うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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あげぽよ … テンションとか上がってるときに使うらしい。2010年頃が初出らしい。死。

虹 … 最上級の最高を意味するらしい。2022年のギャル語大賞1位らしい。聞いたことない。もう俺ギャルじゃないからな……


#63 今日のライブあげぽやだしマジ虹じゃね?

 

「で? てめぇマジでなんでここにいんだよ。言わねぇと首絞めるぞ」

「も、もう絞めてっ……し、絞まってるっ……もう絞まってるからっ……!」

「店長さん、ここで騒ぐと迷惑なんでもうちょい後ろ行きましょう」

「その前に止めなさいよこの暴挙を!」

「ぽやぁ~?」

「完全に喧嘩売ってるこいつ……っ!」

 

 そんなことないぽやよ。ただどういう距離感で接したらいいかわかんないだけぽやよ。あと店長さんのリア・ネイキッド・チョークをもろに食らって必死にタップしてるのおもしろいぽやねぇ。

 

 ……はい、というわけで佐藤愛子さんじゅうななさい改め、ぽいずん♡やみことぽやみさんである。

 

 去年の11月以来、実に半年弱ぶりの再会だ。

 まぁ、言わずもがなあの時のことがそりゃあもうだいぶアレだったので全然喜ばしくはないが……かと言って極端にネガティブな感情が湧いてくるでもなく、とにもかくにも「困るなぁ」というのが俺の正直な感想だった。マジでこう……困る。

 

「ぐえっ、ぐっ……あ、あたしは時間があればいろんなライブ見るようにしてんの! 普段から! だからここに寄ったのも別に結束バンドのことは……いや関係ないこともないけど……」

「てめぇまた余計なこと言いに来たんじゃねぇだろうな? あぁ?」

「違うわよっ!」

 

 ぽやみさんは「ぶはっ!」と割と必死な声を上げて命からがら店長さんの拘束から抜け出した。

 それからぜぇぜぇ言いつつも、果敢に店長さんへと向き直る。

 

「この前、たまたま路上ライブ……結束バンドが路上ライブしてるのを見たの。取材の帰りにたまたまね。それで気になったから、ってだけよ」

「…………」

 

 ちらりと俺に視線を寄越すぽやみさん。

 

 ……いや気になるって何? そんなにちらちら見られても……と、やっぱり困りながら俺が目を泳がせていたら、店長さんがずいっと出てきてぽやみさんの視線を遮るように立ち塞がってくれた。やだ、かっこいい……。

 

「気になったってなんだよ。まだこいつらの活動に文句あんのか? 何思ってようが勝手だけどな、これ以上面と向かって下手なこと言う気なら……」

「い、言わないわよ! これ以上は! ……ま、まぁでも、あのギターヒーローさんの才能がこんなところで燻ってるのは……やっぱりもったいないと思うけど……」

「よしぶっ飛ばす」

「あー待った待った! も、もったいないって思うのは勝手でしょう!? ギターヒーローさんがプロ並みの腕前なのは事実なんだし!」

 

 でもこの期に及んで無理矢理どうこうしようなんて考えてないわよっ! とぽやみさんが華麗なステップバックを披露しながら必死に言う。

 

 俺はそんな様子を店長さんの後ろからこっそり顔を出して見ていたのだが、またぽやみさんが目を向けてきたので引っ込んだ。

 

「……あー、だから、つまり……他のメンバーの実力も付いてきてるし、ギターヒーローさんのパフォーマンスもずっと良くなってた。それは認めざるを得ない……それに、SNSで宣伝したり、MV作ったり……あんたも頑張ってるんでしょ、あれから」

「…………」

「……ちょっとアノサキ! あんたのこと言ってんだけど!」

「……オレ、ポヤミサン、コワイ。ポヤミサン、オレ、イジメル……」

「なんでカタコトなのよ!」

 

 だってぇ……。

 

「……いやまぁ、怖いってのは冗談ですけど。ただ、あんだけボコボコに言ってきた人とどういうテンションで接すればいいかわかんなくて困ってるだけです。……ポヤミサン、ハナシカケル、オレ、コマル……」

「だからそのカタコトはなんなのよ!」

「距離感を測ってます」

「異星人とのコミュニケーションレベルから試されてるの!?」

 

 ぽやみさんはどうやら宇宙人と会ったときにカタコトで話しかけてみる派らしい。他にどんな派閥があるかは知らんけど今度後藤とタイマンで話してみてもらおうかな。……いや後藤たちと会わせたいかって言うと正直ノーなんだけどね。今んとこ。

 

