なんか構想と違くなったけどとりあえずまとまっちゃったから投稿
――彼女たちが現れたのは、そろそろ俺たちバイト組の仕事が始まろうかという頃だった。
彼女たちは無言&無表情でライブハウスに入ってきたかと思うと、俺、虹夏先輩、リョウ先輩の座るテーブルの前までやってきた。
「……お前ら……その紙袋の束は……」
「……お納めください……」
「いっ、いやいやこんなのもらえな」
「お納めください」
「……う、うん……」
尋常でない彼女たちの様子に、虹夏先輩は完全に気圧されていた。否、俺も、リョウ先輩ですら無言で見守るしかなかった。
そして彼女たちは、ついにその場で膝を折り始める。
左、右と順に膝を床に突き、同じく左手、右手と手も突いた。
それからゆっくりと腰を折っていき、何の合図もなく彼女たちは声を揃えた。
「「――大変、申し訳ございませんでした」」
土下座である。
絶句である。
いや、右の人の土下座は先週も見たから別にどうでもいいが、左の人の土下座があまりにも悲しかった。
いつでも明るくて元気いっぱいで、天真爛漫な笑顔が印象的で、誰とでも分け隔てなく接する人望の厚いクラスメイト……だったはず、なのに。
こんな、こんな静かで哀愁の漂う土下座をする人ではなかったはずなのに……。
「……此崎、泣いちゃいけない」
「すいません、でも俺、こんなの直視できねぇ……」
「どうしようこの空気……」
喜多さんは頭上げてくれないかなマジで……やだよ現役女子高生の土下座……後藤は別にそのままでいいけど……。
「……えーっと、ぼっちちゃん……と、喜多ちゃん? と、とりあえず顔上げて? 喜多ちゃんはまだわかる……いやわかりたくないけど、たぶん、ライブの時にいなくなっちゃったこと謝ってるんだよね」
「はい……大変申し訳なく……煮るなり焼くなり好きにしていただければと……どうぞ私をめちゃくちゃにしていただいて……」
「いやなんか誤解を生みそうだからホントやめて……で、ぼっちちゃんの方はホントに全然意味がわからないんだけど、何の謝罪なの?」
「ただでさえ役立たずなのに初日以降バイトを休み今日も遅刻したお詫びですはい……」
「お、重いなぁ……それだけで土下座は重たいよ……」
……なんか、この惨状に至った筋道がちょっとわかったかもしれん。
さてはこいつら、二人きりで話し込んだばっかりに気持ちがネガティブな方に転げ落ち続けたんじゃないだろうか。
こういう奇行はメンタルが崩壊寸前まで追い詰められた後藤の専売特許だし、負のオーラを放つ後藤にあてられた喜多さんは自責の念に苛まれすぎて正常な判断を下せなくなり、ついには後藤の奇行に同調するところまで堕ちてしまった……みたいな。
「後藤、この紙袋、言ってた菓子折りだよな。……この数、いくらしたんだ?」
「全部で一万円くらい……」
「一人五千円か……」
バイトしてない高校生の精一杯感があって地味に嫌な金額だな……。
「ほっ、本当はもっと、もっと誠意を込めるつもりだったんです! でも、今ちょっと金欠でしてぇ……! 今月はもうこれで素寒貧でぇ……!」
「いやいや喜多ちゃん、そもそもこんな菓子折りもって謝罪されてもあたしたち困――ってリョウさっそく開けるなぁっ!」
「誠意は受け取らなくちゃ。いいよ二人とも、私は許す」
「りょ、リョウ先輩ぃぃ……!」
「りょ、リョウさん……!」
「…………」
あぁ、虹夏先輩がついにツッコミを放棄してしまった。虹夏先輩がやられたらもうおしまいだよ。
「――おーいお前ら、茶番はいいからそろそろ準備始めてくれよ?」
そして店長がさらっとひどい。いやまぁ茶番……茶番ってことにしておくか。うん、それがいい。そうじゃなくっちゃ……ねぇ?
♪ ♪ ♪
お帰りなさいませご主人さまって言ってくれないかなぁっ!!!
