うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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忙しかったし意外に難産じゃった……

そして今回はおまけつきです。まぁ見覚えのある人もいるでしょう。

あ、あとサブタイの通りアレ注意です。アレ。前回の流れからしてわかんねぇやついる!? いねぇよなぁ!


#55 帰ってきちゃった此崎ちゃん

 

 人生は諦めが肝心である。

 そして、開き直ることも肝心である。

 

「──ねぇ喜多さん、ダンスしたらせっかくのメイク崩れちゃわないかな。外寒いけど動いたら汗かいちゃいそうで……」

「え、えっと……だ、大丈夫だと思うわよ? 崩れやすい目元は薄めにしてるし、下地もしっかり作ったし……」

「そっかそっか。ま、一曲まるっと踊りっぱなしってわけでもないから大丈夫かな」

「ほ、ホントに踊る気……?」

「なに言ってるんですか虹夏先輩! 虹夏先輩たちが踊ってって言ったんじゃないですか! わたし、一生懸命踊りますよっ!」

「……衣久は生まれた時から女の子だった。いいね?」

「うん、いいですよリョウ先輩!」

「よよよよくない……!」

 

 いや、いいよ。

 わたしは生まれた時から女の子だった……そういう心づもりでやるさ。

 

 楽しいから楽しいんじゃあない。

 楽しむから楽しいのだ。

 

 世のため人のため結束バンドのMVのため。

 此崎衣久ちゃん15歳、一肌脱ぎます。

 

 

 

 

 

 ……なーんつってな?

 

 いやね、いやいや。

 いくらなんでもさ、結束バンドの記念すべき最初のMVに俺なんかが出しゃばるわけがないじゃないの。俺、マネージャーよ?

 

 結束バンドの四人……冗談でも照れ隠しでもなんでもなく後藤だけは本当に猫背二重顎でダメだと思ってるけど、逆に他の三人はお世辞抜きでルックス良いと思っているわけで、マネージャーとしてはそんな彼女たちを前面に押し出さない理由がないのだ。特に関係ない女をMVに出す意味がないのだ。

 

 だから──俺のこの女装はただの賑やかしである。黒いジップパーカーに店長さんのコレクションから拝借した制服のスカートと黒タイツを身に纏い、黒のミディアムヘアのウィッグを付けてしっかりメイクもしてもらっているのは全然気にしなくて大丈夫。首にヘッドフォンかけてサブカル風を目指してはいるもののほぼコスプレ要素なしの真っ向勝負してるけど一切気にしなくて大丈夫である。

 

「──いいですね?」

「異議あり!!」

「却下しますね」

「却下を却下だよ!! そんだけやっといてMV出る気ないわけ!?」

「ないですね」

 

 虹夏先輩の怒涛のツッコミを軽く受け流しつつ「ふっ」と俺がニヒルに笑うと、不意に目が合ってしまった店長さんが突然の死を迎えた。喜多さん主導の下でメイクアップしてもらった俺の顔面がもはや凶器レベル……というのもあるだろうが、やはり普段とのギャップが店長さんの脳を盛大にバグらせ、しめやかに爆発四散させたのだろう。R.I.P.

 

「いやいやちょっと待ってよ此崎くん! それじゃあたしたちがなんの意味もなく女装させたことになっちゃうじゃん!」

「まぁいいんじゃないですかね」

「それに此崎くんもなんの意味もなく女装しただけになっちゃうんだよ!?」

「まぁいいんじゃないですかね」

「こいつめんどくさくなってるだけだっ!」

 

 と、姉の屍を超えてなおも食い下がってきた虹夏先輩が正解にたどり着いた。ベストアンサーです。

 

 いや、結束バンドの四人がメインでMVに映るべきで俺なんかが出しゃばるべきじゃないってのは紛れもない本心で第一なのだが、それはそれとして女装ももう三回目──文化祭の時のメイドコスが一回目、その後一度バイトに遅刻した際に罰ゲームとしてセーラー服を着せられたことがあり、それが二回目──なので、まぁなんというかそんなに騒ぐほどのことでもないよねって気分になっちゃって。

 