「……はぁ。ったくお前……困るって、ちょっと優しすぎるぞ。もう一生口利かなくていいし、二度と目の前に現れんなって言ってやってもいいくらいだと思うぞ」

「うっ、そ、それは」

「いや、別にそこまでは。……まぁ、ホントこう、言い方は置いといて、あの時言われたことは……全部じゃないけど、納得できる部分もありましたし? あれがきっかけで今みんな、良い形で頑張ってるわけですし……ねぇ?」

 

 ぽやみさんが苦い顔で言い淀むのを遮って俺がそう言うと、店長さんにもう一回めちゃくちゃでかいため息を吐かれた。二秒くらい吐いてた。

 

「まぁ、本人がいいってんならこれ以上は言わないが……」

「…………」

 

 最後に店長さんが俺とぽやみさんを見比べるようにそれぞれ一瞥すると、ぽやみさんが気まずそうな表情で顔を逸らす。

 

 そして、何か、意を決したように今一度俺の目を見つめてくる。

 俺も今度は逸らさずに、真っすぐそれを受け止めた。

 

「ねぇ、アノサ――」

「――え~そろそろお店以外でも会おうよぉ~……いつも同伴してるのにぃ……むにゃむにゃ……」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人で、思わず振り向く。

 

 そこには……丸椅子に座って足を組み腕を組み、よだれを垂らしながら寝ている本日のライブのブッキングマネージャーこと柳氏の姿が。

 

「……俺、こいつよりはぽやみさんのほうがマシだと思いますよ。100倍。いや1000倍」

「こいつと比べないでくれる? あたし、バンドに対してはいつだって真面目なんだけど」

「ホントろくでもねぇな……噂通りじゃねぇか……」

 

 思いっきり舌打ちするぽやみさんと、ポキポキ拳を鳴らす店長さん。おいおい死んだわアイツ。

 

 二人はずんずん歩いて柳死に、おっと失礼柳氏に近付いたかと思うと、両サイドから頭を鷲掴みにして耳元で「いいライブやってんだからちゃんと見ろ!!」「真剣にやってんだからちゃんと見ろ!!」と怒鳴りつけたのだった。

 

 過激に見えて実は温情な寝起きドッキリにより、さすがの柳氏も慌てた様子で立ち上がる。

 そして、続けて彼にこんこんと説教をし始めたのはぽやみさんだった。店長さんが胸倉を掴んで恫喝し始めるより早かったのだ。

 

 店長さんはその光景を意外そうに見ていたが、俺はさほど驚かなかった。

 ぽやみさんの、自分はバンドに対してはいつでも真面目だという発言が嘘だなんてちっとも思わなかったから。

 

 ……これは、少々恥ずかしい話なのだが。

 俺は、ぽやみさんにボコボコに言われた日からしばらく経った頃に、ぽやみさんが書いた記事を手当たり次第に漁ったことがある。

 

 俺だって、まぁ、感じたことをなんでもかんでも前向きに昇華できるわけじゃない。できるだけそうしたいとは思ってるけど、無理なもんは無理だ。

 

 最初は落ち込んで、その後……まぁ結束バンドのマネージャーとしてもっと頑張ろうと決めて、そんで実際頑張ってるうちに俺なんであそこまで言われなくちゃならんかったの? と思い出し怒りが湧いたことがあったのだ。確か寝不足の時だった。

 

 人のこと散々好き放題にこき下ろしてくだすったんだから、御本人はそりゃあもう高尚で熱意のこもった記事を書いてらっしゃるんでしょうねぇ!? と。あとから思い返すとホントみみっちくて恥ずかしいんですけどね。

 

 ……で、じゃあ実際のところはどうだったかと言うと……まぁ、ネットで炎上するような記事書いてるってのに高尚もクソもないのはそうだったんだけど、ただ、()()はきちんと感じられたし、確かにバンドや音楽に対しては真剣だった、というか。

 バズるのが目的のふざけた記事、ちょっとモラルの怪しい記事がちらほらあってそういうのは案の定炎上してるんだけど、そうじゃない、たぶんぽやみさんが本当に伝えたいことを伝えている……と思われる記事は、どれも本当に真剣だったのだ。

 

 だからまぁ、悔しいけど、しょうがないよなって。

 いやでも何度でも言うけど言い方ってもんがあるだろってのは間違いないんだけど、やっぱり言ってたことは受け止めるべきで、あとは……あの場で言いたくなってしまうだろうなというぽやみさんの気持ちも、少しだけわかった。いやホント言い方ってもんがあるだろって思うけど。

 