……失敬、取り乱した。
クラシックなメイド服姿の喜多さんが素晴らしすぎて一瞬正気を失ってしまった。
「此崎、ガン見しすぎだし鼻息荒い。ああいうの好きなの?」
「大好き」
「うわぁ……」
引かないで そんな目で見ないで 虹夏さん (字余り)
「いや違うんすよ……メイド服が特別好きってわけじゃないんすよ……」
「え~、じゃあ何が大好きなの?」
「ッスー……ご奉仕……面倒見てもらえそうなのが……」
「……うわぁ」
「いや待ってください変な意味じゃないんです信じてください」
疲れてるんですぅ! 生きがいだってのは嘘じゃないし楽しんではいるけどそれでも後藤の介護ってめちゃくちゃ疲れてるんですぅ! いいじゃんいいじゃんたまには面倒見られる側に回りたいってくらいの欲望持ってたってさぁ!
……はぁ。
「同級生に甘えるのはキモいっすよね普通に」
「うわ急に落ち着いた!」
「正気に戻りました。今度こそ。で、戻ったついでなんですけど、なんで店長さんはあんな衣装持ってるんですか? 先輩着せ替えられてたり?」
「いやいやないない、あたしもわかんないよ……」
――あの後、土下座して五千円分の菓子折りを渡してもなお気が済まないという喜多さんに対して店長さんが「だったら店手伝ってくんない?」という提案をし、喜多さんは是非もないとそれを快諾した。
今日は客入りが多そうなのでそれだけでも十分に助かるところだったのだが、喜多さんはすっかりヤケクソになっていて、それでもまだ罰が足りないとごねた結果、店長さんが私物のメイド服を持ってきて喜多さんに着させたのであった。
それにしても喜多さん、ノリノリである。メイド服のコスプレさせられるのなんて罰ゲームでしかないと思うんだけど、恥ずかしくないんだろうか。
ともかく今や鼻歌交じりにモップがけをしていて、喜多さん本来の明るさが戻ってきているように見えた。やはり後藤のせいでテンションがおかしな方向に振り切れていたのだろう。おのれ後藤め。
「それにしても喜多ちゃん手際良いね~」
「あぁ、臨時なのに使えるなあいつ」
と、伊地知姉妹がそろって喜多さんのことを褒めると、俺の隣で突っ立っていた後藤がびくっと肩を跳ねさせた。
そして、虹夏先輩が「あっそうだ!」と言って喜多さんの方に近づいていく。
「喜多ちゃん喜多ちゃん、受付の仕事も覚えてみる? 喜多ちゃん愛想いいから向いてると思うんだ!」
「はい! やります! 私、人とかかわるの大好きなので!」
「ヴッ!?」
後藤が喧しく断末魔を上げている間に喜多さんはどんどん仕事を覚えていき、スタッフさんとも仲良くなっていった。
掃除の時点で見せていた手際の良さは本物で、リョウ先輩と俺ですらライブハウスの隅っこに追いやられてしまうくらいだった。後藤はもはやゴミ箱の中である……いやそれは普通だな。
「フッ、私たちの出る幕はないみたいだね」
「喜多さんは我々の中で最強……」
「あーうー……アイデンティティが……アイデンティティが……」
「そして後藤が最弱……」
「お前らサボってる分時給引いとくかんな」
ひどい。
世を儚んだ後藤がゴミ箱の中に納まったまま転がり、どこからかギターを取り出してエレジーを奏で始めたあたりで喜多さんを連れた虹夏先輩が近寄ってきた。
そして、後藤に対して「喜多ちゃんにドリンク教えたげて?」と慈悲に満ち満ちたパスを出したのだった。
「フッ、後藤に仕事が与えられたようだな」
「しかし私たちは相変わらず暇……」
「いや此崎くんはぼっちちゃんフォロー。リョウは受付準備。ほんとに時給から引くよ」
「はい」
「はい」
妹様もひど……くはないな別に。慈悲に溢れてらっしゃいますええはい。
ということで、俺は後藤と喜多さんとともにカウンター裏へ入る。
