2月某日、スターリー。
ついに、その時がやってきた。
「――新曲完成しました~! その名も『グルーミーグッドバイ』!」
「リョウ先輩、ひとりちゃん、作曲と作詞お疲れ様でしたー!」
いぇーい! ぱちぱちぱちー! ……と、ひとしきり盛り上がった結束バンド四人とマネージャーな俺。
リョウ先輩が曲を仕上げ切ったのが2月に入ってすぐのことで、そこから後藤があっという間に歌詞を作って、待望の新曲が完成と相成ったのである。
「いやーぼっちちゃん歌詞完成するの早かったね! リョウが曲できたーって言ってから三日しか経ってないじゃん!」
「あっはい! あっもうリョウ先輩のサウンドが私のソウルに響き渡って一時間くらいでパパパーっと書き上がっちゃいました!」
「ひとりちゃんさすがだわ! よっ! 作詞大臣!」
「でへへでへでへへへへへへへ」
喜多さんに煽てられて気色の悪い笑い方をする後藤であるが、一時間で歌詞を書き上げたなどというのはもちろん嘘である。俺がしっかりと三徹を観測している。ちらりと目線を送ってきた虹夏先輩には、静かに首を横に振っておいた。
虹夏先輩はしらっとした目で後藤を見た後、ふっと小さく苦笑してから気を取り直すように手を叩いて俺たちの注目を集めた。
「さてと、それじゃあ今日の本題! 曲も完成したってことで、今日からMVの制作に取りかかっていきたいと思います!」
「え、もう作るんですか? まだ歌ってみてもないのに……」
「同時並行でやっていくんだよ喜多さん。どうせ動画作るのにも時間かかるからみんなにはその間に練習しておいてもらって、あとから音源録る感じ。今月中には完成させてアップしたいから……って、詳しいスケジュールはまた後で伝えるけど」
此山事変(変な呼び方で嫌なんだが通称として完全に定着してしまった)の後のことだ。
俺の頭の中にあったいろいろなプランを一度虹夏先輩とすり合わせたのだが、その中で新曲が完成したらまず取り掛かろうと決めたのがこのMV作成だった。
そもそもの話、今のところ結束バンドの宣伝をしようにもその材料、いわゆる宣材が全然ないのだ。
オーチューブにアップしてるのはこれまでにやってきたライブの映像だけ。店長さんが盗撮……隠し撮り……いや参考資料として専門家の指導のもと安全に配慮して無断に撮影していたものと、俺が店長さんの許可を取って撮影したものである。結束バンドの実力がどうこう以前に動画そのもののクオリティをお察しいただきたい。
では、11月に未確認ライオットへの挑戦を決めてから3ヶ月間なんにもしていなかったのかというと、もちろんそんなことはない。
結束バンドのSNS大臣こと喜多郁代氏がトゥイッターやイソスタグラムなどで手当たり次第に作成したアカウントで精力的に情報を発信してくれていたのだ。
……主には、美容関係について。
流行りのメイクに新作コスメの紹介、冬場の乾燥肌対策やスキンケア、1日5分の小顔マッサージ……俺が練習風景の動画とかアップするのを促してギリギリ拮抗しているが、アカウントを完全に乗っ取られるのも時間の問題である。
なんでかって拮抗しているのは投稿数だけでインプレッションについてはだいたいダブルスコアくらいつけられているからですね。俺も詳しくなってきちゃったよ……うぅ……カワイイは作れる♪……。
「──まぁつまりだ、結束バンドが美容系オーチューバーでないことを手っ取り早く証明できる方法が必要だってことなんだよ」
「違うよ?」
「違うか」
違うか?
……いや割とマジで違くない気がするんだけど、とにかく結束バンドをバンドとして宣伝するために手頃なものが必要で、その一つにして筆頭が今回作成するMVというわけなのである。
「あとはね、音源できてからの話になるけど音楽配信サービスとかにも曲の登録しようって話してて。スポチファイは厳しくてもバンドキャンプゥなら審査通りやすいんだって!」
「すごい! 音楽配信サービスなんて本格的! それも此崎くんがリサーチしてくれたのよね!」
「いいえ、ヨヨヨちゃんから送られてきた塩です」
ヨ・ヨ・ヨ・の・塩!