『――じゃあ、次の曲がラストです!』

 

 ――と、あれこれ揉めているうちに、虹夏先輩のそんなセリフが聞こえてきた。

 

 ……柳氏のことシバいたけど俺たちも全然ライブ見てないじゃん、とか言わないでください。居眠りして寝言言ってたやつよりは聞いてたので。だから図星で胸が痛いとか思ってないです。

 

「『グルーミーグッドバイ』。良い曲ね」

「……ぽやみさん」

 

 柳氏への説教を終えたらしいぽやみさんが、俺の隣に並んできた。店長さんも戻ってきて、俺たちの間に入れるような位置に立ったが……まぁ、もう割って入ってもらう必要はないだろう。

 

「MVもよかったわ。それに……今日のライブ。全員演奏はもちろん良いけど、特にドラムの子。あいつ(柳氏)の適当なブッキングでジャンルバラバラ、アウェーで相当やりづらかっただろうに、あの子が主導したMCで……すごいわね」

「……そうですね。虹夏先輩はすごいですよ。そんで、四人全員すごいです」

 

 伝わってくる。

 四人が楽しんでいるのが。

 

 言葉じゃ伝え切れないものが、音楽を通じて伝わってくる。

 

「アノサキ」

「……なんですか?」

 

 ふと、ぽやみさんが話しかけてくる。

 さっき柳氏への制裁の前に言いかけていた何かだろうな、と察する。

 

「この前は、ごめんなさ」

「あ、謝罪なら拒否します」

「なんでよっ!? ……い、いや、そりゃ確かに今更謝るなんて虫の良い話かもしれないけど……」

「あぁいや、そういうことじゃなくって」

 

 そんなガチでしょんぼりしないでほしい。また距離感わかんなくなっちゃうでしょ。

 

 こほん、と俺は咳払いして、気を取り直す。

 

「未確認ライオット。ご存じですか?」

「そりゃ知ってるわよ。あんたたちも応募したってトゥイッターとかで言ってたじゃない」

「ええ。優勝目指してます。本気で。だから……」

「……だから?」

 

 俺は、わざとぽやみさんが聞き返してくるのを待って、ニヤリと笑って言葉を続けた。

 

「夏のフェスで、ぽやみさんのことぎゃふんと言わせてやります。俺が一番聞きたいのはそれなんで、謝罪とかどうでもいいです。よって拒否」

「……はぁ、わかったわよ。あんた、ホント良い性格してるわね」

「ぽやみさんほどじゃないです」

「どういう意味よそれ」

 

 そりゃあまぁ、そういう意味だ。

 

 

      ♪ ♪ ♪

 

 

 ライブが終わった後は、お客さんとの交流ついでに物販……物販のついでに交流? いや前者の方がいいか……と、まぁとにかくそういう時間が設けられていた。

 

 当然ながら全員が全員ではないが、しかしかなり多くのお客さんたちが声をかけてくれて、ミニアルバムや結束バンド(原義)などのグッズを買ってくれたり、これから応援しますなんて言ってくれたりした。

 

「いやぁ、結果的には大成功だな、これ」

「そうねー、誰かさんがちゃんと撮影してくれてれば本当に文句なしだったんだけどねー?」

「……それはもうマジですいません」

 

 喜多さんにちくりと……いやぐっさりと刺されたが、反論はしない。

 なぜなら、それが事実だから……ではなく、そういうことにしておいた方が良いと思ったからである。

 

 動画は、ずっと回ってた。

 そう、ずっと。

 

 つまり、せっかく一足先に帰ってもらったぽやみさんとのやり取りが、すべて動画の中に収まっている。収まってしまっているのだ。

 

 ステージの上にいた四人は、俺が店長さんとさらにもう一人と一緒にいたのは見えたらしいが、それが誰かまではわからなかったそうだ。でも女性っぽいシルエットだったという見立ては全員一致しており、しっかりと「こいつまた……」みたいな目で見られましたね。

 

 ……まぁ別にそういう意味でやましいことは全然ないんだが、ぽやみさんとの会話はわざわざ四人に聞かせるような内容でもないし、そもそもぽやみさんがここに来て俺と話していたということ自体、少なくとも今は知らないままでいいだろうと俺は考えたのだ。たとえまた知らない女を引っ掛けていたなどという汚名を着せられてもな。まず着せるな。

 

「あ、お疲れ様です~!」

「お疲れ様デス」

「あ、みなさんどうもお疲れ様です」

 

 お客さんたちがぼちぼち帰り始めた頃、天キュルをはじめとした今日の演者の人たちが挨拶に来てくれた。改めて見ても異様なメンツである。

 

