投稿早い! 偉い!
しかもいつもよりちょっと長い!
「――いや、結局ギターヒーローってなんなんだよ」
店長さんの冷静沈着な一言により、後藤を除いて帰り支度を始めていた俺たちはその手をピタリと止めた。
虹夏先輩と、リョウ先輩と、喜多さんと。
また顔を見合わせて、心を通じ合わせる。
――これ、マジでどうしよう、と。
このままギターヒーローの話を掘り下げていったら、後藤は現実に直面することになる。既に秘密を共有している虹夏先輩はともかく、俺やリョウ先輩、喜多さんまで全部知っていたという現実に。
それは、できれば避けたい……が、他でもない後藤があっさりと自分がギターヒーローであることを認めてしまった以上、もはやその事実を否定するのは困難極まりない。というか無理だ。
じゃあ、今ここで初めて知った体にするか? なんてことももちろん考えたが……。
……とかなんとかあれこれ悩んでいるうちに、俺たちを置いて話がどんどん進んでいってしまう。
帰り支度をする俺たちをよそにぽやみさんが後藤をちやほやし続けていて、後藤がでへへへへと笑いながらドロドロに顔面を溶かしていたのだが、店長さんが先の質問をするや否やぽやみさんが「これ見なさいこれ!」とスマホでギターヒーローの演奏動画を流し、それを店長さんたちに見せつけ始めたのだ。
「へぇ、動画……確かにギター同じだし、いつものジャージだし、演奏の時の癖も同じだな」
「弾いてみた、ってやつですね……うん、上手ですねぇ……後藤さん、片鱗は見せていましたけどここまでとは思いませんでしたね~」
「ねぇ見てこれ! 登録者数も10万人超えてるんだけど! ひとりちゃんってこんなにすごい子だったの?」
「再生数もすごー! コメントもすっごいいっぱい付いてない!?」
「うへへ、うへへへ、うへへへへへ……!」
見て! 後藤の承認欲求がさらに満たされてとうとう踊り始めたよ。
かわいいね。
「ほら、あんたたちも同じバンドメンバーとして刮目しなさい! これがギターヒーローの……何その気まずそうな顔?」
「……いや……」
「……此崎くん……言うの……?」
「だって……さすがに……今更驚いてみせるのも白々しいっていうか……」
「此崎くん……でも……そんなことしたらひとりちゃん今度こそあの世から帰って来れないんじゃないかしら……」
「……やるなら一思いにやるべき。それがせめてもの慈悲だと思う」
「……そっすねリョウ先輩。リョウ先輩のくせにまともなこと言うじゃないっすか……」
「此崎?」
「……あっあの……? みっ、みなさん……何を言って……?」
……しかし、俺たちがこそこそと不穏な内緒話をしていたせいで、後藤は踊るのをやめてしまいました。
そして──。
「後藤」
「えっ何……あっえっと! あわ、あわわ、ちっちが、わっ私ぎぎきギターヒーローなんてそんなかっこいい名前の人じゃないしギターヒーローのことなんて知らな──」
「いや、知ってんだわ」
「──えっ」
「虹夏先輩は、もう気が付いたって言ってるんだもんな。でも、虹夏先輩がバラしたわけじゃなくて、そもそも知ってんだ。リョウ先輩も、喜多さんも……俺も」
「……えっ」
「リョウ先輩は、虹夏先輩と同じタイミングで気が付いた。喜多さんは、まぁ一人だけ仲間ハズレじゃ可哀想だからこっそり教えた。俺は……初投稿の時から、知ってる」
「…………えっ?」
パクパクと、金魚か何かのように口を開けたり閉じたりしてみせる後藤。
俺は思わず目を伏せて、しかしそれでは死にゆく後藤に申し訳が立たないと考え直し、逆に真っ直ぐ見つめた。
「――あ、あぁ、あああ? あっ、ああぁ……ああああ……ああああぁ……!?」
「後藤、割とマジで申し訳ないが、最初から知ってたんだ。お前がギターヒーローだってこと。お前が──投稿した動画の概要欄で幼馴染の彼氏がいるとかいう設定で好き放題やってたこと。自惚れみたいで恥ずかしいんだが、でも客観的にどう見ても俺のこと意識してそうな感じで設定盛ったり、俺との会話をちょっと脚色して彼氏とのイチャラブとして載っけてたり、どこそこにデートしに行ったとか書いてたり……全部、知ってたんだ」
