えー、今回の番外編を執筆するにあたって皆様の頭には『此崎衣久と後藤ひとりは幼稚園以前からの幼馴染であった』という栞を挟んでおいたのでご確認よろしくお願いします。
番外編ということでちょっと短めです。
あっ、これって夢だな、と私は思った。
それは、すぐそこにいる此崎くんがとても小さかったから。
それは、すぐそこにとても小さな私がいたから。
♪ ♪ ♪
『かくれんぼするひとこのゆびとまれ~!』
今はもう顔も名前も覚えていない、同じクラスだったはずの男の子。彼が人差し指を頭の上に掲げて、大きな声でそう言う。
私なんかがあの指にとまってもいいのだろうか――幼い私はいつもそんなことを考えてしまって、いつもその指に止まるタイミングを逃していた。
『――うおおおおおやるやるやる~!!!』
そして、そんな私とは正反対に、誰よりも早く、誰よりも勢い込んでその指に止まりに行くのが此崎くん――いや、
いっくんは、いつも幼稚園のおともだちと一緒に遊んでいた。
かくれんぼ、おにごっこ、かけっこ……ボール遊びとか、砂遊びとか? そういう外での遊びはもちろんのこと、お部屋でお絵かき粘土遊び、歌を歌うとか、なんなら女の子たちと混ざっておままごととか。
いつでもどこでも誰かと一緒にいる――それがいっくんという子で。
いつでもどこでもひとりぼっちだった私とは、本当に対極な男の子だったなと、心の底からそう思う。
だから実は、ちょっと変な言い方になるけど、私といっくんが幼馴染だったのは幼稚園の外での話っていうか。
『──いっくん、今日は何して遊んだのかしら?』
『きょうはねー、かくれんぼしようってなってー、でもそれじゃつまんないってなって、かくれおにやろーってなった!』
『楽しかった?』
『うん! ひさしぶりにしたけどめっちゃおもしろかった! やっぱじだいはかくれおにだわー』
『ひとりちゃんも一緒にかくれんぼしたの?』
『……んーん、してない……』
『おかあさん! かくれんぼじゃなくってかくれおに!』
『あらあらごめんなさい……いっくん、ひとりちゃんのこと誘ってあげなかったの?』
『だってひとりちゃんやりたいっていわないんだもん!』
『…………』
……うん、幼稚園の頃のいっくんって、割とこんな感じだった。
なんとなく、もうちょっとお兄ちゃんっぽく振る舞ってくれていたような気がしたんだけど……今のいっくんのドライな感じ、この頃から片鱗はあったってことかな。
まぁつまるところ、私といっくんは根本的に、友人としての相性が特別いいわけではないんだろう。
だって実際、おうちで二人で遊んでいてもそんなに盛り上がった記憶がない。
……言っててだいぶ悲しくなってくるけど、事実として、たとえばいっくんが熱中してたアニメを一緒に見ていても、私は楽しそうにしてるいっくんを見てるのが楽しかったというくらいだし。
逆に私がおままごととかに付き合ってもらっても、二人きりだと関係の冷え切った家庭にしかならなかったし。
私たちってそんなだから、まぁ少なくともいっくんは他に遊び相手がいたらそっちと遊ぶよね、って話。
私からすればさみしい気持ちもあったけど、でも、それこそ時々気を利かせてくれたいっくんに誘われていざみんなの輪の中に入ってもあんまり上手に遊べなかったし。
鬼ごっこでは足が遅すぎて永遠に鬼のまま、かくれんぼではかくれたっきり延々と見つけてもらえない、おままごとでは無口すぎていつの間にか勘当されている……そんなことばっかりだったから私もちょっと諦めてたっていうか。
『――ひとりちゃん、だいじょうぶ?』
……だけど。
私が困っているとき、ちょっとしたことで泣いてしまったとき。
一番最初に気が付いて、一番最初に駆け寄ってきてくれるのは、いつもいっくんだった。
『ひとりちゃんなかないで。いませんせーよんでくるから!』
『……うん……』
部屋の端っこや、外に出ていても隅っこの方にいる私のことを、いっくんはいつでも気にしてくれていたんだ……と、思うのは、私がそう思いたいだけだろうか。でも、そうじゃなかったらそんな印象が私の中に残っているはずない。
『おーいせんせー! ひとりちゃんなにもないとこでころんだー!』
『ひとりちゃんだいじょーぶ?』
『ちぃでてる! せんせいはやくしないとしんじゃうよー!』