「結束バンドさんのステージ、とってもよかったです! それで、よかったらこの後みんなで打ち上げ行きませんか~?」

「いいですね! もちろん行きます~!」

「……後藤お前そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ。リョウ先輩も」

「あっはひっ、すっすいません……でも嫌だ……帰りたい……」

「いや……あの種族と同じ空間で呼吸するの疲れる……」

「やめんかインドア星人ども。聞こえちゃうでしょうが」

 

 小声とは言え本人たちの前でこいつらは……。

 ……ま、どれだけ嫌な顔をしようと喜多さんが二つ返事で承諾してしまったし、こいつらの連行は確定事項だ。観念するんだな。

 

「どうもお疲れ様っす〜! いやぁ~結束バンドさん初めて曲聞きましたけど最高っしたわぁ~」

「うわ出た」

「衣久の方がひどい」

 

 しょうがないじゃん柳氏だもん。っつーか初めて聞いたとかさらっと言ってるしホントこの人ろくでもねぇよ。

 

「特にギターさんのおもしろパフォーマンス、めっちゃウケましたよ〜。あ、うちのハコのSNSにアップしていいっすか? 絶対バズりますよ〜」

「ほう。それならまずはモノを見せてもらいましょう。歯ギターですかね」

「あ〜、そっちもっすけど最後の曲でノミみたいに跳ねてたやつっすね〜」

「すいません柳様こちらの映像いくらで譲っていただけますか?」

「あっあっあっ」

「此崎くんやめなさい! ひとりちゃんがかわいそうでしょ! 柳さんもそれ消してください!」

 

 ばっきゃろう喜多さんこんな貴重な映像資料を消去するなんてとんでもない人類の損失だぞ! ええい柳様に迫るでない! 不敬だぞっ!

 

「伊地知先輩! これ以上暴走する前に此崎くんをここで仕留めます!」

「了解!」

 

 まずい、虹夏先輩が店長さんのとこから戻ってきた!

 

 ……うおおおおおお負けてたまるか!

 柳様は、俺が守る!

 

 

 

 

 

 ――虹喜多殺法コンビには勝てなかったよ……。

 

 ということで俺は見事に征伐されて、後藤のカスみたいな(芸術的な)パフォーマンスの映像は永久の彼方へ消え去ってしまった。泣いた。泣きながら打ち上げに行った。

 

 結束バンドはもちろんのこと天キュルの人たちも全員未成年だったのだが、ファミレスに入場するにはパーティ編成がカオスすぎたので、結局適当な居酒屋へ行くことに。居酒屋ならちょっと変なパーティでもセーフみたいなとこある。たぶん。

 

 そんでまぁ、それなりに盛り上がった。それなりに。

 喜多さんは持ち前の陽キャ力を発揮して誰とでも分け隔てなくコミュニケーションを取っており、虹夏先輩と俺もそれに追随する感じ。

 リョウ先輩はなんか天キュルのメンバーにきゃーきゃー言われててすげぇめんどくさそうにしてたけどちゃっかり今日の打ち上げ代を奢らせようとしてたので虹夏ビームの餌食になっていた。ちなみに虹夏ビームとは虹色の光線である。それ以上の詳細は不明だが山田は死んだ。

 そして後藤は特に何もされていないが死んだ。強いて言うなら屍人のカーニバルの人たちに後藤が垣間見せていた速弾きテクを褒められた後に死んだ。これが本物のデスメタルですよ、と教えてあげたら怯えてた。かわいそう。

 

 ……で、まぁ例の如く居酒屋に充満するアルコール臭で若干くらっとし始めていた俺は、一旦途中で外に出ることにした。

 身内だけの打ち上げならちょっと楽しくなっちゃってもいいが、今回は知らん人多いし最後まで理性多めに残しておきたい。あと池袋とか土地勘なくてそれも危ないよねって。俺ってば冷静で偉いぜ。

 

「……はぁ」

 

 ……もう既に結構やられてるな。自覚できるだけマシだろうけど。

 

「あ、此崎くんいた」

「ん? お、虹夏先輩。お疲れ様です」

 

 店先で人通りを眺めながらぼーっとしていると、入り口から虹夏先輩がひょっこり顔を出した。

 彼女はそのまま外に出てきて、隣に立って俺の顔を下から覗き込んでくる。

 

「大丈夫? また酔っちゃった?」

「いや、酔ってないですよ。ギリギリ」

「ギリギリかい」

「はい。でも膝枕は大丈夫です」

「えー? どうしてもって言うならしてあげたのに〜」

「…………」

「……無言やめてっ!?」

「恥ずかしがるなら変なこと言わなきゃいいのに……」

 

