1号さんと2号さんにMVの映像制作を進めてもらっているあいだ、結束バンド一同は新曲『グルーミーグッドバイ』のMV用音源収録に向けて練習に励んでいた。
例のごとく俺も各人の練習に付き合っていたのだが、練習の進捗は至って順調。全員が一通り演奏できるようになったところで、少し早めに全員での合わせの練習も始めることにした。
というのも、1号さんと2号さんには映像の制作にあたってリョウ先輩が打ち込みで作った曲と喜多さんがそれに合わせて歌っただけの音源を参考にしてもらっていたため、1号さんたちのモチベアップも狙ってきちんと結束バンドが演奏している音源を渡したかったのである。
で、数日かかってそれなりのクオリティで一曲通せるようになったので、音源を録音次第1号さんたちに送ると目論見通り喜んでもらえた。
そこから一気に映像制作も進んだようで、俺と虹夏先輩で制作途中のものをちょいちょい見せてもらいながら完成時期に目途を立てて、さらには結束バンドの方も合わせて新曲のレコーディングの日取りを決定、先だってPAさんにエンジニアリングのお願いをしたのであった。
そして、2月下旬。
相対的にどうなのかはわからないが、個人的な感覚としてはかなりのスピード感でMVは完成に至った。
出来上がった映像はだいぶシンプルなものになったが、下北沢というロケーションや結束バンドのビジュアルの良さ、それに1号さん2号さんのセンスも相まって想像以上にしっかりとしたMVになった。
……まぁ後藤が演奏シーン以外ほぼ全カットなのはしょうがない。若干NTR気味ではあるものの一応後藤のファンである1号さんと2号さんの判断なのだ。きっとやむを得ないことだったのだ。
完成したMVのクオリティが本当に高かっただけに涙目の後藤がさすがに不憫で、さしもの俺もちょっとだけ慰めた。
で、まぁさっそくオーチューブにMVをアップロードして、それから再生数を監視する日々が始まったわけである。
そもそもMVがマジで良すぎて暇さえあればニヤニヤしながら見ちゃうんだけども、そこに再生数の伸び具合を確認したい欲望が加わると本格的にスマホの通信量がやばかった。
……やばかったのだが、それよりもたったの数日でなんと一万再生を突破してしまったもんだから、もう脳の報酬系から変な物質がドバドバのドバでそっちの方がよっぽどやばい。
家で後藤と、学校で喜多さんと、スターリーで虹夏先輩とリョウ先輩と顔を合わせるたびにニヤニヤとちょっとキモい笑顔で交信をしているのが俺と結束バンドの近況なのであった。
……が、しかし。
「……なぁ喜多さん、どうかした?」
「へっ? あっ、えっと、何がかしら?」
「いやちょっとキモい笑顔がなくなってたから」
「ちょっとキモい笑顔って何!? ひどいわ!!」
あれ、共通認識だと思ってたけど違ったか? まぁいいや。
今朝の教室でMVの話をしがてら喜多さんと挨拶を交わした時点から微妙に浮かない顔をしていて、それから移動教室の合間にMVの話をしに行ったらやっぱり浮かない顔をしていて、昼休みにMVの話をしようと話しかけたら案の定浮かない顔をしていたのだ。
そして放課後、後藤を回収しに行く前に喜多さんに声をかけたわけだが、もちろん沈みっぱなしである。
つい昨日まで俺と一緒に生き生きと絶妙にキモさの滲み出た笑みを浮かべていたというのに……。
「此崎くん? さすがに怒るわよ?」
「はいすいませんでした」
反省。
「……いやマジでごめん、でも冗談抜きでなんかあったんじゃないか? 悩みとかあるなら、バンドに関係ないことでも全然相談乗るぞ?」
そして俺はさっそく反省を活かし、割と真面目に喜多さんに向かってそう言った。
すると、喜多さんは少し躊躇うような表情を見せた後、おずおずと口を開く。
「えっと……此崎くん、ずっとMV見てくれてるのよね」
「おう」
「……私の歌、聞いてて何か違和感ないかしら?」