……まぁでも、そうするとだいたいいっくんと一緒に遊んでた子たちもぞろぞろ集まってきて、心配されて、それが恥ずかしくって嫌だったような覚えもあるんだけど……いやいや、幼心に嬉しかったのは間違いないんだ。うん、間違いない。
『よっしゃあ! いたいのいたいの、とんでけーっ!!!』
あと、時々、暑苦しいというかうるさいというか、そういうのはちょっと嫌だったかもしれない。
……そもそも私といっくん、もとい後藤家と此崎家が知り合いになったのは家が隣同士だったからだ。
よくある、のかな? まぁなくはないんじゃないかな。
今の我が家の隣に此崎家があった――というわけではなく、もともと私が生まれた頃の後藤家はまだマンションの一室に住んでいたのだ。なんなら一軒家を買ったのは私が中学生になる前、ふたりが生まれてすぐくらいのことなので、ふたりとジミヘン以外はマンション暮らしの方が長いのである。
とは言え、今の此崎家があるマンションでお隣同士だったかというとそれもまた違くって、うちのお父さんが家を買うか買わないかみたいな話をし始めたくらいの頃、此崎家の方が先に引っ越しをして……って、そんな詳細なことはこの際どうでもいいんだけど。
とにかく、小学校高学年くらいまでの私たちはありきたりと言えばありきたりなお隣さん同士。
少し特殊なところがあるとすれば、いっくんのお父さんとお母さんが昔からお仕事が忙しい人たちだったので、幼稚園に入る前からしょっちゅういっくんを後藤家で預かっていたということだろう。なんならほとんど住まわせてたと言ってもいいかもしれない。
私といっくんが生まれる前、お母さん同士お腹が大きかった頃から既に後藤家と此崎家の交流は始まっていたそうだけど、いっくんのお母さんは「子どもを産んだ後も仕事に戻りたい」と言っていたらしい。
そうして実際に私が生まれて、ひと月遅れていっくんが生まれて。
だいたい一歳になるかならないかの頃、いっくんのお母さんは本当にお仕事に復帰することになったんだけど、その時点で「いっくんのお母さんが留守の間は専業主婦であるうちのお母さんがいっくんの面倒を見る」という取り決めがされていたんだとか。
両家の間で具体的にどんな話し合いがあったのかはわからないけど、結構すごい約束だと思う。
預けちゃう方も預けちゃう方だし、預かっちゃう方も預かっちゃう方だ。まぁうちのお父さんお母さんのことだから軽いノリで引き受けちゃったんじゃないかなとは思うんだけど……。
と、まぁとにかくそんなめちゃくちゃなかかわり方をしていたから、私も、そしてほぼ間違いなくいっくんも、幼稚園に入る前後くらいまで自分にはお父さんとお母さんが二人ずついるのだと認識していた。
まぁまぁいる方のお父さんと、ほとんどいない方のお父さん。
いつもいる方のお母さんと、あんまりいない方のお母さん。
私のお母さんは“お母さん”、いっくんのママは“ママ”みたいに呼び分けていたけれど、逆に言うとそれだけ。たとえば“ひとりちゃんパパ”とか“いっくんのお父さん”みたいな言い方すらしていなかったはずだ。
あれ、もしかして違うのかな? とはある時にふと気が付いたような、もしくはいつの間にか理解していたような。
それに、私もいっくんもそれぞれ、なんとなく血のつながった両親の方に積極的に甘えてたがっていたように思う。その“なんとなく”が先にあって、後からぼんやり血の繋がりがどうとかを理解したのかも。
……あぁ、でも、そうだ。
『――ねぇおかあさん、きょうママは?』
『ママはね、今日はおうち帰れないんだって。いっくん、今日はひとりちゃんちにお泊りしましょ、ね?』
『……うん』
だから、幼稚園の頃
たぶん、それこそ私のお母さんがいっくんにとっては本当のお母さんじゃないんだということがわかってきた頃、いっくんは“ママ”が帰ってくるかどうかを私のお母さんに毎日聞いていた気がする。
そして……そうだ、そうだ。
一度、それが爆発してしまったこともあったんだった。
──懐かしい、昔の家。
……と言っても五年前までは住んでたんだけど、テレビとかテーブルとか、幼稚園の頃は家具の位置が違ったんだ。なんだか妙に細かいことまで覚えている。
その日は幼稚園に入ってから二回目の運動会だった。