 ま、せいぜい前回の反省を踏まえて最初から開き直ってやろうと思ったから暇を見つけて軽く練習していた女声で喋ってみているくらいで、女装したからにはMVに出なくちゃなんて衣久ぜんぜん思わない。それよりそろそろ撮影しない? って衣久思うの。

 

「……やはり衣久は頭がおかしい……」

「てれっ」

「それ私のネタ」

「ネタって言っちゃったよ。しかもあなたもう半年以上やってないでしょこのネタ」

 

 もう著作権切れてるよ。あとかつての俺は変人とは言ったと思うけど頭がおかしいとまでは言ってなかったよ確か。

 

「……ま、とにかくちゃんと結束バンドらしいMV作りましょうよ。ほら、ここにあらせられる結束バンドのファン1号さんとファン2号さんだって結束バンドのみんながフィーチャーされたようなMVが見たいし作りたい……ですよね?」

 

 俺がそうやって話を振ると、1号さんと2号さんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 

「う、うーん、別に此崎くんに不満があるわけじゃないけど、そう言われちゃうと……ねぇ?」

「それはまぁ、ね?」

「此崎さん、そこで1号さんと2号さんを使うのはずるいわよ……!」

「使うって人聞き悪いな喜多さん」

 

 今まさに目の前にいる結束バンドの筆頭ファンに意見を聞かないではないでしょうて。

 

「でも、私たちはみんなのお手伝いがしたいだけだから……みんなが作りたいMV、それが私たちの見たいMVだよ!」

「おぉ……2号さん……!」

「ファンの鑑だわ……!」

「あたしたち、こんな素晴らしいファンを持てて幸せ者だね……!」

 

 拍手。拍手である。

 俺と虹夏先輩と喜多さんから、思わず拍手である。リョウ先輩と後藤はぬぼーっとしてた。

 

 喜多さんの言った通り、まさしくファンの鑑である。2号さんのみならず彼女の隣で腕を組みながらしみじみと頷いている1号さんも、要するに同意見ということだろう。

 

 俺たちにはもったいないファン……などと謙遜するのは1号さんと2号さんに何よりも失礼なことで、なればこそ我々は我々の内に秘めたるエゴを解放し、思うがままのアイデアをぶつける必要があるはずだ。

 

 俺たちは、ぬぼーっとしていた二人も含めて全員で頷き合った。

 

「――後藤のドジョウ掬いを4K画質で収めたい!」

「――せっかく此崎くん女装させたんだからやっぱり出演させようよ!」

「――そうだぼっちに水着を着せよう。寒中水泳」

「――私いいの思い付きました! 高校生カップルがデートしてるんですけど喧嘩しちゃってでも私たちの演奏を見てなんやかんや仲直りして曲の終わりにキス! それを祝福する私たち! どうですか!?」

「――あっあっ喜多さんの案いいと思いまおえっおぼろろろろろろろろろろろろろろ」

 

 うーん、ナイス結束!!!

 

 ……ま、この後1号さんに「もう私たちが全部決めるんで全員持つ物持って外出てください。バンドマンは大人しく楽器だけいじってりゃいいんですよ」って半分キレ気味に言われちゃったんですけどね。へへっ!

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 そんなわけで近所の公園に来た。

 

 ちなみにこれはごく個人的なことなのだが、真冬のスカート死ぬほど寒い。タイツ履いててもクソ寒い。全国の女子学生に対する敬意が増したよね。

 

「…………」

「……あっなっ何……?」

「お前全国の女子高生に謝った方がいいんじゃないか?」

「えっ」

 

 いや別に冬場にスカートの下にジャージ履いてる女子が後藤だけじゃないしいいけどさ。ただ後藤への敬意は特に増すことがなかったという話である。

 

 はてさて、ともあれ撮影だ。

 

 俺たちの自由意思は1号さんによってすでに剥奪された。したがって1号さんの指示通りに動くのがベストでありマストである。

 

 そして、実際に1号さんから飛んできた指示は「カメラは適当に回してるから気にせず自然体で遊べ」というものなのであった。

 

「そうは言われても意識しちゃうな~」

 

 とは虹夏先輩の言である。

 虹夏先輩は木陰の椅子に座ってどことなく背筋を伸ばし、きょろきょろと落ち着かなさそうに公園を見渡している……まぁ、普通に緊張してるように見えるな。自然体からはしっかり程遠い。