喜多さんへのティーチングを任されたのは後藤なので、俺はそれを後方で腕組みして見守ることにした。
「あっ喜多さんこっこれ、これこっ、ここ」
「うん、ドリンクサーバーね! コーヒーのやつかしら?」
「はひっ」
後藤は既にテンパっていた。これもしかしてやばい――なんて悠長に考えた次の瞬間、止める間も無く後藤はやらかした。
「──きゃああああ! 後藤さん溢れてる溢れてる!!」
「おいおいおいおいバカバカバカバカ!!!」
しっかり余所見してばっちり給湯ボタンを押しっぱなしにした後藤は自らの手を湯引きするという惨事を引き起こしたのだった。
♪ ♪ ♪
「此崎くん、どうかしら? 後藤さんの手……」
「赤くなってんな。まぁ後藤の手が元々生白いのもあるだろうけど。水ぶくれになるほどじゃないだろうが、こりゃあしばらくヒリヒリすると思うぞ」
「ひぃーん……冷たいのがいたいぃ……」
「文句言うな」
俺は後藤の手を掴み、蛇口から流しっぱなしにした水へ無理やり晒させる。火傷は最初のうちにしっかり冷やさないと後で痛い目を見るんだ。
……って、まぁそんな大した火傷じゃないし、そろそろいいか。
「後藤さん、このハンカチ巻いておきましょう。気休めかもしれないけど……」
「はいぃ……」
喜多さんはイチゴのワンポイントが入ったハンカチを取り出して後藤の手にそっと巻き、ハンカチの上から優しくさすった。
後藤はしばらくすんすん鼻を啜りながらされるがままになっていたが、ふと、何か気が付いたように少しだけ目蓋を持ち上げて喜多さんの手を目で追う。
「後藤、どうした?」
「えっあっ」
「なーに? どうかしたの?」
「い、いいいやなんでも……」
……なんでもないことなさそうだが、ちょっとタイミング逃したかな。具体的に何が言いたいかまでわかるわけないし、話題の振りようがない。
「……ま、とりあえず後藤は二軍落ちな。喜多さん、俺がざっと教えるわ」
「あ、うん! ありがとう此崎くん」
後藤が煤けているが残念でもないし当然だ。こいつまだ一日しか働いてないんだから、後藤が後藤である以前に人に教えるのは難しかろうて。
というわけで、二軍落ちした後藤も含めて二人にドリンクのあれこれを教える。一日では厳しくても数日働いた俺が基本的なことは全部わかっているくらいなので、喜多さんはとりあえず大丈夫だろう。後藤はまぁ……ゆっくり育成するかな。来世に期待して。
そうして一通りのことを教え、あとはお客さんを待つのみとなったところで喜多さんがおずおずと口を開いた。
「……あの、此崎くん。この間はごめんね?」
「あー、まぁ事情は聞いたし、別にいいよ。露骨に目ぇ逸らされた時はちょっと凹んだけど」
ちょっとだけ、ちょっとだけな。
「俺が言うのもなんだけど、先輩たちはたぶん本当に気にしてないからな。むしろ、喜多さんが逃げたおかげで後藤や俺に会えたんだ、なんて言ってたくらいだから。感謝されてるよ」
「え、えぇ~、それ本当……?」
「ホント。あの人たち、そういう人だよ。な、後藤」
「えっあっ、うっうん……虹夏ちゃんもリョウさんも、すっごく優しいですはい……」
なんか言わせてる感出ちゃった。どうせなら頷いてくれるだけでよかったよ後藤くん。
「……あ。そういや聞いてなかったけど、そもそもなんで喜多さんライブから逃げたんだ? いや、逃げたって言い方もよくないか」
「ううん、私、逃げたのよ。ギター弾けるって嘘吐いてたから、ライブの日になって逃げ出したの」
「は?」
マジ? 何その……何?
「ギ、ギター弾けるって嘘吐いて……え、練習とかどうしてたんだ?」
「必死に避けてたわ。いろいろと理由付けて……」
「えぇ……」
それでなんとかなっちゃったんだぁ。……気が引けるけど、それって先輩たちも大概アレじゃないか?