いっくんのお父さんは元々お仕事が入っていて、それならまだしもよかったのだが、当日の朝になって急にいっくんのお母さんも仕事が入って、運動会に行けなくなってしまって。
そもそも当時、ちょうどいっくんのお母さんもお父さんも仕事がまた一段と忙しくなっていたようで、ただでさえ二日や三日おきにしか会えないなんて状況が続いていたがために、いっくんは我慢の限界を迎えたのだ。
リビングで、パジャマのままの小さないっくんが大泣きしながら駄々をこねる。
今よりもずっと若く見える私のお父さんとお母さんが、必死に宥めている。
小さな私は、それを目を丸くしながら見ている。
繰り広げられたのは、そんな光景だった。
『――いっくん、ごめんね』
あの時の私は、ひとしきり泣いてから部屋の隅っこで座り込んだいっくんに近寄って、こっそりと謝った。
今にして思うとすごい皮肉だけど、当時の私はどうしていっくんがあんなに泣いているのかがよくわからなかったから、とりあえず謝ったのだったと思う。
『……ひとりちゃんはわるくないもん』
でも、いっくんは私に八つ当たり……いや、状況を考えれば八つ当たり扱いもかわいそうだと思うけど、とにかく私に怒りをぶつけたりはしなかった。
『わたしわるくないの?』
『……うん』
『いっくんは、ママとパパがいないからさびしいの?』
『…………』
……我ながら、身も蓋もない聞き方をするなぁ。あるいは気が遣えないというか。
いっくんは、そういうことは恥ずかしがって素直に言ってくれない。
頑として否定するか、このときみたいに黙りこくってしまうに決まっている。
でも、小さな私にはそれがわからなくって、俯いたまま鼻をすするいっくんをなんとか励ましたい一心で。
『――ねぇいっくん、わたしがいっしょにいるのじゃ……だめ?』
……うわぁ、なんて恥ずかしいセリフだろう。
でも、絶対言った。間違いなく言った。すごいな小さい頃の私……。
物凄いキラーフレーズな気もするけど、しかしまぁ、これも後になって考えてみれば微妙にずれてるわけで。
いっくんにしてみれば、私がいたっていっくんのお父さんとお母さんがいない寂しさは埋まらないに決まっている。というかわざわざ言わなくたって私は一緒に運動会に行くんだしね……私ってやつは……。
……ただ、そこはいっくんもいっくんだ。
『……じゃあ……ひとりちゃんで、がまんする』
我慢って、と思わずツッコミを入れたくなるかもしれないけど、それ以前にあんなに泣くほど拗ねていたのに私で我慢してくれるというのがすごいと思うのだ。
ひとりちゃんじゃ嫌だ、なんて言われてたらきっと私も泣いちゃっただろうな。嫌で当たり前なんだけどね。
……そう、だから結局、その時の運動会は泣きべそかいてるいっくんとほとんどずっと一緒にいたような気がする。
それぞれ自分の競技の時以外は名前の順だか誕生日順だかで整列させられていたと思うんだけど、私たちは先生にはバレないように、こっそりと一緒にいるようにしていた……ような気がする。なんでそこはいまいち覚えてないんだろう。
……そして、そうだ、だからそれ以降なのかな。
いっくんが、ちょっとずつ外でも私にかまってくれるようになったのは。
いっくんは友だちが多かったから、私がその輪に加わることは滅多に……いや、もうほとんど皆無だったけど。
みんなといっしょな彼。
ひとりぼっちだった私。
私たちはその裏側で、その隙間で。
いつでも、幼馴染だったんだ。
♪ ♪ ♪
「――おーい後藤起きろー」
「……んぁ?」
いっくんの、低い声が聞こえて目が覚める。
薄目を開けると差し込んだ朝日に瞳を焼かれた。失明するぅ……。
「言っとくがもう朝じゃねぇぞ。11時。昼」
「……ぅ……あと五分……」
「バカ言え布団干すんだよ!」
「うああぁぁ……」
掛け布団を無理やり引っぺがされ、足蹴にされた私はそのまま畳の上をころころと転がって、やがてタンスにぶつかった。
「……うぅ……いっくんひどい……」
「……は? ……いや、寝ぼけてんのか」
いっくんの言葉を聞いて、私は彼を見上げる。
「……いっくんさ」
「……なんだよ」
「大きくなったね」
「喧嘩売ってんのか?」
売ってないけど……?
本当は前みたいにオマケ入れたかったけど書いてる時間なかったマン。死。
次回は本編に戻ります。
ついに来るぜ……あの女が……!(※予定は告知なく変更される場合がございます。