 

 ……が、しかし。

 世の中、上には上がいる。いや世の中っつーかすぐそこにいる。

 

「伊地知先輩ったら表情硬いですよ~! ほら! 自然体自然体!」

「いやその何よりも不自然な手元は何!! 完全に小顔効果狙ってるじゃん!!」

「虫歯ですっ」

 

 両頬に手を添えてばっちりカメラ目線のレッド・イソスタ・モンスターが一名。

 喜多郁代という人間にとってはある意味これが自然体なのかもしれないが、たぶん1号さんの言ってる自然体はまったく違うと思う。はてしなく不自然体である。

 

「……はぁ、まったく。二人とも後藤を見習ってほしいな……」

「此崎くんも見習いたいくらい自然体だけどがっつり女装してるのに自然体なのはめちゃくちゃ不自然だからね? あとぼっちちゃんの()()は本当に自然体でいいの?」

「ツッコミが渋滞してますよ」

「ボケが玉突き事故起こしてるからね」

 

 事故渋滞だね。

 

 でも後藤についてはボケてないし、後藤自身ももちろんボケていない。ボケなしのガチ自然体で()()なのだ。公園というバトルフィールドに召喚された後藤は木の根元に座って土いじりをするように遺伝子にプログラムされているのだ。本能なのだ。

 

「ひとりちゃん、いつも猫背で俯いてるのがよくないんじゃないのかな?」

「二重顎になっちゃうからどう撮っても可愛くならなさそうだね……」

「……へへっ……」

 

 1号さんと2号さんの的確な洞察に煤けたような顔になった後藤は、体育座りをしながら自分の傍に転がっていた丸まったダンゴムシをつついている。

 

 満ち足りた気持ちになった俺が満面の笑みでその光景を(個人的に)撮影していると、喜多さんが突然「ひとりちゃんちょっと立ってみて!」と言い出した。

 

「えっあっ、きっ喜多さん何を……?」

「いいからいいから、はい、そうそう背筋伸ばして顔上げて、あとはちょっとだけ、ちょっとだけ髪も分けたら──きゃ〜〜〜〜〜! これよ! これ〜〜〜〜〜〜! アイドル事務所入れると思いませんか!? ビジュアル担当で売り出しましょうよ~~~~!!!」

「10秒ともってないんだけど……」

「儚い命」

 

 まぁ後藤パパと後藤ママの遺伝子引き継いでんだから後藤の顔が良いのは確かなんだけど。魂がアイドル向きじゃないよね。輪廻を一周しても無理。どうか俺を信じてほしい。

 

 

 

 ……と、一通りコントもこなしたところで、特に前振りもなく1号さんがカメラを回し始めたためにMV撮影はさらっと始まった。

 

 なんだかんだ言って、結束バンドの4人から緊張が抜けたのは早かったように思う。

 というか緊張らしい緊張をしてたのは虹夏先輩だけで、喜多さんはちょっとカメラへの意識が強いもののほとんど緊張している様子はなかったし、リョウ先輩は天上天下唯我独尊だし、後藤はダンゴムシとお友達だし……そんな中で虹夏先輩の緊張がほぐれるのは時間の問題だったということだ。

 

 そして俺はというと、みんなの撮影の邪魔にならないよう公園の端っこへ退散し、後方腕組みマネージャーとして突っ立ちながらみんなの様子を見守っていた……の、だが。

 

「……ちょっと2号さん、俺のことは撮んなくていいですって」

「此崎くん、せっかくかわいい格好してるんだから動画に収めとかなくちゃ損だよ損」

「女装してる姿とか動画に収められた方が絶対損なんですよね。……いやまぁ必死こいて抵抗するのも面倒なんで別に撮るのはいいですけど、結束バンドのMVには使わなくていいですからね」

「それはどうかな~」

「どうかな~じゃないんです」

 

 こんな具合で2号さんがニコニコしながら近寄ってきて、俺にもカメラを向けてきたのであった。ほんわか笑顔が眩しゅうございます。

 

「……あー、そういやちなみに」

「ん? なーに?」

 

