 本当に酒には気を付けようと思う。なんか今から四ヶ月後の二月半ばくらいにまたうっかりやらかしそうな気がするけど本当に。本当だよ?

 

「――というか、もしかしてアレですか。きくりちゃんが壊れちゃったのって……」

 

 随分と今更だが、一応確認しておこうと思った。決して志麻さんの怒りの矛先を逸らそうという意図はない。

 

 志麻さんはじろりと俺を睨んだ後、諦めたようにため息を吐いてから端的に答えてくれた。

 

「私がシメて、罰として禁酒させてるからだな」

「もう丸三日以上になるわねぇ。きくりがこんなにお酒飲んでないの、ここ来てから初めてかもしれないわ〜」

 

 三日程度飲んでないのが初めてって、とはさすがの俺でも一瞬思ってしまった。

 しかし、だからこそきくりちゃんがこんなにもグロッキーなんだな、と納得もできた。いつの間にかまたテーブルに伏せちゃってるし。

 

「……きくりちゃん」

「……な、なに、此崎くん……?」

 

 俺は志麻さんの顔色を窺いつつ立ち上がり、再びきくりちゃんに話しかける。

 

 それに対してきくりちゃんは、どうにかこうにかといった具合で顔だけ上げて、弱々しい声で返事をしてくれた。

 

「きくりちゃん、俺は……俺は、たくさんお酒飲んで、いつも楽しそうにしてるきくりちゃんが好きです」

「おい此崎、キミな――」

「いや、志麻さんすいません。でも待ってください」

 

 志麻さんが眉間に皺を寄せ、明らかに苦言を呈そうとしてきたが、俺は譲らなかった。

 

 確かに俺は悪かろう。

 きくりちゃんも悪かろう。

 

 でも、俺が、俺の思いの丈をぶつけることは阻ませない。

 

「きくりちゃん。今回のこと、反省してますか?」

「……うん」

「偉いですね。俺も、反省してます。どっちが悪いってのはやめましょう。学校に酒持ってきたきくりちゃんも悪いし、後先考えずにそれを飲んだ俺も悪い。俺たち、反省しなくちゃいけない。そうですよね」

「うん……」

「……でも、それだけです。まぁ学校にバレたりネットで特定炎上とかしたらその時はもういろいろおしまいですが、とにかく今はそれだけなんです」

「…………」

「俺、こんなに歳が離れてるのにきくりちゃんが気安く接してくれるの、めちゃくちゃ嬉しいんです。きくりちゃんが真剣に俺との距離感を考えたいって言うなら、俺はそれを尊重したい気持ちもあります。……ただ、俺の気持ちは、知っておいて欲しくて」

 

 俺はその場に片膝を突いて、きくりちゃんを少しだけ見上げるような格好になる。

 

 そして、心の赴くままに、きくりちゃんに片手を差し出した。

 

「きくりちゃん」

「あっはい!?」

 

 ぽかんと口を開けていたきくりちゃんが肩を跳ねさせ、今日一のスピード感で座ったまま身体を俺の方に向けた。

 

 俺は、意を決して言う。

 

「──俺のこと……また、“いっくん”って呼んでくれませんか?」

「……あ、う……」

 

 お酒は入っていないはずなのに顔を赤くして言葉に詰まるきくりちゃん。

 

 なんか俺もチャラ男さんたちとの茶番からこっち散々キザっぽく振る舞ってヨヨヨちゃんをからかっていたせいでブレーキが壊れてる気がする。というか壊れてる。

 

 オーディエンスの反応はと言えば、銀ちゃんさんとイライザさん、本城さんが黄色い声を上げていて。

 

 志麻さんと長谷川さん、内田さんからは白い目を向けられていて。

 

 そして、ヨヨヨちゃんは白目を剥いていたのだった。

 おうヨヨヨちゃんどした?

 

 ……もとい、とにかく肝心なのはきくりちゃんである。

 

 彼女は頬をほのかに赤く染めながら視線を泳がせ、膝の上に乗せられている手はもじもじと落ち着きがない。

 

 けれど、うー、と唸りながら一度きつく目を瞑って。

 その後、ゆっくりと瞼を持ち上げた彼女は、掠れた、微かな声で言った。

 

「こ、このさ──ううん、“いっくん”」

「! きくりちゃん……!」

 

 呼んでくれた。

 あぁ、こんなにも安心する。

 

 俺は思わず差し出していた手を伸ばし、きくりちゃんの手を強く握った。

 

 ひゃっ、ときくりちゃんが声を上げたのもお構いなしに、俺は彼女の手を引っ張りながら立ち上がり、立ち上がらせる。

 

 俺は、きくりちゃんを見つめた。

 きくりちゃんも、俺を見つめていた。

 