いやね、シデロスも未確認ライオットに参加するんだから明確な競争相手、ライバルになったと思ったのよ。
だから俺、ヨヨヨちゃんにアドバイスを求めたり相談したりするのを控えるようにしてたんだけど……定期便で勝手に届くんだよね。ヨヨヨの塩。
「なので、せめてみんなで新宿の方角に向かってお礼を言いましょう。ヨヨヨちゃん、ありがとー!」
「ありがとうございますヨヨヨちゃんさーん!」
「あっありがとうございます……!」
「また今度会ったときにでも直接言えばいいでしょ……喜多ちゃんもぼっちちゃんもやんなくていいって怖いから」
「新興宗教の始まりを見た」
怖いねぇ。
……まぁヨヨヨちゃん教の開宗については後日詳細を詰めることとして、今はMV撮影の話をしようね。
「そんで先に言っておきますが、まずお金はないです」
「はい」
「はい」
俺が悲しい現実を伝えると虹夏先輩と喜多さんがスンっとなって返事をした。後藤とリョウ先輩も返事はなかったがスンっとなっていた。
「――しかぁーし!」
と、俺は勢いよく椅子から立ち上がる。そして、隣に座っていた後藤がビビッて「あびゃああはああああああああ!?」と言いながらひっくり返っているのを一切気にせず、スターリーの入口を指差した。
「我々には、心強い味方がいるのだ! ――カモン! 1号さん2号さん!」
俺が大きな声で呼びかけ……たのはたぶん聞こえてないのでこっそりロインで合図を送ると、一瞬間をおいてから入り口の扉がばばーんっ! と開かれて、そこから二人の女性の姿が。
そうして二人は颯爽とフロアまで駆け下りてくると、俺たちの前に並んでなんかカッコいいポーズを取った。
「――どもー結束バンドのファン1号です!」
「2号です~」
「はい、おなじみ技の1号さん力の2号さんです」
「此崎くん何やらせてんの!? ワザとチカラって何!? あと1号さんも2号さんもなんでそんなノリノリなんですか!?」
なんでってそりゃあちょっとした気持ちをお渡ししているからですね。具体的にはス○バのギフトカード500円分。本当はもうちょっとカッコよく名乗りを上げて欲しかったけどポーズはしっかり決めてくれたし500円でそこまでは望むまい。
ともあれ律儀にツッコミを入れてくれる虹夏先輩には感謝である。ありがとー!
「そんなわけで1号さんと2号さん、実は美大の映像系の学部に通ってらっしゃるそうでして」
「はい! 撮影は任せてください!」
と、俺がざっくりご紹介すると1号さんが拳を握って頼もしい返事をしてくれる。
……まぁわざわざ全員の前で紹介しなくても事前に声をかけたのは俺と虹夏先輩だし、あと喜多さんもこれまでの交流の中でとっくに知ってたんだけどな。知らないのはリョウ先輩と後藤だけだ。
「この前遊んだ時に作品見せてもらったんだけどね、もうプロと遜色ないくらいだったんだよ~!」
「ちょっとジカちゃん褒めすぎだよ~!」
「…………」
「……ぼっち、これが決して埋められないコミュ力の差」
最初、結束バンドのファンというよりは後藤のファンであったはずの1号さんと2号さんだが、人の心は移り変わるもの……いつまでたっても視線すら合わず引きつった愛想笑いに語尾のはっきりしない挨拶程度しかできない奴よりも毎回顔を合わせるたびに元気よく挨拶をしてくれる笑顔のまぶしい子と仲が深まるのは必然である。
「ほら後藤、感想言っていいぞ」
「かなしい」
「そうか……」
思ったより切実な一言でちょっと涙腺に来た。
まぁそれはそれとして俺も確実に後藤よりは1号さん2号さんと交流あるけどな(伝統芸能:梯子外し)。
彼女たちが作ったという映像作品を見せてもらったこともあって、素人目線だが虹夏先輩のプロ並みという評価も決して大げさではないと思ったから、二人の協力が得られるのは本当に頼もしい限りである。
「……ま、とにかく1号さんと2号さんの力を存分に借りて、低予算でもハイクオリティなMVの完成を目指そうってことですね」
ちなみに撮影機材については最近やけに優しくなった店長さんからライブハウスの備品を貸してもらえた。
たぶん此山事変で発生した勘違いを未だに拗らせているものと思われるが、まぁメリットとデメリットを天秤にかけて前者の方が大きいしシンプルにおもしろいので特に勘違いを正すことなくここまできている。
……さて。
「そんじゃあまぁ、ちょいと進行を1号さんと2号さんに託しましてMVの企画会議といきましょうか」
♪ ♪ ♪
「──はい、じゃあまずどんなMVにしたいか……大筋のコンセプトを決めちゃいましょう!」
と、1号さんがさっそく切り出した。その後ろで2号さんが「エモい」とか「切ない」みたいなキャッチーな感じの単語をホワイトボードに書き出してくれている。