 ポーズやらなにやら注文を付けてくるでもなく、ただただ隣からレンズ向けられて据わりが悪かった俺は、誤魔化すように2号さんに話しかける。

 

「ホントに今更なんですけど、こんな適当に撮っててなんとかなるもんなんです? 今んとこみんな遊んで喋ってってしてるだけっぽいですけど」

「いっぱい撮らせてもらってるから割となんとかなると思うよ。まぁあとからこのカット欲しい! ってなるかもしれないけど」

「その辺はお二人がよければいくらでも時間作らせていただきますよ」

 

 今は去年の末頃よりも少し落ち着いたスケジューリングしてるし、店長さんが確変に入っている都合でシフトを変えやすいから、いろいろと予定を動かせる余地は多いのだ。

 

 ……多い、はず。

 別に今すぐどうこうというわけじゃないのはわかっているが、俺はポケットからスマホを取り出してスケジュールアプリを開いた。いやドヤ顔で任せとけとか言っといて実は無理だったみたいなの嫌だから――。

 

「――あ、此崎くんそのままゆっくり空見上げてくれる?」

 

 ――だから、別に冬空をバックにしてアンニュイな感じでスマホ弄ってる謎の女の横顔カット提供したわけじゃないんですよね。とりあえずやるけど。

 

「あれ、なになに結局此崎くん撮影オーケーなの? 全然乗り気じゃなさそうだから遠慮してあげてたのにー」

「げっ、1号さん」

 

 そうしてすっかり油断していると、メインカメラマン1号さんに嗅ぎつけられてしまい、さらには当然()()もやってくる。

 

「ちょっと此崎さん! 『げっ』なんて失礼でしょ! これは罰としてその姿を動画に収めなくちゃいけないわね!」

「うんうんそうだね! あたしもそうするべきだと思うな!」

 

 そう、虹喜多殺法コンビである。

 ……いやちゃうねん、普通に結束バンド四人が寄ってきたと思っててん。なんで乙女の味方がここですっ飛んでくるんだよ。まぁあとからすぐにリョウ先輩とダンゴムシの友人代表もこっち来たけどさ。

 

「……あのー、1号さん? マジで俺映ってるところも使う予定あるんですか? 本当の本当に必要だって言うんなら俺ももうちょい積極的に協力しますけど……」

 

 俺が視線を向けてそう言うと、1号さんは「え? あー、うん……」と一度言葉に詰まり、それからダンゴムシの友人代表をちらりと見てから再び口を開いた。

 

「まぁ、今のところひとりちゃんを映してる映像がちょっと……あの、ちょっとだけ、ね……?」

「……へへっ……」

 

 残念でもないし当然。

 しかし幼馴染の写真写りが悪いばっかりに女装した姿を撮影されなければならないオイラはあまりに哀れじゃありゃせんかい?

 

 ……いやうん、でもやっぱり、後藤が映えないからって俺が代わりに映るのは違うだろ。

 

「……あのですね、ノリが悪くて大変申し訳ないんですが、俺はやっぱり4人をきちんとフォーカスしたMVが見たいです。結束バンドの、初めてのMVなんですよ? もう一回はっきり言いますけど、4人とも……まぁ、癪だけど後藤も含めて、十二分に魅力的だと思ってるんです。だから、MV用の映像はちゃんと4人で撮りましょうよ。それで、最高のMVにしましょうよ」

「此崎くん……」

「……そこまで言われちゃったら、ねぇ?」

「うん。しょうがない」

「でへへでへでへへへ」

 

 俺が真剣になって伝えれば、喜多さんと虹夏先輩、リョウ先輩は見るからに表情が引き締まった。……後藤テメェも引き締めろや……でへでへ笑ってんじゃねぇぞ……。

 

「……まぁそんで、代わりと言っちゃなんですけど、俺のこと撮りたいなら後でいくらでも撮っていいですから」

「ん?」

「今」

「なんでもするって言ったよね?」

「でへへでへへでへへへ」

「全然言ってないです」

 

 赤青黄色の信号機どもこんなとこで結束しないでくれ。本当に。

 あと後藤はこの流れでそのキメェ笑い方すんな。

 