「違和感?」
ない。全然ない。いつものキタキタイケメンボイスである。
……いや、厳密に言えば、PAさんに補正してもらっている分、普段の練習、ライブやその直撮り動画、もしくはカラオケで聞く時よりもずっと良い感じだ。
だからまぁ、正確に言えば違うことは違うんだけど、でもそれは“違和感”なんていうネガティブな表現をするようなものではない……と、俺は思ったことを思ったままに喜多さんへ伝えた。
「…………」
「……うん、どう見ても納得してなさそうだな?」
「ご、ごめんなさい! 良く言ってくれるのは嬉しいし、此崎くんのことだからお世辞のつもりもないってわかってるんだけど……でもやっぱり、せっかく良い曲なのに私が歌ってるといまいちっていうか」
「ちょ、おいおいそこまで言うか?」
「だって……」
喜多さんは小さくため息を吐きながら、MVを再生していたスマホの画面に視線を落とす。
どうしたものか。
正直、喜多さんの感じている違和感というのがまずわからん。
喜多さんは歌が上手い。
これは間違いない事実であり、今回のMVの音源に限って調子が悪かったということもないと思う。
「……まぁなんだ、違和感の正体を突き止める前にとりあえずレベルアップを図ってみてもいいんじゃないか?」
「レベルアップ?」
「ああ。ギターの方が大変なのは重々承知だけど、ボーカル練習の時間をもうちょい割合増やすとかさ。喜多さんが感じてる違和感を放っとくのはちょっと気持ち悪いけど、練習を重ねて気が付けることもあるだろうし」
「……そうね、そうよね! やっぱり練習……練習は全てを解決するわ……!」
喜多さんって結構脳筋なとこあるよね。どうしようアドバイスミスったかも。脳筋スイッチ押しちゃったかも。
「よーし、そうと決まればカラオケで練習するわよ! 此崎くん、さっそく今日……はバイトだから無理だけど、明日! 明日って此崎くんもシフト入って無かったわよね!? 明日の放課後カラオケ行きましょう!」
「……あー、すまん喜多さん、焚き付けといて申し訳ないんだが、明日はちょっと用事があって」
「あ、そうなの? 残念……」
「明後日以降ならいつでもどこでも付き合うから……あ、でもなんならあれだ、明日は後藤でも誘ってみたらどうだ? あいつもバイトないし100億万パーセント予定ないだろうし」
「100億万って聞いたの小学生以来だわ」
実際100億万パーセントだからしょうがない。
そして100億万という数字は後藤検定では頻出する数字である。(例文:『今朝、後藤はカップルとすれ違って100億万回死にました』、『後藤の陰キャ力は100億万。ゴミです』など)
「……ところで此崎くん?」
「はーい?」
「明日の用事ってなんなのかしら?」
「なにゆえそのようなことをお尋ねになられるか喜多殿」
「前に一回似たようなことがあったとも思って。私が此崎くんを出かけるのに誘ったけど用があるからって断られた……そうそう、確かひとりちゃんの新しいギター買いに行ったときよね」
「然り」
「此崎くん、その時ヨヨヨちゃんさんと新宿でデートしてたのよね」
「…………」
「……まさか、違うわよね?」
「はっはっは、まさかそんなわけござらんよ喜多殿」
そうでござるまさかそんなわけないでござる新宿でヨヨヨちゃん殿とデートなどとそんなことは決してないでござり奉り候。
喜多殿、吾輩を信じるでござるよ!
♪ ♪ ♪
「──あ、ヨヨヨちゃん殿ー!」
「ヨヨヨちゃん殿って何!? あっえっと、お、遅くなって悪かったけど……」
「いえいえ今来たとこですから。てかヨヨヨちゃん、私服ですか? 学校サボり?」
「着替えてきたのよ! 制服窮屈だし! ……べ、別に他意はないから!」
翌日の放課後、俺は予定通りヨヨヨちゃんと落ち合った。
ヨヨヨちゃんとのカラオケデートだけど場所は新宿ではないので喜多さんに嘘は吐いてないな、ヨシ!