「きくりちゃん……」

「いっくん……」

「……お酒、飲みましょう」

「……いい、のかな」

「ダメだろ。おい廣井。此崎」

「いいんです。俺は、お酒いっぱい飲んでるきくりちゃんが好きなんです……!」

「い、いっくん……!」

「いやシラフの廣井さんも調子狂いますけどそれはそれとしてダル絡みめんどくさいんで飲まないで欲しいんすけど……」

「さぁきくりちゃん、おにころを買いに行きましょう! 今日は俺の奢りです!」

「ほ、ほんと! あっあっ、せ、せっかくだから、も、もうちょっといいお酒が飲みたくって……す、少しでいいから……!」

「あんた未成年にお酒奢ってもらうのはホントに大人としておしまいよ?」

「いいです、いいですとも。良いお酒、たくさん買ってください。おかわりもいいぞ!」

「あっあっ、お、おしゃけ、おしゃけ……!」

「キクリ、ノー! イックンもキクリにお酒飲ませちゃダメヨー!」

「うるせぇ行こう!!!」

「いくぅ……! おしゃけのむぅ……!」

 

 関係各所からのありがたいお言葉ををガン無視し、俺ときくりちゃんは肩を組んで、あるいは動く死体のような足取りのきくりちゃんに俺が肩を貸すような形で、夜の新宿へと繰り出して……繰り出そうとして、まぁ、結局止められた。

 

 マジで補導されるからマジでやめろマジで、と。

 

 

 

 そして結局のところ、きくりちゃんには特別に新宿FOLTで普段提供しているお酒が与えられることになった。

 俺はマジで奢ってあげるつもりだったんだけど、銀ちゃんさんや志麻さんがきくりちゃんのツケにするといって譲らなかったのできくりちゃんの借金が増えた。

 まぁせいぜい二、三千円だが。

 

 ちなみによくよく話を聞いてみると、きくりちゃんの禁酒でバンド活動に支障が出ていたのはテンションが上がらない、気分が乗らないなんてレベルの話でなく、アルコールの離脱症状で手が震えてまともにベースを弾けないとかいうガチのやつだったらしい。

 

 さすがの俺も「それもう病院行って治療が必要な奴では?」と言わざるを得なかったのだが、きくりちゃんがガチ泣きしながら「それだけは許してください! おしゃけがないと私は死んじゃうんです!!」と縋り付いてくるものだから、それ以上は何も言えなかった。

 

「うぅぅ……おしゃけ……おしゃけおいしいよぉ~……!」

「えぇ、えぇ、よかったですねぇきくりちゃん……」

「……志麻、あんたさっきから頭抱えてるけど大丈夫?」

「……大丈夫じゃありません……こいつらどうして、どうしてこんなにイチャついてるんだ……2〇歳と男子高校生の姿か? これが……」

「キクリとイックン、ラブラブね~! 年の差カップルベリーグッドヨ~!! もっとよしよししてあげて~!」

「ねぇねぇはーちゃん、今気が付いたんだけどヨヨコ先輩息してないよね?」

「んん? ……あれ、ホントっすね。ほぼ最初から空気だったし、結局ヨヨコ先輩は何をしに来て……って、ああでもそっか、いっくんさんとデートしてて……ああそういう……ああ……酷っすね、この光景は」

「うふふ……ヨヨコ先輩の生霊が……いっくんさんのお傍に……ピンク色の生霊さんと仲良くしてくださいねぇ~……!」

 

 

 

 ――新宿FOLTは今日も平和……だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──グッ、ガァッ!?」

「うわ。ぼっち、また? 頭抑えて……それとも新しいギターに何か問題でも」

「…………」

「…………」

「……虹夏? 郁代? 二人まで急に演奏止めてどうし──」

「──喜多ちゃん、感じた?」

「──はい。確かに感じました。伊地知先輩」

「これは……此崎くんが廣井さんとイチャイチャしているね」

「ええ、間違いありませんね。新宿方面……もしかして、新宿FOLT……?」

「虹夏? 郁代?」

「かなり強力な電波だったけど、ぼっちちゃんも廣井さんとのそれには流石に耐性ができてたみたい。即死してないもん」

「となると、お茶の水に行く前にひとりちゃんが食らった電波は……此崎くんには、話を聞いた方がよさそうですね?」

「……うっ、あぁぁ……」

「あ、ぼっちちゃんごめんね! 喜多ちゃん、それでもぼっちちゃんギリギリだよ……!」

「ひとりちゃん気を確かにもって! ここで気を失ったらきっと此崎くんの思う壺よ!」

「……虹夏……郁代……」

 





下北沢STARRYも平和。
でも急に長年連れ添った幼馴染と慕ってくれている後輩を遠くに感じた山田はその夜少しだけ涙で枕を濡らしたらしい。


次回は番外編じゃい! もうちょっと早く投稿できたらいいなぁ!
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