 俺は大きなため息を吐いて爛々と目を輝かせるおバカ4人を無視し、それから1号さんと2号さんに「そういうことなのでお願いします」とあらためて頭を下げれば、彼女たちもまた「じゃ、此崎くんのことは後でたっぷり撮っちゃうからね! あ、なんなら大学の課題に使っていいかな?」とか言ってきたのであった。

 

 

 

 ……そして、確かに「たっぷり撮る」と宣言されたとは言え、まさかMV撮影が終わった後に5時間も此崎衣久ちゃんの撮影会をやるなどとは夢にも思いませんでした。

 

 さらにここで少し未来のことを先取りして申し上げると、此崎衣久ちゃん珠玉の映像集はガチで1号さんと2号さんの大学から出された課題に使われて、しかもかなりの高評価を得たりしてしまったのでしたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

おまけ  実は帰ってきてた此崎ちゃん

 

 

 

 寝坊した。最悪だ。

 

 今日は午前中からシフトが入っていたのだが、がっつり寝坊してしまった。いったいなぜ……昨日夜中の3時までヨヨヨちゃんと通話していたのがまずかったのか……? あっそれじゃーん!

 

 いやでも、ヨヨヨちゃんとの楽しい夜更かしだけならまだなんとかなったはずで、じゃあ何が痛恨だったかって、スマホのアラームをかけ忘れてしまったことだ。

 目が覚めたのは虹夏先輩から電話がかかってきたからで、時間になってもスターリーに来ない俺を心配してかけてくれたらしい。まぁつまり出勤時間になった時点でまだ家でスヤスヤ寝てたわけである。

 

 さすがに冷や汗でびしょびしょになった俺は髪のセットもろくにしないまま家を飛び出して、そこから最速最短でスターリーへと向かった……と言っても大半は電車に揺られているだけなので、そこが非常にもどかしかったのだが。

 

「――うおおおおおすいませええええええん!!! おはようございまああああす!!」

「あっ、此崎くんやっと来た! もう、ぼっちちゃんがお休みの日に限って寝坊なんて……」

「す、すんません、マジすんません……」

「此崎くん、寝坊なんて珍しいわね。どうして寝坊しちゃったのかしら――まさか、夜更かしなんてしてないわよね?」

「……ははは……そんなまさか……」

 

 スターリーに到着すると、まずはジト目の虹夏先輩に出迎えられた。結束バンドの中で唯一俺と同じく午前からバイトの予定だった虹夏先輩……そりゃあもう平身低頭で謝る他ない。

 あと喜多さん目が笑ってないの。怖いの。夜更かしお寝坊だめゼッタイなの? ……もしかしてその先のこと(寝落ちもちもち)まで察知されている? いや、まさかそんな……。

 

 ……と、まぁそれはともかく。

 迷惑をかけた同僚もそうだが、何より雇い主には一言詫びを入れねばなるまい。土下座して靴舐めないとね。

 

 しかし、ライブハウスの中に店長さんの姿が見当たらなかった。

 虹夏先輩に尋ねてみると、あの人はリョウ先輩と一緒に上の階にある虹夏先輩んちに行っているらしい。

 

 なんでじゃ、と聞き返す前に俺は何気なくスターリーの出口へ視線を向けて――そしてそれが致命的な隙となった。

 

 ポン、と両肩に手が置かれる。

 耳元で、二つの声が囁く。

 

「――此崎くん、お寝坊する悪い子には……」

「――罰ゲームが、必要よね……?」

「……な、何を……?」

 

 さらに、見計らったようにスターリーの入り口の扉が開き、店長さんとリョウ先輩がぬるりゆらりと中へ入ってくる。

 

 

 ――透明な袋の中でハンガーにかけられた、紺色のセーラー服をその手に持って。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「……メイド服とは……わけが違うだろ……」

「ちょっと此崎さん! 地声で喋っちゃダメでしょ! ほらあの時みたいに女の子の声出してほら!」

「うぅ……は、はい……」

「あぁ此崎……あぁぁ此崎……あぁぁぁぁ此崎……あぁ……あーあーあー此崎……此崎ちゃん……あぁぁ……!」

「お姉ちゃん怖いから正気に戻って……あっでも写真はあとであたしにも送っといてね」

「やっぱり此崎は清楚系が似合う。店長が黒ロングのウィッグ持っててよかった」

「三つ編みかわいいですねぇ……メイド服の時もすごかったですけど、まさかセーラー服まで着こなすとは……」

 