「……あっ、あっうわ、あっあっ、あっうわ、あわ、あうあ……!?」
後藤は、涙目になって頭を横に振り始めた。
嘘だ、嘘だと小声で呟いているが……元を辿れば自業自得。
つまり――お前のせいです。
「後藤」
「いっいや、いやちが、ちがっ! わっ私ギターヒーローなんてしらない、しらない! 嘘だ、嘘だ嘘だっ、嘘だッッッ!!!」
「いいや後藤、悪い──嘘じゃないんだ」
「──うっ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! あっ、ああああっ、ああああああああああ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
あーあ。
「ぼ、ぼっちちゃああああああああああああん!!!! ガチ泣き!!! ガチ泣きじゃん!!! 滂沱の涙を流してるよ!!!!!」
「ひひひひとりちゃん!!! あのっ、あのあのほらっ!! そそそそういうことじゃないものね!? ほらそういうことじゃないなら大丈夫よ!!! だいじょ、大丈夫!!!」
「ぼっち……おいたわしや……おいたわしや……」
後藤は膝から崩れ落ち、スターリーの冷たい床の上でダンゴムシみたいに丸くなり、顔を腕に押し付けながら人目も憚らずに泣き喚く。こんなに泣いてる後藤初めて見た……。
「え、えぇ……ちょっとあの、ギターヒーローさん……?」
あわあわしてる店長さんとそれをなだめてるPAさん、そしておそらく虚言の数々をちょうど追っていたがために事の深刻さを理解した1号さん&2号さんはまぁいいとして、ぽやみさんだけがこの期に及んで困惑したままのようだった。
後藤のことを何も知らないのだから仕方ないかと思いつつも、俺はため息を吐いてぽやみさんに言う。
「ぽやみさん……俺たちはね、ギターヒーローのことを知らなかったんじゃなくって、知らないふりをしてやってたんですよ……そうですね、たとえば自分に置き換えて想像してみてください。両親を始めとした家族や旧友に『ぽいずん♡やみ』なんてハンドルネームで17歳を自称しながら仕事している自分が知られるようなもんですよ」
「ヒィッ! あ、あんた、なんて恐ろしいことを……!」
「そうでしょう、恐ろしいでしょう……今、後藤の身に起こったのはそれと同等、あるいはそれ以上の悲劇なんですよ……」
「……幼馴染の彼氏……あぁそっか、あんたが……」
ぽやみさんがちらりと後藤を見る。
虹夏先輩と喜多さんも励ますのを早々に諦めて、後藤の背中をただたださすっていた。
そして、体力ゴミカスでおなじみの後藤自身はあっという間に泣き叫ぶのに疲れ、すすり泣く段階に移行していたのだった。
……はぁ、まったくしょうがねぇ。
「おーい、後藤?」
「…………」
フードまで被って完全に外界からの接触を拒絶している後藤の側に近寄って声をかける。
反応はもちろんなく、虹夏先輩と喜多さんに不安そうな顔を向けられるが、俺は大丈夫だと目で訴えて後藤の肩の辺りに手を置いてから口を開いた。
「まぁなんだ、アレがお前の自己顕示欲が暴走した結果だってのはわかってるから……それよりも俺、ずっとすげぇなって言ってやりたかったんだよ」
「…………」
「オーチューブで登録者10万人って並大抵のことじゃないだろ。ギター一本で、高校生でさ。よく一人で頑張ってたよ」
「……ヨク……ガンバッタ……?」
後藤がべちょべちょになった顔を上げた。
いつもと違うベクトルで顔面が悲惨な状態になっていたので思わず「うわっ」とか言いそうになったが、すんでのところで踏みとどまることができた。危なかった。
とにもかくにも、後藤が顔を上げた今こそが好機である。
俺が再び虹夏先輩と喜多さんに視線を送りながら「今です!」と念を込めれば、二人はハッとした表情を浮かべた。リョウ先輩も一瞬遅れてこくりと頷いた。