「やっぱり曲に合うようなMVにしたいですよね! なんていうか、爽やかな感じの!」
「歌詞は相変わらず陰キャっぽいけど、サビはちょっと明るい」
「ぼっちちゃん、この歌詞どんなイメージで書いたの?」
「えっあっいやいろいろ……」
「そのいろいろが何かって聞いてんでしょうが」
まぁそもそも後藤にそんな解説求めるのが無茶だとは思うんだけども。
「ねぇねぇリョウ? リョウって結構バンドのMVとかチェックしてるでしょ。何かお決まりのやつとかない?」
「特に関係ない女が出てきて泣くか踊るか走ってる」
「あー見る見る」
リョウ先輩に話を振った虹夏先輩がその返答にうんうんと頷いている。というかその場にいる全員が「あー」って顔してる。思い当たるものが多すぎるね。
「あと顔の良いメンバー以外サブリミナル程度にしか映らない」
「気のせいです!!」
「特にベースとドラム」
「気のせいです!!!!」
「リョウ先輩、業界の闇に切り込んだな……いやでもその点結束バンドは大丈夫ですね。全員ルックスいいし」
「え」
「あら」
「ほう?」
「あっえっうへへえへ」
「あ、訂正。後藤はたぶん映えないからギター除いた全員」
「このカス……」
「今誰か俺のことカスって言いました?」
……ダメだ、後藤以外の全員からカスを見る目で見られてるから特定不可能だ。でもカスなのは俺じゃなくって後藤の写真映りだと思いまぁす!
「ま、まぁ特に関係ない女を用意するのはアレですし、だとすると結束バンド四人で泣くのもよくわからんしそんな走るようなキャラでもないし……」
「……じゃあ、みんなで踊る? 喜多ちゃんは得意そうだよね」
「私ですか? そうでもないですけど……」
――こんな感じですかね? と、そうでもないとか謙遜した直後、喜多さんはあまり激しくはないもののしっかりキレッキレなダンスを踊り始めた。喜多さん、もしかしてK-POPアイドルか何かやってた?
虹夏先輩も「めっちゃキレキレじゃん!」と吠えた……が、それはそれとして「自分で踊るのは難しそう」とも。
そして。
「ちなみにぼっちちゃんは何かある? ダンス」
「えっあっ」
このキラーパスである。
「……あっ、あっへへ……」
俺、後藤の渾身のドジョウ掬いに思わずニッコリ。もちろんスマホのカメラも構えた。
陰キャは踊れない、踊れる陰キャは陰キャでない……というのは陰キャ原理主義的過ぎるかもしれないが、少なくとも後藤はオールドタイプの陰キャであり、シンプルに運動音痴なので盆踊りがギリギリなのだ。
「後藤、お前が映えないって言ったのやっぱり訂正するぜ……」
「ごめんぼっちちゃん全面的にあたしが悪かった」
「今のは虹夏が悪い」
そうだぜ虹夏先輩が悪いんだぜ。ありがとう。
「……え、え~っと、他に何かありますか~?」
スターリー名物、あるいは結束バンド名物のコントに段々歯止めがかからなくなってきたところで1号さんが手綱を引いてくれた。2号さんともどもすっごい苦笑いしてる。
「はい」
「お、リョウ先輩アイデアが?」
1号さんの軌道修正に真っ先に乗っかったのは、意外にもリョウ先輩。キリっといかにも真面目な真顔で、シュバっとまっすぐ手を挙げていた。
「ぼっちの家、犬いたはず。そいつを使おう」
「えっはい……」
「……どうします虹夏先輩、一応理由聞いときます?」
「あんまり良い予感はしないけど……リョウ、ちなみになんで犬?」
「この世に動物ほど簡単にバズるものはない!! 演奏シーンなんかより無限に犬の映像流してる方が再生数稼げる!!」
「こいつプライドってもんがないのか!?」
ないよね。こういうところに関しては。清々しいよね。
「ほらぼっち、ぼっちの家の犬何か一芸ないの? ギターとか弾けないの?」
「えっあっ、ぎっギターは弾けないですけど……あ、此崎くんの首を正確に噛み千切りに行くとか」
「後藤?」
「ぼっちちゃん急に何言ってるの?」
「そんなスプラッタはロックすぎるわひとりちゃん……!」
流血沙汰もロックだけどガチで命にかかわるのはよくない。っつーかなんでジミヘンの芸でそれチョイスしたんだよ。あいつもっといろいろできるしそもそも芸じゃねぇんだよアレ。
「あっあと子どもセットにしたらバズりますよ……!」
「やっぱりこいつの方がカスじゃないですか虹夏先輩」
「それはそれこれはこれだけど強く否定もできない……」
ふへっと卑屈な笑みを浮かべながらサムズアップする後藤。5歳の妹を使って売れようとするその根性よ。
……何? 幼馴染の写真を売って金を受け取っている男がいるだって? マジかよ最低だな許せねぇ……!