「喜多さんあれだな、勝手に真面目な優等生タイプだと思ってたけど、意外とロックだな」
「ロ、ロック? これロックなの?」
「わからん。たぶん」
お前どう思う? と後藤を見たが「わ、わかんない……」と目を逸らされた。
幼馴染に対する態度か? これが……。
「此崎くんって、結束バンドのマネージャーって言ってたよね。楽器はやらないの? それこそギターボーカルとか……」
「俺ギター無理。飽き性だから続かんかったのよ」
「じゃあ挑戦したことはあるのね……って、ギターやってる後藤さんと幼馴染なんだから当たり前だったかしら?」
「まぁ否定はできんな。でも、結局俺は後藤のギター聞いてるだけで十分って感じだった」
「後藤さんギター上手だものね!」
「ん? 聞いたの?」
「ええ、階段の下で一人で弾き語りしてるのを少し」
「……どういう状況?」
あれ、俺教室の前で後藤と別れたよな。そこから……もしかして、一回逃げた?
じろりと後藤に視線をやると、今度は頭ごと勢いよく目を逸らされた。こ、こいつ……。
「後藤さんはすごいわね。中学生の頃からずっと練習してたって聞いたわ」
「そうだな。めちゃくちゃ頑張ってたよ。没頭してた、って言ってもいい」
「うぇ、うぇへへ……」
「まぁ他にやることなかったからそうもなるだろ」
「…………」
後藤が調子に乗りかけたので急ブレーキを踏んでおいた。早め早めのブレーキングが大事だ。
「それに、後藤さんギター始めた理由もすごいじゃない。世界平和を伝えたくて、だなんて……」
「ほう……」
おい後藤、こっち見てもっかい言ってみ? お? 世界平和? 中学の頃にお前が作ってた歌詞ノート世界中にばら撒いたろか?
「それに比べて私……結束バンドに嘘吐いてまで入ったのって、リョウ先輩とお近付きになりなかったからなの。もちろんバンド自体への憧れもあったけど……不純よね、笑っちゃうでしょ?」
と、喜多さんは誰より先に自嘲した。いつもの教室で見かけるのとはまるで違う、暗くて悲しげな笑顔だった。
「……別に、不純だっていいと思うけどな、俺は」
「私は思わないの。ほら、バンドって第二の家族みたいな感じしない? みんなでずっと一緒にいて、みんなで同じ夢を追って……って、後藤さんにもおんなじこと言ったんだけどね」
こくこく、と後藤が首を縦に振る。
……この二人、意外と踏み込んだ話までしていたらしい。後藤にしてはよくやったもんだと思うが、そもそも喜多さんをここまで連れてきてる時点で結構深入りしていたと想像するべきだったのかもしれない。いやまぁ最終的には二人で菓子折り持って土下座するのが着地点なのはひどすぎるが。
ただ、それにしても……第二の家族ねぇ。
聞こえはいい……なんて言い方はちょっと悪しざまか。
喜多さんの考え方を馬鹿にする意図は一切ないのだが、しかしそれは間違いなく
そして今、喜多さんにとってはそれが悪い方に作用している。
少し陰った喜多さんの表情を見て、俺はそんなふうに感じていた。
「……喜多さ――」
「――だから私、本当に、ほんっとうに謝りたかったの!」
喜多さんが、俺の言葉を遮って言った。
それから俺と後藤に真っすぐ向き直って、真っすぐに目を見た後、頭を下げた。
「ありがとう、此崎くん、後藤さん。先輩たちに謝る機会、作ってくれて」
「いや、俺たちはそんなつもりじゃ」
「じゃなくても! 私ひとりだったら、もう一度ここに来るのは……難しかったと思う。でも、二人のおかげで、せめて逃げたままにならなくて済んだから」
喜多さんはそう言って、寂しげに笑った。
俺と後藤はそれを見て、顔を見合わせるだけで結局何も言えず。
そしてその日、バイトが終わるなり喜多さんは駆け足で帰って行ってしまった。
ただ一言、「これからも陰ながら応援しています」とだけ告げて。
あれ? なんか喜多ちゃんが結束バンドに加入しなかったんですけど……