「――そう、此崎くんの言う通りだよぼっちちゃん! ぼっちちゃん本当にすごい! 前にも言ったでしょ、ぼっちちゃんはあたしのヒーロー! どんなピンチもぼっちちゃんのおかげで切り抜けて来られた! あたしにとって最高のギタリストなんだから!」
「……サイコウノ……ギタリスト……」
「そうよひとりちゃん! 私、ひとりちゃんがヒーローなんだって教えてもらって、それでやっぱり! って思ったもの! 初めてのライブの時……ううん、それよりずっと前から! 私のことを諦めずに、結束バンドに連れ戻してくれた。私にギターをたくさん教えてくれた。私にとっても、ひとりちゃんは本物のヒーローだったわ!」
「……アゥ……ヒ-ロ-……?」
「ぼっち。私はぼっちがどんな奴でも、きっとできる奴だって信じてた。それでもぼっちがギターヒーローだってわかって、そのあと初めてのライブでも、文化祭でも、想像以上にすごいことをやってのけて、本当にできる奴なんだって確信した。ぼっちはやればできる子」
「……ボッチ……ヤレバデキル……!?」
後藤の目に光が戻ってきた。
これなら……!
「――いいぞ、後藤のギターパワーが高まってきた! よーし、この調子で1号さん2号さん、店長さんたちもみんなで後藤を応援しよう! せーの! がんばれぇぇぇぇ!!!」
「ひとりちゃん頑張れ~! よっ! 無敵のギターヒーロー!」
「が、がんばれ~! ひとりちゃんかっこいい! ひとりちゃんすごい!」
「……ぼっちちゃん……がんばれ……!」
「あら店長、もっと大きい声で言ってあげた方がいいんじゃないですか?」
「ねぇ、ここっていつもこんなコントやってるわけ?」
「ぽやみさん静かに!」
いつもやってるに決まってるだろ!
じゃなくて、今は後藤、後藤のことだ。
「――すげぇ……方法はわからないけど、急成長したんだ……! 羞恥に耐えられる
その場でゆっくりと立ち上がった後藤は、謎のオーラで長い髪を天に立ち昇らせながら、もうこれで終わってもよさそうなポーズで「THIS WAY.」とか言い出した。
「ボ、ボっちちゃん……なの……?」
「天賦の才を持つ者が更にその才を全て投げ出してようやく得られる程の力……!」
「さいしょ・は・ろっく……!?」
虹夏先輩、リョウ先輩、喜多さんが愕然とした表情でそれぞれ呟く。
後藤は復活した。
しかし、想定していた以上の大復活を遂げてしまった。
そんな……俺たちはいったいどうすれば……!?
「お前らそろそろ帰ってこい」
「あっはい」
店長さんから帰宅命令が出たので電波世界から帰還することにしました。
後藤はデコピンしたら元に戻った。
♪ ♪ ♪
「……何の話してたんだっけか」
「ギターヒーローさんの話でしょ!!!」
そうだったわ。
……と、真顔で言う俺に対して、ぽやみさんが呆れ切った様子でため息を吐いた。
「まったく……でもまさか、こんなところであのギターヒーローさんに会えるなんて……いや~またしょーもない記事書く羽目になるかと思ってたけどとんでもない大当たり!!」
「いやしょーもない記事て」
オブラートオブラート。いやそりゃ後藤のフライング・ソーセージネタはもう何番煎じだよって話だろうけどさぁ……。
俺が若干顔をしかめると、ぽやみさんは「あっごめんごめーん!」と舌をペロッと出しながら軽い調子で謝ってくる。
そして彼女はすぐに俺から視線を外し、キラキラと目を輝かせながら後藤に顔を向けた。
「あのあの、ギターヒーローさん! 今度お時間いただけませんか!? 単独取材させてもらいたいな~っていうのとぉ、その代わりと言っちゃなんですけど、ウチの雑誌の編集長にかけあって是非とも業界の人に紹介したくって! ギターヒーローさんなら即プロの世界で通用します! 私が保障します! だからどうですかっ!?」
「えっあっうっえっ!? ぷっプロ!? えへっ、えへへ、えへへへへ……!」
「ちょいちょいぽやみさん、マジっすか? いやちょっと……マジ?」
「え? そりゃもうマジよマジ!」
マジか……マジ……?