「……あ、っていうかぼっちちゃんってば弾いてみたでめっちゃ成功してるじゃん。演奏がすごいのはもちろんだけど、再生数上げるのに何か工夫とかしてるの?」
と、虹夏先輩が後藤に質問を投げかける。
すると後藤は「あっえっとタグ付けはいっぱいします」とスマホを操作して画面をみんなに見せてくる。
「……『#弾いてみた』『#ギター』『#ロック』『#人気曲』『#青春』『#切ない』『#胸キュン』『#ときめき』『#恋愛カップル』『#10代』『#リア充』『#エモい』」
「あっあっあっあっあっあっあっあっ」
「そこ! 変なプレイしない!」
「普通に読み上げただけなんですけど。こいつが自分で付けたタグを」
プレイとか言わないでほしい。
……と、ひとまずここまでの話を総合すると、全体的には曲と合うような雰囲気で、犬と子どものサムネで釣って、喜多さんがキレッキレのダンスをする横で後藤がドジョウ掬いして、アップするときには後藤が死ぬようなタグ付けをいっぱいする、ってな感じか。
あとは……。
「――動画タイトルは『【神回】楽器屋で100万使い切ります【プレゼント有】』で行こう!」
「ヨシ!」
「全然ヨシじゃないわよ此崎くん!」
リョウ先輩のナイスアイデアにすかさず賛同したら喜多さんに鋭いツッコミを入れられた。
……ふむ、しかし……?
「……へー、喜多さんはリョウ先輩の言うこと否定するんだなー」
「郁代……」
「あっうっ……――し、仕方な」
「なくないなくない! 喜多ちゃん狂気に飲まれないで! っていうか此崎くんも真面目にやってよ! マネージャーでしょ!!」
「はい」
惜しかった……っていや冗談冗談。さすがにそんなタイトルは付けないよ。バンドじゃなくてオーチューバ―として食っていくつもりなら検討するけど。
「……ま、ともあれ中身の方針は決まったので」
「「えっ!?」」
「え?」
話を先に進めようとしたらなぜか1号さんと2号さんがでっかい声を上げてカットインしてきた。何?
「ちょ、ちょっと待って此崎くん、今中身の方針本当に決まってた? 話まとまってた?」
「え、まとまってたじゃないですか。後藤のドジョウ掬い……」
「此崎くんそれが見たいだけだね!?」
そのようなことはございません。わたくしはただ、結束バンドらしさを最大限に表現したMVが作りたいだけ。後藤のドジョウ掬いを鮮明な映像に捉えて1号さんと2号さんの優れた技術で美麗に編集してもらって後世に残したいなどとはこれっぽっちも思っていないのである。
「――あ」
「どしたのリョウ」
「いいこと思い付いた」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「ひどい」
1号さんと2号さんから視線で尋問を受けている俺を余所に、虹夏先輩とリョウ先輩が何やら幼馴染コントを繰り広げている。
そしてふと、尋問から逃れるために逸らしていた俺の目を、リョウ先輩がじっと見つめてきた。
「……え、なんすか?」
「ぼっちのドジョウ掬いは新曲と合わないでしょ」
「はい」
「郁代のキレキレダンスの練習してる時間はないし」
「はい」
「走ったり泣いてたりしてるだけじゃ間がもたない」
「はい」
「やっぱり特に関係ない女を用意していろいろやらせるのが一番楽」
「はい」
「ということで」
「ということで?」
「衣久、女装しよう」
「嫌です。……えっ嫌です」
「なるほどね! リョウったらホントにナイスアイデアじゃん!」
「虹夏先輩?」
「此崎ちゃんならすぐに用意できますもんね! 此崎くん、カワイイは作れるのよ! 私、メイク頑張るわね!」
「喜多さん?」
「あっ私もいいと思います……此崎くんの女装……へへっ」
「後藤?」
後藤?
……後藤ォ!
次回、カワイイあの子が帰ってくる。
MVを作るためにカワイイを作るのはもうしょうがないよね。