 まぁ俺も反応に困っただけだから相討ちってことでここはひとつ。

 ……でもホント、前の時の焼き直しみたいな感じがしなくもないな。居酒屋での打ち上げで、二人で外に抜け出して……いややっぱあの時俺ほぼ死人だったから違うわ。今回はもっとまともだ。

 

「……で? 虹夏先輩何しにきたんですか? 膝枕しにきたんですか?」

「ううん、此崎くんのことぶっ飛ばしにきた」

「さっき喜多さんと一緒になって俺のこと泣かしたじゃん……」

「あれはぼっちちゃんのこといじめた分でしょ!」

 

 ……ってことはライブ前のアレ? ホントに俺ぶっ飛ばされんの?

 

「……でも、まぁ。虹夏先輩に悪いこと言ったのは事実ですしね……いや言ってはない……リョウ先輩が言ったのについ頷いちゃっただけだけど……ま、まぁ、言い訳はしないですやっぱり。はい」

 

 うん、潔く受け入れよう。ぶっ飛ばすならまずリョウ先輩だと思うけど、受け入れよう。

 

 虹夏先輩はにっこりと天使みたいな笑みを浮かべて、「じゃ、目ぇ瞑って?」と言ってきた。悪魔じゃ。やる気満々じゃ。

 

 観念して、虹夏先輩に身体ごと向き直ってから目を閉じる。

 

 ――そしてふと、考えてしまう。

 なんかこれ、ラブコメだと唇とかほっぺたに柔らかい感触が来るやつじゃね? と。

 

 一瞬、心臓が跳ねた。

 

「――おりゃっ!」

「ぶへっ」

 

 跳ねただけだ。普通にビンタされた。ラブコメじゃないんだ現実は。いてぇよ。

 

「……まぁ意外と優しかったですけど。これで満足ですか?」

「うん! でもちょっと痕になってるや。ごめん!」

「いや……いいですけど」

 

 なんで俺ビンタされたんだ……マジでわかんねぇ……と、まったくもって釈然としていない俺を見て、虹夏先輩はお腹を抱えてケタケタ笑い始める。いや笑いすぎ。

 

「……はぁ〜、笑った笑った……ふぅ、まぁでも、これで大丈夫かな?」

「……気が済んだってことですか?」

「違うよ。あたしも、もうあのくらいのことじゃへこたれないぞってこと。わかってくれた?」

 

 ……いや全然わからん。

 

 何言ってんのこの人、という目で虹夏先輩に視線を送ってやる……が、余裕の笑顔で受け流されて、それから言われる。

 

「だからさ、あたしは、あたしたちは大丈夫だよってこと! ()()()()()()()()()しないでってことだよ! お分かり?」

「あ、あぁ……ああ、そういうことか。そういうことですね」

 

 ……俺、やっぱめちゃくちゃ……あぁもう、ホントダメだな。ダメなやつだ。引っ叩かれて当然だ。

 

「……だーかーら! そういう顔しなくていいよって言ってるんだよ! もっかいいっとく!? 次はフルパワーで行くよ!?」

「いっいやいいです! わかった、わかりましたから!」

 

 俺は慌てて後ずさりし、虹夏先輩から距離を取る。虹夏先輩のフルパワーとか食らったら死ぬ。死んでしまう。

 

 俺の全力拒否に虹夏先輩はしばらくむーっと頬を膨らませて睨んでいたが、不意に表情を和らげた。

 

「よろしい。あたしも、まだまだ頑張るからさ。これからも一緒に頑張ろうね――()()()()!」

「あっはい。……あ? 今なんて言いました?」

「じゃ、あたし戻るからね! 衣久くんもほどほどに戻っておいでね〜!」

「あっほらまた言った虹夏先輩ちょっと待っ」

 

 ――あー呼びづらーい! と、すげぇ勝手なことを言いながら虹夏先輩はさっさと店の中に戻っていってしまい、俺は一人軒先に取り残されてしまった。

 

「……マジかよ」

 

 心臓が跳ねている。

 跳ねているだけ……だと思う。

 





そう言えば前回で感想2000件超えました。
番外編合わせて66話、平均すると30件です。みんなありがとう……。

次回も早く書き上げたいといつも思っているがちょっと忙しいので間が空くかもしれません。あと職場で例のアレがクラスター気味なので例のアレになったりするかもしれません。

……嫌じゃ嫌じゃ!
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