なんだか思いもよらない急展開である。
見れば、虹夏先輩も喜多さんもポカンとした表情で固まっていた。リョウ先輩は無表情だけど。
肝心の俺たちが呆気に取られてしまってリアクションも取れない中、いの一番に喜び始めたのが1号さんと2号さんだった。
「……えっ、それって結束バンドがメジャーデビューできるかもってこと!?」
「すごーい!! えっもう!? だって、夏に初ライブで、この前文化祭でライブして、それから今日で……えっもう!?」
2号さんが錯乱して二回「えっもう!?」って言った。
いや、でもホントにそうなのよ……いやいや違う、まだ業界の人紹介してもらうってだけの話だし? 別にメジャーデビューが決まったわけじゃないし?
でも、俺もしかして半年そこらで仮マネージャー引退か? 結束バンド世界に羽ばたいちゃうのか? なんてことまで脳裏にちらついて――。
「――ん? 結束バンド? 何の話?」
「……はい?」
――そんなのは全部、ただの思い違いだった。
ぽやみさんが、何の悪気もなさそうな顔で言う。
「いや、あたしが言ってるのはギターヒーローさんだけだからね? 結束バンド……まぁギターヒーローさん抜きにしても高校生にしては悪くないと思うけど、でもよくいる下北バンドってくらいだし――そもそも、
「……は?」
俺は一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「……いったい、何を見て」
「えー、今日のライブとか? 別にああいう内輪ノリのライブが悪いとは言わないけど、あんなのプロ目指してるバンドがやるものじゃないでしょ、それに、バンドとしての完成度で言ったら他の学生バンドたちとどっこいだったし。SNSでも今日のライブのことばっかりでそれ以前もろくに宣伝してないし、全然本気でプロ目指してるようには思えなかったけど?」
「……いっ、いやいやっ、だからってそんな、決め付けるような言い方しなくたって! あんたの主観で、人が本気でやってんのに遊びだとか失礼じゃ──!」
「──ちょ、ちょっと待った此崎くん! 落ち着いて!」
思わず声を荒げてしまった俺を、すかさず虹夏先輩が止めに来る。
ただ、ぽやみさんは萎縮するどころか、飄々とした態度のまま言い返してきた。
「遊びじゃないならなんでギターヒーローさんの知名度すら活かしてないわけ? 本気ならなんでもしなくちゃでしょ。それなのにきみたち、何もしてないじゃない?」
「な、何もしてない!? ふざけんなっ! そんなのお前が、みんなの努力を見てないから!」
「努力って、そんなの誰でもできることだから。結果に繋がってなくちゃ──あんたたちが本当にメジャーデビューを目指してるバンドだっていうなら、その結果に繋がらなくちゃ意味ないことだわ」
──怒りで、視界が白む。
頭に血が昇っている。
こんなに腹わたが煮えくりかえるのは、人生で初めてだった。
店長さんと虹夏先輩に肩と腕を掴まれて、それを振り払わないだけの理性が残っていたのは幸いだったと思う。
虹夏先輩の努力を見てきた。
リョウ先輩の努力を見てきた。
喜多さんの努力を見てきた。
後藤の努力を見てきた。
その全部が、結果が出なくちゃ無意味だなんて、そんなバカな話があるもんか。
彼女たちの努力を否定されて、黙っていられるもんか。
理屈じゃない。
考えはまとまらない。
でも、何か言ってやらないと気が済まなくて、俺は口を開こうとして――。
「──あとそもそも、何もしてないってきみのことだからね? アノサキくん」
「……あ?」
真正面から、冷や水を浴びせられた。
今度は、頭が真っ白になった。