 一時間後。

 俺は紺色のセーラー服を着せられて、黒髪のウィッグを被らされ、主には喜多さんとPAさんからバチバチのメイクを施されてスターリーの真ん中に立ちすくんでいた。女子高生三人と成人女性二人に包囲されていた。

 

 恥ずかしい。素直に恥ずかしい。

 喜多さんが極めて鼻息荒く、店長さんが目を虚ろ&口を半開きにしてひたすらに写真を撮ってくるのだが、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 メイド服着た時は、ちょっとこう、テンションがおかしかったのだ。

 文化祭の空気に中てられて、周囲に煽られて俺自身がしっかりと乗り気になったからこそ、あの格好のまま学校を出てスターリーまで行くという暴挙にも出られたわけで……でも、今日はあの時と明確に違う。

 

 罰ゲームとして、俺の望む望まないにかかわらず、強制的にこんな格好をさせられている。

 姿見に映った、セーラー服姿の俺は文句なしに可愛いと思うのだが、そういう問題じゃないのだ……。

 

「あ、あの……さっさすがにこの格好で働くのは……す、スカートとか、すごい不安で……」

「大丈夫よ此崎さん! その長さならよっぽどのことがなければ中が見えたりはしないわ! だから安心してバイト頑張りましょう!」

「い、いやでも……」

「大丈夫だよ此崎くん! ちょっと接客頑張ってもらうだけだから! ドリンクと受付どっちがいいかな? 此崎くんの好きな方でいいよ!」

「せ、接客? 俺「此崎さん?」……わ、私、この格好で接客までする、んですか……?」

「此崎ちゃん……もうずっとそのままでいてくれないか……?」

「……普通に嫌ですけど……」

「此崎、せっかくだから結束バンドのMVの撮影もしよう。オーチューブにアップしたらきっとバズる。私が保障する。とりあえず収益の分配についてなんだけど……」

「……む、むり……」

「此崎くんもっと他の格好もしてみませんか? 店長さん他にも衣装持ってそうですし、髪型とかもいろいろアレンジしましょう、ね?」

「…………」

 

 羞恥心とみんなからの容赦ない要求で頭の中がぐしゃぐしゃになった俺は、咄嗟に俯いた。

 

「あ、ダメよ此崎さん顔上げて! ちょっとポーズも取って欲し――って、え?」

「ちょ、ちょっと此崎くん!?」

「お、おい此崎ちゃ、こっ此崎、お前泣くほど嫌なら早く言えって!」

「う、す、すいません、これはその、違くて……!」

 

 なぜか涙がこぼれてしまって、それを見咎められてしまった。

 

 違う、違うのだ、別に泣くほど嫌だったとかそういうんじゃなくて、ただ、俺は羞恥心に耐え切れなくって……クソ、高校生にもなって余計に恥ずかしい……!

 

 あわあわと慌て始める一同に、俺はますます混乱に陥る。

 さらには虹夏先輩と喜多さんから慰めるように背中を摩られたことで、なんだか余計に感極まってきてしまった。

 

 ――そんな時に、彼女はふと現れた。

 

「――ういぃぃぃ! 皆さんお待ちかねのきくりちゃんがやってきたよ~!!! ……ってぇ、あれぇ? みんな何してんの~……?」

「あっ、きくりちゃん……」

「……いっくん? 何? どういう状況?」

 

 すん、と真顔になったきくりちゃんが、からころと下駄を鳴らしながら階段を下りてくる。

 そして、慌てふためくみんなを他所に、まっすぐ俺の目の前までやってきた。

 

「どうしたのいっくん……泣いてるの?」

「い、いやこれは、これは違うんです、別に泣いてなんか」

「……先輩たちにそんな恰好させられて嫌だった、とか?」

「それは、その……」

 

 きくりちゃんが珍しく、いや、おそらく俺が知り合ってから初めて眉間に皺を寄せた。

 