ちなみにカラオケデートに行くのは確かこれで四回目。
最初の一回は文化祭直後のアレで、そのすぐ後に一回、冬休みが明けてすぐの頃にこっそり一回、そして今日である。
「そんじゃあまぁ、とりあえずカラオケ行きましょか。期末テストお疲れ様記念ってことで、思う存分歌ってもらいますよ」
「ええ、此崎も……まぁ、バンドの初MV投稿記念? それとも1万再生突破記念がいいかしらね?」
「そりゃどっちもですね。ヨヨヨちゃんにはケーキ買ってもらいます」
「何それ聞いてないんだけど!?」
「言ってないですからねぇ!」
……ま、もちろん冗談だ。
うん、ホントに冗談だからお財布確認しないでヨヨヨちゃん。
ヨヨヨちゃん行きつけのカラオケ
ヨヨヨちゃんは行きつけのカラオケ店が6つくらいあるらしい。
基本的に一人でカラオケを嗜むヨヨヨちゃんは店員から「いつもヒトカラの寂しい女」として覚えられるのを避けようといくつかのカラオケ店を順繰りに使うようにしてるんだってさ。
典型的な自意識過剰……というのは俺にも若干ブーメランで、中学の頃は俺も三店舗くらいをランダムに巡っていたのだ。恥ずかしいとまではいかないが、あんまり顔を覚えられたくなかったが故である。
「……にしてもワンドリンク制オンリーってのはなぁ……東京のカラオケがよ……」
「ちゃんと説明したじゃない。その上でここでいいって言ったんでしょ?」
「いやそうなんですけど、そもそも滅んでほしくないですか?」
「やめときなさい」
俺ぁドリンクバーで某乳酸菌飲料がぶ飲みしてぇんだ……オレンジジュースと混ぜてがぶ飲みしてぇんだ……。
……と、そんなこと言っといてなんで俺がヨヨヨちゃん行きつけのカラオケ店の中からこの店をチョイスしたかって、たぶんここが一番喜多さんと後藤にうっかり鉢合わせる可能性が低いと思ったからだ。
100億万パーセント暇だった後藤が喜多さんからカラオケに誘われたというのは確認済み。すなわち今この瞬間、あの二人も世界のどこかでカラオケしている。
なんか、嫌な予感がしたのだ。
喜多さんに嘘を言って……いや真実を巧妙に隠してのヨヨヨちゃんとのお忍びデート。
しかし謎の因果律によって喜多さんと後藤の二人と同じカラオケに入ってしまい、ばったり鉢合わせてしまう……そんなようなお決まりでお約束な展開が俺の脳裏によぎったのだ。
だから俺は、ドリンクバーを捨ててでもこのカラオケを選んだ。
ここは秀華高からも下北沢からも、そして新宿からも離れた土地。流石に新宿や下北の路線沿いではあるが、わざわざこんなとこチョイスせんやろという微妙なラインを突いたつもりである。
「……そうさ、あえてドリンクバーのないカラオケ……これも部屋を入退室する頻度を抑制し、100億万が一にも奴らがこのカラオケにいたとして、顔を合わせることのないようにするための布石……」
「さっきから何ぶつぶつ言ってるのよ。先歌っていいの?」
「あっはいどうぞどうぞ」
っつーかどうせいつもヨヨヨちゃんから先に歌うじゃん。このお方、カラオケで最初に歌う曲だいたい決めてるタイプなんですもん。
「あ、でもその前になんか頼みません? ちょっとお腹空きました」
「いいわよ。何頼む?」
と、二人でメニューを覗き込みながらあれこれ言いながら結局適当にピザとかポテトとかを注文し、ドリンクと料理が全部届くまで待ってからやはりヨヨヨちゃんから順に曲を入れ始めた。
相変わらずヨヨヨちゃんの歌は良い。上手いし、良い。
本当に贅沢なことだと思う。新宿のハコでワンマンライブができるような人気バンドのボーカル──なんて付加価値はどうでもよくて、もっと純粋に、大槻ヨヨコという人の歌声をこうして独り占めしていることがこの上なく贅沢だと思う。
……そんな贅沢を甘受しているにもかかわらず、俺の頭の片隅にはどうしてもちらつくことがあった。
「……な、何? あんたさっきから私のこと見過ぎなんだけど……」
「あ、すいません。えーっと……今日の服かわいいなーと」
「は、はぁっ!? 急に何!? ……って違うでしょ絶対! 誤魔化すなっ!」
いや違くはないんです。ヨヨヨちゃんの今日の格好がかわいいのは紛うことなき事実なのです。
……ただ、誤魔化したというのもまたその通り。
言うべきか否か、少し悩むが……。
「……ヨヨヨちゃんの歌、良いですよね。当たり前だけど上手いし」
「ええ、本当に当たり前ね」
「うちの喜多さんと、何が違うんでしょう」
言うと、ヨヨヨちゃんがむっとした表情を浮かべる。
なんとなくそうなる気がしていた俺はスルーしてさらに続ける。
「喜多さんも、間違いなく歌上手いんですよね。ヨヨヨちゃん的にはどうです?」
「……まぁ、上手いとは思うわよ」
「ですよね」
どちらが好きかと聞かれたら、もちろん俺はどっちも好きだと答える。どちらか一方を選ばないといけないなんて言われたら、そんなことを言ってきた奴を殴り飛ばす。
どちらが上手いかと聞かれたら、俺はどっちも上手いよねと答える。どちらか一方を選ばないといけないと言われても、技術的なこととかは聞きかじったような知識しかない俺に適切な評価は下せない。
では、どちらが
「……正直、どっちの歌が
「ふ、ふんっ! 当たり前でしょ!」
ヨヨヨちゃんドヤ顔でかわいいね。
じゃなくて……いやでもまぁ、そういうことである。
ヨヨヨちゃんの歌の方が、心に響くというか感情が動かされるというか……声に説得力があるというか?