「あたしには、あなたの存在が一番お遊びに映ったけど。高校生バンドのマネージャーって何なの? 何やってるの? 自分の企画ライブにかまけてバンドほったらかしだし……それこそSNSでバンド宣伝するのなんて、あなたのやるべきことだったんじゃないの?」
「……そ、れは」
「──なっ、ちょちょちょ! ちょっと待ってください! それは聞き捨てなりません! 此崎くんはいっつもあたしたちのために頑張ってくれてて」
「んー、だからそれが不十分じゃないのって話なんですけど? まぁさすがに何もしてないってのは言い過ぎかもだけど、でも、側からするとそう見えるってのは事実だから」
「そんなことっ──」
「──虹夏待て。おい、毒女」
「毒女!? それもしかしてあたしのこと!?」
「お前もう帰れ。二度と来んな。さもなけりゃ……」
「なっ何!? まさか暴力に訴える気じゃ……!?」
「いいや。PA」
「はーい、フリーライターのぽいずん♡やみさん、本名は佐藤愛子さんで、今年23歳? 通ってた高校は……ふむふむ、いろいろ個人情報晒されてますね〜?」
「やっぱりな。お前みたいなのが過去にネットで炎上してないはずがない」
「ちょっと待った!! 何調べてんのよ!? というか今この場で本名言うのもやめて!?」
「これだけ分かれば実家の電話番号だって……ねぇ? ぽいずん♡やみさん17歳……あら、トゥイッターのプロフィール、最新は14歳になさってるんですか? なるほどなるほど、ではこれを是非ともご両親に」
「よし、やれ」
「ギャ────!?!? あんたら人の心ってもんがないんかぁ────!!!???」
頭を抱えて叫んだぽやみさんが、バタバタと出口へ駆け出す。
そうしてそのまま去るのかと思いきや、ドアに手をかけたところでパッと振り向いた。
「──ギターヒーローさん! さっきのお話、頭の片隅にでも入れといてくださいね! ……こんなところでうだうだやってたら、あなたの才能腐っちゃいますよ」
「──あっもしもし? 佐藤さんのお宅でしょうか」
「うわああああああああ待って待って待ってええええええええ!!!」
「嘘だよいいから早よ帰れ!! 次はマジでかけるぞ!!!」
店長さんの怒声を上げると、ぽやみさんは「はいはい帰ります帰ります! あばよ☆」と言ってスターリーから逃げ去っていく。
俺はそれを、ぼんやりと見ていた。
見るともなく見ているだけだった。
「……此崎くん」
「……ん、あぁ……大丈夫っす。すんません」
誰に声をかけられて、誰を相手にしているつもりで返事をしたのかも、覚えていない。
♪ ♪ ♪
駅のホームで電車を待っていた。
もう、二本も見逃しているけど、ベンチに座って俯く此崎くんは動こうともしない。
あの記者さんがいなくなった後、店長さんに促されて私たちはバイトを上がることになった。
心ここにあらずな此崎くんは虹夏ちゃんと喜多さんが何を言っても生返事で、結局私たちはろくに話もしないまま、できないままで別れることになってしまった。
それからなんとか駅まで此崎くんを連れてくることはできたけれど、今度はこうして無為な時間を過ごしている。
私は私で、思うところはたくさんあった。ないはずがなかった。
私なんて奴はただでさえ気が利かないのに、頭の中がぐちゃぐちゃで、落ち込む此崎くんにほんの一言だって声をかけてあげられない。
「――後藤」
やがて、此崎くんが小さく掠れた声で、情けない私の名前を呼んだ。
前かがみになって膝に肘を突き、虚ろに地面を見つめながら切り出した。
「今まで、悪かった。……いや、ごめん。ギターヒーローのこと、黙ってて」
「うっ」