「先輩……いくらなんでもやりすぎですよ。高校生の男の子泣かすような真似……」

「お、お前に説教されるとか明日は槍でも――」

「先輩」

「……すまん、違ったな。いや、前にも一度女装してて満更でもなさそうだったから……なぁ此崎、悪かった。写真も全部消すから……」

「……いえ、あの。大丈夫……です。なんかちょっと、みなさんの勢いが怖かっただけで、楽しんでもらえてるなら……こっちこそすいません、白けさせちゃって」

 

 メイクが崩れないようにそっと涙を拭いながらぎこちなく笑みを浮かべると、きくりちゃん以外の全員が突然心臓の辺りを抑えて「うっ!」と呻き声を上げた。何……?

 

「こ、此崎くん……その、その顔でそれは……ズルだよ……!」

「此崎……私が悪かった……」

「此崎さんの笑顔を曇らせるなんて私は……私は……!」

「……まぁ、ごめん此崎」

「からかいすぎてすいませんでした此崎くん……あと店長、白目剥くのは怖いので帰ってきていただけると……」

 

 ……やっぱりどうにもよくわからないけど、とりあえず全員落ち着いて反省してくれたようなので一安心。

 いや、それにしたって俺も恥ずかしいとか言ってないでさっさと開き直っちまえばよかったんだよな。ホント、何泣いてるんだか……。

 

 俺は自嘲で笑った後、場の空気を変えてくれたきくりちゃんに顔を向けてお礼を言う。

 するときくりちゃんは、穏やかな笑顔で言った。

 

「まったく、いっくんは優しすぎるんだから……それにしてもかわいいねぇ。よく似合ってるよ」

 

 ……あんまり真正面から褒められると、照れるな。

 それはきっと、きくりちゃんがいつもと違ってすごく年上らしいせいで。

 

 ――だから、ほんの少しだけ、悪戯心が芽生えてしまった。

 

「……ありがとうございます――きくりお姉ちゃん!」

「エンッ!」

「ウワーッ!!! 廣井さんが回転しながら吹っ飛んだァーッ!!!」

「此崎さんそれは反則だわ! 至近距離でそれは反則だわァーッッッ!!!」

 

 きくりちゃんは死んだ。

 きくりちゃんはお星さまになったのだった。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 ぽぺぽぺ、とスマホが鳴る。ロインの通知音だ。

 

「……しゃ、写真……そ、そっか、今日私以外みんなスターリーに……うぅ……やっぱりシフト入れてもらえばよかったかも――って、えっ」

 

 私の目に飛び込んできたのは、一枚の集合写真だった。

 スターリーのステージをバックに、おそらく喜多さんが持っている自撮り棒で若干斜め上からのアングルで撮られた写真だ。

 

 喜多さん、虹夏ちゃん、リョウさんはもちろん、店長さんやPAさん、廣井お姉さんもいる。店長さんとお姉さんが白目を剥いてるのがすごく怖い。なんでぇ……?

 

 ……いやでも、そこじゃない。

 問題は、そこじゃないのだ。

 

 集合写真の真ん中にいる、紺色のセーラー服を着て、長い黒髪を三つ編みにして、一見ナチュラルなようでしっかりとメイクをしている見知らぬ女子高生――見知らぬはずの、女子高生。

 

「……こっ、此崎、くん……?」

 

 たぶん、いや間違いなくそうだ。

 別人というか別の性別になってるけど、絶対そうだ。

 

 どうして? 文化祭のときのアレで味を占めてたの? 本当に?

 

「……アァ……」

 

 遠い。

 此崎くんが、遠いよ。

 

 理解不能。理解不能。理解不能。

 

 私の脳は木っ端みじんに飛び散った。

 




ということで帰ってきた此崎ちゃん欲張りセットでしたのじゃ。
おまけはツイッターでわたくしが投稿したSS……をほんのちょっとだけ推敲したものでしたのじゃ。

てなわけで謝辞っておきます。
評価感想お気に入りここすき誤字報告等々ありがとう! ちらっとお気に入り8000超えてるね! まぁ投稿すると減るからまた下回るだろうけどね!

次回も本編を進めていくのじゃ。たぶん。そして難産の予感がする。願わくば我に時間のあらんことを……。
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