抽象的な表現しかできないが、何か、単なる技術以外の部分にその差がある……ような気がする。
たとえばカラオケの点数で言えば、ヨヨヨちゃんの平均と喜多さんの平均はそう変わらない。
というかヨヨヨちゃんと初めてカラオケ一緒に行ったときに俺自身の歌と比べても思ったけど、やっぱりそこが特別ずば抜けているわけではないのだ。……いや普通に90点代後半が何回も出てくるのは十分すぎるほどレベル高いんだけどさ。
「というか何? あんたまた何か悩んでるわけ?」
「んー、まぁ……俺っていうか、喜多さんが……って、いやいやすいません、せっかくヨヨヨちゃんとカラオケ来たのにまた結束バンドの話とかしちゃって」
「今更?」
「……マジすんません」
「別に怒っちゃいないわよ」
腕を組み、脚も組んでソファに背中を預け、ヨヨヨちゃんが呆れたように溜息を吐く。
本当に怒っているわけではないみたいだけど、やっぱりちょっとおもしろくなさそうだ。
「や、ホントにすいません。今日はせっかくヨヨヨちゃんとカラオケデートに来たんですもんね。楽しまないと損ですわ」
「ちょ、だからそのデートっていうのやめなさいよ毎回毎回! べべべ別に私はそんなつもりじゃなくてただ友だちと一緒にカラオケ来てるだけのつもりで男女のあれこれとか全然まったく一切気にしてな――」
「まぁまぁまぁ」
「――むぐぅ!?」
段々とヒートアップしてきてやかましかったので、俺はポテトを三本くらいまとめてつまみヨヨヨちゃんの口に突っ込んで静かにしてもらった。
「じゃ、次俺の番ってことで。何にするかな~」
なんかヨヨヨちゃんがポテト一生懸命もぐもぐしながら顔赤くして俺のこと睨んできてたけどよくわかんなかったですね。よくお食べ。
……で、まぁその後はお互い自由気ままにカラオケを楽しんだ感じ。
ヨヨヨちゃんはノリノリで日頃のストレスを発散するように、俺もまたひとまず小難しいことを考えるのはやめてのびのびと歌いまくった。
途中、交代の合間で何やら隣室の方から騒がしい声が聞こえたりしてきたが、まぁ防音と言ってもカラオケではよくあることで、なんなら俺たちの歌の方が隣室まで貫通してる説あるから気にしたら負けだ。
――気にしたら負けだなどと思っていたから、気が付くのに遅れた。
「……あ?」
「何? どうしたのよ」
ふと、視線を感じて、俺はドアの方を見た。
ほとんど透明な、縦に伸びた大きなガラスのその向こうを。
大きく見開かれた
重力に従って垂れ下がる長髪。
ピンク色のくたびれたジャージ。
「「――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」
「――あばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
俺とヨヨヨちゃんは思わず抱き合って悲鳴を上げ、それを見た後藤は一人でカラオケボックスの防音を貫通するほどの断末魔を上げたのだった。
拝啓 後藤ひとり様
平素より話のオチのために脳を破壊させていただいておりますことに多大な感謝を申し上げるとともに、謹んでお詫び申し上げます。
なお、脳の破壊を控える予定はございませんので、今後ともどうぞ宜しく御願い致します。
敬具