そのことなのか、と私は思わず呻いてしまう。
けれど、此崎くんは至って真面目な表情のままだった。
「……いつもみたいな、面白半分だったのは事実だ。お前が隠そうとしてるから、それでいいやって思って。ただ、言い訳にしか聞こえないと思うけど、お前がプレッシャー感じないようにって……結束バンドに入ってからも何も言わなかったのは、そういう考えがあったから。でも、虹夏先輩たちに知られたのは、本当に偶然で」
「……うん。それは、平気。……わかってるよ」
此崎くんの取り留めのない言葉。
らしくなくって、私はすごく心配になる。
でも何も、此崎くんを気遣ったから平気だって言ったわけじゃない。
此崎くんが面白半分であったことも、もう半分で本当に私を案じてくれていたことも、全部ひっくるめてわかった上で、そう言ったんだ。
だから、そんな泣き出しそうな目で私を見ないでほしい。
私は、わかってるから。
――けれど、此崎くんは視線を逸らして、自嘲するように笑う。
「……文化祭の後、頑張るって言ったのにな。ぽやみさんは、言い方きつかったし、結果がどうのこうのって部分は絶対に認めらんないけど……俺のことは、全部図星だ」
「……に、虹夏ちゃんも言ってたけど、そんなこと」
「あるよ。あるだろ。俺、マネージャーとして何してきた? 音楽のこと、楽器のことは素人のまんまで、いつも練習眺めてるだけで、そのくせ適当な口出しして。宣伝だって、確かに俺が率先してやるべきだった……結局俺は、何も考えちゃいなかったんだ。メジャーデビューするための道筋とか、戦略とか。
此崎くんがそう言って、唇を噛んだ。
……自分ばかりを責める此崎くんだけど、でもそれは、此崎くんだけが背負うべきことじゃないと私は思った。
私は。
私たちは。
これまで、どれだけ本気でバンドをやっていただろう。
お遊びだったつもりなんて一度もない。虹夏ちゃんもリョウさんも、喜多さんも、此崎くんだって、そんな軽い気持ちでライブに挑んだことは絶対にないと思う。
ただ、目の前のライブを成功させるために精一杯で、その先に自分たちのメジャーデビューという大きな目標を見据えることはできていなかったんじゃないだろうか。
それでいいの?
ううん、きっと良くない。
でも、だからってあの人の……ぽやみ……ぽいずんさん? いや、やみさんの言っていることの全部が正しいわけじゃないっていうのは、私も此崎くんと同意見だ。
結果の出ない努力は意味がないなんて悲しいし、努力が誰にでもできるっていうのも私は違うと思う。
そして何より、メジャーデビューのためならなんでもやるべきだって、ギターヒーローの知名度も使うべきだっていうのも、私はなんとなく違うと思っていた。
此崎くんが、虹夏ちゃんたちが私のことを考えて、あえて今まで黙っていてくれたのに。
その気遣いが余計なことだったなんて、私は認めたくない。いつまで経っても実力を発揮できない私が悪いに決まってるんだ。
そんな私のやるべきことは。
私たちのやるべきことは。
少なくとも、今こんなところで俯いていることじゃないはずだ。
「――此崎くん」
此崎くんの名前を呼ぶ。
此崎くんが顔を上げて、不安げに見つめてくる。
だから、言い切った。
「大丈夫だよ。私も、結束バンドも――此崎くんも」
此崎くんが呆気にとられて固まって、それから段々と目を見開いていくのがなんだか新鮮で、おかしくって。
私は、ちょっとだけ笑ってしまった。
ちなみに明日3/19は此崎の誕生日!
誕生日前日にこれとかもしかしていじめかもしれない。
次回も早めに投稿したいねぇ。投稿遅くなりたいときなんてないけどねぇ。